2305. 7つめの指輪 ~②謎解きの巌
南の三か所目。指輪の巌に辿り着けない問題で、タンクラッドは今日、イーアンを連れてきた。
まやかしが一帯を包んでいるから、消去しないといけないかもしれない・・・タンクラッドはそう話し、加減の難しいダルナにそれを頼むのも危ないからと、イーアンが一緒に行く話になったのだが。
昨晩、『消去・破壊はやめろ』と魔導士に夢で注意され、併せてメーウィックのヒントも得たイーアンは、指輪探しに同行したものの、破壊行為のスタッフではなく、謎解きスタッフで参加。
そして、問題の7つめの指輪がある場所、その上にイーアンとタンクラッド、バーハラーが浮かぶ。
到着したらイングを呼ぶのだが、イングと他のダルナには少し待ってもらう。まずは条件探しだ、と鳶色の瞳が『神隠し』の一帯を見渡した。
「見えないだろ」
「はい」
見渡した一面。さざ波立つ水面の如し。色彩や明暗が目に映るものの、それらの輪郭は曖昧にぼやけ、動いている。離れた空から近づいて、前方の揺れは逃げ水のようだったが、側で見ると一層、程度が高い。
「目が変になったか、と思ったくらいだ」
「イングたちには、どう見えていましたか」
「彼らも同じじゃないのか。この下が解っていなさそうだったから」
「・・・イングは、ここに巌があるのを、透視して見つけたのでしょうか」
「その辺は、本人に聞かないと分からんな。彼は場所を特定したが、それは『この状態』だから納得、というだけだ。イングからは、巌と付近の風景の印象を聞いていない」
親方の返事に、イーアンは空中のぼやける空気を眺め、割と広く覆い尽くされていることに不思議を思う。
カバーの形状は、不定形。枠はどんな形か確認のために少し高く上がると、山脈に差し掛かった辺りから、連なる山々を5~6ヵ所覆うと分かる。ぼやける視界は、ハイザンジェル国境方面に伸び・・・ イーアンは予想を立てた。
―――『初級で見た風景の複合的な地をくぐって、本当にここかと足が止まりそうなところが増える。上級はさらに、中級に加えて、まやかし、謎なぞ、引っかけ・・・ 』
「『最後は度胸が物を言う』ここは、一歩手前」
メーウィックの言葉を、一言一句違えずに伝えた魔導士の声を思い浮かべ、イーアンは『7つめは度胸手前で済む』と、大きく息を吸い込んだ。
「メーウィックは、何でこんな知恵比べみたいなことを選んだのだろうな」
「時の勇者から守るため、でしょう」
「だとしても、だ。馬車でさえ入れず、誰の協力を得られたかも分からない勇者のために、ここまで手の込んだ秘密を用意した。その上、『絶対解けない』話でもない。楽しんでいるようだ」
親方の呟きに、イーアンもそう思った。解けない問題に挑めとか、そんな個人的な挑戦話ではないが、彼は楽しんでいたと思えなくはない。
メーウィックは、いつか役に立つであろう、指輪と治癒の約束を、ダルナの力を封じた場所に仕込んだ。
これだけでも疑問が山盛りだが、隠す場所に初級~上級と決めたように難度を定めた割に、真反対の行為、その糸口も教えに来た。
初級編の見て分かる風景は『俺の親切』だそうで、世界の危機が掛かった事態に、なんて暢気なと思ってしまうが、そもそもメーウィックはこの事態が、未来にあると知っていたのだろうか・・・?
「メーウィックについて、ちょっと言ってみただけだ。イーアン、考えなくていい」
「あ。はい」
ぼうっとした女龍の心を読むように、タンクラッドは少し間を置いてから促し、イーアンはささっと辺りをもう一度見渡した。
「では。行きますか」
「・・・どこへ」
「引っ掛け問題を作っているところです」
見当をつけたイーアンが、親方の跨るバーハラーを見る。龍は静かで、今回は帰ろうとしない。小さく頷いて、『バーハラーも問題なし』と呟き、イーアンは先に降りる。
後ろで、おい、と親方が驚いた声がしだが、そのまま歪んだ水面にひゅっ、と降り・・・ もわっと何かに阻まれた。
お、と浮かび上がったイーアンに、追いかけたタンクラッドが並んで『言っただろう』と彼女を見る。
「近づこうとすれば、邪魔されるんだ。触れることも出来ない」
「そうなのですが。私、龍ですから」
「お前なら入れると?メーウィックはそんな条件出してないぞ」
「ではなくて、ですね。このまやかし、と言いますか。アムハールで思い出しましたが、私も話だけで聞いた、あの場所と近いです」
「話だけ・・・ん?雲間の村ではなく、か?」
「タンクラッドは直に入ったでしょう。『ノクワボの墳墓』に」
つらつら話す中に、思いがけない名称。タンクラッドの目が見開かれ、さっと下を見る。
「まさか。お前は、ここがあの精霊と似た場所、と」
「確か、アムハールに似た空の孔の話を持つ、ノクワボの遺跡は土地の精霊によって・・・とビルガメスにも確認しています(※995話参照)」
「待て待て。治癒場も何も、あったもんじゃないぞ。どうするとそう、飛躍して」
ぺらぺらと、まるで知っているように続ける女龍に、呆れ顔のタンクラッド。イーアンは、少し笑って腕組みした片手を下に向けた。
「飛躍ではありません。歌の二ヶ所に当てはまらないのは、『山脈の中』『旅の雲』『涸れた大地』。そして、『夜が果てなく続くかのような谷』『大量の溢れる滝』『神の住処』です。
ここに、メーウィックが与えた条件『これまでの6ヵ所と通じる条件』も加えます。近いのは『雲間の村』の神隠し。
『雲間の村』は、土地が絡んだ要素で、天然。
『乾き切ったアムハールと似た環境』は、雨が降らない空。似ている条件・・・は、邪の気を私も感じませんし、雲間の村ではバーハラーが退散しましたが、ここでは彼は残っています。そうなれば精霊絡み。
この国の南の『治癒場』は、光の地図でアムハールを示した位置とは違い(※481話参照)、あなたが以前『ハイザンジェル国境線が昔と現在は違う』と言った、あの辺です(※302話参照)」
そう言って、下に向けていた腕を持ち上げ、ハイザンジェル方面へ伸ばしたイーアンは『この方向。あの、うんと先に、ハイザンジェルの治癒場。私たちが一番最初に見つけた、ディアンタがあります』と確認させるように教えた。
「だがイーアン。かなり、こじつけに聞こえる。テイワグナのノクワボがいた墳墓まで、適用はないだろ」
「だから今、先に確認したのです。私は龍なので、私が触れたら固定された精霊が下にいた場合、私に反応しますでしょう。バーハラーとはまた違うのだし」
バーハラーは龍だが、精霊や他種族に用事を持って関わることはない。それは世界中の精霊、どこでもそう認識しているだろう。しかし、女龍となれば話は違うはず。女龍が動くのは、用事があるから。
自分が来たことに反応がなければ、精霊だとしても、固定系ではなく別のしがらみ。そもそも、邪気がない時点で、この手の類は『精霊』か『妖精』か『元からの土地の性質(※モティアサスのように)』で大別するのが早いとイーアンは思う。
この状況、妖精の線はない。広く分布する精霊が、この状況に沿う。そして精霊と思えるもう一つの理由は、メーウィックが地霊や小さな精霊たちとも関わっていた事実があるから。
精霊の指輪の使い方だって、ミレイオの話では『精霊のおばちゃん(※極北でお世話になった)が、必須アイテムをメーウィックから預かっていた』くらいなのだ(※2016話参照)。
ややこしくなっているので、話を戻す。
「ここは既に、『山脈の中』です。歌にあった場所の特徴、その一です。『旅の雲が宿る』は、私たちを遮るこれでしょう。そう仮定して、その二。
この下に『森』があるとしたら、それが三。森の周囲に『涸れた大地』が囲っていれば、それで四です。ここで思い出してみましょう。アムハールは固定された『空』があり、そこに孔がありました。周囲は荒野です。
テイワグナ・ノクワボの墳墓は、周囲が森林に覆われた盆地にあったと聞いています。墳墓の上に、かつて孔があったとも」
「・・・三と四。お前が言いたいのは、俺たちを遮っている、この真下にも同じ環境がある、と言っているのか」
「これだけ環境を示す情報が似通うなら、在りそうに思います。そして、『溢れる滝』はアムハールもノクワボの墳墓も水を求めた場所として、これがあれば五。『夜が果てなく続く涸れた谷』が示すところ、通常は許されない水の意味であれば、これを六。そこまで揃ったら」
「『神の住処』はつまり」
合いの手を挟むような親方に、イーアンはちょっと下を見て、うん、と頷く。
「こう考えますとね。どうやったって、固定系の精霊が絡んでいそうではありませんか?メーウィックが頼れる間柄と思えば、尚のこと」
「いかに推測とは言え、そんな気がしてくるな。なるほど」
ふーむ、と龍の背で腕組みしてタンクラッドが唸った、その時。
ポワッと下が光る。ハッとして顔を下に向けた二人に、足元を揺らぐ水面に似た宙が、大きく波紋を広げ、徐々に薄れ、一部が透明になった。
『穴。開いたぞ』タンクラッドがぼそっと落とす。その穴はしかし、入口と思い込むには、ちょっと早い。入り口ではなさそう、とイーアンが目を凝らした途端、『声を聴かせておくれ』と誰かが歌った。
*****
顔を見合わせたタンクラッドとイーアン。ここからは早かった。二人とも推測に沿って、そしてメーウィックの助言を念頭に、対応し始める。
『声を聴かせておくれ』と歌う声は、西の遺跡の洞窟でもあった。イーアンは歌わずに『私は、女龍イーアン。時の剣を持つ男と来た』と大声ではっきり、穴に向かって答える。
『龍。女龍か』
歌で問われたが、次は驚きが籠る声だった。そうです、と追いかけるように答えたイーアンは、穴の内を覗き込む。すると穴はひゅーっと見る見るうちに広がって、直径50mほど開いた。
真下は森―― 森の周囲がまた独特な地形で、抉り返したようなむき出しの岩が囲む。よく見ると、山が一つ壊れたお椀状の内側に、森が出来た状態。
これはあり得るかも、とイーアンは自然現象の範囲と考える。滅多に起きないだろうが、偶然が重なってこの山だけ崩れ、そこに植生が形成された。水は、お椀型の側面から流れてくる・・・雲や、湿気、ここに流れ込む気流の影響で、雪も降れば雨も降る。とはいえ、そんなにさっそく『滝が溢れる』ほど光っている様子は見えないから、ここは慎重に。
「イーアン、ダルナを呼ぶぞ」
「もうちょっと、呼ぶのを待ちましょう。まずは私たちだけで入って、誰かさんと話をした方が良いのでは」
下を見つめたまま、女龍はそう言い、バーハラーの背中から親方も下方を見た。固まる親方。
「誰か、さん。か」
「はい」
二人が見下ろした、揺らぐ靄の穴。そこに、繊細な模様を織り込んだ着物に身を包む、『龍頭』が顔を向けて浮かんでいた。
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