2320. 異界の精霊より ~青翼の下・黒いダルナのサブパメントゥ退治
イーアンがイヌァエル・テレンで男龍に状況を伝え、ドルドレンたちが隊商軍に警報と武装を呼びかけ、西の僻地にタンクラッドが着き、精霊アシァクが民の装備に力を与えた頃。
北部の洞窟では―――
「精霊の光だ」
「俺たちには、関係ないがな」
精霊の光に中てられないよう配慮するのは、自我を持つ魔物たち。どの種族も関係ない『俺たち』は、ダルナ他異界の精霊。
赤目の天使ブラフスは、空を飛び交う精霊の光を見つめ『この世界の精霊が援護している』と呟き、横のスヴァウティヤッシュは『自分たちは影響がないから行動する』と、振り返り皆に伝える。ドラゴン姿のダルナが守っていた、多くの同胞が、彼の後ろに揃う。
スヴァウティヤッシュも、数時間後に何があるか知っている。
この日。他のダルナが来て、アジャンヴァルティヤの伝言を届けた時、『夜が明けると魔物が大地を襲う』と教えた。
伝言を届けたダルナは、以前シャンガマックに説かれたダルナの一頭で、自分の番人だった人魚(※オウラ以外の)に聞いたらしく、『近い未来を透視する人魚が』と、襲撃される地域と大方の期間も、スヴァウティヤッシュたちに伝えて戻って行った。
「ブラフスが、魔物と別種の混じる位置を特定する。『魔物じゃない魔物』がいれば、俺とお前たちで引っこ抜く。残りは、まそらに渡す」
混ざり物の魔物、その理由に『乳鉢と毒』がある、とブラフスは言った。
―――二つの邪が混ざるには、常に条件となる場所が付き物で、それを『乳鉢』とするなら、『乳鉢』に導く声が『毒』。この『乳鉢と毒』は、二通りあることを確認している。
一つは、ダルナに聞こえて来たサブパメントゥの誘う声。龍を倒せ、龍を殺せと命じる。
これが、その『乳鉢へ誘う毒』と気づいたきっかけだった。その毒は、最近は止まったような印象もあったが、単に耳にしなくなっただけかもしれず。
もう一つは、別種(※古代種)の吹き溜まりに、魔物が発生すると、両者は混ざり込む。別種の邪が固まって居る場所が『乳鉢』、『毒』は双方を引き寄せる波動。
少し前、魔物と異なる別種(※古代種)が、突然増えた。それらが国の中心から南方向に、夥しい数で拡がったのを、この場にいる『異界の精霊』の一人が感じ取った。
北には来ないが、国の半分の南。
スヴァウティヤッシュは、『貢献』が物を言う場面と見て、同胞にそれを話し、各自が別行動するのではなく、今回は連携しようと持ちかけた。
『乳鉢と毒』のある場所に、魔物が集まる。別種が集まる。双方が混ざり、何十倍にも分裂する。一つずつ、それぞれが見つけに出かけて対処するより、連携の方が確実に早いだろうと。
スヴァウティヤッシュの提案は通る―― 本音は、ばらけて行動した時、分が悪いからだが、それは言わなかった。 ばらけたら、ここから先は。
もう戻ってこない同胞もいるかもしれない。その可能性の高さを懸念するスヴァウティヤッシュには、みすみす、彼らを送り出すことは出来なかった――
「始めよう」
夜の闇を見つめるダルナにブラフスが声をかけ、黒いダルナは彼に頷く。
ブラフスは場所を探り出し、融合する混生魔物が生まれてから、その中に『助けの手を伸べるべき相手』がいなければ、まそらに回し、いればスヴァウティヤッシュたちが迎えに行った。
自我を持った魔物の、記憶。複雑な感覚は感情を表現していないが、混濁する渦に似て、明らかに他の魔物と異なる。スヴァウティヤッシュが意識を向けると、それは流れ込んでくる。自我を得た者は、大体が戸惑っているが、スヴァウティヤッシュはこれを簡潔に導いて、そこに長居させず連れて帰った。
一つずつ。混成魔物が現れる場所を探して対処する。異界の精霊が手を出せない範囲はどうにもならないが、そこ以外は『貢献』し続ける。
異界の精霊の手出しが利かない、それは『古代サブパメントゥ言伝の消去』――― だが、異界の精霊たちが、これについて知るわけもなく、ただ、混生する魔物と別種の場を攻撃した際に、どうもこちらの力が届かない部分があるらしい、とだけは知った。
表面上は、その場で出た混成魔物を倒しているので、可能な範囲で進めるのみ。導く者がいたら引き取り、後を青い翼に任せて終わらせた。
元凶であり要因である『毒(※言伝)』は手出し無用だが、変質魔物はまそらの翼に映ると消えてゆく。
広範囲に対応するものではなく、一部集中。まそらが『その場所を感じとり』『翼にそこが映る』と、捉えた魔物は分解されて元素へ還った。
一旦、分解が始まれば、終わるまで止めることはできない。止められるのはまそら本人だけで、一つの法則の中にこの力が働いた。
青い翼は、封印された力を取り戻したら、対象範囲が増やせる。翼は、二翼の限りをなくし、大輪の花弁のように増え、一斉消滅を同時に促す。そして。
「力が戻れば」
まそらは独り言を落とす。青い天使の静かな力は、全て戻った時、ほどいた構成を組み直して『良いように』命じることが出来る。
横にいる他の精霊が、まそらの独り言に気づき、『貢献して解除を早められるか交渉しては』と返し、青い翼も目のない顔を向けて微笑んだ。
そうしてみる、と答えたまそらの思いに、優しい女龍の顔が浮かぶ。
もっと手を貸せたら、女龍が苦しむことはない。大きな力を使う龍は、人間のように小さなことでも気にして悩み、心が優しかった。あの優しさが、魔物を倒すに足かせとなっているのも分かった。
守る人間のために、ただ魔物を倒すだけに踏み切れない動き。魔物を倒した後の、人間の生活も考える女龍は、昔の私たちと同じ心。
イーアンに名を貰った青い天使は、遥か昔に自分たちが人間のために考え、行動していた心を、イーアンに重ねる。
「力を戻せたら。私はもっと貢献出来る」
まそらの呟きは含む思いを強める。大きな翼の内側に映る魔物の群れを砂にし、元の形にし、原型を繋ぐ糸を切り、消滅させた。
*****
スヴァウティヤッシュも解除したとはいえ、貢献について思うところは変わらず。友達と認めた女龍に、あいつが悩むことは少しでも軽くしてやりたい、その気持ちも加わった。
「俺の力は他のダルナと、一線引いた特殊」
ここでドラゴンとしての自分を手に入れたのは、今のところ自分だけ。以前と同じ力を発して、問題は起きないか気にはなる。そのため、威力は上げずに、戻ってきた力を選んで使うに留める。
―――自分が退治するのは、魔物ではない・・・黒いダルナは矛先を変えていた。
何度か、魔物の近くに別の種族がいるのを見かけているが、あれが『毒』を仕掛けた種族かもしれないと気づいてから(※サブパメントゥ)。
何人か違う姿で目にしたが、どれも同じ属性を持つのも感じた。中に、一人だけ、妙に隙のないのがいて気になった。しかし何度か目にした以降、そいつは見かけていない―――
「ここにいるのも、『あの種族』だ」
羽毛の翼を広げる黒いダルナは、変質した魔物の群れから、自我を持つ者を引っ張り出した際、あの種族が視界に入り、保護した魔物を仲間に預けると、『すぐ戻る』と断り、自分はその場に残った。
空の上から見下ろす。正確にはスヴァウティヤッシュの目に映っているのではなく、頭の内側に映っている。
奇妙な形をしている相手は、溢れる魔物の群れを確認しに来たのか。影の濃い岩の隙間で窺っている。
黒いダルナの意識は、相手の意識に流れ込みはしない。遮断をかけている相手と知り、スヴァウティヤッシュの対処が始まる。
解除前の封印された力の限りでは出来なかったが、解除された今は、こんなこと造作もない。
相手の意識と感情と感覚に、癒着を促す。癒着で溝の埋まるそれらを橋に、ダルナは相手の行動の発端となる記憶領域に爪をかけ、記憶を読み、適当にいじった。
影から出てこなかったその相手は、黒いダルナの『変更した記憶』に沿う動きを取り、影から普通に踏み出す。
時刻は真夜中でそこら中が暗いが、明かりに滅法弱いこいつは、僅かな光も影響する・・・記憶を把握したスヴァウティヤッシュは、『光を恐れる記憶』を変えたので、相手は身の危険の意識さえ失くした。
「他愛ないもんだ」
呟いた言葉が終わる前に、スヴァウティヤッシュの長い尾が傾き、地上にいる相手に棘状の羽根がビュッと抜け、放たれた光の矢となって・・・相手の顔を貫いた。
光の矢にハッとし顔を向けた途端、崩れるより早く矢が刺さったので、貫かれた顔は矢の勢いで吹っ飛び、その体も燃え落ちた。
「・・・光を見せるだけで良かったのか。わざわざ射貫かなくても」
そうだよな、と片付けてから気付いた黒いダルナは黙る。久しぶりに力を使ったから、どうも間抜けだなと、ぶつぶつ言いながら夜空に姿を消す。
これに続いて、散らばりかけた混成魔物の一群は急に塵に変わり、塵は立ち上がって生物を模り、またそれが崩れ・・・最終的には全て無くなった。
これを、遠くの沖―― 嵐が静まらない海にある孤島から、あの目が見ていた。
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