2315. ヤロペウク開始予告・精霊アシァク・『イーアンの城』書庫へ
すぐに教えるわけではない、ヤロペウク。助言ではなく、予告は残す。イーアンの中にある、彼の印象。
彼が伝えることは、『助言』ほど相手を思う感情には近くない。でも、危険と構えについての『予告』はくれる。呼ばれたということは予告かもと覚悟したイーアンは、チカチカと光る明りを目安に地上に戻った。
毛皮の付いた上着を着た大柄な男が見上げており、女龍は彼の足元に影が見えないことを・・・今更、もう不思議とも思わないが、何となく気付いた。彼の前に降りたイーアンは、ちょっと視線をブージルに向けた。
「ヤロペウク。私たちは南へ向かいます」
「そうか。いよいよだな」
「動ける範囲で、ですが。デネヴォーグの町に滞在した間で、あなたの教えて下さった『大量虐殺』が差し迫っているのは、魔物の出方や様々な要素から感じています」
「・・・指輪は?」
「タンクラッドが8つめを探しに出ています。7つまで集めました」
ここで一旦、会話は途切れる。イーアンは向かい合う大きな男に『8つ集めたら、即、精霊を呼び出して民を匿って頂きます』と続ける。ヤロペウクは『武装はどうだ?』と、指輪の報告には答えず、次を促す。
指輪はそれでいいのかな、と思ったイーアンは、魔物製品も今日各地へ配れるだけ配った、と話した。
国内数ヶ所で製造していた製品を、方々へ渡したり回したりで・・・と話している最中に、ヤロペウクの腕が少し上がり、彼の手が女龍の顔の前で止まる。その仕草にイーアンは黙る。
大きな男の、少し屈めた動作は、彼の白い髭を揺らす。ゆっくりと口が開き、『予告』ならざる『警告』が冷たい空気に重く響く。
「これから。正確には、夜が明けると、だ」
不吉な出だしで警戒した女龍の緊張が伝わる。その緊張とは逆のヤロペウクは、物語でも聞かせるような、静かで、落ち着いた声だった。
「この国の、中央から半分は、揺すられ、抉り返され、宙に捕らわれる。魔物の門が山を穿ち、丘を貫き、地中と洞窟、湖に佇む古代の遺跡が地震を起こすだろう。
お前の魔法、センダラの魔法は有効だが、その影響は時空を振動させる。振動は繋がると、異時空の穴を増やす。
人間はお前たちの間に合わない時間で、多くが削られる。だが、救う意識より、魔物も魔物を誘う古代サブパメントゥも倒すのみだ。人間を救うのは、彼ら自身の動き。そして『指輪の庇護』だけだ」
「夜が明けたら」
「夜が明ける頃。始まる」
「もう」
「衝撃を受けるのは今じゃない。イーアン、俺の伝えたことから、お前は今すぐどう動くべきかを考えろ。もし、俺が必要になった時は、俺を呼べ」
「ヤロペウク」
話しはそれだけだ、と屈めた背中を起こした男は、突き放されたように戸惑うイーアンの白い角を一撫でする。
「急げ、女龍」
「はい」
もう時間がないんだと、ハッとし、愕然としている場合ではない状況に、気持ちを切り替えるイーアンは、ヤロペウクが立ち去るより早く、翼を広げて夜空へ飛んだ。
「急がねば。この話を聞いた直後、私が最初に取るべき行動は・・・・・ 」
―――白い遺跡の発動が起きる。『古代の遺跡』が地震を起こす・・・と。
自分がどうにか出来ること。まずはこれだ、とイーアンの直観が告げた。
どうやっても夜明けには魔物襲撃が起こるなら。そこから、『一気に民が削られる』と断定されたなら。
「ドルドレンたちへの連絡は、連絡珠で済む。タンクラッドはどこか分からないけれど、彼にも早く教えなければ。指輪はタンクラッドに任せて・・・ 白い遺跡が動き出したら、それこそ!拍車が掛かるどころではなくなってしまう」
ホーミットが、ドルドレンに忠告した。魔導士も私に注意を向けるように言った。そして今、ヤロペウクが断定した。
「それに、魔物の門。そこかしこに出て、異時空の穴もあちこちに。町が壊されて魔物が溢れ返って、古代サブパメントゥが魔物を操って」
―――白い遺跡が動き出すと・・・ 遺跡は龍気を引き込もうとして、周囲のあらゆるものを引き込む。それが筒のように立ち上がった後だと、消すのに時間が掛かる。筒が立ち上がる前の振動で、遺跡を見つけ出せないと、被害が拡大。
この発動自体は、眠っていた別の遺跡にも連動のきっかけを与えるのだ。
一つの振動から行き渡る範囲は、近い場所とは限らない。そして精霊が―― 小さな地霊や水霊が、潰される可能性もある。テイワグナではそれを気にした。
地霊たちも巻き込んでは、味方も減っていく。テイワグナで、『白い筒』のために被害を受けた精霊は、あからさまにそう話した。敵意を見せた精霊で、イーアンに強い思い出を残した相手も――
「あの時は、ヴィメテカが。この国では、彼の妹のアシァクが白い遺跡に関わった(※1907話参照)。アシァクは、確か南の原野を守ると」
イーアンの向かう先は、どこにいるかもわからない、精霊アシァクの守る領域。北はアガンガルネがいた。南はアシァクかも、と出会った中で頼れる精霊を探す。
アシァクなら。南部全域、東西関係なく、白い筒がある場所や、魔物の門が開きそうな所の見当がつくかもしれない。
「アシァク、どこですか」
南へ飛ぶイーアンは、混合種の精霊の名を呼ぶ。どこでどう呼びかければいいのか知らないが、最後にお別れする時、彼女は味方だと言ってくれた。きっと、答えてくれる。
「アシァク。イーアンです。龍のイーアンです。あなたを求めています。どこにいるか、私を呼んで下さい」
白い光の塊になって、イーアンは黒い夜空を翔け抜ける。自分の龍気を感じ取ってほしくて、他種族に迷惑が掛からないよう気を付けつつも、龍気の拡張を続けた。
「アシァク。聴こえま」
『女龍、ここへ。私は草原に立つ』
ハッとしたイーアンは、急いで宙に止まって下方を見回す。さざ波のような黒い草原が広がる前方。小さな黄緑色の光が、焦る龍を癒すように輝いていた。
*****
自分を探して訪れた女龍に、話を聞いたアシァクは、『お前がこの国へ入る前にも、男龍が来て』と白い遺跡と龍族の話をした。
これは、イーアンがアシァクと会った最初に聞いたこと(※1907話参照)で、テイワグナでの白い遺跡連動がアイエラダハッドも影響し、その時は男龍の誰かが来て対処したのだ。
ただ、白い遺跡がなくなった後でも、昔に封印された『魔物の門』が近くにあることで、つられて魔物の門が開く可能性から、この魔物時代に再度封じるより、壊してくれと・・・そうした話で、イーアンたちはアシァクに呼ばれたのだ。
「あの時。私たち龍族ではないのに龍の気を持つ何か、とアシァクは仰っていました(※1908話参照)。それは、まだあるのでしょうか。懸念として」
「ある。だが、今は動いていない」
肝心の謎めいた存在には触れない答え。イーアンは、少し考えて『それは、白い遺跡をこの時期に揺るがすでしょうか』と質問を変えた。謎の存在を問う時間はない。アシァクは『今ではない』とすぐに返事をする。
一先ず、それはじゃあ・・・と、胸騒ぎはあるものの、イーアンは頷く。アシァクも、女龍に余計なことを言わない精霊だが、しかし、別の方向から助言はする。
「私はその日。お前たちに伝えている。遺跡が、空を求めて連続する未来もあることを。龍の気を持ちながら、龍ではないもの。覚えておきなさい、これは単体を示していない。二つの異なるものが、合わさった状態を示している。
今は、二つは分離している。内、一つは起動もしなくなった。よほどのことでもない限り、『不能』と言い換えることも出来る」
アシァクの、謎々のような説明の最後、『二つは異なる・一つは起動しない』部分で、イーアンの目が見開いた。
「それでは、白い遺跡を発動させる可能性が半分減った、そうした意味ですか」
「そう言えなくもないが、確実ではない。二つの内、一つは残っている。合わさる相手を新たに得たら、それは動く」
・・・何の話をしているのか。『危険な何かは、きっかけさえあれば』の可能性を聞かされ、むずがゆい不透明さに、イーアンはじりじりするが我慢。とにかく、今じゃないのだ。それはアシァクが言い切ったから、確かだと思う。
白い遺跡の在る場所は、アシァクも全て把握するまで至っておらず、どれが動き出すか断定はできない。
「イーアン。お前はお前の知恵を辿るべき。精霊に、龍のものを尋ねるのは違う」
教えてやれそうなことが無い、とは言わないにしろ。アシァクに聞くより、女龍は龍族に聞くべきだと言われ、イーアンは上目遣いに小さく頷く。それが出来ればそうしています・・・(※龍族も教えてくれない)と内心、訴えたいところだが、アシァクにこちらの事情なんて関係ない。
でも――― イーアンはふと、思い出したことがあった。
アシァクにお礼を言い、空へ上がる。もしや、アシァクはやんわりと促してくれたのか、とちょっと思った。『そうよ、私には書庫があるじゃない』相談相手というには無言の場所でも、イーアンだけが使える膨大な記憶の書庫がある。
「アシァクが、書庫の存在を知らないにしても、『どこかに求めを知る術はある』と、それを伝えてくれたのかもしれません。どの種族にも、頼る知恵が用意されている。龍族にも・・・私にも」
ぐっと龍気を増やし、イーアンは急ぐ。自分と同じ世界から来た者たちの、膨大な記憶を抱えた、『イーアンの城』へ。
「始祖の龍。彼女なら。彼女の記憶なら、白い遺跡が地上にある場所・・・何かしら、分かるのでは」
分からなければそれまで。急いで調べて、情報が入ればすぐに対応する。男龍にも伝えておこうと考える。もし何も手掛かりがなければ、すぐに地上へ戻って、次の行動を取る。
書庫に入る前で、ドルドレンたちに連絡をしようと決め、イーアンは何度か世話になっている出入り口、あの湖に着いた(※2131話参照)。
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