2323. 旅の三百三十一日目 ~夜明け、皮肉の序幕・妖精の魔法
―――妖精と女龍の魔法が使えると、ヤロペウクは教えた。しかし、『その影響は時空を振動させる。振動は繋がると、異時空の穴を増やす』と―――
フォラヴが思わず向かいそうになった気持ちを止め、言われた通り、イーアンへ連絡して、驚いたイーアンが『すぐ行く』と連絡を終えた後。
ドルドレンたちは夜明けより少し前に馬車を出した。三台の旅の馬車の御者は、ミレイオとオーリン、それとドルドレンがいる時は、ドルドレン。だが、基本、馬車に残るのはミレイオとオーリンだけなので、三台目の馬車の御者がいない時は、ゴルダーズ公の従者が手綱を取ってくれることになった。
フォラヴとザッカリアも、ドルドレン同様で戦闘開始になれば動く。次の町へ急ぐため馬車を出したが、二人は極力、馬車が使う道・川の道を視野に入れて守るようにと、ドルドレンは守備地域を決めた。リチアリに辿り着くのも大事なこと・・・ これを話し合ったばかりだが。
フォラヴは気が落ち着かなかった。センダラからの連絡は、夜明けを待たずしてもう始まった印象だったから。
そのセンダラは、フォラヴを通して『イーアンを呼んで』と命じ、フォラヴに用ではなかった。
これも空しいが、理由を聞けば『話している暇はないのよ。あんたじゃ無理で、イーアンだったらどうにかなる可能性がある。精霊はいないでしょ?』一か八かの選択で、龍に手伝わせる判断。
馬車に精霊の魔法を使う者はいない、とセンダラは思っている。シュンディーンは精霊の子だが、センダラは彼のことまでよく知らない。それに、『精霊たちの面』を受け取った者が多いにしろ、用途が異なるのか、そこは要求しなかった。
思えば、センダラも精霊の面を受け取っている。面で用が済むなら、彼女は馬車に連絡をしないだろう・・・ つまり、精霊の力を小出しではなく、もろに使える者がいないなら、龍を呼べ、と。
「あなたは何に遭遇しているのです、センダラ」
フォラヴという同族をすっ飛ばし、龍を求めるセンダラ。事情は言わなかった。精霊系がいないなら龍で良い、とだけ。
「どのみち、あのセンダラが危急の用とは。彼女一人で手に負えないなんて、信じられない」
そこに自分が行っても無駄・・・とは承知するが。力の属性で、センダラの要求に掠らないのも分かるが。フォラヴは出来れば何か手伝いたかった。
ただの連絡網。ただの通過で使われたフォラヴの、複雑な心境。だが、すぐに忘れることになる――
*****
旅の馬車が、目的の町へ急ぐ夜明け前。地鳴りの連発が始まり、突如、前方で十mほど噴き上がった地面に、ドルドレンたちが龍を呼んだ頃。
イーアンはセンダラの呼び出しに応じて、彼女のいる場所へ着き、『これか』と顔を歪め、横へ来たセンダラに『リテンベグと同じようなことをしたい(※2264話参照)』と開口一番用件を告げられ、躊躇った。
センダラは、ヤロペウクの『直前予告』を知らない(※2315話参照)。ヤロペウクは、龍と妖精の魔法が異時空の穴を増やす、と話していた。
目の前に広がった鏡状態―― これこそ、それではないのか、と唾を呑むイーアン。言い難いが、言わねばならない。理解した上で、動きを変更した方が良い。
戸惑うイーアンが返事をしないので、イライラする妖精は下を指差して喋り出す。
「時間がない。直下の町の塀には、『精霊の力が宿る祠』があるの。それは無事。でもこのとおり、そこら中の町や村は、魔物に襲われているでしょ?
イーアンが、この前と同じように全体を置換させて、私が引き抜いて、イーアンが異時空の状態を破壊する。町と魔物は出てくるけれど、これで祠も多分壊れるから、魔物は余計に増える。私は出て来た魔物を倒すから、祠の封じ門は、イーアンが」
「センダラ。遮りますよ、ヤロペウクの言葉を伝えさせてください」
伝えたところで、解決策は変わらないかもしれない。センダラがイーアンを呼んだ意味は『人々を助けたい』より、『魔物が増えるのを倒す』が強い。確かに、合っているのだけれど。
彼女は、封じ門の『祠』も壊す予定から、門を封じるイーアンを呼んだのだ。
馬車歌に遺った、強気の妖精を歌った箇所を思い出す。『大きな力を司った妖精は自惚れて、魔物を一度に引きずり出した』(※2053話・2067話参照)。
センダラは自惚れてなどいないが、彼女の出す結論は、なんとも危なっかしく、過去の妖精と重なってしまう。
もしかすると、センダラも過去の妖精の過ちを懸念して・・・それで、自分は龍に後を任せる、と決定した可能性はあるけれど。それにしたって、何かが間違えている気がしてならない。
イーアンは、遮られて不満そうなセンダラを見つめ、『魔法を使えば使うほど、更に空間の歪を引き起こす予告』があると話した。だから、違う方法が良いのでは、と言いかけると、今度はセンダラが遮る。
「そんなこと気にしているの?今に始まったことじゃないでしょ。それより、この状態を片付けるのが先じゃない?」
この状態、と片腕をさっと振ったセンダラは、鏡の内側で魔物に襲われ続ける人里を示す。『それとも他に案でもある?』呆れがちなセンダラに立て続けに訊かれ、イーアンは首を横に振った。他に案はない、ないけれど。
でも、龍と妖精が開幕の紙吹雪で盛り立てるなんて、皮肉になりかねないのを分かっていて、大型の魔法を使うのは早計では。
黙るイーアンの心配そうな様子に、じれったくなったセンダラは『早くしないと全滅するわよ』と急かす。
「被害はもう出ている。若干、生き残らせるか。それとも全滅に見送って、次へ行くか」
「・・・分かりました。やります」
他に良策がない以上、センダラの言うことは間違えていない。辛いが、『酷い状態』か『ものすごく酷い状態』のどちらかを選ばなければいけないなら、前者を選ぶよりない。イーアンの脳裏に、こんな時また、嫌な体験が蘇る。
テイワグナで、シャンガマックたちを呼んで対処してもらった日のこと(※1486話~1488話参照)。
あの時は、龍が近寄ったら壊れると判断して、龍も妖精も、そして時の剣も手を出さず、精霊の結界を一瞬で張れるシャンガマックを呼んだ。シャンガマックの話では、『生きた精霊の力を引き込んでいた』祠で、壊れかけの祠には仕掛けがあった。
もし、壊れるのが、ああした祠だったとしたら―――
ハッとしたイーアンは、『魔物と町と祠』を、物質置換で異時空の要素から戻す場合、何をすべきか気付く。
「イーアン。いい?龍気を準備して」
センダラの促す声が、夜明け前の―― 明度が少しずつ変わり始めた空に響く。イーアンは龍気を高め、どんなことに繋がろうとも、絶対に責任を取ろうと覚悟し、願わくば民の犠牲を、自分たちの行為で増やさないようにと祈った。
この祈り、ある段階までは叶う。しかし、そこまで都合よくはならず。
*****
フォラヴの複雑だった気持ちも。イーアンの祈りも。どちらも長続きはしなかった。
夜明けの光が山脈の縁を区別した時、大地を抉る魔物の出現に、フォラヴは逸早く対処した。妖精の姿に変わったすぐ、これまで続けて来た『倒す』目的に沿い、見える範囲を光の矢と雷で一気に消滅させる。
馬車が進む地面を巨大な鍬で返したような抉りを、土に手を添えて戻し、次の出現場所に飛び、自分が引き受けた地帯全てに、先制攻撃を急ぐ。
町も村も集落も、直にそこに魔物が出ていない。近い場所に現れるが、妖精の速度より遅い魔物に、フォラヴは最初から全開で挑んだ。
夜明けが来た以上、こうなるだろうと想像していた光景。別の方角は、総長とザッカリアが向かってくれたので、フォラヴは龍に気遣わずに済む。遠慮なく、妖精の攻撃を繰り出して片付けるのみ。
向かい合う地平線を巻くように、黒い波が襲ってくる。人里がない場所は好都合、フォラヴが雷の連射を横に走らせると、最初の一派が弾けて落ち、黒い波の先頭は土煙を上げて消える。
その後ろも『きっとキリがない数』と予想しているので、フォラヴは大地に光の柵を一瞬で並べ、柵は土に立つや否や、魔物との間の地面が煮え返った。沸騰する地面は泡が爆ぜる。爆ぜた光が魔物を刺し抜いて、次々に倒れてゆく。
光の柵、光の櫛とも呼ぶ魔法・『アレハミィが使った技です』目の前で猛攻を続け止まない威力を目に焼き付ける。
初めて使ったけれど、こんなに広範囲に対応するとは驚いた。
凄まじい攻撃の速度と威力で、放った後は見送るだけ。
ただ、そこら一面ひっくり返すため、人里では決して使う気になれない。木々が密集する場合も危険だから、使える場所と条件を選ぶ技でもある。
「魔物はどこから出てるのか。光の柵で片っ端から倒していても、終わりがなさそう」
フォラヴはもう少し高い位置まで上がり、魔物の群れがどれくらいか見渡した。見える範囲、黒い。夜明けの光がどんどん明度を上げているので、群れの影も隙間を埋めて、全体の密度も過剰に感じるのか。
だがここで、フォラヴはふと気づく。あれも、こっちも、あっちも・・・同じ? 同じ、とは。
「この前の、では(※2286話参照)」
古代種・化け影と混ざった魔物?と過る。幻影の種類があるのかもしれないが、よく見ると、動きも影の位置も全く同じものが幾つかある。
センダラが以前話していた、一日出てくる頭数の上限は変わっていないとすれば。
土地の古代種と混ざった魔物の残りは、大襲撃に続く決戦までどれくらいあるのだろう。『人間を半分は削る』とも聞いた虐殺の開始、ここから決戦までの期間、魔物の残りを考えたら・・・・・
「こんなにいるわけがない」
テイワグナも分裂を繰り返したし、アイエラダハッドもそうだった。何百頭ならマシで、何千何万と溢れ、山腹を覆い尾根を跨ぐ群れが出る印象。あれらは幻ではなかったが、元となった魔物は、分裂よりも細かく、数多く、古代種に塗されていたのでは。
目前の光景も然り。 フォラヴは頷く。これは化け影で・・・気配もあるようで、ない。念のために人里がないか、もう一度急いで確認し、人里も民家もない一帯に、対処を決める。
光の柵はもう随分先まで進み、魔物の速度より速く追い詰めている。
もしも幻影が絡んだなら、影が生まれる手前、あのずっと向こうに本体がいると見当をつけ、フォラヴは光の柵がもう少しで尽きるかどうかの時を狙って、再び地表の僅かな光を利用して矢に変える。これに雷撃を巡らせ、光の矢は一本が千に分かれ、千は億に増えた。
「木がないから、下からの攻撃は根ではないけれど」
森林に入ったばかりの時、幽鬼相手に使った技は(※1748話参照)霧を変え、地面を貫く植物の根を変え、矢に仕立てた。ここではその代わり――
透明な妖精の合図、両腕が指揮者のように振られた途端、地面を割る霜が巨大な柱になって突き上げた。柱は垂直ではなく、魔物が出てくる先へ飛ぶ。次から次に地面を砕く、氷の結晶は光の柱に変わり、瞬きが間に合わない勢いで、魔物を弾きながら飛び抜ける。
轟音を立てて眩しい攻撃が加速するのを、魔物の何かが止められようわけもなく、巨大な柱は、地面に広がった低い岸壁の影に容赦なく突き刺さった。輝く妖精の光が集中した標的は、大きな人型の影があった。そして、フォラヴは知らなかったが、古代サブパメントゥの絵模様がある石も砕け散っていた。
離れた場所のフォラヴは、自分の予想が正解と頷く。瞬く間に幻影で増えていた分は消滅し、残った魔物は半分以下に満たない。どんどん上る太陽の光を纏った透明の妖精が、苦労せずして光の武器を頭上に作り出す。
「人々に気を遣わない場所は、やりやすい」
声にしたと同時に振られた手は、水色に発光する無数の鎖の玉を魔物に投げた。魔物は輝く鎖に絡められ、崩れ落ち、絡んだ鎖ごと地中へ沈む。
「まだ残りがいるなら、絶えてしまいなさい」
地中に入った水色の光は暫し、砕けた地面の隙間から光を漏らしていたが、それも少しして終わった。これでここは完了。
自分がどれくらい強くなったのか。気にするものが何もないなら、ここまで実力を上げたとフォラヴは実感する。
センダラに負けていない。もし追いついていない部分があるなら、それは私の精神的な弱さだけ。気遣いや配慮さえ、弱さになるなら。
フォラヴは太陽を直視する。それから、後片付けを少し・・・『バニザットが見たら、片付いていないと言いそう』その程度の均しではあるが、派手に壊した土に癒しの雨を渡す。
地中から突き出したのも、煮え返ったのも、深さはそこまで無いもの。虹色の小雨が降り注ぐと、雨が染みた一帯は抉れが埋まり、亀裂も消えた。
「次へ」
妖精は次の場所へ向かう。馬車を一度遠目に見て、精霊の結界が張られているのを確認。シュンディーンが結界を張ってくれた安心に、フォラヴも馬車の進行方向へ先回りした。
フォラヴは夜明けの初戦、自信を静かに確認したが。 一方、女龍は―――
お読み頂き有難うございます。




