2326. ダルナ退治
ダルナを倒すための群れが、南西へ飛ぶ。
この11頭にアジャンヴァルティヤはおらず、彼らが魔物を倒すことなく、上を通過しているのを、イーアンは後方から見ていた。
追跡している状態で、途中に魔物も当然見かけるため、ダルナたちが遠く点になってから、下にいる魔物を消しては、また追いかける。魔物の種類が複雑ではないことが助かった。
意図的に増やされている魔物は、確実に混成を経ているようだが、混ざっていない魔物もいるにはいた。
南西へ向かうダルナたちに、魔物退治は関係なさそうで、イーアンは混成魔物が出ていない地域に不思議を思いつつ、普通の魔物を倒しては、彼らがどう動くのかを気にした。
見つけてから、そう時間が経っていない。ダルナは独自の存在を示す方法を持っているため、11頭全部からその特徴が出ている群れに、イーアンが探す手間を省いた。
変わった匂い。変わった空気。変わった色合い・・・音のダルナはいないが、群れの中の一頭は分かりやすい色彩を見せる。魔法ではなく、そのダルナの持ち前なのだと分かるのは、彼だけを包んでいる虹色の球体による。
他のダルナの特徴もそれぞれ風変わりだが、こうして自分たちがいることをアピールする状態、その意味を考えた。威嚇。もしくは挑戦の合図とか・・・
ダルナが、ダルナを倒すために・・・アジャンヴァルティヤの広めた言葉を聞いたのだろうか。それとも、以前から組んで動いていたのか。
アジャンヴァルティヤのようなダルナであれば大丈夫――― と、先入観は持ちたくない。
違う意識かもしれないし、彼らの判断が正しいか分からないから、それを確認したかった。
・・・真鍮色のダルナは、あの群れに子がいないから私に教えた。
だけど子がまだ生存しているとして、ああした群れが、子を排除する可能性の心配はなかったのかなと、それも疑問だった。 人間と違う感覚だけに、子供を探す心境も違うのか。
彼自身は、他のダルナに殺されてしまう可能性を案じて、隠れながら動いている。もしかすると、自分だけが解除の必要を持たない特別も、他から見たらどう思われるか懸念にあって、子供探しも出来る範囲で留めているのかもしれない。
イーアンは、先ほど会ったばかりのダルナについて、あれこれ思う。無意識で、センダラとの時間から逃げるように。
「しかし、絵に変えてしまうなんて」
何かの話で読んだことがある。相手を、絵や人形に変えてしまう怖い話。それよりもっと恐ろしい技は幾らもあるが・・・かくいう自分も、端から見れば恐怖対象と知っていても、絵に閉じ込めてしまうドラゴンの実力を目の当たりにして、空恐ろしいと感じた。
「彼は、私にもその技を使ったんだ。だから、攻撃が利かない、と」
その話はしていなかったが、ダルナは『龍にまるで利かない』と意外そうだった。ゾッとするが、利かなくて良かったと、今更思い出して安堵した。
願わくば、彼の話を他のダルナにも理解して貰えたらと思うが、これは余計なお世話だろうか。
真鍮色のダルナは、龍を恨んでいるし、私を始祖の龍と思い込んでいるのに、私と会話をし交渉を望んだ。子を思う強さが恨みを越えた行動を取らせた。
「もし。『私は違う女龍』と言ったら。彼はどんなに龍が憎くても、別人には話さないで、一人また孤独に、自分の子を探し続けたような」
溜め息をついて、前を見る。考えていたら、見ているようで前を見ておらず、ずっと地上の魔物だけを目で追っていた。
あ、と気づいた時には、やってしまった後。
『しまった。見失っていたなんて』あれほど分かりやすい特徴丸出しの群れを見失うほど、意識が削がれていた。顔に片手を当てて、失態を恥じるイーアン。
「仕方ありません。彼らは今度にして、魔物退治に」
はぁ、と息を落とし、瞬きした次の一秒。鼻腔に杏の強い匂いが通った。毒だとハッとして、後ろを振り向く。何もいない。姿を消しているダルナか、異界の精霊か。
誰だと言いかけて、イーアンは止まった。真上に影を落とすダルナが一頭浮かんでいた。
「なぜ。追っていた」
「あ・・・話がしたくて」
さっきの群れの一頭が来たのだと分かり、急いでそう答えると、相手は長い首を傾け『その割には話に来ない』と疑わしそうに呟く。
「私を『敵』と見做して警戒されたくなく、いつ話しかけようと考えていました。あなた方は魔物を退治するわけでもなく、どこかへ向かっているように見えたのも」
「そうだな。『害のあるダルナを潰しに』動いている。お前が誰か、俺に見当はついているが、聞かせてもらおう。お前の目的は何だ」
ダルナに珍しいほど、話が早く進む。こんなダルナもいることに有り難く思い、イーアンは現状のアイエラダハッドと、協力的なダルナに声をかけていることを話した。
話した時間は短かったが、ダルナは信じたようで、顔を西へ向けたと思うと、長い翼の先を指代わりに西を示し、『一緒に来るか?』と誘った。
話がうますぎる気がしたイーアンは戸惑う。こんなにすぐ信用されることがなかった分、どうなんだろう?と気後れしたが、ダルナは女龍の戸惑いも見ずに喋り続けた。
「ダルナが集まっている。人間の棲み処を破壊するために」
「え」
「魔物より性質が悪いぞ・・・この幕開けを待っていた輩だ。魔物も排除するだろうが、のべつ幕無し、人間も」
「幕開け。待っていた。のべつ幕無し。そんな・・・本当ですか?行きます」
「そうした方が良さそうだよな、女龍。貢献現場に立ち会わせるのも悪くない」
あっという間に結論を出したダルナは、イーアンが女龍と知っている。そして、貢献の話も前提。群れで動いていた理由はそうだったのかと、イーアンは彼を信用する。ダルナは嘘を吐かないから、と過らせたのを読むように、見下ろしていたダルナが注意を被せた。
「それとな。『本当ですか』は余計だ。何度もダルナに会っているくせに、こっちが嘘を言ったような反応はよせ」
気分を害したダルナに注意され、イーアンはビクッとして謝る。このダルナも、相手の思考を読むのだろうか。
「ごめんなさい。驚いて、そう言いました。私は名を、イーアンといいます。私も民を守りますから・・・そのう、貢献して下さるのを、傍観するわけにいかないと思います。理解しておいて下さい」
現場で自分は手を出すと、先に断った女龍に、ダルナは『勝手にどうぞ』と流して、『自分たちの貢献している姿勢が、認められればそれで良い』と言った。
やけにドライなダルナで、何となく人間臭い感じに拍子抜けする。それはともかく、次々に危険が倍増する事態を突き付けられ驚倒する。初日で、まだ朝で、こんなに―― イーアンは気持ちを切り替え『急ぎましょう』と彼を促した。
この後。ダルナの群れに連れて行かれた女龍は、『女龍が一緒だ』とだけ紹介され、南西へ向かった。
そこは、山脈を越えてかなり南下した地帯で、遠くに見えた妙な雲がダルナの固まりと教えられた時、イーアンは絶句する。
雲のようと思ったのは、低い空に広がる何百頭ものダルナで、見渡す限り同じ高度に並ぶから、重なってそう見えた。それらは、地上を焼き、壊して煙に包む。よく見れば、地上付近で攻撃のために、旋回するダルナの影もある。地上は、土煙と炎の煙に巻かれて、町も何も分からない状態。
これを見てすぐ、ダルナの群れから飛び出したイーアンは、攻撃真っ最中のダルナの固まりに突っ込んで行った。
魔物に変えてしまった人々への苦しさが、胸の内を突き破るように暴れる。
守るどころか、人を殺すために手を貸してしまったに等しい、悲しい自分に堪らなくなる。どうにもならない悲しさと、目の前で破壊行為を繰り広げる輩への怒りが、混ざって爆発しそうになる。
イーアンは両腕を龍の腕に変え、相手一歩手前で止まった。この、どうしようもない感情の矛先が破壊するダルナを消し去ってしまうそうだが、それは違う、と言い聞かせる。
それをやってしまったら、怒りに我を忘れた所業でしかない。
私は龍なんだ、見定めなければ。自分に繰り返し言いながら、鱗の腕を振り上げる。長い尾がぐわっと横に振られ、気付いたダルナを打ち払ったイーアンは、宣言を吼えた。
「お前たちをここで裁く。私は龍だ!」
龍、と叫んだ半人半龍の相手に、ダルナの顔が一斉に向く。怨恨の大元が、この場に来たと知り、声の届いた範囲のダルナがイーアンに突進した。
だが真っ白な龍気が瞬間で膨張し、全ての攻撃を消す。高温の星のように白く輝く、密度の高い龍気の中で、イーアンは睨む。
「そんなもんで倒せると思ったのか」
吐き捨て、龍気を更に引き込んでパンパンに膨れ上がる、白い星。下方の煙の薄れる隙間に、町が見え、イーアンは獣のように吼えた。それと同時に一番近くにいたダルナの首に、龍の爪を食い込ませる。掴まれた一瞬も気づかなったダルナが目を見開く。睨み上げる女龍は『今すぐ死ぬか。どうする』とだけ唸る。
「龍め。お前の世界を狂わせてやる」
「無理だ」
答えたダルナの首をイーアンの龍の手が握り潰す。鋼に似た鱗は砕ける暇もなく霧散し、千切られた頭と胴体も一秒後に散った。怒り狂う他のダルナがイーアンに吼えたが、イーアンは龍気爆を起こし、山塊一つ分の範囲にいるダルナを吹っ飛ばす。
ざっと見て、咄嗟に姿を消したダルナが半数、龍気爆で身体を削られたダルナ半数。負傷したダルナが強力な魔法をイーアンに向けたが、イーアンはそれも龍気で弾いた。襲い掛かったダルナの何頭かは、飛行速度より速く動いた龍の爪で、翼を裂かれて体勢を崩して落ちて行く。
「この程度で死ぬなら、端から残ろうとすんな」
歯軋りが止まらない女龍は、苦しさと悲しさと怒りで涙が頬を伝う。ズィーリーも、涙を落としながら剣を振るった話をこんな時に思い出す。自分がどれほど非力なのかを感じ取った時、こうだったのだろうと今の心境を重ねる。
「私に勝てるやつは、ここにいない。一頭たりとも逃がさん」
『宣言したからな』が最後の言葉。言い終わる前に飛び出す女龍は、手当たり次第ダルナを掴み、『今すぐ死ぬか』と聞き、否定した相手はその場で消した。地上の破壊を急ごうとしたダルナも、イーアンは回り込んで直に攻撃を受ける。
炎や氷を食らおうが、爆発、石化、隕石を食らおうが、白い龍気に守られた女龍はびくともせず、首を傾げて『お前は残れない』と言い渡した。言い渡されたダルナはその言葉が終わると同時に潰される。
悲しさと怒りの中に、自分の背負った役目を必死に保つイーアンは、雲のように広がっていたダルナを見る見るうちに減らしていく。これまでの『消す行為までの躊躇い』が、別人のように消し飛ぶのを、自分でも感じる違和感。
ただ、ここにいるダルナは、今まで会ってきたダルナとの『違い』がはっきりある―――
もしも『今すぐ死ぬことを選ばない』返答が聞けたら。私は相手を倒さない。でもその答えは、全く戻らないのだ。
・・・・同じように、『害のダルナ』を倒しに来たダルナたちも、方々へ分かれてダルナの地上攻撃を遮り、同種で戦う。
離れた場所から女龍を見ていた、イーアンと話したダルナは、女龍のとんでもない強さに『楯突く気になれないな』と呟いた。
「スヴァウティヤッシュは友達で、イングは女龍の片腕だ何だ、と言っていた。レイカルシも女龍の味方を選んだ話。俺もそうするか」
人間の居場所を奪って『淘汰』されるなんて、意味のない存在になれない・・・・・
試され計られる続きに、淘汰が来ることを、このダルナは仄めかす。
先に彼女の味方に付いたダルナたちが、この現場にいないことをささやかに感謝し、『まぁまぁ目立つよう、貢献しておこう』と、町を壊すダルナにかかって行った。
お読み頂き有難うございます。




