2336. ドゥージの行方 ~②怨霊のルーツと家と、探し人
真夜中のアイエラダハッドの山中で、古代サブパメントゥを倒した森に、シュンディーンと魔導士、ドゥージの馬。
ドゥージがいるはずの、地面にあいた穴の奥―― 洞窟 ――に、『彼はいない』どころか『連れて行かれた』と呟いた魔導士に、シュンディーンは唖然とする。
「え・・・だけど、気配が」
「ドゥージがいるように、仕向けてられていただけだ。おかしい」
魔導士は何を感じたか、『ドゥージが連れて行かれた』わりに、やけに落ち着いている。何で急がないの、と気が焦るシュンディーンは、彼を探そう、と持ちかけたが、髪をかき上げた手をそのまま考え込んでいる魔導士は、彼を無視して呟き続ける。
「この状況で・・・だろ?これが出来るとなると、あいつ・・・いや、手を出すわけないんだよな。だが、あいつくらいしか思いつかん。コルステインに伝えるか」
「おじさん!」
「あ?俺か?まぁ、お前から見りゃ、おじさんか。何だ、小僧」
無視されていたシュンディーンが、どう呼びかけていいかも分からず、おじさんと呼ぶと、魔導士は面倒気に視線を向ける。小僧と呼ばわれ、ぐっと顎を引くも、シュンディーンは『ドゥージを探さないと』ともう一度頼んだ。
「あのな。探す当てはあるのか?考えろ」
「分からないけど、まずは探さないと、連れて行かれたなんて」
「こーぞーう(※嫌味)。俺の声は聞こえたか?よーく考えろ。たった今、お前は俺に救われて、ドゥージは神隠し。『まず探す』のは、どこかくらい、一応考えて動け。その精霊の力は、探し物向きか?」
「あ、う。ぐ」
「・・・シュンディーン。ミレイオが俺に教え、その後でコルステインも俺に場所を教えに来たから、俺はここにいる。お前が来ているなんて知らなかった。だが、お前がドゥージを探しに飛び出したのは、ミレイオに聞いたから、今お前に言えるのは『お前は戻れ』だ」
「いやだ。僕は」
「ミレイオが死ぬかもしれないくらい、心配してる。アホみたいに」
「なんて言い方だ!ミレイオは」
「分かったな? 帰れ。精霊の礫は、集めておく。ドゥージの馬も、俺が後で届けてやる。『赤ん坊』は、親を心配させるな」
「『赤ん坊』じゃない。精霊の力が増えたんだ!今は助けられたけど、僕だって」
「早く、おむつ替えてもらえよ」
突き放されて、無力も恥も味わうシュンディーンは、ぐうの音も出ない。いるだけ迷惑、と初めて感じる屈辱。赤ん坊の姿で、事あるごとに感謝されたり、役に立つ戦力と自分でも思っていたのが、粉砕した。
魔導士はそんな精霊の子から、ぷいと顔を逸らし、気にしていそうな馬の首をポンポン叩きながら『よく頑張ったな』と褒め(※馬には優しい)、馬に手を置きながら『仕方ない。コルステインに』と独り言を続けている。
完全に無視されたシュンディーンは、両手の拳を握り締め、『自分は役に立てなかった』のを認めると、淡い水色の翼を思いきり広げて空へ飛ぶ。
馬車へ・・・オーリンが教えてくれた、川を下る大きな船二杯だけを必死に考えて、他の全部を忘れるように、夜空を切るように飛び、魔物がいれば八つ当たりに倒し、悔しさと恥ずかしさと無念を抱えて南東へ向かった。
それを。魔導士は特に何とも思わない。
イーアンくらい跳ねっ返りが強ければ、力づくで捉まえないとならない。ザッカリアほど機転が利けば、会話で済む。フォラヴ程度の余裕があるなら、交渉も良いが。
シュンディーンはただの赤ん坊で、会話になるほど落ち着きもないし(※例:ザッカリア)、思ったと同時に動き出しもしないし(※例:イーアン)、まして、微笑と冗談を混ぜる余裕なんざ縁遠い(※例:フォラヴ)。
「同じガキでも、『相手してやった方が良い』と思えるなら、俺も時間を割いてやるが(※先の三者のイメージ=子供)。赤ん坊じゃ、手間かけるほど俺も暇じゃない。で」
シュンディーンより、ずっと深刻な事態。
穴の入り口に出した、即席の小型魔法陣で洞窟内を見ていた魔導士は、ドゥージが残したであろう残留思念の欠片も拾い上げたが、新しい情報はなかった。ただ、ここには『精霊』の要素がある、それは知った。
魔法陣を消し、ごろんとズレた大岩に目を向ける。その向こうに、この位置からは見えないが、妙な存在感を放つ『大樹』も感じ取る・・・・・・
「この岩を、ドゥージが一人で動かせるわけがない。要は何かに『匿われた』解釈で良いか。この洞窟に、怨霊はとっくにいなかった・・・随分前に、ここの怨霊は、あいつの背中に乗っていたんだもんな」
仮説を大方正解とし、魔導士は馬に『ちょっと待ってろ』と言うと、改めて結界を張ってやる。それからすぐ近くの町へ行き、惨殺された山中の町に祈りを捧げ、少し・・・見て回った。
「ここが、ドゥージの家だった」
一軒の家の前に浮かび、静かに呟く。木材が消えた棚と、放置された工房、そして隣接する家。ドゥージが人間として生活していた時の、家――― ドゥージは、怨霊憑きになる前に、この町のこの家で生活した。
―――戻った理由は何だったのか。自分の弓が、怨霊を引き寄せるきっかけになったのを、彼はどこかで知り、それを考えていたかもしれない。
怨霊を振り払う術がないにしろ、彼は諦めなかった。
自分が自由になる日を求めて、突き動かされる背中の呪いに従いながらも、可能性を集めて・・・ここへ戻ったのか?
「イーアンたちと過ごした間は、怨霊も鳴りを潜めていたしな。西で一度酷い目に遭っているが、あれくらいだったろうし。自分が、彼らのお荷物になると、常に気にしていたか。
いや、荷物どころか、ラファルのように・・・いつ、皆の敵になりかねないと、怖れていたかもしれん」
起因の地へ戻ったから、と言って。ここ、と彼が定めた思考は、魔導士にも解らないが、とりあえず『彼が解決を求め・何に匿われたか』は察した。
人っ子一人、生き延びなかった町を去り、魔導士はふと、思った。
ドゥージはこの状況を見ただろうか・・・ 彼が町に戻った時、既に襲われた後だったのか、それとも最中だったのか、もしくは、彼が洞窟に入った後の悲劇だったのか。
「しかしな、ドゥージ。お前はラファルよりはマシだと、俺は思う。辛いには違いないが」
馬は魔導士を信頼して待っており、戻った男に挨拶し、一緒に礫を集める。器用に唇に挟んでは魔導士に渡し、魔導士はちょっと笑って、馬に礼を言い、礫を全部回収した。
「お前は、ドゥージより先に馬車へ戻るんだ。連れて行ってやろう」
コルステインたちに報告するのは、その後。田舎の山の森を、緑色の風が馬を抱えて、後にする。馬は自分がかつていた町を何度か振り返ったが、魔導士に運ばれている間、ずっと大人しかった。
*****
そうして――― 魔導士が船を見つけ、甲板にブルーラを下ろし、わぁわぁと慌てる船員が、急に現れた馬に寄る中。そこにフォラヴとオーリンを見て、風は次の目的へ向かす。
先ほどの場所へ戻り、コルステインを呼び出し、現れたコルステインとその家族(※ゴールスメィ)に、ドゥージがいなかった状況と、自分が推測した内容も伝えた。
コルステインは、何となく分かり難そうだったが、横にいる獣の頭のサブパメントゥは、魔導士の話に理解し、コルステインに噛み砕いて教えていた。これにより、コルステインは難色を示す。
『バニザット。探す。する?』
『どうするかな。ラファルは、リリューに預けているから、まだ動けるが。俺も魔物を』
『いい。コルステイン。魔物。倒す。する。お前。ドゥージ。見る。探す。する』
勝手に決定しかねない勢いなので、苦笑するバニザットは、ちょっと待てと相手を止め、心なしか不安そうに見守る隣のサブパメントゥに『探し出しても、すぐにドゥージを確保できるとは限らない』と伝えた。
話が早そうなので、ゴールスメィに振ったのだが、コルステインはそれも癇に障ったのか、黒い鉤爪を魔導士の肩にちょんと当てて、自分を見させる。その顔が少しむくれている・・・・・
『バニザット。コルステイン。言う。する。ゴールスメィ。違う。コルステイン。決める』
『ああ・・・そうだな、悪かった。彼がお前に言う方が、解りやすいと思ったんだ』
『コルステイン。決める。お前。言う。何?ドゥージ。探す。嫌?』
『嫌じゃないよ。だが、・・・なんて言うかな、連れて戻れないかもな、と』
『どう?何?ダメ?』
このやり取りがもどかしい。コルステイン相手だと、ちゃんと伝えるまでが非常に時間が掛かる。
微妙に同情の眼差しを向ける、横の家族の視線を受けながら、魔導士は出来るだけ、コルステインが理解しやすい簡単な表現で話し、どうにかコルステインも理解した。が、結論は変わらず。
『バニザット。ドゥージ。戻る。する。コルステイン。言う。分かる?』
『分かった。すぐ教えるよ』
話すだけ話して、コルステインはゴールスメィと下がる。答えた魔導士に、うん、と頷いて二人は青い霧に変わり、そのまま闇にいなくなった。
魔導士は疲れた(※意思疎通)。はー、っと息を吐いて目を閉じ、コルステインの頼み事をどこまで叶えられるか、順序立て、粗方決定・即実行に移すことにする。
「俺も時間がそんなにあるわけじゃない。まだ、ショショウィに会ってないからな、魔力がどこまで保つやら」
しかし、ドゥージが消えた時点で、こっちもそう間延びできないのは重々、承知の上。やっつけ仕事を割り切って、その場で呪文を唱え、魔法陣を出し、呼びかけたのは―――
「ぬっ。なぜ」
魔法陣に異常な気が膨れ上がり、おかしいと気づいた魔導士の前に、ズォッ・・・と現れたのは、紺色の僧衣。
「しまった」
何が間違えたか、全く考えもしていない相手を呼び出したと知って、魔導士が急いで魔法陣を閉じようとすると、『まぁ、待てよ』と相手は魔法陣を固定した。バッと相手に顔を向けた魔導士に、紺色の僧衣から白い顔が笑って見下ろす。
『呼んだ、だろ?』
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