2341. 8つめの指輪 ~①メーウィックの試験
西の山脈から戻っていない、タンクラッドの現状は―――
デネヴォーグを出た夜以降、ダルナ二頭・・・イングとスヴァドと過ごして、今日で何日経つか。
「どうする。タンクラッドの限界じゃないのか」
頭を抱える親方に、イングがやんわり『イーアン呼び出し』を促すが、タンクラッドは首を縦に振らない。
止むことを知らない強風を浴びながら、山脈の尾根に立ち、下界を見る。南部は今、どんな惨状か・・・それを思えば、タンクラッドはイーアンを呼ぶ気になれなかった。
彼女と一緒に考えて、解決する方が早いにせよ。その方が、犠牲や無駄な時間がないにせよ。
『呼ぶことで確実に解決』ではないし、揃って頭を悩ませないとも限らない。南部は戦いっ放しであろう日々、主戦力のイーアンをこちらに引っ張り込むなど、無理がある。
現在地アイエラダハッド西の山脈―― アイエラダハッドの大地と逆を向けば、すぐそこに、ヨライデ北部の国境。
空を移動していた時、点々と目にしたもの・・・誰が来たのか。こんなとんでもない山奥の山腹に、アイエラダハッド旗を描いた板があったので、恐らくそこが国の境。
南の捜索時と違い、西の古歌・指輪二つ分の情報は、その位置を示すに正しかった。だから、最後の指輪―― 8つめ ――は手探りで、場所からまず探す必要があったのだが。
これをすっ飛ばしてくれたのがイングで、『宝のダルナ』と言うだけあり、何の苦労もなく指輪の在り処を特定した。
だが、続きは予想どおりで難航する。目と鼻の先にある、と教えられて、意気込んだのも束の間。手も足も出ないで、時だけが過ぎていた。
「7つの指輪で体験した要素、が・・・あるわけだろ」
今日も眉間にしわを寄せて呟くタンクラッドに、イングは長い首を向け『いつもそう言ってるな』とダメ出しする。じろっと見た鳶色の瞳に、分からなそうに瞬きし、睨むことじゃないと親方を窘め、もう一言付け足す。
「ついてきたのは俺たちの意思だから、どうとも思わないが。足を踏み入れた時から『出られない』となれば。解除と指輪を早く済ませて、出る方法を」
イングの文句を、さっと手を一振りして遮ったタンクラッドは、溜息混じりで最後まで聞かずに答える。
「そう、だが。だからと言ってイーアンを呼びこんで、一緒に動けなくなっても困るんだ。俺はこの話もいつもしているぞ」
遠回しに『とばっちりを食って迷惑』と聞こえる言葉に、親方は『イーアンは呼ばない』と断言した。呆れるように、後ろのスヴァドに目を合わせたイングを無視し、タンクラッドは再び集中する。
イングとスヴァドが来たことで、助かるには助かったが――
今更不思議でもないが、この場所は連絡不可領域だった。入った時から一度も出られない、おまけ付き。視界には、広がる空と山脈と、遠い地平線の景色しかない。
―――ヨライデ国境に近い場所で、幽鬼だまりや土地の邪の影響があるのでは、と地図で見た(※2067話参照)。
あの時、ドルドレンに散々質問し、イーアンも加わって、魔法の地図を囲みながら、ドルドレンの歌の解釈を詰めた。
その詳細を書いた紙を、着いてから何度も見直しているにも関わらず、こじつけでも手掛かりと掠りやしない。
魔導士の地図の記号は、古代種の溜まり場か、もしくは異界の精霊の幻術かと話したけれど、ここまで来て、異界の精霊は関係なし。いればダルナがとっくに気付いている。
となれば、古代種の影響、と見るしかないものが・・・この閉ざされた一帯には、邪の気配もない。自分もダルナも感じ取れない微弱さだとして、背中の剣は、魔物に反応する。それもない。
では、何故に『記号』があったのか。
『妙な記号』にイーアンは地図を見て、首を捻っていた。魔導士の記号が示していたのは、何だったのか。
確認していなかった・・・ 悔しく思い出しては、タンクラッドは舌打ちするのみ。魔導士に聞いておけば、こんな状況に嵌らずに――
「タンクラッド」
「なんだよっ」
話しかけられて、素の状態で反応する親方。日々、成果もないままに、昼夜も離れることさえ出来ずに、付き合うだけの暇なダルナは、タンクラッドの苛立つ顔を向けられて『王冠で壊すか』と短く提案。ダルナとしては、『王冠で一部破壊する方法』のつもりの一言。
だが、聞いた方からすれば、突拍子もない。タンクラッドは『何言ってるんだ』と目を丸くして、即却下した。
・・・ダルナは冷静で、退屈だろうが展開がなかろうが、怒りもしない。
が、この二頭はイーアンに『従う習性』で、イーアンがいないと落ち着かない。とうとう、『王冠で壊す』とまで言い出した。
移動範囲は『閉ざされた状態』だが、飛べる時点で魔法は可能。だからって、『壊そう』と俺に言うか?神経を疑いたくなる発言に、親方はクラクラする。
指輪がどれほど大事か、あんなに教えているのに。集めている本人に。
タンクラッドは頭痛のする額に手を置いて、『とにかく頑張るから待ってろ』と龍姿のダルナたちに頼み、考えるため、少し距離を取った。
尾根は幅があり、周囲の尖峰の角度に重なると、風が避けられる。風を少し避ける岩の横にしゃがみ、何か忘れていないか、何度も考えたことを考え直す。
ダルナがいるので、食事等はどうにかなっているものの。寒さだけは難しく、タンクラッドの体力も、そろそろ本気でマズくなっている。
・・・バーハラーは、雲間の村同様、この場所目前で帰った(※即決)。
あいつが帰った時、出られない可能性に気付けば良かった。バーハラーは乗り主を振り落としてでも、自分の意思を通す(※つまり落とされた)。慌てたダルナに飛びながら拾ってもらい、気が付けば入り込んだ後。
「早く言え、って!こんなに付き合いが続いても、バーハラーは俺に冷たい。くそっ、寒いっ」
夜間は、光熱を出せるスヴァドが少し暖を取ってくれるが、夜の間だけ(※日が昇ればやめる)。ずっと・・・ではないのが厳しい。『人間が生きられる気温じゃないぞ』と書き取った情報の紙と睨み合いながら、寒さに震えるタンクラッドは、ここで自分の言葉によって気づく。
「使う道具こそ特殊だったが、メーウィックも『人間』だ。彼は、人間らしい仕掛けを使っていたじゃないか」
一点を見つめる鳶色の瞳に、奇妙な形の峠が映る。イングは、『指輪の巌はそこにある』と教えた。特定された場はすぐそこで、肝心の巌が見えない現場・・・・・
―――ひときわ目を引くそこは、隣り合う峰が、弧を描く曲線で繋がる。
正確には、重なっている。角度を変えると、繋がる峰が一つの山に見せるが、側面を見れば、二つの山の頂が寄りかかる形。
峰と峰の隙間は、殆ど無いに等しい。両手を組んで祈る時の手の形に似る。
最初に入った時、場所を特定したイングが、スヴァドと共に、峰の中に続く空洞や地下がないか探ったが、通路らしきものはなかった。
では、と、峰を中心に範囲を広げようとし、『東西南北と天井が塞がれている』と知ったのだ。動ける範囲は長方形の箱状態で、巌のある峰は、長辺の端。
一緒に来ているのが、解除した完璧なダルナ。内、一頭は宝を発見する能力持ち(※イング)。この二頭が『通路も、手掛かりもない』と結論を出した時点で、タンクラッドは悩み始めた。
タンクラッドのもう一つの期待『キトラのような精霊がいる可能性』も消えたわけで。
雲間の村先にあった黒い門や、キトラ・サドゥ的な、中間を受け持つ何者かとの接触を考えていただけに、箸にも棒にも掛からない結論は、実に心細かった。
そこからは堂々巡りで、『巌がある峰』の周囲を、見落としや反応はないかと、へばり付いて朝から晩まで調べるだけだった。龍は既にいないので、タンクラッドは龍気の面を使い、文字通り飛び回りながら、山の下から上まで・・・・・
難度を上げる、挑戦者の見極めにも似た、メーウィックの指輪隠し。
『これまでの要素が加算』の言葉、意識するあまり、目を晦ませていたのではと気づいた。
同じものが待ち構えているとは、言われていない・・・ 彼は伝言で『最後は度胸が物を言う』と、挑む重大な部分を強調した。
まだ、『覚悟』に辿り着いていないということは、手前はそこまで小難しくない、とも取れる。
「メーウィックは、最後の隠し場所に『度胸だけは忘れるな』と念を押した。今は度胸以前の問題だ。単に、近づく道が見えていない。
指輪探し後半は、精霊に託されていたり、奇妙さが連続したし、ここも風変わりと言えばそうだから、それで視野が固定されたが、もしかすると。
既に『外界遮断』で『秘境』で『何もないことが謎』が揃っている。続きは摩訶不思議系ではなく、所謂人間の感覚で・・・彼らしい仕掛けを用いている場合も、考慮した方が良いのか」
タンクラッドは、そうと決めれば切り替えが早い。
すっ、と息を吸いこみ、一度頭を真っ新にする。それから、360度見渡し、閉ざされた範囲―― 動ける限界 ――を思い出す。龍気の面を手にし、足元に龍気で白い板を用意して乗ると、タンクラッドは一旦、端まで飛んだ。
この領域を長方形の箱としてみると、峰は片端にある。反対側は何にもなかったが、この妙に律儀な割り方に、意味がありそうで気になっていた。
行ける最も遠い地点へ着き、透明の壁に遮られたところで、来た方へ向く。そのまま『天井』までゆっくりと上がり、伸ばした手が止まった高さから、タンクラッドは峰を見つめた。距離は、相当ある。
「仮に。ここが『何かの建物』だとする」
声にして、自分の頭に浮かぶ想像を組み立て出す・・・ 自分のいる位置が、『入り口』。峰は『重要な部屋』で、そこまで『通路』がある設定。タンクラッドの鳶色の目に、見えない間取りが見えてくる。
「俺の真っ直ぐ前が、廊下。貴重な峰は、本殿。だが、本殿まで廊下は続いていない。だとすれば、近くに隠し通路があるはずだが、それもない。・・・いや、ないわけないだろ」
絶対にある、とタンクラッドの勘が示し、自分の考える『大きな建物』を脳裏に浮かべながら、『通路』の上を進んで『本殿』―― 峰まで戻る。
手前にも真下にも、ダルナに調べてもらっても無かった、通り道。
だが、絶対にあるはずと、証明前の自信が蘇った。二つの峰を支える山麓は広い。タンクラッドは無駄に動くのはやめ、直感で『本殿の宝物棚』へ入り込む通路があるとすれば、の仮定に従う。
「人間らしく考えるなら、だ。人間の可能な動き・動ける時間・仕組みを条件に・・・ メーウィックは、梃子の扱いを好んだ印象が強い。どこかが圧されると、どこかが浮く。何かがずれる。
彼だって、この寒さを耐えるのはしんどかったはずだ。何か、丁度いい・・・仕掛けに良さそうな場所を見つけて、それを利用した可能性も」
隙間のない峰の接触面に近づき、目を走らせる。何度も見ているものを、違う感覚で見直す時間。
噛み合う二つの山は、所々に隙間はあっても、隙間が地面まで下りていない。接触面ではなくても、亀裂はないだろうかと目を凝らし、位置を少しずつ移動して角度を変えると、ある一ヶ所が気になった。
「川か?」
接触面から数mほど、横にずれた亀裂。亀裂の隙間に水がちょろちょろと流れるのを見つけた。川と言うには、肩幅くらいの細いものだが、水は出てきた岩肌を伝って下に流れている。
この川の位置は、山の中腹から少し下。亀裂は、二等辺三角形の丈のある隙間を持ち、タンクラッドが入り込めるくらいの幅は、かろうじて確保できそう。
川は長年で岩を自然に削り、浅い溝を流れる。水は山の中から出てくるので、山の内側に染み出た水なのだろう。
亀裂の奥は真っ暗ではない。亀裂の奥行きまでの形を何かに例えるなら、山肌に釣り針が横向きに刺さり、先が抜けている具合。
この天然の狭い隙間の床部分が、溝を流れる川で、川は亀裂の端から端までの、丁度真ん中あたりにある、小さな空洞から落ちているのが見えた。
亀裂に入ることにして、背中の剣を擦らないよう、タンクラッドは慎重に奥へ進む。空洞まで到着すると、空洞自体は非常に小さいと分かった。背を屈めても入れる気がしない、丈の低さ。
だが―― タンクラッドはそこから動かず、じっと不似合いな影を見つめて考えた。
「これ、か」
水は、横穴の空洞から出て、空洞に対し、丁字状の溝に落ちて曲折し、溝の傾斜が下へ向く方へ流れる。この『曲折する箇所』の川床に、幾つかの石が見えた。
その石たちは、鉱物を採石し続けたタンクラッドの目に、違和感。この山の岩の質と、異なる―――
空洞は入れそうにないが、これが仕掛けに感じた。曲折する箇所は、水が落ちるのでそこだけ少し深さがある。水の上に浮かんだ親方は、龍気の板にしゃがんで、手を水中に伸ばすと、石の一つに触れる。
タンクラッドは、石を持ち上げることはせず、慎重に力をかけて一つずつ押してみる。そして、当たる。
「動いた」
手応え嬉し気な一言が零れると同時、小さな石に連鎖反応が生じた。
お読み頂き有難うございます。




