2308. 治癒場 ~雨の約束・魔物退治に『王冠』配送・獅子への届け物
※メンテナンスの影響がなさそうなので、8時半予定の投稿を早めました。
☆前回までの流れ
7つめの指輪探しで難航したタンクラッドは、メーウィックのヒントを受けた後、イーアンを連れて南へ出かけました。試行錯誤し、ヒントを参考に入り口を得て、迎えたのは龍頭の精霊。ダルナの解除が済み、南の治癒場も見つけました。
今回は、治癒場から始まります。
その頃。イーアンとタンクラッドは、というと。
祭殿の引き出しを開け、一つの小箱を見つけたところ。黒く染められた革が張ってある、木製の箱・・・そこまでは解るが、合わせの上下は隙間なく、鍵も付いていないのに開けられない。
箱の蓋には『焼き印』があり、それを口にはしたくなかったが、イーアンは誰のことか何となく感じ取った。勿論、タンクラッドも。
「ここに、サブパメントゥが用はないよな」
ふーむ、と唸った親方の一言に、イーアンも箱を見つめて頷いた。『サブパメントゥは治癒場に関係ありませんから』続けて答えたイーアンが顔を上げる。親方と同じ色の瞳が合い、じーっとお互いを見つめ合うこと数秒。
「考えていることは、一緒のような」
「言ってみろ。俺が先でも構わんが」
「ここにこれを置いた人。メーウィックではないかと」
「それで?」
「これは・・・シャンガマックのお父さんというか」
「つまり」
「メーウィックは、これを見つけた『誰か』が、ホーミットと繋がっていると想定して、ここに置いて」
「最後が違うな。託して、だ。正確には。ここまで彼は来て、何が起こるか知っていたんだ。なぜホーミットに、なのかまでは知る由ないが」
親方のまとめにイーアンも同意。『どうして?』と黒い小箱を手の平に乗せて考える。
焼き印は繊細ではないが、間違いなく『獅子』の絵。
鬣、顔、牙。そして、目の部分にだけ、小さな小さな碧の宝石が嵌っていた。まず間違いなく、ホーミットと思うよりない、この場所、このタイミング、このメンバー。
イーアンの眉がくっ付きそうなくらいに寄って、『これを渡してほしい、と』呟いて首を傾げた。タンクラッドもうんうん、頭を揺らす。
「昨日から、外に出ているんだろう?彼ら親子は」
「そうです。まだ戻っていなければ、外にいるでしょう。ファニバスクワンが迎えに来るまで、自由行動みたいですから」
「自由行動って言ってもな。好き放題動ける印象じゃない。そうか・・・指輪も手に入れたし、使い方も知ったし、何が起きるかも知った。ここですることは終わっている。今日はもう戻るか」
タンクラッドの含みのある言い方に、イーアンも何度か頷いて『渡せそうなら渡します』と、クロークを捲り、腰袋に箱をしまった。
青い光を振り返る二人。イーアンは会釈し、タンクラッドは少し見つめただけ。来た道を戻る二人は、龍気が回復したのを感じながら、小箱入手前に起きた不思議を、どちらからともなく話し出す。
―――銀色の煙に巻かれ、煙が薄れた後。二人の足元以外は、全く別の場所を映していた。
手を握り合っていなかったら、慌てて翼を出して飛びそうだった。宙に浮かんだ状態で、ハッと下を見れば自分たちの靴の下だけ、小部屋の床の色。ほんの数㎝残して、後は空中であり、360度違う風景のど真ん中。
タンクラッドが見当をつけたことを、その場で教えてくれたが、自分たちはハイザンジェル国境側から、こちらの山脈を見ていた状態で・・・そして、見ている場面は『これから起こる未来』と解釈した。
山脈に雨が落ち、少しして土砂降りになり、見る見るうちに雨は川を増水。治癒場のある山は他のところと同様、下部が増水で見えなくなったが、向きと高さが違う側に、もう一つ穴が見えた。そこにもズィーリーの彫刻が一体だけあり、普通だったら飛んでしか入れない、足場のない入り口。雨が水嵩を上げ、徐々にその入り口近くまで水位が来る。
そこで雨は止んだ。止んだ側から薄緑色の光の筒が、山脈の川の上を滑るように走り、今度は何かと目を凝らすと、筒の中に何かが動いている。
それはどんどん増え、よく見ると人間と分かった。何百という舟に乗る人々。先頭の舟の舳先には人が立っている様子。
イーアンもタンクラッドも顔を見合わせ『これが指輪の揃った時では』と、合点がいく。8つの指輪を揃え、精霊に民を預ける時、北と南に分けて治癒場に保護する・・・・・ アイエラダハッド南の治癒場、この山脈の中へ、雨と光が人々を連れて来る様子を見た。
『こんなに悠長で大丈夫か』と心配そうな親方の呟きに、イーアンも微妙にそれを思うが、精霊の動きは一つではない。一瞬で運ばれることもあるし、順を追って回りくどいこともある。回りくどい場合は、何か教えている時。
きっと。この人たちも、こうして避難することで、何かを学ぶのかもしれない。
治癒場の山に横づけされる光の通路を抜け、人々が次々に中へ入るのを二人は宙から見守って、少しすると風景がぼやけ出した。
二人の耳に、『雨を呼ぶ時。ここに伝えなさい』と誰かの声が響く。
イーアンはこれが始祖の龍の声だと気づき、『はい』とすぐに答えた。答えたと同時、輝く銀色に包まれ、再び目を開けたら、イーアンとタンクラッドは治癒場の小部屋に立っていた―――
「始祖の龍だったんだろうな」
あの最後の声は、と呟く親方に、彼の心境を少し考えながら『多分そうです』とイーアンも曖昧に答えた。
「キトラは、私が雨を求めるような言い方をしていました。ここに来なかったら、私は気付かなかったでしょう。何をきっかけに『雨を求める』のだろう?って」
「だろうな。指輪を集めても、精霊が全部引き受けるわけじゃない。精霊が運んで連れて行く意味は、あの光の通路か。キトラに雨を伝える・・・のは、うっかりキトラが降らすのかと思っていたが」
「よく思い出すと、違うのですね。キトラは『降らせる約束がある』と言ったけれど、彼は始祖の龍から『私ではない女龍が訪れ、雨を降らすと告げたなら、雨の行く道を開けるように』と言われた・・・そう話しています。
始祖の龍が降雨予告をし、三代目の女龍が予告通り『雨を降らせます』と言いに来たら、彼がここ、治癒場まで、雨の道を誘導すると言いましょうか。整える、としたことだったのでしょう」
「龍の計らいなんだな。始祖の龍は、民を」
「さぁ・・・ 私より強く厳しい、先を見通す御方だったそうです。優しさと一言で表すには」
「俺には優しく思えるよ」
龍は全てを消す役目を持つ。それは権利などとっくに超えた、義務にさえ感じるイーアンにとって、タンクラッドの『優しい女龍』の印象は、少し違う気がした。辛く悲しい、女龍の立場に於いて、始祖の龍も決して優しさだけで、こうした準備をしたわけではないと思う。だって彼女は、一度世界を滅ぼしているのだから・・・・・
苦しさに苛まれながらも、やらなければいけない時は実行する。その決断と意志の貫く勢いは、終わった後に悲しみも伴う。
世界を大雨の洪水で埋めた天の龍は、矛盾する破壊と救いの極端を意識しながら、常に動いていたのではないか。
少しでも救ってやりたい。未来の状況を知った彼女の中で、ほんの一握りかも知れない未来への手伝いを、人知れず、最強の龍という立場を隠しながら、そっと行うには。
直に手を出す形ではなく、精霊に続きを任せたり、途中で関与する方法しかなかったのかもしれない。
出口まで降り、イーアンは水を通過する。小部屋で過ぎた時間に特にズレはなかったらしく、水量は来た時と同じに見えた。
タンクラッドも続いて水にまた腰下まで入り、外へ出る。出てすぐにイーアンが龍気を使って、タンクラッドの衣服の乾燥を頑張り、親方のズボンと靴は『何となく湿っている』くらいまで乾いた。
「有難うな。お前は本当に便利だ」
「なんて言い方ですか。さぁ・・・キトラを探して、イングたちと合流しなければ」
「解除のダルナが戻っていると良いが。まだ戻ってきていなければ、また少し待つぞ」
どうだろう、どうでしょうねと言いながら、二人は浮上する。浮上してすぐ、ひらりと美しい大きな蝶が横切り、イーアンたちの前に龍頭のキトラが姿を現した。
「雨の意味は理解したのか」
「はい。有難うございました。あなたはそれを伝えて下さったのですね」
「私が説明しなくても、龍には龍の声が届く」
少しは説明もしたけれどと、キトラは二人を連れて、先ほどダルナたちを残してきた空へ向かった。遠目で、ダルナの影は三頭あり、不思議な音色は最初に比べて豊かに増えていた。
龍頭は楽しそうに目を細めて『あのダルナは音楽を持つ』と、心地よい音色を褒め、合流した客を出口へまた連れて行った。
「キトラ。次に会う時は」
「龍の雨の頼み」
「またお会いしましょう」
うん、と微笑んでイーアンは手を振る。池のようにあいた穴を抜けて空へ上がる客を、龍頭の精霊は見送った。
*****
「タンクラッドが行きますか?」
イングたちとあっさり分かれた空の上。イーアンは先ほどの黒い小箱を、タンクラッドが親子に渡すかを尋ねる。親方は眉を上げ首を傾げる。
「こういうのは、お前の役目だろう」
「何の役目ですか」
「俺でもいいが、始祖の龍も絡んだんだ。俺は『代行』だしな」
代行、と言われたら、あの場にいたのもその流れ。まぁそうですよね、と小さい声で同意し、イーアンは黒い箱の収まった腰袋に視線を落とす。
「一緒に行くか?」
「・・・剣工房は」
「そうだな。それもあるが。バニザット(※親方はシャンガマックの名呼び定着)はゴルダーズの家に来ないだろから、俺が会いに出かけてもいい。ホーミット相手、お前もしんどいだろう」
「そうですね」
即答の女龍に笑って、タンクラッドはイーアンの頭にポンと大きな手を乗せる。自分を見た女龍に『メーウィックの夢の話も聞かせたら、彼らのことだから何か違う話が出るかもしれん』と囁いた。あ、と思うイーアン。親方はそっち(※謎なぞ系)が楽しみなのかと気づき、頷く。
そして二人は、デネヴォーグへ・・・戻る道で魔物を見つけて退治し、少し癖があるものの手こずることはなく、回収対象の魔物だったので、運べる限りの解体をした。
「王冠、使うか」
「うーん。私が運びます」
倒した範囲は狭く、魔物は金属質の角を持っていたので、それをゴロゴロと集めた後。数えて凡そ100はある、直径50㎝の角の束を、イーアンは龍に変わって運ぶという。
「魔物が消えるぞ」
「解体出来ましたよ」
「まぁな。そうだが。だが、何の加減で消えるか分からん。消えたら、解体までしたのに時間の無駄だった、と思いそうだ」
「・・・・・(※言い返せない)」
じゃー、どうするの、と目で問う女龍に、ちょっと笑った親方は王冠をベルトから外して『頼る』と呼び出す。
イングなしで、タンクラッドの度胸というか、潔さというか。イーアンは顔を顰めたが、その真ん前に丸っこい『王冠』が現れた。
タンクラッドはイーアンに、王冠に触れているように言い、イーアンの手が丸い胴体に添えられたのを見てから『あの角をな。デネヴォーグの館に全部持って行く』と、まるで王冠がゴルダーズ邸を知っているような言い方をした、その直後。
二人は、ゴルダーズ邸の前庭、その上の空に浮かんでいた。見下ろす地面(※庭)に魔物の角が薪のように積まれている。丸っこい『王冠』に、タンクラッドは『有難うな。もういいぞ』とお腹をぺちっと叩いて・・・王冠は消えた(※あっさり)。
凝視する女龍に、ちょっと笑って『大したことじゃないだろう』と可笑しそうに小首を傾げるイケメン職人。
「大したことですよ。すんなり使われましたが」
「気にするなよ。さ、次だ。移動も運送も済んだ。あの親子に会いに行くぞ」
ちゃっちゃか運ぶ親方に、親方と一緒だとこうなるんだよな、と改めて思ったイーアンは言葉も出ない。
頷いて了解し、前庭に出て来た召使さんたちの驚く声を聞いて『あとで片付ける』と大声で約束。そしてそのまま、親子がいた林へ二人は向かった。
お読み頂き有難うございます。




