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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2349/2963

2349. 指輪の使者出発・祠と魔物門と、船の事故

 

 指輪の精霊に『民は()()()増える』と、言われた意味を察した四人。


 それは、宣言されることもなく、告げ知らせる暇もなく・・・ 気が付いたら、いきなり舟や(そり)に乗っている・突然身近な人が消える、という意味。



 黙った四人に、これで終わりと説明を閉じる精霊は『出発しなさい』と促した。


「まだ聞きたいことが」


 サッと手を伸ばしたリチアリに、精霊は少し待ってくれて首を傾げる。

 リチアリは『民のどれくらいが、移動しますか』と・・・これは、()()()()()()()()()の質問。精霊は不思議そうに、傾げた首をそのまま、『お前に関係のない事』と突き放し、それから女龍を見た。びくっとしたイーアンに、全てを見通すような精霊の眼が視線を固定する。


『女龍。残った者に、お前が治癒を願う人間がいれば、それは呼んで良い。ただ、邪に染まる者を連れることはない』


「はい」


 間髪入れずに答えた『はい』の後すぐに、精霊は消え、イーアンは目を瞑る。少なくとも、弾かれてしまった人たちでも、治癒場に連れて行くことは出来ると分かった。最後の言葉に感謝して、道具を片付ける。


 イーアンが道具を全部片づけると、リチアリとイジャックが片手を出し、イーアンとタンクラッドにお別れの握手をする。



「アイエラダハッドを守って下さい。全てが完了した時、私たちがまた会えますように」


「旅人の勇敢さに祝福を」


「あなたたちも大変かもしれない。トルケナ工房の職人のように、民の中には騒ぐ人も」


 握手を離したイーアンが、心配を口にする。リチアリとイジャックも目を見合わせ複雑そうな表情を浮かべた。溜息を吐くタンクラッドは『精霊が決めた、としか言えないよな』と同情した。


「助かる誰かと、助からない誰か。関係性が濃ければ濃いほど・・・親子、恋人、家族、親友、恩人、誰もが『あの人も』と願うでしょう。

 私たちは、一人一人の涙と悲痛の訴えに、応じることは出来ません。『知恵の還元』後でも、まだ理解していない人の方が圧倒的に多いと思います。差別されてきた私たち先住民が、精霊の力で引き離す、と捉える人々は少なくない予想です。

 でも、精霊が決めたことですから。そして、どのような罵声も叫びも、彼らの悲しみを思えば耐えられます」


 リチアリの穏やかな言葉に、タンクラッドは彼を少し抱き寄せて『頑張れ』と励ました。抱き返したリチアリも『無事に治癒場へ到着します』と約束する。



 イジャックとリチアリも抱き合い、お互いの無事を祈り、それぞれの乗り物に乗る。


「それでは」


 二人が振り向いたのも束の間。ふっと消えた橇と舟は、イーアンたちからあっという間に離れ、輝く精霊の道へ滑り出して遠くなった。


「采配条件は、()()()()()()、なんだな」


 タンクラッドが見つめる道は、キラキラと美しい光が消えることなく、岩場から遥か遠くへ伸びている。溜息を吐いたイーアンも頷く。


「そうですね。国を南北半分に割って、イジャックたちの後に、自然に引っ張り寄せられた人々は、何が起きたかと思うでしょう。

 もし、子供が母親と離れ、母がいない。逆もありで、子がいない・・・ 辛いですね。精霊の計らいらしい、と言えばそうなのだけど」


 辛いですね、の言葉が軽く聞こえる。何と言っていいか分からない。リチアリたちは、『助かった』とただ喜ぶ人たちの感謝の声を、どれくらい聞けるだろう。



 想像すると沈む。しかし沈んで浸る時間はない。イーアンとタンクラッドは顔を見合わせ『行こう』と、その場を離れることにした。が、ここでタンクラッドが思い出す。


「あ。お前、南へ行かないと、いけないんじゃないのか」


「え?あ!そうか。キトラに雨をお願いしなければ!」


 早く行け、と急かされて、そうだったとイーアンも慌てて翼を出す。リチアリが出発後、どれくらいで南の山脈へ到達するか分からない。北はそうした『手伝う導き』はなさそうだが、南は既に予定あり。


「行ってきます」


「終わったら連絡しろ。俺はミレイオたちの船へ向かう」


 飛びながらタンクラッドに手を振って別れたイーアンは、白い光の尾を引いて空に消えた。



 *****



 タンクラッドはトゥに乗せてもらい、『これどうする』と馬入りの箱を見せられて、ゴルダーズ公の船に運ぶと答えた。


 リチアリは何も言わなかったから、こちらで守るだけ。銀色のダルナは了解し、『船はどこだ』と訊ね、タンクラッドの大体の説明で、南東へ向かう川の上空へ移動。そこから、ダルナの力を発揮し、トゥはゴルダーズ公の船を難なく探し出した。


()()だな」


「お前ってやつは。本当に時間が関係ないな」


「あの中で、タンクラッドの名前とイーアンの名前を、考えている者が何人もいる」


 それらの記憶を読んだら、あの船が条件に見合う、とトゥは言い、タンクラッドは了解した。

 大型船は、見るからに大貴族用と思えたし、海の旅で昔乗ったことのある船と、明らかに動力が異なる速さ。真上から見ると、何か燃やしているのか、船の一部から煙が出て、後ろに筋を引く。

 あれだろうなと認め、トゥに近寄るよう言ったが、ここでも『お前は入れない』と先に断った。


 不服そうな銀色のダルナに、常識で考えるよう、タンクラッドは諭す。


「普通に考えてくれ。お前の巨体が入ると思うか?仲間以外の人間が、船には多く乗っていて、お前を見たら説明以前に無駄に混乱する」


「人間の形に、変わってやっても良い」


 上から目線で、姿格好を変えると提案したトゥにタンクラッドは溜め息。


「その象徴的な双頭がそのままだと、既に人間に見えないだろ?」


 二つ首の人間・・・他のダルナ、例えばイングは人間の姿をよくとるが、かれは青紫色のまんまである。


 男龍と同じくらい背が高く、風変わりな衣服を着用している全身、頭の先から靴の先まで、同じ青紫の明度が異なる姿。


 スヴァドもそうで、暁色の彼は人間の男の見た目になっても、塗りたくったように、見た目の色は暁色である。

 思うに、彼らの象徴や誇りが人の形をとっても現れると、タンクラッドは捉えていた。


 それを、踏まえて。自分を見ている双頭のダルナがどうなるか想像すると『やめておけ』としか言えなくなるのだが、トゥは自分を早めに紹介しろと粘り、船に一緒に行くと言って聞かない。


 眼下を流れる川に、目的の船が進んでいると言うのに、トゥが遮る状態で降りられず、説得し続けて数分経過。


「トゥ。一緒一緒って、()()()()()()()だろうとは理解しているが、何がなんでもお前と一緒、は、場所と状況で無理が」


 ある・・・そう、タンクラッドが言い終わる前に、二杯ある船の、前を進む方が、バンッと大きな音を立てぐらついた。



 ぎょっとして、真下を見るタンクラッド。水中で何かが起きたか、前の船の船首が派手に揺れ、船は斜めに動く。川面は泡立ち、すぐに感じ取った精霊の気配が増えた続きに、魔物が川下に突如現れる。


「祠だ。魔物が出てきたか」


 察したタンクラッドは、精霊の祠に衝撃が起きて、魔物の通路が開いたと知り、背中の剣を抜く。


「俺は魔物の湧いた、時空の切れ目を閉じる。中に入ることになるだろう。そうなると、お前では無理だ。龍のバーハラーを呼んで」


「ちょっと止めるぞ。お前の()()()()、それは龍と同じだろう。俺と時空の中に入って、お前が龍気の面と魔物の気を混ぜる方法もないか?」


 時の剣の力まで知っているトゥに、呆れながら驚くが、それはそれ。タンクラッドは首を一度、横に振る。



「・・・状況が、急ぎだ。お前に付き合って、二度手間になっている余裕はない。バーハラーを呼ぶ。ダルナで入れるか、仮に入れても、別の面倒が起こるか分からない」


 強く否定する主に、トゥは不満を目付きで示すが、抵抗はそこで終えた。沈黙数秒後、タンクラッドはトゥから視線を外すと、龍気の面を片手にとって、白い板を出し浮上。

 じっと見ている二つの頭に『この世界の()()()()みたいのがあるんだよ』と、少し乱暴に突き放してバーハラーを呼んだ。


 やってきたバーハラーは、ダルナを一瞥すると、タンクラッドを乗せてさっさと川へ飛んだ。何を言われるまでもなく、壊れた異時空の対処に呼ばれた、くらいは理解している龍。


 燻し黄金色の龍とタンクラッドが、船に襲い掛かる魔物に向かっていくのを、トゥは観戦することにした。

 気分は良くないが・・・新しい情報―― 『何が世界の決まり事で、ダルナが干渉できないか』を得るために。



 船が傾き、タンクラッドたちが魔物と船の間に滑り込む。後ろで笛の音が鳴り響き、オーリンが龍を呼んだのが分かった。


 間もなくして、後ろの船から精霊の気がグワッと広がり、後方の船が激突を避けるように精霊の結界で止められる。シュンディーンが対処したので、船は任せ、タンクラッドは時の剣で魔物を斬るのみ。金色の鎌に似た光が、混ぜ合う風の渦に乗って魔物の群れを刻む。


 後ろから『タンクラッド』と声が聞こえ、振り向くとオーリンがすぐ側に来た。



「タンクラッド、指輪は?」


「集めた、使用済みだ。イーアンに続きを任せてきた。今はこっちだ・・・その前に、オーリン驚くなよ」


 矢継ぎ早に捲し立てるタンクラッドに、オーリンは怪訝な顔を向ける。驚くな、って?と聞き返した直後、タンクラッドの顔が一回上を見上げ『あれはダルナで俺の』と言葉を切る。


 魔物攻撃の最中、つられて上を見た黄色い瞳が真ん丸になる。さっき、ガルホブラフを呼んだ時は見なかった姿が、空に浮かんでいる。二つの首を持つ大型のダルナ・・・さっと、剣職人を見たオーリンに、タンクラッドは『無害だ』と続け、時の剣を目一杯振って魔物を斬り倒すと、剣の先を正面に向けた。


「水中で祠が壊れたんだろう。俺は()()()()。上のは、俺についてきたダルナだ。出たり消えたりするだろうが、気にするな。で。オーリン、傾いだ船が倒れないよう、シュンディーンに頼んでくれ」


 前の船は斜めに揺れ続け、乗組員が騒ぎ慌て、着岸させようと必死になっているが、受けた衝撃が酷いのか、舵が取れていない様子で衝突を恐れ、非常に不安定な状態。


「シュンディーンが出来なかったら」


 異時空の亀裂に突っ込む寸前のタンクラッドに叫んだオーリンだが、タンクラッドはちょっと振り返って『諦めろ』と答え、異時空の魔物の門へ飛んだ。


 焦るオーリンが、即行、後ろの船の甲板にいるシュンディーンに伝え、シュンディーンが水の力を引きずり出して応じる。川は水の壁を立ち上げ、後ろの船は直立を保ちつつ着岸へ進む。だが前の船は、思うように動かない。破損した箇所がどこなのか、水の壁の誘導も却って事故を煽るように、船はぐらつく。



 ―――叫ぶ人々と、事故を起こした船の行方を、上空から眺めるトゥは手を出さない。手助けはせず、()()()()干渉の幅が決まるのか、見定める機会とする。


「俺が手伝わないと、先の船は壊れるだろう。あの船にある『問題』が迎える、終わりの日らしいな。俺には関係ないことだ」


 乗員の怯えと焦りを読もうとすれば、途切れることなくトゥの頭に入り込む。船には、危険扱いされた代物が動力で使われ、それは既に役目を終えた・・・と解釈する。『誰にとっての役目』か、いざ知らず。見当は付くものの、トゥは船が徐々に壊れて行く様子を見つめるだけだった―――



「シュンディーン、船が燃える!」


()は無理だよ、オーリン」


 青年の姿のシュンディーンは、川の水を立ち上げて壁にし、前の船の傾きも直そうと試みたが、船が止まらず、船尾は水の壁の勢いに振られて、内部から火がメラメラと上がる。


 水飛沫は船の影を隠すほどなのに、内部の炎上で煙がどんどん増える。オーリンとミレイオは、近い岸と船を往復しながら人々と馬の救助に急ぐ。


 後ろの船は、シュンディーンが結界で守ってからすぐに、ゴルダーズ公の命令で動力も停止したが、前の船は停止が間に合わない状況で、船尾だけでなく船橋も突然出火し、船員は『操縦が無駄』と理解するや否や、我先にと逃げ出した。



 甲板で精霊の力を使うシュンディーンに、ゴルダーズ公は駆け寄り、前の船を指差して懇願する。


「精霊の子よ、お願いです。この船は誘導して、岸に寄せて下さい!前の船は、もう無理です。今から私は、あの船に移ります。私が船に移ったら、前の船を水の力で、向こう側へ押しやって下さい」


 貴族の言葉の意味が分からず、キョトンとしたシュンディーンに、ゴルダーズ公は『頼みます』と決死の形相で願うと、船首へ走った。


「オーリン!オーリン!私を前の船へ!」


 呼ばれたオーリンは、救出した船員を陸に下ろしてから、ゴルダーズへ飛び、貴族の伸ばす腕を掴む。ぶらっと体を宙に浮かせた相手に『燃えてるぞ!どうする気だ』と叫んだオーリンに、『方向を変えます』と大声で答えた貴族は、何を思ったか。急にいつもの微笑みを見せた。


「フォラヴによろしく」


「え?」


「妻と子供たちにすまないけれど」


 ハッと理解したオーリンが、何言ってんだと叫び、死を覚悟した男の腕を掴む力を、強めた瞬間。


 暴れて煙る船の真上、煙と水飛沫が届く距離で、ゴルダーズ公はオーリンの腕を振りほどいて飛び降りた。


 ゴルダーズ! オーリンの声が、船の衝撃音で消える。船体を水の壁で阻まれた船は、船尾だけがまだ動力で動いており、進路を変えないと着岸した船の側で大破する、とゴルダーズ公は感じていた。


 ぐらぐら揺れ続け、傾斜し濡れた甲板を、船員と馬が脱出に必死で上がる中、落ちたゴルダーズ公は傾斜を転がり、柵で止まる。急いで立ち上がって足を滑らせながら、壊れた船内に駆け込んだ。

お読み頂き有難うございます。

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