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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2312/2964

2312. 旅の三百三十日目 ~出立準備・デネヴォーグ発、製品出荷

〇少し長めです。お時間のある時にどうぞ。

 

 手元に指輪7つを得たタンクラッドは、翌朝、全員に治癒場の場所と、指輪はあと一つであることを話した。



 単独行動で魔物退治を続けるフォラヴも、朝食の席に参加し、この話に若干安心したようだった。

 北も南も、とんでもなく離れている治癒場ではあるが、現在地からだと南の治癒場が頼る方向で、その位置が判明しただけでも、気持ちが救われる。


「すさまじい距離だ」


 食卓に広げた地図を横目に、ドゥージが『皮肉も言えない距離』と呟く。場所を押さえたのは良いにしろ、山脈の中まで入って治癒なんて、その場で死ぬのと変わらないような。弓引きはそこまで言わないが、皆も同じ感想を持つ。


 とはいえ、飛べる妖精、龍族には『飛べば()()()()()()距離』であり、民を連れて行くのは一斉移動で、個人的に数名を運ぶくらいなら、飛行可能な仲間が動けば行ける判断。


「指輪は残り1つだ。今日出かけて、今日中に手にするのは難しいが、数日中に」


 腸詰めを頬張った親方が、突き匙を窓に向けて『出かける』仕草を添えたすぐ、食堂の扉が開き、一旦話は止まる。挨拶した執事が封筒を手に部屋に入り、ドルドレンに封筒を渡しながら『早めに』と伝えて彼は下がった。



 ドルドレンは皆の注目する手紙をその場で開封。早めにということは、今すぐ見ろとした意味か。そう思って封から一枚紙を取り出し、短文に目を通した。


「ふむ。そろそろかと思っていたが」


「なんて?」


 ミレイオがすぐに内容を尋ね、ドルドレンは無駄のない用件だけの内容を教える。それは、配給開始と出発準備の願い。


「配給は今日から、だそうだ。ミレイオたち、この話は聞いていなかったか?」


「もうじき、とは・・・工房でも言ってたわよね?」


 ミレイオがオーリンを見て、オーリンもドゥージも目を見合わせ『開始日は聞いてないけどな』と答える。ミレイオもそうなので、決定したことに、それはそれで良かったと頷いた。


「手紙は、ゴルダーズ公からですか」


 ロゼールが質問し、ドルドレンは『そうだ』と返事をしながら手紙を見つめて黙る。何か引っかかる様子に、フォラヴが『どうされました?』と促す。うーん、と手紙の文面を見ながら、ドルドレンは顎に手を当てた。


「配給の時間が気になるのだ。製品を配給する先が多く、出発準備の時間がないような」


()()配れる、と思っているのでしょう。この前、北部も中部も、一日で動いたから」


 これにはイーアンが答え、あてにされてるんだよな、とぼやいた(素)。苦笑する親方は『王冠を使ったからな』とイーアンのぼやきに言い訳する。


「王冠は魔力を使います。何度か使用したら、補充しないといけません。タンクラッドに渡した以降、補充していないでしょうから、()()()()()だと思った方が無難ですよ。補充に使う時間を私は知らないので、ダルナに確認しないと」


「そうか、預かっていると忘れがちだな。今日聞いておくか」


 イーアンとタンクラッドの会話に、うんうん頷いていたドルドレンは、ここで口を挟む。


「出発は『今日』、とある」


「え」 「何?」


 女龍と親方が同時に振り向き、ドルドレンは手紙の文面をひらりと返し、見えるように上げる。


「ここを出るのは、()()なのだ。本日中に、工房・工場への挨拶回りと、各地配給、そして俺たちの出発準備を済ませる、の意味だ」



 *****



 ムリですよ、無茶言うな、魔物材料もあるのに、こっちの都合は、と一気に騒がしくなった場で、ドルドレンも目を閉じながら頷いて理解を示す数分間(※無理だよなと思う)。


 なぜ・・・用意周到のはずの貴族が無理を言うのだろう、とドルドレンは内心、()()がある。


 無論、当日朝の手紙一つでどうにかする気かと、疑問もないわけではないが、彼ら貴族というのは、一般人が考え付かないくらい『裏の手を回す印象』がある。用意が()()なんてことは、無駄に気位の高い自尊心を持つ人種にとって、それこそ無理だと思う。


 ゴルダーズ公ともなれば、その道、百戦錬磨。生まれた時から高位貴族なんだから、どっぷり『裏の手回し当たり前』の世界に浸りきって呼吸している。それを思うと、彼が何の用意もなく急かしている・・・とは思えなかった。



 ―――このドルドレンの読みは、口にする前に証明される。


 一頻り、わぁわぁ騒いだ食堂の場に、執事サヌフが上品に入ってきて、険悪な皆に安定の微笑で『お茶を運びました』とまず伝え、あのなぁとオーリンが席を立ったところで、サヌフの後ろからゴルダーズ公その人が食堂に入った。


「おはようございます。皆さん。同じ家にいるのに、久しぶりに感じます」


 品のある笑顔で、何事もないかのように首を縦に振り振り、貴族の主は突き刺さる視線を涼風のように流し、咳払いしてからサヌフの引いた椅子にかけた。


「今、仕事が丁度片付きました。皆さんが出かける時間に間に合わないといけませんから、先に手紙を渡しましたが、間に合いましたので、少し説明をする時間が取れました」


「急である」


 単刀直入に皆の意見を伝えた総長に、ゴルダーズ公は微笑む頬を緩めず、彼に頷く。


「可能な限り。私の方で手配はしています。手紙に書きましたように、皆さんは魔物製品を各地へ届けて頂きたい。そして、夜の出発が滞りなく進むよう、準備を」


「でも、世話になった所に挨拶とかしていたら、普通、無理だと思わない?」


 ふーっと息を吐いて、ミレイオが遮り、『手続きはどうするんですか』と続けてロゼールも差し込む。前日の用意も無いのに切り上げて、書類のやり取りや交換が追い付かないと早口で言うと、ゴルダーズ公は赤毛の騎士ににこりと笑った。


()()()()()()()()()金の鳥。大丈夫ですよ。それは私が、昨日中に完了させました」


「いつから俺が・・・アイエラダハッドの」


「あなたが活躍した初日からです。名誉な異名と思って下さい。次の事務処理は、南の町までありません」


 呆れた顔で黙った騎士に、うん、と頷き、ゴルダーズ公はミレイオやオーリンたち職人に向き直り、『別れを惜しむ時間は削ってしまいましたが』と少し同情的な眼差しを向け、しかし移動はこの時機を逃すわけにいかないと、はっきり伝える。


「リチアリが動き出し、カビシリリトが襲われた後。私は、夜明けまで眠る時間を惜しんで、仕事を急ぎ進めました。この町で作られた製品の数が一定数を超えた時、即、行動に移せるように、です。今夜出発し、一か月以内には南東『エルー・ウィンダルの館』に着くよう動きます」


「一ヶ月?無理だろう。馬車で二ヶ月以上はかかる距離に」


 思わず声にしたドゥージに、ゴルダーズは首を横に振る。『あなたは初日にあの場にいたのだから、思い出して下さい』とゆっくり言い、弓引きの眉根が寄るのを見つめた。


「そう・・・覚えていますか?私が、あなた方と隊商軍の繋ぎ役になった、あの日。私は水路の話をしました」



 ―――『私の船、水路使用・停泊許可を出します。ここでお約束すれば、交渉はどこでも一切免除です(※2235話後半参照)』



 ハッとしたドルドレンとロゼールに続いて、ドゥージとフォラヴ、ザッカリアも、それを思い出す。視線をかわす騎士たちの様子に、ゴルダーズ公は微笑んだまま『船を使います』と、時間短縮の方法を教えた。


「船。南東まで?」


 ミレイオが少し驚いて繰り返す。イーアンは無表情(※船出てくると思ってた)。心なしか、ザッカリアの顔が喜びを帯びているのをちらっと見て、目が合った少年に、ささっと首を横に振った(※喜び表現抑えての意味)。

 騒めく場で、誇らし気な貴族の顔が皆に向けられ、国の自慢とでもいったように上ずる声でお墨付きを言い渡す。


「そうです。私たちが最速で、この東部を動くには。まして、南へ向かうなら、()()()()()()


「乗船日数はどれくらいですか」


 イーアンはすかさず突っ込む。このメンバー、船に乗ったことがある人はほぼいないのだ。船酔いでダウンするのも出てくるだろう。船移動で、停泊するポイントまでの均等な振り分けはどうなっているのか。


 女龍の質問に、ゴルダーズ公は『興味を示した』と思ったか、ニコーっとして『()()程度です』と短く返答。


「たった十日で、馬車の道二ヶ月以上かかる距離の、どれくらいを移動するのですか?」


「船の移動で、陸路一ヶ月分は短縮する予定です。それに、馬車で移動するとしても、貴族が優先的に使う道であれば、一般よりもさらに日数は削れます。だから私は、『南まで一ヶ月以内』と言いました。

 邪魔さえ入らなければ・・・船をもう少し使えるなら、三週間で南東の目的地に入れるはずです」


 嘘でしょ、と失笑するミレイオに、ドゥージも困惑の顔で、さすがに無理じゃないのかと呟く。


 川の道を移動したことがないため、確かにドゥージに知る由ない交通事情(移動時間)だが。にしたって、中部より北にあるデネヴォーグから、馬車を走らせて、川へ、川から水路で南、それから馬車に乗り換えて・・・『三週間』は、いくら何でも信じられない。


 嘘言うなと顔に書かれた全員を見渡し、ゴルダーズは『現実です』と保証する。


「東部は海に向かって傾斜する角度がついています。ピンと来ないかもしれませんが、このデネヴォーグも標高はそこそこあるのですよ。全体的に広いし、合間に小山もありますから、川の道も曲がりくねって、時間が掛かりそうに感じると思います。でも、一旦船に乗ってしまえば、あっという間です」


 具合が悪くなる暇もありませんよ・・・見透かした柔らかい微笑を向けるゴルダーズに、イーアンはちょっと嫌味で返す。


()()()にはですよね。川でも途中で傾斜が上がる箇所は、速度が」


 自信ありの貴族に、『下りだけは早いもの』と含めて女龍が尋ねると、ゴルダーズは、さっと首を横に一振りして『()()()です』と即答。眉根を寄せたイーアンに、ニコリとした。



「陸路では使用しない、()()があります」


「動力?」


「非常に高価ですから、私たちのように、管理が出来る立場の者でもないと所有できません」


 それは何かと目で問う女龍に、『楽しみにしていて下さい』と出し惜しみ、ゴルダーズは忙しない説明をまとめる。


「皆さんにお願いしたいことを繰り返しますが、製品を各地へ運んで頂きたい。西部にもです。それから、夕方に戻って頂いて、荷造りをお願いします。出発は夜の7時です」


「魔物が出るとは思わないのか」


 ここまで黙って聞いていたタンクラッドが呟くと、ゴルダーズは肩を竦めて『皆さんと一緒ですから』と・・・思いっ切りあてにされていた。そうなるわよね、とミレイオが目を逸らし、ゴルダーズは立ち上がる。


「それではよろしくお願いいたします。私は本日中に、デネヴォーグで済ませる、最後の用事に取り掛かります」


「ゴルダーズ公。一つ聞きたい」


 席を立って挨拶した貴族を引き留めたのはドルドレンで、ゴルダーズは総長に体を向ける。なんです?と促した貴族に、ドルドレンは予てから聞きたかったことを尋ねた。


「リチアリは」



 *****



「シャンガマックはもう、精霊の迎えが来たのかもな」


 タンクラッドは、ドルドレンが彼に連絡したが通じなかった、と話したので、もういないと判断。そうですねと答える女龍は、空を見ながら『来ました』と、呼び出した相手の到来を教える。


「ホーミットとシャンガマックは、私たちが移動した後にまた出てくるとしても、精霊付きですから、場所に迷うことはないでしょう」


 降りてくるダルナ数頭を見ながら、イーアンは親子に連絡がつかなくても大丈夫、と親方に答えた。親方も別に心配はしていないが、()()()()()()()は気になっていた。それはさておき。


「呼んだか。8つめの指輪を探しに行くのか?」


 青紫のダルナは、朝一番でイーアンに呼ばれて機嫌良さそう。指輪探しはタンクラッドだが、タンクラッドへの挨拶より先。


「そうしたいのですが、急用で変更です。『王冠』の使用は、あとどれくらい可能でしょうか」


 差し出した王冠に視線を投げたイングは、女龍の手から王冠を引き取る。


「一回使えるくらいだ。今、引き取る」


 あ、やっぱり、とイーアンも頷く。イングは、後ろの二頭のダルナを見て『解除はしないのか』と確認し、今日は実は、とイーアンが事情を説明する。



「そうか。道具(※材料・製品)を運び切って、発つのか」


「はい。それで、『王冠』があと何回使えるか、知る必要がありました。使えないと教えて頂いたので、運ぶのは私が龍に変わって」


「いい。手を貸す・・・スヴァド?」


 即行、遮るイングは、背後のスヴァドに訊ね、スヴァドも問題ないと首を大きく揺らす。もう一頭は、解除希望のダルナで初見。イングは彼に戻るよう言い、別のダルナを呼ぶことにした。


「お前たちは何人だ。一人につき、ダルナ一頭。運ぶだけで、人間と接触はない。道具を分けて運べ。俺は()()


 がっちり、イーアン指名のイングに、後でスヴァドが舌打ちしたが、イングは無視した。イーアン、複雑(※勝手に決定された)。スヴァドは、イングにより親方付属決定。


 従う相手に尽くすダルナだからこうなる。イングの習性―― しつこいくらい従う ――は、ビルガメスも渋々認めてやった話で、強引さが気になるものの、親方が注意するものでもない。何となく困惑中の女龍を横目に、親方は『動けるのは、あと三人』と答え、イングは『三頭呼ぶ』と了解した。


 そして、三頭のダルナが間もなく現れ、その内の一頭はイーアンが二回目の解除をした、お日様の匂いがするダルナだった(※1964話後半参照)。



「クシフォカルダエ」


「シャンガマックは?」


 開口一番、シャンガマックの名が出て、イーアンは彼が不在と教える。穏やかなダルナはゆったり頷いて『でも彼は悲しみにいない』と返した。


 答えというには漠然とし、ずれている内容に聞こえたタンクラッドが首を傾げたが、イーアンはクシフォカルダエが『悲しみのダルナ』と名乗ったのを覚えている。


「良かった。シャンガマックに悲しみがないなら、それが一番です」


「大丈夫」


 女龍の微笑みに、黄褐色のダルナも頷き、風変わりな挨拶は終わり。残る二頭は初見ではあれ、解除希望でもなく、存在を残したい側の意思あり。と、紹介され、応じたのは『貢献』目的だった。


 こうしたことで、イーアンは館にいるミレイオたちに連絡。ミレイオ、オーリン、ドゥージ、ロゼール付き。ロゼールは『西部で顔が利くところに一言挨拶したい』そうで、職人一人と同行。


 イーアンは、イング。タンクラッドは。スヴァド。お日様の匂いのクシフォカルダエは、ミレイオ。他、水色のダルナは、オーリン。複数色の混ざるダルナが、ドゥージとロゼールに付き添う。



 決まったところで、デネヴォーグの工房の製品を集荷する倉庫へ向かい、イーアンたちは製品と材料を、目的地別に分けた。

 倉庫は、普段ロゼールが世話になっていた工場の一つで、大きな出入り口の続き、屋根がある屋外に荷物を出しておいてくれた。


 ロゼールがハイザンジェルから持ち帰った書類には、ギアッチが指導して作った、魔物の資料も含まれており、彼はこれをありったけ持ってきたので、『民間に配ってもらうようお願いします』と、各地域の荷物に同梱した。


「イーアンやタンクラッドさんの絵。テイワグナで描いてもらった絵も、写しで入れてもらってるんですよ」


 すっかり忘れていたけれど、そんなこともあったなとイーアンと親方は顔を見合わせ微笑む(※1342話~参照)。ミレイオに絵具を分けて貰って、馬車の荷台で描いた絵。機構の連携で、写本の会社に頼んだ資料は、絵の写しも入り、魔物のどこを見て攻撃の()()()をつけるか、そうした細かい教えも添えられた。



「早急に装備が必要な地域の隊商軍へ、デネヴォーグの荷物を届けてから、魔物材料を協力工房へ運ぶ。協力工房から出せる製品は預かって、二番待ちの隊商軍へ届けろ。民間に配る話が出ている地域もある。隊商軍から民間の団体に話がついているそうだから、隊商軍と確認して、必要なら自警団にも運んでやってくれ」


 親方の指示に了解し、ロゼールが各地域の施設所在地を書いた紙を渡す。

 荷物を仕分けた後、上空で待っていたダルナに降りてきてもらい、凝視する工場の人たちを気にせず、皆は淡々とダルナに説明、仕事を頼んだ。


 5頭のダルナは、理解した側から同行者と荷物と一緒に、掻き消えるようにして姿を消す。次々に消えていく荷物と大型の偽龍(※ダルナ)を見送った形で、工場の人たちも『すごい仕事をしている実感』を胸に、仕事へ戻った。


お読み頂き有難うございます。

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