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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2343/2964

2343. 8つめの指輪 ~③首二本のトゥウィーヘルファ・トゥと度胸の意味

 

「タンクラッド、ここか?」


 下りて来るなり、イングが中を見渡して尋ね、何かに気付いたらしく剣職人を見つめる。続いてスヴァドが入り、彼もまた床に視線を落とし『呼ぶか』と静かな声でイングに促した。



「気になるな」


 呟いたのはタンクラッド。二頭のダルナの態度は落ち着いていて・・・それはいつものことだが、彼らの様子が少し違うことにタンクラッドは気づく。気になる、と言われたイングは、床を見てから巌に顔を向け『何が』と。


「『解除を待つダルナを呼ぶこと』が、気になるのか?」


 青紫のダルナは巌を向いたまま聞き返し、タンクラッドも巌に体を向けた。


 この巌―― 封じられた力 ――の所有者は、首の二本あるダルナだろうか。ダルナたちに、ザハージャングの伝説など関係ない。彼らは彼らなりに、何か気にしているように感じたので、タンクラッドはそれを言葉少なく伝えたところ、イングとスヴァドは目を見合わせる。


「誤解される前に、言っておくか」


「そうしろ。どこでどう、解釈が変わるか分からん」


 二頭の会話に、タンクラッドの眉根が寄る。なんの・・・誤解だ?口を開きかけたのを遮られ、イングが巌の前にある影を尻尾の先で示した。


「分かるか、タンクラッド。ここに、凹凸が成す影の絵は」


「分かるが。巌の絵紋様で、もう一つは・・・ダルナだと思うが」


「今から解除で呼ぶやつは、ちょっと変わった形だ。ダルナは大体が同じ体型だが、ここに力を封じられたダルナは、()()()()こんな絵にまでされているくらい・・・警戒されていたんだな。まぁ、分からんでもない」


「何の話をしているんだ。頭が二つあることか?」


「お前の剣。()()()()()だろう」


 ぞくっとしたタンクラッドは、イングが今、ザハージャングのことを話していると気づいて止まる。イングの、青と赤が混じる瞳は真っ直ぐ剣職人を見下ろし、背中にある剣の柄を眺める。


「タンクラッドも知っていそうだが、先に話しておこう。これから呼ぶダルナは、絵の通りだ。首が二本あるダルナで、お前も異質に思うはずだ。ただ、『この世界の龍ではない』ことは確かだ。誤解して攻撃はするな」


「何を・・・何の・・・イング、お前はどこまでその話を」


「うん?俺が創世の龍に閉じ込められたことは、教えただろうが。閉じ込められる前に、この世界は『水に埋もれた』。その時の話だ」


 思ってもない話が飛び出て、タンクラッドは彼らが自分と同じ対象について話している、と理解した。ザハージャングを知ってか知らずか、恐らく存在は知っている言い方に、剣職人は小さく頷くと『誤解はしない』と答えた。


 これ以上の話を根掘り葉掘り聞こうとしない男に、イングも話を終える。スヴァドが少し部屋の壁際に下がり、『呼ぶなら、()()()()()()()()も言えよ』とイングに注意した。



「そのつもりだ・・・タンクラッド、スヴァドの近くにいろ。相手はちょっと、体格が良いから」


 知らない間に、双頭のダルナがうろうろしていたのかと、タンクラッドは妙な胸騒ぎを抱きながら、イングに従いスヴァドの横へ移動。

 イングもスヴァドも、双頭のダルナと面識がある・・・そりゃそうか、と思い直す。ここへ来る前に、場所を当てるイングは手配済みだろうし、スヴァドも付き添っているなら、事前に話しをしているのだから。



 タンクラッドが何となく落ち着かず考えている間に、イングは呼び出しが終わったようで、顔を外に向けた。


「すぐに来るだろう。『力を欲していた』から。出られない可能性なんて、眼中になさそうだった」


「力を欲していた、か。解除で何が起こるか知っているのか?」


()()()()()()、とでも思うか?」


 質問に質問で返すイングは、失礼だなと言わんばかりの目つきで剣職人を見下ろす。そうじゃないが、と目を逸らしたタンクラッドの態度に、何を読み取ったか『恐れるな』と横のスヴァドが()()。ちらっと見た鳶色の目に、暁色のダルナはもう一度同じことを言う。


「怖れるな、タンクラッド。別物だと理解しておけ。お前が攻撃を仕掛けようものなら、何が起こるか分からない」


「どういう意味だ」


「誤解と思い込みが、始末される理由にならないだろう」


「そんなことするか」


 ならいい、とスヴァドは頷き、顔を背けた剣職人から視線を外へ向ける。『来たぞ』そう言ったスヴァドの一音は、同時に空から降り注いだ危険な咆哮に消された。



 *****



 現れたダルナの影が空に映るや否や、タンクラッドの中で、()()()()()()()()()()()()が騒めいた。まるで、敵を見たように。


 影は二つの首を大振りに揺らし、巨大な体躯を支える大きな翼は、あっという間に本体を峰の重なる場所へ連れて来た。

 その姿は銀色に輝き、一枚一枚が広い鱗は刃のように薄かった。長い二本の首に、それぞれ獰猛そうな頭が付き、顔を包む鰭は、長い何本かの角の後ろ、首の側面にも続いて、大きく盛り上がった肩は鎧そのもの。

 太く長い尾は全長の半分ほどあり、大きい翼は蛾の羽にある模様と似て、目玉のような輪があった。太い四肢も、いかにも凶悪な印象。口を開くと、舌より早く赤い炎がひゅるっと出る。



 ――もしも、イングやスヴァドに『違う』と聞いていなかったとしても、俺は自分を抑えられた。


 これはザハージャングとは違う。()()()()()()()()()は、目の前の相手をしっかり把握する。引き継いだ前世の記憶は、何やら物騒な血の湧き返り方をしているが、まるっきり見た目が違うことで、タンクラッドは自分以外の感覚を抑え込んだ。


 これは、ダルナ。そう、龍ではないのだ。ザハージャングを思い出すと、あれは異形とは言え、やはり『龍』なのだと思わされる。何と言う特徴ではなく、質が異なる。ザハージャングはそもそも、二頭の龍が合体している姿だから、翼がない。それに首だけでなく、手足と尾も二対だった(※1096話参照)。


 グンギュルズ、気にするな、と心に言い聞かせる。ヘルレンドフではないだろうと思う。この神経を騒めかせる反応は、時の剣でザハージャングを斬った男の想い。



 固まったままのタンクラッドに、イングが顔を向け『大丈夫か』と徐に訊いた。問題ないと答えた剣職人は、中へ入ってきた巨大なダルナに『俺はタンクラッド。解除の立ち合いだ』と短く自己紹介。


 間近で見ると、部屋を埋めそうな大きさの相手ではあれ、タンクラッドに恐怖心はない。驚くには驚いたが・・・ その印象は、相手に伝わったか。双頭のダルナは向かい合う人間を見て、頭を一つ近づける。


「怖がらんな」


 最初の会話はこれ。そうだな、と頷く剣職人に、もう一つの頭が下ろされ『俺は、トゥウィーヘルファ・トゥ』とあっさり名乗った。意外そうに瞬きする、スヴァド。顔に出さないが、イングも双頭のダルナをじっと見つめる。いきなり名乗ったか。


「トゥウィーヘルファ・トゥ。これから解除だが、一つ問題があって、出られるかどうかはまだ確かじゃない」


「呼び名は、トゥ、で良い。出られるかどうか。問題ではない」


 息をするように炎がひゅるひゅる出てくる顔に、タンクラッドはちょっと手をかざして『俺が燃える』と注意。トゥは口を閉じ、人間の男を数秒見定めると、不思議なことを言った。



「その魂の奥。焼ける痛みの相手を、お前はいずれまた倒すだろう。その時、俺は()()()()()()


「・・・面白いことを。何の話だ」


「タンクラッド、()()()()()だ」


 トゥは話を続けず解除へ促し、頷いたタンクラッドはイングたちを振り返って『外で待っていろ』と先に避難するよう伝えた。



 黙って見ていたイングとスヴァドは、トゥの態度に思うことあれこれ。だが今は口にしない。イングはスヴァドと共に、峰より離れた空へ飛び、遠目で部屋が見える位置で待つ。


「『トゥ』、だと」


 名乗ったことが意外過ぎて、ぼそっと呟いたスヴァドに、鼻で笑ったイングは『あいつの能力だな』と返した。ちらっと見た暁色のダルナに目を合わせ、イングは部屋の方を尻尾の先で示す。


「タンクラッドが担う記憶。魂の続きを見るダルナが、タンクラッドと()()()()の因縁を見抜いた」


「見抜いただけで、ああも簡単に名を言うか?」


 スヴァドも、トゥの能力は知っているが、それと名乗ることは関連づかない。イングは『さぁ』と流し、そのすぐ後、峰はカッと光線を放ち、山丸ごと爆発した。



 *****



  トゥウィーヘルファ・トゥの解除で生じた崩壊も、これまでに引けを取らず、凄まじいものだった。大急ぎで逃げ出したタンクラッドは、イングたちと合流し、まだ閉じ込め状態が変わらないことを確認してから、峰を眺める場所で一晩を明かした。


 夜に探し当て、解除も夜中だったが・・・ この場所は朝も夜も昼も、どことなく混ざっている印象で、極北の沈まない太陽の風景に印象が近い。夜であれば、暗いには暗い。だが暗すぎない。夜が明ければ明るさはあるが、爽快とは程遠かった。


 日の出ない時間帯は、スヴァドがタンクラッド用に光による熱を用意してくれるので、タンクラッドは暖を取りながら、ダルナ二頭とトゥの帰りを待った。どうせ出られないなら待っていよう、と決まったこと。


「いつになったら出られるやら」


 イングのぼやきで、スヴァドは彼を見てからタンクラッドを見て『トゥは何か言っていたか』と訊ね、タンクラッドは首を傾げた。


「いや・・・特に聞いていない。精霊はいつもの問いかけだけだ。トゥは『この世界で存在を変えたい』とはっきり答えた。それだけだったな」


 ただ、タンクラッドは言わなかったが。何となく、根拠はなくても、トゥが戻れば出られる気がした。それはトゥに頼るのではなく、メーウィックがそう、設定しているような気がしたから。



 出られないこともだが、タンクラッドは『度胸』について考える。度胸が物を言う、とメーウィックが強調した意味は何だったか。度胸とは、あのダルナのことを示していたのだろうか。


 ―――メーウィックはダルナの解除に、女龍が関わることまで知っていた。


 そうであれば、イーアンが解除立ち合いで、ザハージャングのような相手にどう対応するか・・・そうした意味だったのだろうか。

 度胸と言うほど、その心構えを試された気がしないタンクラッドは、まだ何か見落としているのか、納得がいかなかった。


 また別のことだが、地図の意味もぼんやりと思う。結局ここは『入ったら出られない地帯』としての、地図の記号か?と。確かに出られる気がしない分、『忠告の記号』と言われたら、そうかもしれないが。これも曖昧な・・・・・



 このタンクラッドの疑問。中途半端な印象は、間もなく解消される。ただ、それが良いかどうか、納得するかどうかは。



「トゥウィーヘルファ・トゥ」


 スヴァドがぴくっと耳を動かし、徐にその名を呼んだ。小さな光の塊がほんわか暖かい、夜の山腹でダルナの長い首が左右を見渡し、『いる』と暗がりの向こうの存在を教える。


 この限られた界隈で、解除後から気配が消えるのは、魔力の産物のようなダルナのため、きっと魔力量が満ちると『気配』に繋がるのかもしれない、とタンクラッドは思う。

 ふと、トゥは何の匂いもしなかったし、温度も色も、存在を表す何かは出していなかったことを思う。トゥは、無味無臭(※ちょっと違う)なのか。


 向かい合う光の塊から視線を動かしても、暗さに目が利かないタンクラッドは、トゥの姿が見えないが、こちらへ向かっているらしいので、三名は動かずに待つのみ。


「ふむ。ああなるのか」


 イングが興味深そうに呟く。スヴァドは無表情。側に来た双頭のダルナは、攻撃的な見た目が取っ払われて、すっきりしていた。どさっとした樽のような胴体も、首より短かった太い手足も伸び、翼の目玉模様はくっきりとした『目』の絵に変わった。まるで、全ての威嚇を詰め込んだように。


「目が」


 広げている翼の内側を凝視するタンクラッドの声に、スヴァドが振り向き『実際に動くな』と添える。ギョッとした顔の剣職人に、イングも面白がって『彼の力が目の絵に変わった』と詳しく教える。


「絵、なんだろ?あれが力、と言うが」


「直に聞け」


 翼をぐっと一度伸ばしたトゥは、山腹の三者が座る場所へ翼を窄めて降りる。大きさは変わっておらず、ただ、獰猛さや凶暴さが引いて、精悍さの印象が強まった。



「トゥ。目が」


 タンクラッドが開口一番、それを言うと、銀色のダルナは一つの頭を翼に向け、もう一つの頭を剣職人に下ろして『お前の役に立つだろう』と言った。


 スヴァドは、トゥがタンクラッドを()()()と知り、魂の付き合いでもあるのかと感じた。


「タンクラッド。イング、スヴァド。出るぞ」


 トゥは二つの首を右側へ向け、峰が崩壊した方を見る。峰は既に元通りに戻っており、全部が済んだ様子。しかし、出るとは何があったかと、タンクラッドは出口の場所を聞いた。


「出る?どこか見つけたか」


()()()()()()、出られる仕組みだ。面倒はそれからだ。俺と共に外に出ると、タンクラッドは『分が悪い』だろう。だが俺は、お前の力になることにした。俺を連れて行け。そして、お前の魂が騒ぐ、本当の相手、その輩を倒す」



 双頭のダルナの言葉――― タンクラッドはすぐに理解できなかった。だが、タンクラッドの内側で、頭のずっと奥で、何かが、ガタンと外れた気がした。


 これが、覚悟だったのかと・・・ 何とは言葉にならなくても、感覚が『度胸』の意味を掴んだ瞬間だった。

お読み頂き有難うございます。

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