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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2311/2964

2311. 鎖二分の一ずつ・ミレイオへの獅子の呵責

 

 魔導士は、帰りがてら、深夜でも開いている酒屋で買った酒と煙草を土産に、自分の部屋へ戻る。

 結界の外で見張りをしているリリューに挨拶し、ラファルは既に眠ったと聞き、礼を言ってリリューを帰した。


 リリューと話しこむ最近、起きている時間が伸びたラファルだが、リリューに『彼は眠る』と教えて以来、リリューはラファルを寝かせてやろうと気遣って、寝室へ促している様子。


 微笑ましいというか、健気というか。リリューの思い遣りを有難く思いつつ、魔導士はラファルの部屋に入り、ベッドの横の机に土産を置いた。一応、酒の容器も二つ出す。


 わざわざ買った理由は、人間的な生活の一面をなぞろうとした、気紛れ。


 俺もお前もとっくに終わってるんだよなと、メーウィックの寝顔に思う。そのメーウィックの姿を持ったラファルも、また同じような、()()()



「ラファル。起こすぞ」


 眠っている男に静かに声をかけ、魔導士は遠慮なく紙袋からガサゴソと土産を取り出し、机に置き直す。その音でラファルの目が開き『おお、帰ったか』と普通の挨拶。こいつはいつも・・・と、その反応に苦笑して頭を振った魔導士は『起こして悪いな』と、暗い部屋に酒瓶を持ち上げる。


「酒。どうしたんだ。誰かが渡したのか」


 ベッドに寝たままで、ラファルは欠伸をして質問。普段、その辺から(※空中)取り出す魔導士が、なぜ紙袋と一緒の酒瓶を持っているのか。ほら、と腹の上に煙草の包みも置かれ、ますます何かあったのかと、普通の状態が普通ではない認識のラファルは上半身を起こした。


「バニザット、どこかへ行ってるのは知ってるが。これは?」


「急ぎで、お前に話がある。起こして悪いが、話を聞いてくれ」


「・・・そんなの、謝ることじゃない。火を貰うよ」


 煙草の包みから取り出したのは、巻いてある煙草。ふと手が止まったラファルに『それは、元から巻いてあるのを買った』と教えてやり、二人で少し笑う。『安全だ』『何よりだ』と交わし、魔導士は酒を開けて容器に注ぐと、煙草を銜えた男に、火をつけてやった。これは魔法。


 煙を口から揺らしたラファルが、薄茶色の目を向ける。話って?と呟いた男に、魔導士は蠟燭にも明かりを灯して『お前の安全、その二(※一は煙草)』と珍しく冗談じみた言い方をしながら、鎖を取り出した。


 じゃら、と小さな音を立てた細い鎖。長さはあるが、輪は小さく、特に珍しくもない一般的な鎖を見て、ラファルは視線でこれについて問う。



「これをな・・・こう、する」


 火をつけたばかりの煙草を口に銜えた魔導士は、煙の邪魔に目を薄くして、両手に持った鎖の、丁度真ん中あたりを引っ張った。一瞬、青く光った鎖は、半分に切れて垂れる。・・・一々珍しい、魔法を使わない動作が連続するのも、ラファルには何んとなし引っかかる。


「切っちまって良いのか」


「良い。()()()()()()らしい。確認済みだ。お前が半分、俺が半分」


 手渡した鎖を受け取ったラファルが、しげしげと鎖を見て『なんか、特別なんだろ?』と、ちっとも説明のない代物の詳細を窺い、魔導士は頷いてこれが何かを話した。ラファルの感情のない目が瞬く。



「言い方悪いけどさ。俺が潰れないように、()()()()生かしてるって気がするな。生きてないのは承知だけど」


 鎖の効果と、渡された意味を聞いたラファルの感想に、魔導士は笑えない。ラファルは気にしている様子もなく、事実をしっかり理解しているので、それが正直に言葉に出ただけだが、魔導士は彼の境遇に居た堪れなかった。


「ある日。俺は『捨て駒』で壊れる、それは解るんだ。ただ、引き延ばされてる印象が」


「もう言うな。とにかく・・・お前が持って、俺も持っていれば、鎖につられて面倒臭い奴が寄ってきても、俺はお前を守るに間に合う。続けて、コルステインが来るだろう。四六時中、俺と一緒の上に、少々の単独時間にも対応だ。俺の魔法の範囲外であれ、ここまですれば安全も堅固なもんだ」


 言うな、と止められたラファルは、魔導士の表情に変化を見つけられなかったが、彼が自分を守ろうとして、常に真面目に考えてくれることに有難くは思う。

 今の自分の言葉が、彼を苦しめたかもしれないと感じ、『有難うな』と短い礼に留め、受け取った鎖を片手の手首に巻いた。

 割れて互い違いに向いた両端の輪を、重ねて噛ませる。魔導士が指を向けると、そこは力も入れずにまとまる。


「・・・今は魔法が()()()のも、意味があるのか?」


「別に。()()だ」


 酒も煙草も買ったんだぞ、と少し笑った魔導士が、緋色の上着の前を開く。褐色の胸には、奇妙な金属の首飾りが下がっており(※友達印(パナラガ)。1702話参照)、鎖はその紐にくるくる巻き付いて固定された。


「それ。格好いいな」


 煙草を持った指で、魔導士の首飾りを示したラファルに『お前にやろうか?(※友達印…)』と魔導士が即答し、ラファルは笑って『褒めただけだよ』と遠慮した。



「起こしといて悪いが、用は終わった。もう寝ろ」


「いや・・・目が覚めちまったから。ちょっと起きているよ。あんた、まだ何かあるんだろ。俺を気にするな」


 魔導士が立ち上がると、ラファルはそう言って片手をちょっと上げる。魔導士は数秒、ベッドに体を起こした彼を見下ろし、また椅子にかけた。


「もう一杯飲むか。お前は」


「そうだな。貰う」


 断らないラファルに、魔導士は押し付けているような気もしないでもない。だが、何となく。この無欲で無関心な、気の毒な運命の男に、ささやかでも寄り添ってやりたいとしんみり思う。


 二人で一杯ずつ酒を飲み、煙草の煙を燻らせて、購入した煙草と酒の味について思うことを話す、他愛もない時間を過ごした。



 *****



 あの後、獅子は仔牛に入り、息子の横に寝そべると、黒い箱を見つめたまま、しばらく起きていた。


 老魔導士が話した現状は、旅の仲間に直接関係のない一部だろうが、大きな影響ある()()()()()()()に、幾らでも繋がる気がした。



 ―――ラファルは、古代サブパメントゥに狙われ続けているため、目的地と目的の場所まで辿り着かせる間は、魔導士が守りを任されていた。彼だけではなく、コルステインたちも無関係ではない以上、それで鎖の話が出た。


 ヨーマイテスが狼男エサイと、棘置き場で対面した残党の一人は、ヨーマイテスに『やり合うか』と吹っ掛けた。その一言で、対立を意識したヨーマイテスは一瞬出遅れたのだ。今はその時ではない、と過った(※2219話参照)。


 同じように、コルステインたちも感じている。対立する相手への接触・距離に慎重なのだ。


 ラファルを使われたら、国外に連れて行かれる可能性もある。

 魔物のいない国で、古代サブパメントゥの言伝を呼び起こす。これを繰り返される場合、放置すれば魔物とは別の問題で対処も迫られる。コルステインはその予想に難色を示した。二度目の旅路が()()()()だったからだ。


 もし。ラファルや・・・ラファルのような立場に置かれた、何かが動かされたとする。


 その影響は、旅の仲間を急かし、極端な行動を起こす要因にもなるだろう。単純に、これが理由で『ミレイオがイーアンと空に行く』事態に続く想像も、変ではない。



 他にも危険の臭いがある。

 そのコルステインたちの目を光らせるため、ラファルは今、姿を変えて過去のメーウィックの風貌。親しんだ家族の見た目を持つラファルに、コルステインたちは魔導士の意図を理解した上で、懐かしみ、ラファルの様子を見守る。


 サブパメントゥの強い習性を利用した行為・・・だが、精霊もコルステイン一家も承知し、受け入れられた。

 ラファルの夜間は、常にリリューが側にいるという。どうでも良い情報でしかない。が、この方法で、ラファルが直に狙われた際、リリューが防いだ(※巻き煙草一件)。



 これを聞いて感じるが、残党の動きは徐々に振れが大きくなっているようで、『偶然ではあったが』の前置き付き、ミレイオも残党と一騎打ちして危うかった話も続いた。魔物退治の動きに、残党が見え隠れすることが増え、ミレイオが担当した先で倒されかけた。

 直後助けたのはフォラヴ。妖精の彼には進行を閉ざすしか出来ず、コルステインに託し、コルステインは魔導士へこれを回した。コルステインが流した理由は先のとおりで、言わずもがな。対立しかけない接触に、距離をとるためだった。


 ミレイオと対峙した残党が、どうなったか行方は分からず仕舞い。対峙した奴に、ミレイオの特殊さがどう映ったか・・・これもまた、下手に巻き込まれてはミレイオが狙われるとか、回り回って『未来の空行き』に繋がらないとも言えない。


 ヨーマイテスの懸念は、魔導士との話で顔に出たのか、魔導士は小首を傾げて『ミレイオはサブパメントゥ出入り禁止になった』と伝えた。


 自宅以外は動きを制限され、サブパメントゥを動き回ることを禁じられてしまった。それはミレイオが対立に巻き込まれない処置ではあるそうだが、事実上『宝として単体』、存在の置き場を失ったに等しい。


 空にも地下にも所属しない、無論、人間にもなれない立場を下されていた。



 これを淡々と話している魔導士に、ヨーマイテスはずっと質問したかったことがある。それは、結局口にはしなかったが、『お前はまた空を目指してるだろう』そのこと。ミレイオと組んだ理由の、再確認。


 堂々と、ミレイオの立ち位置や状態を教え、精霊やコルステインたち周知の事実と詳細も伝えた魔導士。

 ヨーマイテスが彼と手を切った嫌がらせで『ミレイオの不安定』を伝えたのかと思うには、何かが違った。嫌がらせではなく、ミレイオを・・・彼は案じているような。


 魔導士は、彼の執念であり、野望である、『空を探り向かう意志』については、微塵も話題にしなかった。


 ここで魔導士との会話は終わり、ラファルは命運まで引っ張られている話に少し戻ったのが、別れ際。



 ―――ミレイオが。鍵として動かされる宿命に近づいている。


 逃げ切ったに近い自分は、ミレイオの未来をを止めるよう指示を受け取った。ファニバスクワンからは、白虹の面を。過去の男メーウィックからは、黒い箱の玉を。


 宿命を作ったのも。手放したのも。止めるのも。何もかもが、茶番劇のように感じる。


 ミレイオも、ラファルも。なぜ存在を求められたのか。なぜ、逃れられない宿命の駒を、こんな凝った仕掛けと経緯で、その腕に抱かされたのか。



 精霊の計画するところ。世の計画するところ。天地統一の未来。


「俺も()()()()に過ぎない」


 獅子は黒い箱に手を伸ばし、少し奥へ押しやってから溜息を小さく吐いた。眠る息子の体に寄りかかり、明日・・・息子にも打ち明け、ミレイオに近い内に話しが出来るよう考える。

『ファニバスクワンに。相談する必要があるのか』呟いた気持ちは、ミレイオを思うためか、バニザットと生きる自分のためか。妙な呵責をじわじわ感じる獅子は、嫌そうに目を閉じる。


 この時、仔牛の壁にある小さいな窓の外に、淡い水色の光がふわっと灯った。



『ヨーマイテス。バニザット。移動しなさい』


『ファニバスクワン』


 精霊が迎えに来て、水の近くまで移動するよう言いつける。獅子は了解し、息子を起こすと、仔牛を出て息子を背に乗せ、夜の平原を走った。

 ファニバスクワンが誘導する川まで、獅子は息子に話しかけることもせず、ただ、ミレイオの未来を知った自分を、どう扱うべきか考えていた。


お読み頂き有難うございます。

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