2306. 7つめの指輪 ~③『キトラ・サドゥ』の山脈・音のダルナ・治癒場
※10月16日(月)の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いいたします。
繊細で独特な文様。絹のような布地に織り込まれた柄に、既視感で見つめたイーアンの胸に懐かしさが浮かぶ。
ズィーリーが会ったという、ノクワボ・・・親方やフォラヴ、ザッカリアが見た、龍頭人体の精霊ノクワボはこんな感じだったのかな、と思ったところで、会話が始まる。
『女龍。用は雨か』
「いいえ。・・・雨?」
雨とは、とキョトンとした顔の女龍に、龍頭の相手は柔らかな緑色の目を瞬き、しかし答えず。次の質問へ。
『では、用は、ここを抜けた癒しの光か』
「あ、そこ。治癒場では」
それが用かと相手は、女龍の反応にまた頷く。
イーアンは慌てて『それだけではありませんよ』と、ダルナの巌のことも付け足して、この二つに用事があるから訪れたと伝えた。
すると、龍頭で着物を着こんだ相手は、穴の上に浮かぶ者たちを見てから『力の封じもそこにある』と顔を下方の奥―― ハイザンジェル方面 ――へ向け、女龍がその力を集めに来たのか?と、怪訝そうに尋ねた。女龍が違う力を求める理由を知りたそうな表情。イーアンは、そうではないとすぐ答える。
「いえ。私は探しただけ。ここに、力を封じられたダルナを、これから呼ぼうと思って」
『呼んで良い。時の剣を持つ男。龍から下りるように』
許可と命令。女龍はありでも、龍はダメ・・・
これを聞きながらイーアンは、ビルガメスと話した日を思い出す(※995話参照)。あの日の帰り、ルガルバンダに聞いたこと。
ルガルバンダは以前、『ズィーリーが精霊(※ノクワボ)に近づけたのは、彼女の龍気が少なかった事と、時の剣を持つ男が一緒だったから』と話していた。
―――タンクラッドと、イーアンの組み合わせ。
龍頭の彼にとって、龍気が多いのは大変なのかもしれない。
タンクラッドの側にいるイーアンは、自分の龍気をやんわり中和してもらっている状態。バーハラーまで加わっては、龍頭の彼には厳しい、と理解した。
全拒否ではないので、命じられたタンクラッドは、首を後ろに向けたバーハラーを見た。龍は不愉快気味。
バーハラーの感情を察し、イーアンが側へ寄るや否や、燻し黄金の龍はタンクラッドを振り落とし(※雑)、うわ、と声を上げた親方を女龍がキャッチした。
龍は用が済んだとばかり、ひょろろ~っと空へ上がる・・・ バーハラーの機嫌を取るのが大変そうだとぼやきつつ、タンクラッドはイーアンに背中を抱えられた状態で、ダルナを呼び出す。ダルナに場所を示して呼び続けると。
ふっ、と高貴な花の匂いが香る。続いて、乾燥した砂の持つ匂いが舞い、二人の前にイングとスヴァドが現れた。
目立たないが、その後ろに不思議な音を奏でるダルナもいる。感覚で捉える特徴を持つダルナたちだが、音は初めてかも・・・と、イーアンが大型ドラゴン二頭の後ろを見ようと顔を動かすと、そこには小さめのダルナがいた。
鱗に、穴。大きな板のような鱗に穴がぽこぽこあり、吹き抜ける風は笛の音のように、音階の異なる音色をひゅるひゅる立てる。艶やかな代赭色のダルナは、首が短くコロンとした体で、背中の棘や鰭がある位置に、ステゴザウルスに似た板の鱗が何列か揃って並んでいる。全体の丸っこさに可愛らしさもあるが、顔は厳しい(※もろドラゴン顔)。
イーアンの微妙な驚きはさておき。数日通った場所の変わり具合、イングはスヴァドに首を向ける。何かを言おうとダルナが口を開く前に、龍頭の相手は遮るように『一緒に下へ』と招いた。
*****
龍頭の相手が順を追って『答え』を説明する、道案内の時間。『なぞなぞの指輪の巌』を辿った、イーアンの考えたことは殆ど当たっていた。
着物に似た服を纏う龍頭は、『キトラ・サドゥ』と名乗った。
彼は精霊の種類でも、土地から離れないタイプで、本人曰く『この山脈を引き受けている』役目。彼の居場所が、外から見えず近づけずの処置を取ってある、ここ。
以前の世界の『龍』の絵に似た頭部。頭に生えた二本の角は枝分かれして、鹿の角を思わせる。眉と額と顔の側面を包み込む長い毛は後頭部も覆い、牙の並ぶ口、鼻の脇から伸びる二本の髭、玉のような眼。
首から下は、着物の衿が高くて見えないが、手足は人の手足。足は変わった靴を履いている。手の皮膚は妙に煌めいているので、細かな鱗があるのかもしれないが、龍の頭と重ねた着物の特徴に目が行って、そこまで気にならない。
キトラは側で見ると、とても大きかった。ビルガメスよりも大きい。ゆったり飛ぶ様子は、人が空中を漂うようで、珍客を引き連れた龍頭の精霊は、ここがどんな場所で、自分は何者かを丁寧に説明した。
タンクラッドはキトラに、幾つか質問したいことがあったが、キトラが淡々と話すので、邪魔をしない方が良いと思い、黙っていた。ダルナたちも口を挟まず、イーアンもキトラの横を飛びながら、相槌を打って拝聴。
ノクワボの伝説は、『水に困った人間を助けたが、人間の愚かな行為のため、責任を取ったノクワボは消えることも死ぬこともない』とした、もの悲しい内容だった。
そこへ行くと、キトラの状況は約束の日を待ち、現在も役目現役・・・と言うべきか。悲しくも何ともない。
彼が最初にイーアンに訊ねた『雨か?』の問いは、雨を降らせる約束があるからだという。約束した相手は、なんと始祖の龍。
そんな前からいるの?とイーアンは思わず聞きかけたが、キトラは始祖の龍との約束も、ちゃんと話してくれた。
イーアンが『阻む空気=旅の雲』に触れた行為は正しく、『その時が来た合図』と反応し、キトラは応じたらしい。
「ここに封じ(※ダルナの力)が来た時。始祖の龍は、『私ではない女龍が訪れ、雨を降らすと告げたなら、雨の行く道を開けるように』そう言い、私は約束した。
時は流れ、精霊の使いの人間が訪れた。その人間は、龍の骨に乗っていた。人間は『精霊に預かったものを、封じ岩に置きたい』と用を告げ、『いずれ雨が降る日、これがこの先にある女龍の望みの場へ続く、鍵となるだろう』と話した」
主題は、ここ・・・・・ 始祖の龍と、メーウィック。始祖の龍は、『雨と道』を約束にし、メーウィックは『精霊の指輪と治癒場』を示している。
この話以外は、初っ端、何が理由で『歌』の一声が出たか、この場所がなぜこうした地形か、なぜ外部を遮断しているのか、その話だった。『歌』はメーウィックの提案で、やはり勇者の関係者を寄せ付けない材料だった。
地形も、遠い昔に山が穿たれた後、鳥や風に運ばれた植物が森に成長し、キトラ・サドゥと彼の仲間が棲みついたそう。仲間の行方は話さなかったが、キトラだけが残っている様子。外部を遮断するのは、訪れるものを制限するから。
ちなみにアムハールとは全く違う場所。龍が関わっていることは同じだが、在る意味も違う。
そして、治癒場も含んで隠されているが、これは後の対処でそうなったこと。
キトラは、自分の守る山脈の続きに治癒場が造られた際、我関せずだった。その後、メーウィックが来て、重要さを伝えたことで、キトラは治癒場も含めて守るようになった。
『溢れる滝』と『涸れた谷』の意味は、いずれ雨が降るまでの長い長い待期期間を表しているのだろう・・・と、イーアンは感じた。そう思うと、この歌詞の要素を馬車の民に伝えたのは、メーウィックその人だったかもしれない。
キトラは空中を急がずに移動し、話を聞かせ終わった辺りで、ピタリと止まって下方を指差した。指の差す先、巨岩が円を描いて立つ山頂があり、そこに一際大きな石舞台が寝かされ、表面には赤い紋様が絡んでいた。
「あれが封じだ」
振り向いた龍頭は、客のダルナを見る。イングとスヴァドは、自分たちの後ろについて来ている小さいダルナに『解除だ』と声をかける。風の音をずっと聴かせていたダルナが前に出て、イーアンとタンクラッドの横に並ぶ。
「解除をしたい」
「はい。一緒に行きます」
今回は巌が壁ではなく、寝かされている状態。山頂は狭いが、降りる場所はある。キトラは宙に残り、イーアンはタンクラッドを連れて下へ降りた。
「お前も上にいろ。俺は面の力で浮上できる」
「あ。そうですね。忘れていました」
山頂の凍る地面に足を着けてすぐ、タンクラッドがイーアンに離れるよう指示し、面を顔にかける。足元に白い龍気が広がって板状に変わり、タンクラッドの体が浮かんだのを見て、イーアンはそそくさ浮上。キトラの横に行く。
茶色いダルナに何かを話したイングたちも、すぐに上がってきて、石舞台にはタンクラッドと茶色いダルナだけが残った。
「キトラ。爆発的な衝撃が起きます。収まるまで何時間かかるか分かりませんから、すぐに逃げて下さい」
イーアンが急ぎ要約を伝えると、キトラは顔を向け『私は問題ない』と・・・逃げるのか、逃げなくても平気なのか、判断しにくい返事をした。
この後、いつものように―――
タンクラッドがまず石舞台に触れ、赤い紋様が解かれて、絡み出し、古代の精霊が現れて問いかけ・・・茶色いダルナが少し動いた時、突如、山頂が陥没。何かに引きずり込まれるように山は沈み、連なる周囲の山も次々に爆音を立てて大地に沈み込む。
白い光の尾を引いたタンクラッドが逃げ、イーアンたちも大急ぎで逆方向へ飛び抜けた。
とはいえ、ここはキトラの領域。逃げるにしても出る訳にいかないので、どこが一番端っこなのかと気にしたイーアン。横を飛ぶダルナたちに振り向いて『ここでちょっと』と停止を呼びかけたすぐ、キトラの声で『こっちへ』と誘導される。
「キトラ。どこにいますか」
「こっちへ来なさい。『女龍の望みの場』が近いから」
声は穏やかで、一匹の美しい蝶々が間近に来て伝えている。ひらひらと優雅に飛ぶ蝶が、キトラの案内。
ハッとしたイーアンは、横に揃ったタンクラッドを見る。側に来たタンクラッドは、握ったままの片手をちょっと見せ『指輪は手に入れた。ダルナの待ち時間で、治癒場に行く機会だ』と即決。イーアンも頷く。
この際だからと、イングたちを振り向いたが、ダルナ二頭は『ここで彼を待っている』と爆発した方に顔を向けた。
「心配するな。俺たちはここから動かない」
「勝手にどこかへ行くなんて思ってもいません。信用しているから」
信用している、と言われた青紫のダルナは、大きく頷き(※嬉しい)『行ってこい』と女龍を送り出す。行ってきますね、と挨拶し、イーアンは親方と一緒に蝶々の導く方へ飛んだ。
ひらひら飛ぶのに、やけに早い移動の蝶の後をついて行き、二人は山脈の合間を縫う、細く長い川の真上に来た。
「まさしく、だな」
タンクラッドは、仮面の奥で少し笑う。イーアンも深呼吸して頷き、見下ろした場所に堂々とある石像に微笑んだ。
「ズィーリーです」
川の両岸。見事な技術で彫刻された、対の像が立つ。微笑むイーアンに似た姿が向かい合い、その足元、川の水面が半分かかる高さに、ぽかっと開いた穴が見えた。




