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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
235/2944

235. 北西支部の年明け挨拶

 

 イーアンは美しい朝陽を見て感動し、ドルドレンにお礼を沢山言う。ドルドレンと抱き合って新年朝一番の幸せを満喫してから、ふと思いつく。


「私からもあなたに」


 何だろうとドルドレンが楽しげに目を開く。イーアンは『ちょっとの時間ですけれど』と前置きして、笛を吹いた。ドルドレンはびっくり。まさか龍を。


 あっさり龍が来る。神々しい祝福の太陽をさらに一際輝かせた空。その中から真っ青に煌く体を駆けさせて、大きな龍が丘の上に降りた。


『乗って乗って』イーアンはドルドレンを押して乗らせる。ドルドレンがイーアンを引っ張って自分の前に乗せてやると、イーアンは龍の背鰭を抱き締めた。


「新しい年、おめでとう。お前大好きよ」


 突然、あんまり聞きたくない言葉にドルドレンの顔が戻る。他の誰か(※龍)を『好き』と発するイーアン。龍は分かってるのか分かってないのか、うんうん頷いている。


「さあ、飛んで頂戴。太陽に向かうの」


 龍は二人を乗せて、上がったばかりの太陽に飛んだ。ちょびっと真顔になったドルドレンも、新年初の龍飛行にすぐ機嫌が戻る。二人は喜びながら、丸く広がる眼下の素晴らしい世界と、美しい絵のような空を味わった。



 龍と一緒に一巡りして丘へ降り、龍を『また後で』と約束して空へ帰す。二人は支部へ戻ることにしてウィアドに跨った。ウィアドも美味しい草が生えている場所で満腹になった。のんびり戻る朝の散歩。


 正門から戻り、門番に新年の挨拶をして、厩にウィアドを入れる。ウィアドの一年の無事を祈り、厩を後にした二人は正面玄関が開いていると言われたので、正面から入った。


 広間は、暖炉がしっかり炎を上げていて暖まり、美味しそうな料理の匂いが広い空間を埋め尽くす。


 昨晩ゆっくり飲んだ輩は朝も遅く、広間は人が少ない。出会う騎士に新年の挨拶をして回り、互いに新しい一年を祝福し合った。

 食堂通路に入ると、もう朝食の料理が並んでいる。二人を見つけたヘイズが手をさっと上げて『イーアン』と呼んだので、イーアンも『ヘイズ』と手を振り返す。ドルドレンは渋い顔。

 ヘイズが寄ってきて、前掛けで手を拭きながら『今年も宜しくお願いします』と満面の笑みで挨拶した。横にいる総長に『総長も宜しくお願いします』と(ついで)のように笑顔を向けた。


 さぁどうぞと料理を勧められて、特別な朝食を盆に乗せる。賑やかな見た目の料理に賛辞を送り、イーアンはドルドレンと広間の暖かな席へ行き、朝食を食べる。



「人が少ないから、ちょっと味わっても良い?」


 イーアンは昨日我慢したから、最初の料理だしこれは素直にとお願いした。それもそうだとドルドレンも了承し、イーアンは大喜びで朝食の美味しさを体中で表現する。

 厨房でヘイズが幸せそうな顔をして見守っているのを、ドルドレンは複雑な心境で見て見ぬ振りをしながら流す。



 ――確かにね。昨晩、イーアンにもヘイズにもちょっと気の毒だったから。朝一番でそれも新年で、我慢しろとは言えないけれど。

 だけど、互いの名前を呼び合っちゃダメなんだってば。イーアン忘れてるけど、あっち(ヘイズ)は知ってるからね。もう相思相愛だと思われてるかもしれないんだよ。ああ、新年早々悩みが増える。

 起きてまだ4時間くらいなのに、白髪増えたらどうすんだ。これ40前に真っ白だよ。このままだと。



 複雑な顔をそのままに、目の前で、あんあん悶えて朝食に喜びを捧げるイーアンを見つめるドルドレン。



 ――この愛妻の危険な食事風景も、今年の改善課題に入れなければならない。個室でも作るか。壁板厚くして、声が漏れないようにして。お、それ良いかも。そしたら後は風呂だな。二人でゆっくり入れる風呂を別付けで作るか。


 あ、そうだ。一番大事な結婚が、今年の主たる行事である(※ちょっと忘れてた)。結婚してイーアンが支部を出されたら大変だから、家を建てておこう。支部から近くだな。 ・・・・・今の壁を壊して、裏庭を広げて、それで家を建ててしまうと良いかも知れない。そうすればイーアンは工房も近いし、俺もイーアンも安心していちゃつけるではないか。


 おおっ。これは素晴らしい案だ。さすがに支部の延長は本部が煩いし、俺も支部の建物改築で新婚生活なんて、冗談じゃない。でもポドリックたちのように離れて暮らすなんて絶対出来ない。なら敷地を広げて造ってしまえばいいのだ。そうすれば王も納得。王の納得なんかどうでも良いけど、とりあえず形は流れで押さえられる。最高だな。新年だから案も素晴らしいのが湧く――



 ドルドレンは呻いて溶けるイーアンを見つめ、激甘の微笑で匙をそっと取って食べさせてやる。ちょっと驚いたイーアンだったが、美味しい食事中なので寛容なのか、素直にあーんしてぱくっと食べた。


 ああ、可愛い。ああ、食べた。うん。これ大事。毎日これだ。即、結婚だな。即、壁を壊そう。


 悩ましく頬を赤らめるドルドレンに、お返しにイーアンも匙を取ってあーんしてくれる。胸が高鳴りつつドルドレンは笑顔でぱくぱく食べて、次も次もとおねだりしながら朝食を済ませた。



「イーアン」


 食器を片付けて工房へ向かう廊下で、後ろから声が掛かる。振り返るイーアンは笑顔で『フォラヴ』と呼びかけに答える。ドルドレンは仏頂面。

 聖なる笑顔で、白金の髪をふわっと揺らした、妖精の騎士が優雅に近寄る。『会いたかった』一言そう言うと、イーアンの手を取った。総長がフォラヴの腕を叩く前に、フォラヴの腕が引っ込む。


「あなたが留守の1週間なんて。泉の水が枯れるようでした。でもお会いできて生き返りました」


 フォラヴに爛々と光る銀色の目が、周囲を遠巻きにさせる威力を放っていても、当のフォラヴは気にしない。純愛に勝るものは無いのだ。


「昨日はいらっしゃらなかった気がします。でも。今年も宜しくお願いしますね」


 長々した詩のようなフォラヴの言葉を置いておいて。イーアンは新年のご挨拶。フォラヴが挨拶をしてから微笑み、『昨日は私の家族のもとへ』と教えてくれた。今朝方戻ったのだという。


「今夜はどうぞご一緒下さい。しかしあなたは本当に美しい。新しい年を、こんなに美しい人を見て始まるなんて。その毛皮も服も大変お似合いです」


 では怒られそうなのでこの辺りで・・・フォラヴがやっと総長をちらっと見て、笑顔で退散した。あいつは俺に新年の挨拶をかけやしないなと、ドルドレンは心の中で毒づく。そしてイーアンを見る。ニコニコしてる。



「イーアン。あのね」


「イーアン」


 被せるように別の声が掛かり、そっちを見ると切れ長の目に優しさを漂わせる精悍な男シャンガマック。


「シャンガマック。今年も宜しくお願いします」


「いつまでも宜しくお願いします。俺はいつまでも側にいる」


 イーアンは笑って頷いて軽く往なす。有難うと伝えて、そう言えばシャンガマックも昨晩見なかったことを思い出した。それに気がついたか、シャンガマックが微笑む。ドルドレンの不快指数がうんと上がる。


「年末は一年を浄化する。俺は昨晩は外に。外の星の下で翌年・・・つまり今日から一年を見ていた」


 今年は昨年よりも多くを結ぶだろうと教えたシャンガマックは、そっとイーアンの肩に手を置いた。総長が叩くより早く手を引っ込めて、『今夜は一緒に食事をしよう』と優しく微笑んで退散した。


 ・・・・・あいつはさらに。俺には一切の挨拶ナシか。覚えてろよ。新年なのに、部下のくせに。


「それでねイーアン」


 ちょっと早口で、急いでイーアンに思い出させようとするドルドレン。向かい合うドルドレンの後ろに動くものを見つけたイーアンは、手を上げて『ダビ』と笑顔で挨拶。もうダメだこりゃ。

 重い溜め息をつく総長の横をすり抜け、『イーアン。今年も宜しく』けろっとしたダビのあっさりした挨拶が戻る。


「これから工房ですか」


「工房にも挨拶をと思って」


 ああ、ホント。じゃ私も行こうかなと平気で二人の時間をジャマするダビ。ドルドレンの目が据わり、言葉を失っていても、ダビは全く気がつきもしない。


 なぜか3人で工房へ行き、暖炉に火を焚いて毛皮の上着を脱ぐと、3人分のお茶を用意し始めるイーアン。ここまで来ると、もう嫌な予感しかないドルドレン。



 予感は正確に当たり、扉がノックされたと思いきや、開いたらギアッチとザッカリアが入ってきて、普段は先に言わない名前をまず呼ぶ。こいつら確信犯だ、ドルドレンは歯軋りをする。

 ドルドレンが苦悶する問題をイーアンはがっちり忘れているので、名前を呼ばれたら名前を呼び返す、妙な律儀さで挨拶している。


 ギアッチが総長に挨拶し、ザッカリアも倣って挨拶する。それを見てダビが『あ。私忘れてた。総長今年も宜しくお願いします』とか何とかようやく言う。忘れてたとか、口にしなくてもいい部分。


 ロゼールとスウィーニーがいない気がする。気がついたイーアンがそれを訊ねると、ギアッチが『ああ』と笑顔になった。


「ロゼールは里帰りです。明日かな。戻るのは。スウィーニーは、ツィーレインに行ってますよ」


 叔母さんが煩いんですって、とギアッチの笑みが含み笑いに変わる。何のことかなとイーアンが思っていると、ドルドレンが眉を上げて『へえ』と少し驚いたようだった。


「見合いだろ」


 そうですねとギアッチは笑った。スウィーニーはいそいそ4日前に出かけましたよ・・・言いながらギアッチが頷いている。イーアンもダビも、生真面目で騎士道まっしぐらのスウィーニーがお見合いすることに驚いていた。ドルドレンは大して驚かない。彼は結婚したがっていたことを知っている。



「ダビは結婚しないの」


 ザッカリアの大きな目が、なぜなのか・・・この人間に無関心な男に、全く似合わない言葉と共に注がれる。意表を突かれたダビはザッカリアを見つめ返して『なんで』と聞き返した。ギアッチが笑ってる。


「だって。結婚しないのダビ」


 誰と?ダビが驚く。ドルドレンとしてはそこは『何(※物)と』の方が合っている気がする。


 レモン色の瞳を向けた子供は、ちらっとイーアンを見てダビを見た。『あ、そうか。総長と結婚してるから』そうだったとザッカリアが頷いた。ザッカリアは、自分が何を言ったか分かってないので、ギアッチの横に戻って座る。



 爆弾投下。


 ギアッチが咳払いを何度かして『ちょっと厨房で、料理見せてもらおうね』やら『なんか美味しいものあるかな~』やら。さも、さっきからそのつもりだった、くらいの感じで声にしながら、子供を連れて出て行った。


 ダビはギアッチ達を無表情で見送り、つーっと首を動かして総長を見る。総長の目が絶対零度で自分を見ている。多分、2分近く瞬きしていないと分かる血走り方。

 イーアンは大人な流し方をしたようで『子供から見たら。一緒にいる人、皆そう見えるんですね』笑いながら、二杯目のお茶を淹れている。それでもいいんだけどさ、とダビは思う。


「あ。イーアン。私ちょっと工房で部品作ってきますから、もうお茶いいです」


 ダビはすっと立ち、さっさと出て行ってしまった。


 あっさり出て行ったダビに、どうしたかなとイーアンが思った矢先。はっと思い出して、ダビを追いかけて慌てて廊下へ出る。見ているドルドレンが驚く。何だその展開はっ。


「ダビ、そうでした。鎧工房のオークロイさんが」


 工房の前で叫ぶイーアン。後で聞きますよ・・・ダビは笑って、廊下の向こうで手を振った。



 工房に入って、イーアンはドルドレンにお茶のお代わりを渡す。『オークロイさんのこと、言いそびれっぱなしで』すまなそうに自分のお茶を飲むイーアン。ドルドレンは暫くイーアンを見つめる。


「ちょっとこっち、おいで」


 イーアンが近づくと、ドルドレンはイーアンを膝に据わらせる。


 ゆっくり腕を回して抱き締めてから『イーアン。新年の挨拶で最初に名前を呼ぶと』やっと。一応。言いかけると、イーアンはぎょっとした顔をして、あらやだ、言っちゃったわよ、と慌てていた。苦笑いするドルドレン。イーアンを抱いたまま、立ち上がって工房の扉に鍵をかけ、ベッドに座り直す。


「知らないから仕方ないが。イオライの遠征で、クローハルにかけた言葉を思い出すな」


 イーアンが振り向いて、『そんなことを思い出さないで下さい』心外そうにちょっと怒る。笑うドルドレンが『イーアンは本当に』と頬にキスした。



「今日はゆっくりしよう」


 ドルドレンは膝に据わらせたイーアンを両腕で抱えたまま、前後に自分の体ごと揺らして、揺り椅子状態で囁いた。イーアンも頷いて、本を読みたいと言う。


 スウィーニーのおばさんにもらった料理の本を棚から取って、もう一度ドルドレンの膝上に座り、料理の作り方や材料を読んでもらう。本の絵を見ながら、絵の具を買ってきたから絵も描かなきゃ、とイーアンは思った。


 絵の具もカードも、砂糖菓子のお土産も、寝室に置いたままになっている。早めにザッカリアにあげようと決める。そう言えばザッカリアを龍にも乗せないと。


 あれこれ思い出すイーアンに、ドルドレンが気がついて『話し聞いてる?』と覗き込んだ。


 暖炉の暖かさの中で。素晴らしい居場所の工房で。素晴らしい伴侶と、美しい龍と。いつも見守ってくれる仲間と、新しい友達と。ここへ来て受け取った全部に、改めてイーアンは感謝する。覗き込むドルドレンにちょっとキスして、『続きを読んで』と微笑んだ。



お読み頂き有難うございます。

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