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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2318/2965

2318. ウィンダル家の行方

☆前回までの流れ

イーアンがヤロペウクに予告をされた後。夜明けまでの数時間で、イーアン他、精霊もサブパメントゥも原初の悪も動き出し、そしてドルドレンたちも宿を出発しました。

今回は場所が、南東。ある大貴族の話から始まります。

 

 予告の日の、数日前――― 南東の町。



 業火なら、まだマシだったのか。

 老齢の貴族は、呆気なく追い込まれた最後、覚悟を決める。ここで私は死ぬのだろう。当たり前のように想像していた()()()()ではなく、異形の輩に命を絶たれるとは。


 黒い闇の中で巨大な口を開けた相手に落ちる寸前、その片腕に抱きしめられていたものは放り投げられ、彼は呑まれた。



 この、数十分前―― 窓の外に、あっという間に広がった闇。町の一等地が、皮肉にも追い詰められるに、うってつけだった。


 緩い傾斜の丘の上の館は、領地を見渡すように周囲も広々とし、手入れされた果樹園と庭園を一画に備え、遠くに水平線を望む立地。

 しかし、この日。領地全貌を見渡す眺めの良い館を、初めて恐れた。


 夜が来て間もなく、緊急警報が空に響き、館から見えたものは、町が赤黒く焼ける様子だった。赤と濁った橙に染まる空に、無数の鳥が影を作り集るのを凝視し、すぐにそれが鳥ではなく、人のような手足を垂らしている魔物と気づいた。


 館内が騒然とし、執事が部屋に駆け込んできたと思ったら、扉を開けた側から、執事は後ろを振り向いて何かに焦り、『大旦那様、裏に馬車を用意しておりますから、そちらへ急いで下さい』と叫んで、彼は廊下へまた消えた。


 とんぼ返りで消えた執事の名を呼んだが、彼は階下へ駆け下りたらしく、彼の返事の代わりに、階下にいる召使いたちの大声が聞こえた。何を言っているのか聞き取れないが、貴族は下へ行って確かめることはせず、階段と反対方向へ走る。


 魔物が出た今、確実に()()()()()を思い出し、貴族は自室を出て書斎へ入った。

 この数分で、表の恐ろしい声や音が一層近く強くなっていることに焦りながら、彼は書斎の続き間―― 普段は棚と机で見えない扉 ――を開け、小部屋に並んだ背の低い棚の一つに駆け寄った。


 冷静でいるつもりが、手に汗をかいており、棚の小さな鍵を何度も手から落としながら、一つの引き出しを開ける。淡い桃色の、艶のある布に包まれた長方形。布は、家紋の刺繍が施された黄金色の帯に巻かれたまま・・・この一冊の書を引き出しから取り出し、中身を確認した貴族は、また布に包む。『書』にしては非常に薄いが、表紙は裏も表も木製で、中の羊皮紙は経年変化に晒されていない。


「これを、どこかで渡さねば」


 老齢の貴族は包んだ書を胸に抱きしめ、立ち上がる。その時、廊下で大きな破壊音が聞こえた。と同時に、館が揺れ、小部屋を飛び出た貴族は、書斎の窓の外を見て引き攣った。窓から手を伸ばせば触る位置に、異形の輩が飛び、建物を砕く音が加速する。


 ルオロフ―― 貴族の頭に、一人息子の名が過り、布包みを持つ手に力が籠る。


「ルオロフ、ここへ来るな。ああ、こんなことが起こるなら()()()()()()のに」


 口惜しさと恐怖の声が口を衝く。だが彼の声は、破壊と蹂躙の直中(ただなか)、どこにも聞こえない。壁や床を伝う激しい振動に、屋敷にも魔物が入ったと知る。脂汗の垂れる顔を拭い、腰を屈めて、窓枠の下を慎重に進んで廊下へ出た。

 彼の足が廊下の絨毯を踏んだ一瞬。床は溶けるように沈み、足元の闇、その虚ろに異様な顔が笑った。



 *****



「なんてことだ」


 遠くから見た時、町全体が焼けているのか!と慌てた若き貴族は、嫌がる馬を走らせて故郷の町に急いだが、近づくにつれ、町に魔物が集る光景がはっきりと浮かび上がり、手綱を引いた。


「魔物がこの町にも。父上は無事だろうか」


 近づいたことで、恐れと興奮に馬が嘶く。焼けている町に焦り、近くへ来てしまったものの、嘶きに我に返った若い貴族は、自分たちも危険である状態に踏み込んだことに慌て、来た道を一旦、戻る。



 ―――父の安否を、我が身より心配して飛び込んで行くのが、普通の息子だろう・・・だが、私はそう動けない。



 どこまで魔物が出ているのか分からない、夜の丘陵を走り抜け、背後に付いてくるような錯覚に冷や汗をかく。追われていないはずが、逃げなければと焦燥感に駆られ、若い男は町からかなり離れるまで馬を止めなかった。


 馬の口に泡が見え始め、倒れてしまいそうな馬の背中の汗を見て、ようやく馬を止まらせる。


「すまない。ここまで来れば・・・と思いたい。()()()()()()()()()()が」


 この『大丈夫であれ』の意味は、自分たちが魔物から距離を置いていれば良いが、の意味。彼の念頭に老齢の父への心配は薄く、茂みに入って馬を休ませ、自分もへたり込んだ。



「あの町の様子では、恐らく父も、もう」


 町の方角を少し視界に入れ、すぐに目を閉じて頭を振る。硬い地面の続く丘だが、下草は少ないものの、人の腰丈ほどの低木が群生して茂みを作り、しゃがんでしまうと姿はすっぽり隠れる。馬は側にいるが、低木の合間に背のある木々もあるため、馬もその影に紛れた。


 まさか、丁度この重なりで魔物に襲われるとは。いつ襲われても仕方ない時代ではあるが、『今日だなんて』悔しい溜息が大きく落ち、若い貴族は被っていたフードを背中にずらし、頭を乱暴に掻く。


「・・・これが運命なら、私の動きはなぜ阻まれたのか。考えろ、『ビーファライ』。腐っている暇はないぞ」


 頭を掻いた片腕をそのまま、黒い夜を睨む貴族。赤毛は燃えるような、()()()で、彼の白い肌に緑色の瞳が映える。


 顔、姿こそ違えど、『ルオロフ・ウィンダル』として生まれ変わった『赤毛の狼男』は、自分の役目を果たすべく、どう手を打つべきか、この緊急事態の展開に必死に考えた。



 *****



 エルー・ウィンダルの一人息子、ルオロフ・ウィンダルは、実の親子ではなく養子。彼の実父はエルーの弟で、早くに亡くなり、赤ん坊だったルオロフはエルーに引き取られた。

 彼の母親も一緒に引き取られたが、エルーの妻に疎まれて追い出される形でウィンダル家を離れた。


 当時、エルーとその妻の間に生まれた子供が、病で死んでしまった直後という状況もあり、エルーの妻は人が変わって乱暴で陰険だった。エルーは弟の子を養子にしようと決めたが、妻は猛反対し、何があっても自分が生むから、養子は認めないと騒いだ。


 だがそれも、その時はエルーの了承で終わったものの、すぐに覆された。妻は、引き取られた子供の殺害を試み、それを乳母についた召使いがエルーに知らせ、妻は自分の罪を認めた。開き直るように、幼い赤ん坊のせいにした醜い嫉妬は、エルーの心を沈ませ、妻はこの日の内に別邸へ送られた。


 赤ん坊ルオロフは、エルーの養子にされ、乳母の世話とエルーの父親役で問題なく成長する。だが、この間も度々、何か事あるごとに妻からの連絡や、危険を忍ばせる贈り物は続き、エルーは妻の狂気の執着心に悩んだ。


 ある時、『教育』と称して、12になったばかりのルオロフを首都へ出す。エルーとしては、妻の手が届かないよう西へ送り出したつもり。だが、親子の絆に影響したか。ルオロフはそれから10年間、鳥文の連絡は途絶えなかったものの、故郷の東へ戻ることなく、西の首都で過ごした。


 ウィンダル家は子宝に恵まれない家系らしく、細々と続いてきたとはいえ、いつの時代も傍系さえ少ない。直系が切れそうだった数世代前は、血の関わりの薄い遠縁の親戚と婚姻関係を結び、難を逃れたこともある(※クレイダル卿の話)。

 エルーの代で、直系を継ぐのは実はエルー本人だけで、弟と妹もまた、実の兄弟ではなく従妹だった。


 エルーの子供が生まれなければ、もしくは育たなければ、ウィンダル家の直系はここで終わるため、エルーは養子ルオロフに跡を継がせることに尽力した。ルオロフは秀でた才能と、慢心のない性質で、学業も優秀な成績で卒業し、騎士の称号も取った。


 そして、ルオロフは東へ戻ってきたのだが、南の実家へは下りず、デネヴォーグで仕事を始めた。ルオロフの気持ちは、エルーが願う距離ほど近くはなく、それはエルーにとって『引き離したからか』と悲しい解釈に変わった。



 ルオロフの本心は()()()()()ものの――― エルーは息子の心境を理解するべく、余計なことは言わずに彼を見守った。


 だが、魔物が出始めたことで、エルーはルオロフに帰ってくるよう頼み、『大事な話をするため、半月ほど休暇を取ってくれ』と願った。この期間の提示に最初、ルオロフは難色を示したが、父親の動きが変化したことが機会かも知れないと捉え、家を出てから初めて南東へ向かった・・・のが、この状況の経緯―――




「狼男の状態は、もうごめんだが。こういった時だけは、あの力があればと思ってしまう」


 覚悟を決めて、夜の茂みを出る足。ルオロフは馬に『魔物はまだいると思うか』と気配を尋ね、馬が心配そうな雰囲気に悩む。


「お前と一緒でなければ、町へ行くことも出来な・・・ん?あれは」


 馬を説得しかけた時、頭上を輝く星が掠め、ハッとそちらを見た。それは星ではなく、水色の・・・『妖精!』思わず口にした、光の正体。水色の輝きは妖精だと気づき、期待が膨れる。妖精は焼かれた町へ向かい、遠目でも分かる対処が始まる。


「行ける。魔物を倒してくれたんだ。行くぞ」


 水色と銀色の光が弾け、広範囲の空を覆うや否や、降り注ぐ雨の如く町を包み、赤黒い空が静まる。安堵の息を大きく吐いて、ルオロフは胸に手を当て『()()()()に感謝を』と祈り、馬に跨った。



 そして、一時間後。ルオロフは十数年以上前に出たきりだった、実家へ到着した。

 幼少の頃の記憶は曖昧で、はっきりと思い出せるほど覚えていないのだが、それでも見る影もなく様変わりした光景に、胸が苦しくなった。


 町を抜ける間、魔物は一頭も出くわしていない。妖精が完膚なきまでに叩きのめしてくれたのだろう。破壊と惨劇の爪痕は残るが、魔物自体はいなかった。館も破壊されていたが、もう、破壊した輩はここにない。


 敷地へ入ると、倒れた召使いたちの遺体が視界に入った。居た堪れない気持ちで祈りを捧げながら、ルオロフは馬を下りてそこに繋ぎ、屋内へ進んだ。血が飛び散っていない場所などないほど、そこかしこで血の臭いがし、人の死体と壊れた壁や床を避けながら、ルオロフは記憶を辿って父親の部屋へ向かう。


 父親は、逃げたのだろうか。かつての執事と乳母はおらず、現在の執事長らしき服装の人物は、壁に凭れて死んでいた。父親もこの分だと・・・そう思いながら、階段を上がった先。影が暗くて見えない死体に、あれが父親だと感じた。



 父親の部屋は四階だったが、彼は二階の廊下にうつ伏せに倒れ、首の骨を折って亡くなっていた。

 その頭元に膝をつき、父の半開きの瞼に手を当てて閉じて、『帰ってきたよ』とだけ呟く。哀れな最期に、ルオロフは祈りを捧げ、ゆっくりと立ち上がった。


 話を聞くことも出来なくなってしまった、今。 ルオロフは途方に暮れかけたが、気を取り直す。

 何かは残っているだろう・・・父親の部屋と書斎を調べて、『古王宮』の鍵か、もしくは()()()()()()()を探す。


 赤毛のルオロフは、父の側を静かに離れる。壊れた階段に気を付けながら、手すりを伝って四階へ上がり、両端しか残っていない廊下を注意深く進んで、父の部屋へ入った。部屋には何もなかったので、書斎へ移動。途中、足を瓦礫に取られかけたが、持ち前の運動神経の良さで逃れた。


 狼男ほどではないにせよ、ルオロフとして生きている時間、僅かに前世の影響を受けている体。


「だが、この程度では。()()()()()だ」


 狼男の記憶を丸ごと残して生まれ変わった、ビーファライ。もとい、ルオロフ。書斎へ入り、ずらされたままの机と棚の後ろにある小部屋を見て、また部屋を出た。直感が告げる。父は、自分に何かを託そうとしていたことを。


 父親が倒れていた廊下の真上・・・二階分の廊下に穴が開くそこを見下ろし、下に父の死体があることを確認してから、ルオロフは慎重に周辺を調べた。そして、三階の壊れた廊下の梁に引っかかった、似合わぬ美しさを見つける。


 取りに降りる気はない。衝撃を受けたはずが原形を保っていそうな状態。暗がりに慣れた目が、美しい長方形の代物を見据え、彼は手近の木片を投げた。木片は代物の角に当たり、それは階下へ落ちる。


まるで、父親が託すその行為を最後に見せるように、代物はエルーの腕の上に乗った。



*****



 ルオロフは館を後にする。鞄に入れた、『恐らくこれだ』と思われる代物を持ち帰る。待たせていた馬は怯えておらず、背に跨って馬を進め、町を抜けた後、行き先を定めた。



「古王宮だ。馬と船で、二日もあれば」

お読み頂き有難うございます。

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