2342. 8つめの指輪 ~②古代民族の結晶
―――ここへ来てようやく、何を探すべきか理解した。
タンクラッドの動きが変わったことに気付き、イングたちはどうなるやらと横目に見て、彼が山影に入ったのをそっとしておく。
タンクラッドの鳶色の目は、水中で長石が傾いた続きを追い、一気に生気が甦った。連鎖反応に気付くまでを説明すると・・・・・
この、凍える山脈で―― 凍ることもなく流れる水があるだけで、充分奇妙に感じた。
外の岩肌に伝い落ちる川の水は、氷の結晶が出来ているのに、内側を流れている水はなぜか凍結を免れている。
川が流れる溝は肩幅の狭さだが、曲折する箇所だけは、角度で幅のゆとりが幾分かある。複数個の石はそこにたまるように置かれており、そのうちの目立つ大きさの一個、40cmほどの長さがある石は、両端が不安定な状態で、緩い流れに揺れていた。
これを、タンクラッドは見つめていた。『この石が、最初の起動装置だとしたら』。過った考えは当たっていた。
長石の片端付近にも似たような形の石、その石に接する石も同じような形状で、大きさが異なる。よくよく見れば、石はどれもどこかしら接触し、曲がり角から小さな空洞の底まで続いていた。最後の石は、暗く影のある場所で、水の流れの反射も加わり見えづらいが、一つやってみるかとタンクラッドが石に触ると、願ったとおり。
触れる位置の石の全てに触れ、加圧の調子を確かめてから、最初の長い石に戻り、どこにも触れていない端をに指を置き、左右にずれないよう、少しずつ一定の力をかける。凍りそうな冷たい水の流れで痛む指も気にせず、石の傾きを食い入るように見ながら、水底に押し付けた結果。
石の中心から向こうが、ぐーっと持ち上がるに合わせ、反対側の端に触れていた石が、流れの向きに乗ってゆらりと回転。回転は隣の石の端に当たって止まるが、三つめの石はくらくらしながら、触れていた別の石の留めを外れる状態に変わった。
四つめの石までくると、タンクラッドには好奇心しかなかった。四つめの石もまた留めから浮いて、緩い速度で角度を変え、近くの石に端っこを打つと止まる。当たった石は流れが落ちる位置にあり、水圧で勝手に持ち上がることで、空洞の底の何かに当たる。その時、タンクラッドの耳に、風と水以外の音が飛び込んだ。
ゴボッ・・・と水中から泡が増え、空洞の内側に新たな影が見えた。
動いた!と、思わず呟いたタンクラッドが空洞を覗き込むと、最後の石が引っ掛かった真横、板状の石が傾いているのが見えた。
空洞の先は少し内部の丈があり、1mはありそうだった。板状の石はそこに嵌っていた様子。この上辺が奥へ傾き、濡れる下半分は水中に沈んでいるものの、傾き浮いたそこに、隠れていた仕掛けが見えた。
「出てきたな。こうなりゃ、俺の本分だ」
手応え。逸る気持ちを抑え、剣職人は肩が入るところまで腕を伸ばす。板状の石は扉だろうと察する。水越しに見える底の人工的な窪みと、手前にある丸い石が道具。
窪みは、ちゃんと丸い石が入るだけの径がある。陸の宝探しで何度も経験した、この『引き戸』を前に顔が笑いそうになる。
タンクラッドは板石の下に通る窪みの端に、丸い石を置いて押し込んでみる。するとすぐに板石が揺らぎ、ごぼごぼと水流が流れ込んで、空間を隔てていた石は奥の隙間に滑って入った。
これを見て、展開をイングたちに言おうかと一瞬考えたものの、成果が出るまで続けようと考え直し、狭い空洞の横、突如現れた扉へ進むことにした。
大柄なタンクラッドは、入り口をそのままでは通れないので、背負う剣のベルトを外して手に持ち、無理やり潜る格好で、冷たい川に膝をついて片手片足ずつ、這うように中へ入る。身体を何度も引っ掛けては、やり直す具合だが、どうにか擦り傷付きで抜けた後は、無理しなくて済む幅が待っていた。
傾いた石板の奥は、肩幅くらいの幅は充分あり、背中を屈めて通る分には問題ない天井の高さ。縦長で高さをとった穴は、入り口に比べれば何の問題もなかった。
「雰囲気は、南の治癒場を思い出すな」
ああいった場所も参考になる。白い龍気の光が柔らかく照らす中、粗削りの一本道を気を付けながら先へ向かう。
ここを通っていて感じたのは、ダルナは別の方法で入るだろうこと。この狭さは、彼らにあり得ない。となれば、到着した巌にまた、彼らを迎える仕掛けがあるのかもしれない。
もう一つ気がついたのは、通路は表に比べて温度が高いことだった。体を濡らして震えはあるものの、進んでいく内に体の冷えが収まってゆく。
治癒場は寒かったが、ここは寒いどころか暖かく感じるのだ。そろそろ麻痺してるのかもなと、初めは思ったが、そういうわけでもなさそう。
なぜ暖かいのかを、狭い通路を進みつつ考える。水はここに流れていないからか。床はそこそこ平らで、壁と天井はそれほど平らに削られていない。特徴的なものは見当たらないが・・・・・
手袋の手を壁に添えて、ピンと来た。加工されている?粗い仕上げの天井と壁は、見るからに天然。しかし、これが既に加工された状態では、と顔を壁に寄せる。
「そうだ・・・多孔質かと思っていたが、手作業か!孔をあけてあるとは。嘘だろ、こんな距離を」
進んできた通路を振り向き、また、先へ延びる方を凝視する。かなりの距離、全ての壁と天井に細工したかと、親方は驚いた。
考えてみれば、もっと大きな通路に彫刻だらけなんてのも、遺跡では珍しくないのだから、この程度・・・と思えないわけでもない。しかし遺跡の彫刻と訳が違うのは、これを誂えた誰かは明らかに、保温目的で作った点。
それで暖かさがあるのかと納得しかけ、いや、と止まる。これだけで、気温がこれほど変わらない。
もしや!と、さらに顔を近づけてじっくり見ると、思ったとおり・・・『なんてこった』タンクラッドは苦笑する。
表面に孔が開いたこれは、なんと壁板として、一部の狂いもなく嵌め合わされている。そして壁板の下に、空気に触れることで穏やかに発熱する、綿状の鉱物が詰められていた。
凄まじい技術と根気の技と知り、タンクラッド脱帽。誰が、なんの目的でこうしたのだろうと、興味が湧く。メーウィックではないことは確かだ。彼はここを利用しただけ。
久しぶりの冒険心。いや、毎日冒険のような旅路なのだが、一風変わった発見があると、若い頃に旅をしていた感覚と馴染む。
こんな技術を注ぎ込んだ民族がいたのか、とタンクラッドは嬉しくなり、いかにも見かけは粗っぽい、しかし想像以上の知恵と技術を、惜しげなく盛り込んだ場所との出会いに感謝する。
「そういや、俺の上着も。ドルドレンもそうだな。バニザット(※シャンガマック)の服も、そう言えるのか。ミレイオは俺とドルドレンにあてがったこの上着を、どこかの遺跡の宝で入手したらしいから、アイエラダハッドの産物か確認しようがないが・・・上着も、思えばよく分からない暖かさだよな。
どんな加工をしたやら、想像もつかん。極寒から生まれた知恵が紡いだんだろう。民族の知恵と文化はいつも驚かされる」
特殊な上着に微笑み、タンクラッドはこの場所を改めて称賛。治癒場を作った者とは、別と分かる。
その内、余裕が出来た時にでもイーアンやミレイオたちにここの話をしてやろう・・・と胸が熱くなった。
混乱と惨劇真っ只中。不謹慎だろうことを理解しているが、いつでも学ぶことと希望は捨てないのが、信条。
貴重な文化の名残に触れた時間を感謝しつつ、タンクラッドの一本道は出口を迎える。
上がっていたと思うが、道が平坦でさほど角度を気にしなかった。ゆったり曲がる感覚と距離はあったので、大きな螺旋を道にしていたのかもしれない。
到着した出口は外の光が差し込む。だがここも寒さとは関係ない。
光は不透明な石板を組んだ窓から落ちており、出口の空間は漏斗を横倒しにした形状で、奥が広い。窓は右側についていて、ぼやけた向こうに見える影が、きっと重なる峰の下部分だろうと見当をつけた。
そして、窓と向かい合う左に、あの大岩がある―――
やっと来た。考え方と見様を変えれば、ものの数時間で終わる。こんなものだよなと、タンクラッドは自分に笑った。
イーアンがいても謎解きは楽しいが、一人で解く醍醐味は格別で、はーっと大きく吐いた息を、ぐっと吸い込み、いざ解除と巌に近づいた。
いつものあの、赤い絵柄。ダルナを呼ぶにはどうするのかと、巌の前に立って周囲を見渡す。この部屋には彼らが入るだけの広さが充分あるが、出入りはどこか。
聖なる建造物に似合う、穏やかで仄かな光を満たした部屋は、なんの飾りがあるわけでもなく質素で、この中にまた仕掛けがあるのかと目を凝らす。
溝に流れる川の、置き石。あれはメーウィックではと思うが、通路とこの部屋の作り手は同じ民族だろう。
・・・メーウィックはこの部屋にも仕掛ける気になっただろうか。少し考えて、それはないと思えた。
では、とタンクラッドは部屋に意識を集中し、よく見ながら歩き、光の差す角度や影に何かないかと調べる。
床の低さからは何も見えないと分かり、龍気の板で高さを上げ、浮上して部屋の中ほどの位置でまた左右をじっくり見たが、ここも何もなかった。
天井から見下ろすなどするだろうかと訝しく思うものの、一応、天井近くの高さからも見たところ。タンクラッドはごくっと唾を呑む。
床に。 大岩の前に影のように絵が浮かび上がった。この位置と角度からでなければ、こうは見えない。
これは、ダルナの視点。飛ぶ者に合わせた、記。
見下ろす床には、巌の絵柄と同じ絵柄が、床石のわずかな凹凸で作られており、絵柄の上部―― つまり、床の端位置 ――には、首を二本持つダルナ・・・にしか見えない絵も出ていた。
「双頭だ」
背中の剣は大人しい。これは龍ではない、ダルナだ、と自分に言った。ザハージャングを思い出したが、それとは違うのだ。
息を吸い込み、驚きは後にして、ダルナを呼べる仕掛けはないかと続きを急ぐ。そして、タンクラッドはふと感じた。
この高さで、どこからか風が来る。それは弱く通気のようにささやかではあるが、隙間風のない部屋と思い込んでいたところで感じると、意味がある気がして風の出所を探した。
向かい合う窓がそう、と至極当然の結論を得る。窓はキチッと嵌まっていたが、これも意図的な穴を一部に持っていた。
窓が開くのではなく、窓枠の上にある指が入る程度の穴数個は、窓の上の壁をずらせる様子。やってみるかと、タンクラッドは並列する穴8ヶ所に両手の薬指までを揃えて入れ、どう力をかけるのか、少し試してから真横に引いた。
ただの壁でしかなかった場所が、引戸の動きをする。最初だけ引っ掛かり、ちょっと持ち上げたら細い線路に重なって、力を使わずに動いた。
魂消たのはその大きさ。ずれた壁は、軽くタンクラッドの身長の二倍はある。
外の空気が流れ込み、外の真上にあの重なる峰を見上げた。
驚きつつタンクラッドはイングたちを呼ぶため、そこから部屋を出る。離れすぎないようにし、何かで閉ざされては敵わんと気にしたが、物理的な現象だけで着いた巌には、外へ出ても閉め出すような作用は起こらなかった。
タンクラッドは気を引き締める。呼ばれたイングたちが来る姿を見つめて、ここから『度胸』がいる・・・と覚悟を決めた。
お読み頂き有難うございます。




