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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台始まり
2327/2964

2327. ドルドレン悲痛の明け方

 

夜に、一陣の突風がアイエラダハッドの空を、抱えるように抜けた後―――


 明け方を迎えたドルドレンは、剣を下ろす。ドルドレンの後ろには、大きな橙色のトラ、精霊ポルトカリフティグ。立つ足元に、死体の山。ドルドレンの明け方は、死体の山頂で迎える。


『降りなさい』


 無表情の勇者は、精霊に命じられて頷くと、ぽんと力なく飛んで地面に立った。振り返って、自分が積んだ死体を見上げる。



 ―――ここは町でも村でもなく、何もない平地を横切る、道の側。夜明け前にポルトカリフティグに連れ出され、この日最初の退治は人間だった。


 剣を抜いたその光景、ふとテイワグナ、オハ・グベギの町手前の、夜の記憶が過った。


 同じ場所で野営を求めた商隊が、赤い煙に心を乗っ取られて、自分たちに攻撃を仕掛けたのだ(※1566話後半参照)。

 その時はバイラとミレイオが戦ってくれ、相手は普通の人間でありながら、血が飛び散る・悲鳴を上げるなどが少なかったと話していた―――



 少し離れた木々の枝に朝陽が差し込んで、30体ほどの死者の山を照らし、影が伸びる。

 この周囲に、乗り手を失った馬車と馬が佇む。馬車と死体の間、ドルドレンが切り続けた場は、ほぼ、血がなかった。僅かには散ったものの、体の厚さの半分は切っているのに、血は点々と土や草についている程度だった。


「この山積みの状態は・・・どうして」


 剣を鞘に納め、息を小さく吐いたドルドレンは尋ねる。精霊に積むよう指示されたので、そうしたまでだが理由は知らない。切って運ぶなどしたくなかったので、一つ場所から動かず、襲い掛かる人間を切っては倒し、重なるように斬り続けた。そうして、『積んだ』状態にした、この後は。


 トラは違う方を向いて『背中に乗りなさい』と言い、ドルドレンは一先ず彼の背中に跨る。トラは歩き出し、ドルドレンの問いは暫し返答がないままだった。遠ざかる、死体とその馬車や馬に、あのままだろうかと、後ろを少し見た。


『ドルドレンが斬ったのは、人間ではなかった。馬と馬車は、この場になかった』


「それは・・・幻、と言っているのか」


『違う。幻ではないが、実体は既に終わっている。馬は倒れ、馬車は壊れて置き去られた。人間は、体を使われていたに過ぎない。使われる前に死んでいる』


 精霊の説明に、こうした場合もあるのかと無言で頷くドルドレンは、馬が既に死んでいたとは思えなかった。人間は・・・言われてみれば、と思う違和感があったが、馬は吐く息も白く、ブルルと鳴く声もそこにいるようにしか。


「馬たちは怯えもしなかったが、俺はてっきり、ポルトカリフティグがいるからだと」


『私の側には、一頭も()()()()()()()


 分かっていなかったからだ、と静かなトラに教えられて、ドルドレンはいつものことながらこうした話を聞くと胸が痛む。人も馬も、どこかで殺された亡骸を使われているのだ。それも、他の誰かを殺す目的で。

 もう一度後ろを見ると、ゆっくり歩いているにも拘らず、山になった死体や馬の姿は見えず、代わりに白煙に似た靄が、その方向に昇っていた。


 ポルトカリフティグはドルドレンを振り向かず『聖なる力によって終わった後は、帰ってゆくものだ』と大切なことだけを教えた。山積みにしたのは、儀式的な労いに似たことだったのかと、ドルドレンはやんわり感じる。



「・・・俺たちは、先程のような犠牲者を回るのだろうか」


『俺たちとは。お前と私か』


 聞き返した精霊に、そう、と答えると、トラの大きな頭がゆっくり頷いて『ひたすらそうだろう』ドルドレンは仲間と戦いはしない、とも伝えた。


 この返事に意外で、自分は仲間の馬車に戻れないのかと驚くと、トラは少し頭を傾ける。


「ポルトカリフティグ、しかしリチアリ・・・その、予言者がいるのだが、彼が待つ場所へ行かねば」


『仲間と共に戦いはしないと、私は言ったが、そこへ行かないとは言っていない』


「あ・・・そうか。すまない、うむ。でも」


『ドルドレンは勇者。勇者と女龍は、他の者たちより多く、苦しみの中に浸る。それは孤独な背負う時間。だがお前には、私がいる』


 優しい言葉に心を持ち直すも、ドルドレンは馬車を任せた仲間や、指輪を得て戻ってくるタンクラッド、装備を取りに行ったロゼール、暗い時に頼れるコルステイン、そして常に飛び回るイーアンに・・・会える場所―― 馬車 ――へ戻ることが許されないのを、やはり少し寂しく感じた。


 そこで止まるドルドレンの胸中を察する精霊は、振り向かずに『質問はしないのか』と、囚われていること以外に話を促す。


 顔を上げたドルドレンが、質問?と繰り返したが、トラは黙って歩きながら彼に考えさせた。


「もしかして。リチアリのことか。彼が待つ場所へ行くと、あなたは言った。あなたは彼がどこにいるかご存じか」


『その質問だ。知っている』


「では、南東へ?俺たちの情報でと言うべきか。宿でリチアリがどこにいるか、見当をつけている者がいて、彼の推測した場所だと思うが」


『そこに()()()()


 短い返事にドルドレンが黙る。精霊だから、何でも知っているのは不思議ではないが、こうもあっさり教えてくれるとは。しかし『まだ』とは、どういう意味だろうと引っかかった。ピンと来なかったが、リチアリは既にそこへたどり着いた、とだけ理解した。

 トラは、ドルドレンが次の言葉を待っているので、今話してやれることは教える。


『人間がどう呼ぶのかは、私の知る範囲ではないが、その場所は特別な者の力が宿る。解放が訪れたのだ』


 精霊の言葉に、ドルドレンは重大な内容と気づき、『()()()者とは?』とすぐに尋ねた。トラはゆったりと何度か首を揺らし、立ち止まる。



『後で教える。ドルドレン、剣を抜け』


 ドルドレンも視界に入った風景が、次の場所、と理解していた。話が途切れたので、了解して剣を引き抜く。


『私はここにいる。行きなさい』


「はい。彼らは・・・嫌な言い方だが、()()()()()()に斬れば良いのか」


 そうなさいと促したトラに頷き、息を大きく吸い込むと、顔にマスクを下ろしてトラの背を降りる。そして、自分を見ている集団へ歩いた。



「俺は。人間を斬る担当・・・か。この表現も間違いではないが、慣れてしまった業務のようだ。俺は変わってきているだろうか。

 いつまでも慣れはしない痛みが、意識をねじ切りそうになるのに。それでも少しずつ、斬ることを受け入れてから俺は変わって・・・ ギデオンはどうだったのだろう」


 片手に剣。ドルドレンは盾を持っていない。この旅に出てから、母国のように盾を使う防御をとらない場面が増えた。


 ただただ、攻撃する。攻撃を避ける時は体をかわすだけ。これが、強くなると言うことなのだろうと思う。


 戦いながら、変化する自分を、踠きながら受け入れていく内に―――



「誰だお前は」


 相手の一声が飛び、聞いた割には間髪入れずに横に回った数人が、ドルドレンに剣を突き出す。ドルドレンは瞼を半分下ろして、溜め息を吐き、相手の剣を薙ぎ払った。その・・・腕と肩ごと。


 バッと噴き出す血を見て、相手は先ほど()の状態とは違うと理解する。


 斬られた数人は負傷に叫んで地面に倒れ、ドルドレンは次に襲いかかってくる相手も、長剣で切り裂く。これで火がついた集団は、一斉に大声を出して剣を振り上げる。先に走り出したドルドレンが、真っ向から振るわれる腕を避け、斜め下から落とし、返す剣で隣の首をはねた。


 ドルドレンの空いた胴目掛け、左右から突き出される剣は、鎧の曲面で流す。捻った身を翻して、体勢を崩した一人の後ろに回りこみ、相手の胴を真っ二つに斬ったその勢いで、反対側の男の背中を貫く。

 引き抜くと同時に仰け反った背中を蹴って跳ぶ。宙へ跳んだ足元に、切っ先の束が向く。体を急回転させて空中で避けた騎士は、一人の頭を踏み台に奥へ跳んだ。


 長身に風変わりな青い鎧をまとった騎士は、風のように軽く動く。黒と白に輝く長剣は血糊が付いても、振れば血など呆気なく払った。


 集団は、急に現れた正体不明の男の強さに怯えるどころか、狂ったように怒り、奥へ着地した騎士に襲い掛かる。仲間が斬られても、絶叫しても、助けてくれと喚いても・・・ ドルドレンを倒す方が先のように。


 この中に元凶がいる、とドルドレンは覚えた。こうした場合は確実に近くにいるのだ。最初から勇者の力を見せつけて、元凶に逃げられる場合もあるから、最初は切るのだが、全員斬るのは嫌だ。

 元凶を斬ってしまえば早く終わるものが、ここはなかなか出てこない。よくあることでも、人を斬る苦しみに精神が軋む時間。



『ドルドレン。次へ向かう。急ぎなさい』


 その時、頭に滑り込んだ精霊の指示で、ドルドレンはホッとする。精霊の判断なら、終わりまでを短縮しても良いと思える。小さく頷いて、騎士は長剣に勇者の力を注ぎ、剣は橙色の強い光を帯びる。


 長引いてはいないが、急かすだけの理由は嫌でも分かる。一つでも多くの邪を、自分は倒さないといけないこと。


 剣が膨れ上がるように、太陽の光が膨張する。朝陽の射す川の横、川面と岸辺の光が聖なる輝きを増す。


「待て」


 この状態に、ようやく元凶が出てきたが、騎士は待つわけもなく。


「お前か」


 ドルドレンがマスクの内側で呟いた時、集団から顔を出した()()()()の男は目を見開く。それと同時に、太陽柱が振り下ろされ、辺り一帯から影が消えた。邪臭の男はじゅうっと奇妙な音と共に砕けて塵に変わり、離れた邪も、太陽柱の光で掻き消えた。



 剣を鞘に戻し、ドルドレンは倒れた人間の脇を通り、ポルトカリフティグのいる場所へ戻る。斬っていない者たちも倒れたが、彼らは生きている・・・この向かいに、川を挟んだ集落が見え、そこはどうなっているのだろう、と精霊に聞いた。


 精霊は『あの集落に生き残っている者がいない』と教え、また勇者を背中に乗せる。


 ポルトカリフティグが『死んでいる』と教える際は、生き返る可能性もある。何度も体験しているので、ここも生き返ればいいなと祈った。元々死んでしまっていて使われた、朝の集団のようではなく、少しでも可能性があれば。



 ポルトカリフティグは、戦った後に無口になる勇者を、暫くそっとしておくことも多いが、今回は話を切り出す。

 話をさせてやらないと、今まで以上に過酷が続くため、心に負担を抱えるだろうと懸念して。


『続きを、話そう』


 そう言うと、肩越しにドルドレンを見る。マスクを押し上げて頭に乗せた勇者は、灰色の瞳に憂いを帯び、すっと瞼を伏せて頷く。

 気持ちが切り替わるのに、時間が掛かる男ではないが、自分には弱い部分も見せるようになったのを、ポルトカリフティグは良い状態と捉える。彼が一人で気張ることはなくなった。


『特別な者の力。解放される場所のことだ』


 そう言うと、ドルドレンの目がパッと開いて、我に返ったように『話してくれ』と頼んだ。トラは彼に向けていた視線を前に戻し、ゆったりと、いつもの口調で――



『その場所に、元から籠められた力は、()()()によるもの。人を狂わせ惑わせ、歪みを帯びる。それを、精霊の声を聞く者たちが解く。解く時は定まっていた』



 ドルドレンがこれを聞き、嫌な予感がしたのを、ポルトカリフティグは気にしない。時はそうなるべきと、定められた時間を迎えるだけのこと・・・ 落ち着いている精霊に対し、ドルドレンはリチアリへの心配が膨れ始めた。


「もしや。そこは、『その手』と呼んだ精霊が、現れたりはしないだろうか」


 トラは片耳を少し後ろに向け、『()()()かも知れない』と穏やかな声で、過去形で答えた。

お読み頂き有難うございます。

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