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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2348/2965

2348. 知恵の還元の影響・指輪の使者 ~振り分けの意味

 

 トルケナ工房で、イジャックとリチアリは顔を合わせた。

 イーアンとタンクラッド、工房の職人たちが見守る。職人たちは最初、『自分たちが話を聞いていいのか』と席を外そうとしたが、リチアリが『そこにいて下さい』と引き留めた。



 初対面の挨拶を交わした後、イジャックは、モティアサスを探してくれたイーアンに礼を言い、モティアサスに何が起きたかを端的に話した。


 ある日突然にして、あの町は壊れた。夜が明けて、朝が来て、昼が来た時、モティアサスの上空に大きな輪が広がるや、輪から降り注ぐ魔が町を襲い、襲われ出して間もなく、大地が割れ、地割れから出た魔物が溢れた。


 町民が宮殿へ駆け、宮殿も呆気なく壊されたため、イジャックは町の一画を選び、結界を張ってそこへ避難するように呼び掛けた。


 ―――だがイジャックに見えていた未来は、モティアサスが強制終了する未来。


 以前、イーアンと話した時は、この未来は可能性の一つでしかなかった。


 イジャックは自分が、この町の道連れで()()()()()()()と占いでも知っていた。自分が町を離れ、たくさんの人々と共に遠くへ行く姿を、占いの玉に何度も見たことで、自分はモティアサスから離れる日が来たと感じ、パーミカへ移った。



「パーミカに避難した、モティアサスの住人は僅かでした。モティアサスの町民たちは、あの町のまやかしが不安定になっても行き場がありません。麻痺した感覚が、足を動かさないのでしょう。

 私は避難民として受け付けてもらい、『世界の旅人』に伝えることがあると隊商軍に話したところ、世界の旅人(彼ら)と付き合いのあった工房・・・民間の避難民受け入れ先で、こちらを紹介されました」


 リチアリは彼の話に頷き、モティアサスが壊れた日は、恐らく『知恵の還元』の後だと教えた。イジャックもそれを何となく分かっていたようで、『あなたが知恵の還元を?』と聞き、リチアリの静かな瞬きに理解する。


 それから、神妙な二人の会話は、イーアンへ移る。イーアンは、非常に言い難いことを伝えねばならない。


 タンクラッドも気にしていたが、自分が代弁するのは違うと控え、女龍の背中に手を添えて『お前が決めたわけではないんだから』と励ました。悲しそうな女龍に、職人たちは嫌な予感がし、それは占い師二人も察した。



「これから。あなた方二人を、精霊に引き合わせます。精霊はアイエラダハッドの民を保護するため、二人の祈祷師を引率者に求めました」


 出だしを聞いた職人の顔が驚きに変わり、同時に安堵を浮かべる。それを横目で見たタンクラッドは、職人の腕をちょっと叩いて、首を横に振った。タンクラッドの仕草は、喜ぶなと釘さすようで、職人たちは戸惑う。イーアンは彼らが何を感じたか分かるし、溜息を吐いた。


「アイエラダハッドの民。本当は全員・・・精霊に守ってもらえたらと思います。でも私は伝えるだけで、何もできません。民は全員ではなく、『保護される人』と、『残される人』に分かれるでしょう」


「なんだって?」


「イーアンを責めるな」


 ギョッとして身を乗り出した職人に、タンクラッドが腕を出して止める。イーアンは彼らを悲し気に見てから『どうすることも出来ない』と、自分の采配ではないことをもう一度言う。


『そんな』『家族が離れるのか』『何で判断されるんだ』と慌て出す職人に、タンクラッドが止めようと向き直ったすぐ、リチアリが立ち、間に入った。



「精霊の国に変わったからです。アイエラダハッド知恵の還元はご存じですよね」


「精霊の国と言うと、君たちのような()()()()()、精霊の部族なら生き残ると、言っているのか」


「私たち部族民なら置いて行かれない、なんて保証はありません。精霊の国に変わるということは、精霊から見た人間の選択です。それは精霊に近いか遠いか、その程度の尺度で測れません」


 中傷を含む言い方をした職人は、普段なら棘あることを言わない。だが、精霊に見捨てられるとなれば、言葉も選ばず食ってかかった。リチアリは丁寧に、静かにそれを否定し、思惑は自分たちの知る範囲にないことも伝える。


「納得できるか!精霊が絡んでいたなら無事、って意味だろ?」


 若い職人の一人が怒り気味に繰り返し、イジャックが『そうは言っていません』とリチアリの横に来た。職人の大きな声で、他の職人たちも奥から出て来て、現場の雲行き怪しい話を伝えられて、誰もが表情を変える。


「生き残るために何が必要、とか・・・そんなのも教えてもらえないのか?必死で戦って必死で」


「精霊の采配です。占い師だろうが部族民だろうが、入植者だろうが、関係ないでしょう」


「あんたたち二人は大丈夫と保証されているから、他人事なんだろうが!家族がいて、魔物に襲われている中、もし離れ離れにされたらどうする。

 精霊を軽んじたわけじゃないのに。モティアサスも魔物に襲われたが、あそこはある意味、精霊の力があるだろ?昔から惑わす地だったが、どういうわけか栄えた。不誠実な人間が集まる場所でも、精霊に守られるなんておかしいだろう」


「モティアサスはもうじき、完全に終了します。そう言いました。この世界が生まれた頃、精霊の定めの範囲で生まれた土地だとしても、生き残れるかどうかは、別の話」


 捲し立てる職人を遮ったイジャックは、町民が避難しない以上、町と一緒に終わると言い切った。


 数秒の沈黙。睨みつけ、いきり立つ職人と、机を挟んで真実を説明する占い師二人。横に立つイーアンとタンクラッドの居る空間は、重い空気に包まれる。



「モティア」


 サスが終わるとして・・・ 一人が口を開いたその時、ドドッと地面が揺れる。


 揺れは一度で収まらず、すぐに低い地鳴りと共に建物を震わせる地震が起きた。

 ギョッとした数人が慌てて通りへ出ると、パーミカの町の人々が騒ぐ声が立ち、どんどん飛び交う言葉に『モティアサスだ』と混じる。


「イーアン、モティアサスが」


 イジャックの目が見開き、女龍を見る。見て来てと目で訴えた占い師に頷き、イーアンは翼を出して空へ上がった。すぐに、西の土煙が視界に入り、それがモティアサスの最後と理解する。


 町は、誰かに地面を刳り貫かれたかのように、円形にぼこっと沈んでしまった。町の影さえ見えない。濛々と立つ土煙は、かなりの深さを落とされたと感じた。

 真下に空洞が出来たのだろうか・・・ 龍気で体を覆い、イーアンが近づくと、視界が悪くてはっきり見えないが、町は丸ごと黒い影に埋もれていた。


 何も感じない。乱れた気の微塵も。『用済み』の言葉が過る。


 ()()()()()()なんだ、と目を瞑り、狂った町だったとは言え・・・数多の命が一瞬で消えた陥没に、女龍は祈りを捧げた。誰一人、生きていないのも、伝わった。



 パーミカに戻ったイーアンが、見た状況の詳細を伝えると、長年暮らした町の最後に、イジャックは目を伏せて祈る。リチアリは、自分の荷物の一つから、美しい布を一枚取り出すと、それを皆に見せた。


「私の・・・身を案じた貴族が、これを持たせて消えてしまいました。精霊の国に変わった瞬間でした。彼は、『もう少しの間、貴族が立場を保持する想定から、私が責められないように』と自分の持ち物を渡し、差別から身を守ることを勧めました、と。

 彼は高位貴族だったけれど、差別がなく、人々と母国アイエラダハッドの安寧を、心から願っていたと思います」


「消えたと言うが、どこかで生きているのか?」


 ゴルダーズ公の話ではない、と感じたタンクラッドが口を挟むと、リチアリは俯いて『いいえ』と小さな声で答え、『多分、もう』と濁す。タンクラッドは頷き、イーアンも同情の眼差しを向ける。


 職人たちは、『先住民の部族の男が、大貴族に身を案じられた』意味を、外国人のタンクラッドたちより強く理解する。

 これがどれほど、()()()()()ことか。これまでのアイエラダハッドで、まず、ないこと。大貴族が選んだ行動。その想い、見越した先を、感覚で理解する。


「・・・もしかして、古王宮の」


 イーアンが解らないなりに、あの場所で関わった人―― ウィンダル公の関係かなと思い質問すると、リチアリは頷いて、手に持った布を撫でた。


「はい。古王宮の管理を担う貴族でした」


 名は伏せても、この返答は職人たちをさらに驚かせる。古王宮を管理する大貴族となれば、王族と変わらないのは、この国の教育を受けた誰もが知っている。命が消える手前で、部族の男を守ろうと手を伸べた、貴族の意志がいかほどか。


 西では貴族の印象はすこぶる悪いが、それは彼らが高慢で差別的だから。隊商軍が毛嫌いする貴族は、無下に扱われ続けた蓄積の恨みの末だが、貴族の頂点に立つ人物が、東の古王宮で取った行為は、貴族の時代終焉を受け入れ、認めた以外にない。


 職人が黙りこくり、互いに目を見合わせながら、しかし戸惑いが落ち着きを欠く中で、タンクラッドが場を〆た。


「イーアン。リチアリとイジャックを連れて行こう」



 ハッと顔を向けた職人たちに、タンクラッドの視線が流れる。イーアンも彼らを見て、二人は同じことを同時に伝えた。


「誰が残っても、出来るだけ守ります」 「残された者は守る」


 トルケナ工房の職人は顔を伏せる者もいれば、縋る目を向ける者もいて、余儀なく弾かれる予告に対し、二人の言葉に頷くしかなかった。



 工房を出て、この話は()()()()全国に広まる、と呟いた剣職人は、トルケナ工房の職人たちに『またな』と短く挨拶し、イーアンも会釈して、占い師を抱えて飛び立った。


 空にはトゥが待っており、人数が増えた様子に、準備した箱を開け、馬と一緒に入るよう示す。手際のよいダルナに礼を言って、占い師二人と馬は木箱に、イーアンとタンクラッドは背中に乗り、トゥは山岳地帯の岸壁へ移動した。


 この時、遠目に見えた『モティアサス』の風景は、一時間前とは全く違い、陥没地の土煙はまだ一帯を包み込んでいた。



 *****



 銀色のダルナは山岳地を少し飛んでから、指輪の呼び出しが出来そうな場所を選んで、張り出した岩棚の上に木箱とタンクラッドたちを下ろす。

 岩棚は狭いので、馬だけは箱に入れたままトゥが持っている。馬はトゥを恐れず、箱の中でもじっとしていた。


 イジャックとリチアリを後ろに立たせ、イーアンは岩壁の前にしゃがみ、装飾箱と白い棒、ナイフ、8個の指輪を組み立てる。


「いいですか。指輪の精霊は、あっという間に消えます。質問に答えてくれるとは限りません。でもこちらが何も言わないと、()()ことはないので、もし尋ねたいことがあるなら、すぐに訊けるよう準備して下さい。順番も決めて。同時に喋って、精霊が聞き取れないと困ります」


「私は特にないです」


 イジャックがそう言うと、リチアリも少し考えて『私もかな』と呟いた。二人は指名を受けただけで充分、と感じており、質問はない様子。ここでタンクラッドが、客観的に思っていたことを二人に訊ねた。



「絶対に、自分たちだと言い切れるか?もしも、お前たちのように、他の占い師や祈祷師が精霊の導きを、何かしらで知っていたら」


「そうであれば、『私たちではない』と精霊に言われるでしょう。可能性として、イーアンが勘付いたけれど、最終の判断は精霊です」


 タンクラッドの、少し意地悪な質問に、リチアリがすんなり答える。イジャックも同意見らしく、頷いてタンクラッドを見上げた。


「その時は、大変だと思いますが、どうか急いで他の祈祷師を探しに出て下さい」


 逆に心配されて頼まれたタンクラッドは、返す言葉もなく『そうだな』と答えるだけ。イーアンもリチアリたちと同じ気持ちだったので、親方が撃沈したのは仕方ないと思った。


 精霊が『違う、この二人ではない』と言うなら―― 大急ぎで探し回るだけのこと。



「では。呼び出します」


 イーアンのセットした棒がカチャッと小さい音を立てて、細い光線が一筋伸びた。四人の前の岩壁に、精霊が浮かび上がり、二人の祈祷師は緊張と決意に顎を引く。


「二人を連れてきました。精霊の声を聞いた人たちです」


『宜しい』


 一言の結果に、全員ホッとする。だが、ここからが背筋凍る。


『お前はイジャック。お前はリチアリ。イジャックは(そり)で北へ向かいなさい。リチアリは舟で南へ向かいなさい。ここから橇の道が続き、川が流れる。

 お前たちを先頭に、後に続く民が()()()増えるだろう。イジャックの後ろに橇の列が。リチアリの後ろに舟の列が。

 行きなさい。お前たちが進む、精霊の道に付いてくる民を導きなさい。道も川も目的の地へ伸び、何が阻むこともない』


()()()()()()、とは。進めばそうなるのですか」


 不穏な含みに気付いたイーアンが思わず尋ねると、精霊の目が女龍を見つめ『そのとおりになる』と言った。


「では、私たちはただ先頭の、橇や舟に乗っているだけで良いのでしょうか」


 追いかけてイジャックが質問すると、精霊の視線は彼に向いて『何をすることもない。導きなさい。必要なら、民に行く先を教えなさい』と返事が戻る。



 それは・・・・・ 言われていることを理解し、四人が唖然とした一瞬。


 精霊の目が眩い光を発し、岩壁に映った顔は北を向く。精霊の眼から溢れる光は、一直線に北に道を渡し、その顔が南へ向くと、今度は南へ輝く川が流れた。


 高い岩棚のある岩しかない山間に、光の道と光の川が高低差も関係なく貫く。

 見れば、岩棚の南北両側に、橇が一台、舟が一艘、橇には精霊の狼が前に立ち、舟には黄金の櫂と棹が乗っていた。



『出発しなさい。民はお前たちと共に』

お読み頂き有難うございます。

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