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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2334/2965

2334. 封じられた知恵の名残・ドゥージの安否

 

 大型仕掛け細工。燃える石。大型船を動かし、十年以上壊れずに動き続ける、燃料付きの動力を造ったのは、アーエイカッダ時代の僧院の知恵―――



「・・・僧院ですって?」


 聞いた瞬間、ざっと頭に過ったバニザットの生前の話。ミレイオは瞬きをして貴族を見つめ、水飛沫を立てる壁の向こうの二頭の仕掛け細工を見た。


 これが、僧院の名残・・・・・ イーアンに言わなきゃ、と何かマズい気がして心が焦り出す。まだ、()()()()が他でも続いているかもしれない。


 船だって水飛沫が半端ないし、推進力も普通じゃないけれど。

 この船体の大きさに加えて、貴族の持ち物だから、世間にしつこく突っ込まれず、見逃されているだけだとしたら。貴族の権力が物を言う国で、探りを入れる人間はまずいない。


 これでどこか、人目に付かない場所に()()()()()()が造られていたらと、想像は一気に進む。



 ゴルダーズ公は、言葉を失ったミレイオの横顔に、何か危険を感じ取ったと知り、ミレイオの腕にそっと触れて自分を見させた。


「船室へ行きましょう。私の船室に、この船の見取り図と動力の設計図が保管されています。使う船には、必ず一緒に乗せるようにしています」


「図まで私に見せて良いの?私が分かる範囲じゃないだろうけど、ちょっと前に知り合った程度の外国人に、こんな秘密を」


「もしかしたら、この動力を使い続けるのも、私の代で終わる。僧院の資金や維持も、今後は見直さないといけません。それに、これは『私が生き残ったら』の話でしょう?明日には魔物に殺されるかもしれない。今を機会にミレイオに話しても、と思います」


「バカ言わないで。守ってあげるわよ」


 二人だけの動力監視室だからか。弱気な心を打ち明ける貴族に、ミレイオは彼の肩をポンと叩き、寂しそうに微笑んだゴルダーズを励ました。


 動力室を出て、二人はゴルダーズ公の船室へ移動する。

 書き物机の引き出しを一つ引き、黒い革を張った、艶のある薄型の鞄を机に出したゴルダーズは、無言で留め金を外し、内側の錠に鍵を差し込んだ。数回、変わった捻り方の後で、小さな開錠の音が聞こえ、金具合わせの内袋が開く。ゴルダーズ公は、中にある上等な紙二枚を取り出し、机に広げた。


 アイエラダハッド文字で書かれた設計図と見取り図は、何を書いてあるかミレイオに分からないが、図さえ見れば、大方察しはついた。自分の作った雪かき機と原理は似ている・・・・・


 イーアンは絶対に何か知っている、と思い、『彼女にも見せたくなる』と呟いてみると、ゴルダーズ公は『龍には陳腐な代物では』と謙遜した。



「そんなことないわ。彼女はとても博識なのよ。龍だからって、人間の文化を遠ざけたりしないの。それどころか、逆。

 ハイザンジェルでは、イーアンが騎士の戦闘に役立つよう道具を考えて作ったり、戦い方の指導をしたんだから。これを見たら、きっと良い形で活かしてくれるかもよ」


 ミレイオの説明に、ゴルダーズは少し顔つきが変わる。言われて思い出した『イーアンが戦法を変え、騎士修道会の死者が圧倒的に減った・魔物の身体の一部を加工して、最初に装備を作り出した』その資料を読んだこと・・・・・



 ここで、話がガラッと変わる。ゴルダーズは広げた設計図をそのままに、真剣なまなざしをミレイオに向け『イーアンに、()()()()()を頼めませんか』と急に相談する。


 は?と、違う展開に目を丸くしたミレイオに、ゴルダーズ公は何か思い付いたらしく、しっかりと、ゆっくり頷く。


()()出来ることはまだある・・・あります。そう、イーアンに戦法を指揮してもらい、西にいる騎士を動かしましょう。彼らの戦い方は、隊の練習など、実戦を想定すればお遊びに等しかったのです」


「え、首都の騎士のことでしょ?今すぐ彼らに教えて、って言っているの?イーアンはずっと帰ってきていないのよ。戦禍の真っただ中で、そんな、教えている時間なんて」


 濁すミレイオは、ゴルダーズが何をしたいのか理解できず、困惑する。動力の仕組みをイーアンに見せる・・・話をしていたよね?と自分の言ったことを反芻するが、彼は突拍子もなく『指導希望』を言い出している。


 戸惑うミレイオに、ゴルダーズも急いている気持ちを一旦静め、言い出した理由を説明した。



「思い出したのです。魔物資源活用機構の資料に、『龍になるイーアンが、騎士修道会の軍師でもあった』ことを。戦法の報告書も資料で読みました。彼女がとった指揮、戦法内容は、()()()()()()()()()()()()と感じたのです」



 ゴルダーズ公の確信を込めた声は、物事の行方を転換させる響きに聞こえる。


 ゴクッと唾を飲み込んだミレイオは、イーアンの工房にあったディアンタ僧院の本や、彼女が異世界(※元の世界)で覚えたこと、また魔導士バニザットが少し教えてくれた、()()()()()()()が頭に駆け巡る。


 もしかすると。もしかして。 イーアンに、動力の制作者が引き合わされるのか―――


 慎重で心配性なイーアンが、わざわざ『閉ざされた知恵』を使うとは思えないけれど、イーアンなら許可されるかも・・・未だに秘匿して握り続けた、貴族の権利、過去の知恵を、この魔物の時代に使うなんて展開もあるのか。



「ミレイオ」


 返事をしないミレイオに、貴族は呼び掛ける。ミレイオは彼を見つめたまま固まっており、名を呼ばれて少し頷いた。


「イーアンは、龍だからでしょう。遥か遠くにある、特殊な知恵の持ち主です。今まで彼女とその話をしなかったのを、私は本当にバカだったと、今更思います。彼女は私の館にいたのに、彼女に教えを請うことを思い付きませんでしたが、今からでも間に合うかもしれません。

 彼女の『壮絶な力の一面』ばかりに目を奪われていた愚かさをお詫びして、騎士たちが戦う知恵を、戦法を導いてもらえるか、相談したいです」


「今だから・・・なのね。もう、貴族の力が()()()()()から、あんたは今って」


「そうです。貴族として、嘆いているより、ずっと前向きな最後です。イーアンに知らせてもらえないでしょうか。アイエラダハッドの民は、戦うことを恐れていません。あなた方が運んだ武器と防具、精霊の援助まで受け、母国を守るために今も死を覚悟して駆け出す彼らに、もう一つだけ力を与えてほしい。特別な力に頼らず、()()が理解でき、自分たちの思考で応用出来る知恵を」



 動力の設計図に両手を置いた貴族は、ミレイオに頼み込む。ミレイオが即断で決められることではないが、ミレイオも彼の気持ちは伝わる。今ならまだ、貴族として押し通せることがあるのも・・・。明るい金色の瞳は、頼み込む大貴族の真摯な姿を理解する。


「頼むだけ頼んでみる。判断はイーアンよ」


「承知の上です。お願いします」



 *****



 船の道は予定では十日間。何事も無ければ・・・あるとしても、時間をかけずに回避できればの話。


 ミレイオが馬のいる船倉に戻り、暫くしてからオーリンが戻ってくると、オーリンはすぐにミレイオの元へ行き『フォラヴに伝えたから、ザッカリアにも伝わる』と結果から言い、続けて『シュンディーンを見た』と教えた。ミレイオが、ざっと立ち上がって『どこ』とオーリンに詰め寄る。


「無事だ。ドゥージを探している」


「あの子は?ずっとあの姿じゃ、疲れて」


「疲れていそうになかった。飛べれば、水辺も行き来するからだろ」


「あ・・・そうか。水があれば少しは。怪我とかは?どこで寝てるって?」


「見た感じは、何ともなかったな。ドゥージを探すために夜も動いてるだろうが、思うに、()()姿()の方が大丈夫なんじゃないのか?赤ん坊状態より」


 心配が止まらないミレイオに、即答しながらオーリンは落ち着かせる。ミレイオも少し止まって『ごめん、出かけてたのに』と戻ったオーリンを気遣わなかったことを謝り、オーリンはちょっと笑って『別に』と流した。



「心配だったろ。俺も心配だったし、早く聞きたいもんだよ」


「・・・うん。オーリン、ゴルダーズに、食べるもの貰って来なさい。私は一応、食べたのよ。『主食しかない』話だけど・・・で、また()()()()があるのよ。とりあえず、食事済ませて来て」


 オーリンにも、動力とイーアンの指導の話をしておく。ゴルダーズ公もそれは構わないと言っていた。オーリンが食後、落ち着いたら、イーアンに連絡珠で伝えるつもり。


『話すことがある』と言われて了解したオーリンは、部屋の扉を出る前に振り向いて『シュンディーンは、近い内に一回戻るよ』と教え、ニコッと笑った。


 それを聞いてミレイオは、ホッとする。ありがと、と手を少しあげて礼を言い、オーリンはゴルダーズ公を探しに行った。



「シュンディーン・・・・・ 」


 船にいる間に、あの子に会える。それだけでも、一安心する。無事でいてくれて心底感謝した。

 ただ、シュンディーンが大丈夫と分かると、今度はもう一人の無事も気になる。いや、ずっと気にはなっていたが、ミレイオの順番では赤ん坊が一番だったから、今になってようやく冷静に――


「いつドゥージは、(はぐ)れていたのかしら。全く、私たちが気付かなかったなんて、未だに信じられないわ」


 宿を出た夜明け前はいた。そして、次の停車で彼がいないことに気付いた。

 食糧馬車の御者を、ゴルダーズ公の従者が引き受けてくれたから、ドゥージは自分の馬に乗って移動していたのだ。  騎士たちは早々に三人とも出払って、イーアンに連絡する前・・・あの間で、どこへ。 



 戻ってきたオーリンは何も言わなかったが、オーリンが一番心配していると思う。ミレイオもオーリンも、さすがに馬車を預かった身だけに留守は出来ないが、ドゥージを探したい。



「・・・夜はドゥージの捜索を、()()相談してみようかしら」


 船旅の間は、馬車は動けない。夜なら、ザッカリアが戻っているので、ミレイオは少しなら抜けられる。


 夜、コルステインが度々来ても、いつも()()()()様子を見ては消えるものだから、言えないままだった。魔導士に話して、コルステインたちに喚起も含め、ドゥージがいなくなったと教えることは出来る。



「そうしよう。夜、バニザットに」


 ミレイオが決めたところで、食事を終えたオーリンが船倉に戻り、ミレイオは早速、船の動力の詳細と、『ゴルダーズ公からイーアンへの頼み』を話して聞かせた。



 *****



 その『数秒だけ』様子を見ては、消えていたコルステインは―――


 リリューをラファルの見張りに回したので、ロゼールの用事に自分が付き添って動いていた。まだ決戦ではないので、コルステインは今の内になら動けると判断していた。

 イーアンもドルドレンもいない馬車は気になったが、一先ず、マースとメドロッドに馬車の夜を見るよう言いつけ、自分はロゼールの『大切な仕事』を早く済ませられるよう動いた。


 留守の間、メドロッドから『怨霊憑きがいない』とは聞いた。


 次の日の夜、コルステインは自分でも確かめに行き、既に近くにいないことは確認。馬車は引き続き見張るよう、メドロッドに言い、手の空いているゴールスメィに、ドゥージがサブパメントゥ内にいるかどうか調べさせた。


 思った通り、いない。サブパメントゥにドゥージは連れてこないだろう、とは思っていたので、『いないな』と報告されて、それなら彼は地上、と決定した。リリューからは、何も変化の報告がないので、ラファルは無事で、接触もない。魔導士バニザットはラファルで手一杯なので、ドゥージの行方不明は言わずにおいた。



 そうして、何夜も経過した後。


『いたぞ』 ロゼールの荷物運びが始まった夜、ゴールスメィが戻ってきて、弓引きの場所を教えた。


『捕まってはいないが、()()()()()()()()()場所に入ったかもな』


『どこ?』


『ロゼールの仕事を手伝ってからだ。今は、そこを()()が守ってる』


『? ドゥージ、どこ。精霊。何?』


『コルステイン、何か変だった。だが、怨霊憑きは精霊の力の側で、すぐ行かなくても問題ない。ロゼールの仕事を先に』


 ぎゅーっと眉根を寄せたコルステインに、ゴールスメィの閉じない口が『急いでも()()()()()』と根気よく言い聞かせ、コルステインは気になるものの、待っているロゼールをとりあえず優先。


 ドゥージを使()()()()一大事に比べると、ロゼールの用事は重要には思えなかったが、ロゼールが言うには『人間が、自分でも戦える状況を作る』らしいので、それで手が離れるなら、それを早めることにした。

お読み頂き有難うございます。

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