2304. 旅の三百二十九日目~ ロゼールの不安・7つめの指輪 ~①歌との違い
朝。ゴルダーズ邸の朝食の席で、イーアンは魔導士が夢で教えたことを話した。この席にいないのはフォラヴだけで、フォラヴは夜明け近くに戻ったため、睡眠中。
「・・・らしいのです。魔導士から、タンクラッドにも伝言が(※2302話参照)」
話すだけ話して、言い難そうに濁す女龍の視線に、タンクラッドは嫌な予感。『何か言われたか』と聞き返し、イーアンが席を立つ。とことこ、親方の側へ行って、皆が見つめる中、ちょっと耳打ち・・・・・
イーアンの行動にドルドレンは『タンクラッドに耳打ちなんかしなくても』と眉を寄せるが、そのタンクラッドは嬉しそうどころか険しい表情に変わり、ドルドレンは彼が嫌なことを聞いたと気づいた(※わざわざ皆に訊かれないように)。
女龍の耳打ちから顔を離したタンクラッドの、その嫌そうな顔ったらない。女龍も無表情に頷き、またとことこ、席に戻って、すとんと座り、じーっと見ている伴侶にニコッとしてから、朝食を続けた。
親方は、この後から不機嫌だった(※魔導士伝言=『破壊回収方法知らないなら壊すな』)。
魔導士の話は、指輪を探すタンクラッドとイーアンにとって重要ではあれ、他の者たちが聞いても『夢にまで出て』『メーウィックの魂もお告げに出るのか』と、指輪ではなく、そっちに関心が流れる。ドルドレンとしては、馬車歌とメーウィックの関係も聞けたらなとか、少し違う方向で繋がりを考える。
この場で唯一、だんまりを通した一人がいたが、それは誰も気づかず、また黙っていた彼も気にされたくなかった。ロゼールである。
――『メーウィックが、ラファルの夢に出て助言を伝えるように頼み、それでラファルから魔導士に』・・・イーアンの話の出だしで、ロゼールは何かヒヤッとした。
話で聞いてはいたが、今朝改めて『ラファルは今、古のメーウィック姿で動いている』これにすぐ続けて『彼の夢にメーウィックが話しかけた』まで聞き、何とも言えない・・・恐れとも違うが、決して前向きではない感覚がロゼールを包んだ。
リリューが最近、前ほど来なくなったのも、多分、メーウィックの容姿を持ったラファルに会いに行っているから、と見当をつけていた(※特に知らされていない)。生前、とても大切にしてもらっていたらしいから、それは当然だろうと思うので、下手なやきもちなどはないにしても。
そこではなくて。 形容し難いざわつく不安が、ロゼールは拭えない。
こういうの、誰かに相談できるのかな・・・でも変に気を回されたり、誤解されるのも困るから気付かれない方が良いのかな・・・こんなことを落ち着かない気持ちで考えていたら、そのまま朝食が終わってしまった。
話しかけられることなく、食事の時間が終わって良かった、と思うべきか。
ラファルがメーウィックの姿、というだけなら、気にはならなかった。でもそこに、まさかのその人が夢に現れたと聞き、遠い昔に死んでしまった彼の魂が戻ってきた、なんて考えたら――
「俺、どうなるんだろう」
出かける準備のために、荷物を取りに部屋に入ったすぐ、ロゼールの口から本音がこぼれた。自分は彼の生まれ変わりかな、と信じていたが。
「分からないことを考えてもな。仕方ないよ」
自分に言い聞かせ、ロゼールは工場へ持って行く資料を鞄に入れた。何だか落ち着かない。落ち着かな過ぎて、心臓の鼓動まで聞こえる。『無駄に耳も良くなってるからな』小さな溜息をついて片耳を押さえ、サブパメントゥの力を手に入れた五感の良さに、こんな時はいいのにと思ってしまう。
リリューに聞いてみたいような、聞きたくないような。ゴールスメィやメドロッドなら、丁寧に教えてくれそうだが、彼らのきっぱり言い放つ表現は、うっかり食らうと結構きつい。
気にしない、気にしない、と一先ず考えないように頑張り、ロゼールは荷物を片手に階下へ行った。
*****
不安を抱く赤毛の騎士が、日課となった素材加工の工場通いに出て、事務室で説明と書類整理を始めた時間。
タンクラッドはイーアンを連れて、7つめの指輪を探しに、南へ向かう。
有力な情報『メーウィック本人から』の示唆と、自分が探し回っていた風景の隅々を重ねて考える間、口数がめっきり減る。
イーアンも親方に聞いていた内容と、魔導士が教えてくれた『捉え方』を具に合わせながら、見落としがちな点に注目する。二人は、行った先でダルナと合流する予定なので、考え中の似た者同士は無言時間をひたすら飛ぶだけ。
―――お浚いをすると。タンクラッドは南で指輪を既に2つ、手に入れた。
まだあると知って、宝を探すダルナ・イングに探してもらった7つめの場所は、南。8つめはどうも、西。
今は7つめの指輪を求め、南へ通っているのだが、西の雲間の村で体験した『神隠し』的な印象がある場所で、どうしても近づけない。
馬車歌の情報があるわけではない、残り2つの指輪。南の神隠しは、どう扱えばどこへ通じているのか、前情報がないため、動きに困った。
先に手に入れた南の指輪は、どちらも馬車歌の歌う風景と異なる箇所があり、合致はしていないため、南で入手する三回目の指輪が、恐らくその『合致しなかった箇所』に相当するのではないか、とタンクラッドもイーアンも考えている。
7つめの指輪は、『南の新歌から推測』が情報源として、仮定して探す―――
「そう考えると。ない、と思いながらも、南はまだ、ヒントが残っている状態と思えるけれど。西は、ヒントも失くなっているわけだから」
イーアンはボソッと呟く。西に8つめの指輪があることまでは、イングに教えてもらっているそうだが、西の新歌で得た情報は、既に西二回分でしっかり合致済み。8つめは更に難解、と覚悟も要る。
「今は、7つめを手に入れることだけ考えろ」
横を飛ぶイーアンの声を聴いていた親方は、女龍をちらっと見て首を横に振った。もう、何日も通っているので、今日は手に入れる。指輪入手に急ぐ意識は、日々受け取る魔物の報告で、タンクラッドも高まっている。
「そうですね。タンクラッド、出発前に話したことですが」
頷いたイーアンは、館を出る前に打ち合わせした『新歌の帳尻=はみ出ている箇所』を復唱する。タンクラッドは彼女をじっと見て『何か思いつくか?』と意見を聞いた。
・・・馬車歌に『雨の一粒もない涸れた大地。旅の雲は青い森に宿を得て、見上げた白い雪の山に赤く染まる太陽を見る(※2054話参照)』と遺る、南の一ヶ所を頭の中で反芻し、イーアンは親方に確認する。
「アムハール側と言いますか。ハイザンジェル国境近くは、『山脈』『森』『荒野』『白い雪を抱えた赤い太陽が』の歌でしたね」
「そう。そして歌と現実の違いは、アムハールそのものではないんだ。空に孔が開く、あの風景の場所じゃない。涸れた大地と言うが、荒野より森が目立つ。『旅の雲が森に宿を得る』は、何か情緒的な意味だろう。意味深な雲もない。
周辺が植物の少ない印象だけに、ぽつねんと森があるのは不思議だが、念のためオーリンにも確認したら『森はなかった』という。俺も若い頃に近くまで行っているが、記憶にない。位置もシュワック地方付近とはいえ、アムハールとも違うだろう」
「山脈については」
「向こうにな。地図で見たまま、巌は山脈より手前だっただろ?」
親方の説明に、イーアンもそう思う。事実と歌の違いは、地図ではっきり地形や環境に現れている。
「もう一ヶ所が、『平原西に下り斜面から谷間』へ。そして『谷の先に滝が連続』。ここを上がって『朽ちた神殿』で、『神殿の柱奥』に『砂と雪に埋もれた巌が見える』でしたが、これも、タンクラッドが解除した場所は」
ドルドレンの馬車歌は、『谷の夜は果てなく続くかに見え、涸れた石を水の音を求め進む。行方に滝が溢れる頃、過ぎし日の、神の棲み処に踏み入る(※2054話参照)』だった。
これをタンクラッドは、『在るものは合っているが』と少し笑った。
「谷は長いが、飛べばすぐだし、俺には距離はピンと来ない。滝は、水を打つ滝の轟音を想像したら、別の場所かと疑るだろうな。溢れる水量はない。岩を濡らす程度の水が、上から落ちているだけだ」
「・・・そこには、神殿と思しき建造物があるのですよね」
「あるな。最初に話したが、神の住処と呼ぶには大袈裟な。俺には、良くて『大掛かりな倉庫』に見えたが」
雪と砂も、それなりに。要は谷が乾いて、川がない。川床は砂地だったから、それがずっと続いている。滝は川沿いの岸壁で、『連続』の意味は岸壁が奥へ続くため、壁を伝う水が一ヶ所ではない、とした感じである。
タンクラッドが言うには、その先に古い時代の遺跡があり、崩れた石の土台から『神殿の造り』には足りず『倉庫』止まり。宝物庫と言われた方がピンとくる印象。
柱は土台面の角に折れたそれらしいものが残り、巌は柱影から見えた話だった。
「でも、こっちの方が、歌と合った内容です。『神殿』と人工物の要素が加わった分、『治癒場』を連想させるのもこちらですが・・・とはいえ、『治癒場』の位置を思うなら、ハイザンジェル国境の山脈を望む、もう一つの方」
「意味が分からんだろ?」
【南の新歌】
・アイエラダハッド南=山脈・荒野・旅の雲・青い森林・雪山・ハイザンジェル国境、他~アムハール付近の予想・治癒場の可能性
・アイエラダハッド南南西=平原・涸れ谷・複数の滝・神殿・砂と雪
【実際】
・アイエラダハッド南=山脈(遠い)・荒野(でもない)・旅の雲(雲は特になし)・青い森林・雪山の巌・ハイザンジェル国境、他~アムハール予想・治癒場(ない)
・アイエラダハッド南南西=平原・涸れ谷・複数の滝(滝とは呼べない)・神殿(倉庫的)・砂と雪
「歌にあった、『雪の山に赤く染まる太陽』は、低い位置の陽光が当たる意味だろう。遮るものがない高さで、日の出の方向に面していたから」
巌があったのは確か。環境情報が不安定だったが、雪を被った山頂に巌があり、その向かい合う方角は東。
もう一つの巌も、砂と雪に埋もれていなかったが、傾いた大岩の一枚板があり、下部は砂に覆われており、『雪が降れば吹き溜まりになりそうか』と思うくらいが正解。タンクラッドが見つけた時、雪は降っていなかったので、雪は関係なかった。
思うに、雪の時期に来て、雪に埋もれていたら、あれじゃ発見できないからだろう、とタンクラッドは理解した。
「念入りな確認は良いが、お前は何を目安にするつもりだ」
「7つめは、山脈に近いと聞きました。雪山の巌より、奥。地図で見たら、ハイザンジェル国境に更に近づく」
「ハイザンジェル国境は近いだろうが、山の中だな。だが隠されている範囲が広く、中はどうなっているか」
「荒野、なさそうですね」
「俺が出かけた時のアムハールは、少なくとも山中ではないな」
アムハールが移動すれば違うが、と皮肉を付け足した親方に苦笑し、『でも』とイーアンはそれをひっくり返す。
「移動はなくても意表はあるかも。メーウィックの言葉をよく考えると、指輪の巌6ヵ所を囲んだ環境の要素、どれかがくっ付いている」
「ほう」
イーアンらしい・・・展開的な発想か、とタンクラッドは興味を示す。親方から前方に視線を戻したイーアンは『もうじき着きますね』と、視野に入った目的地を指差した。
お読み頂き有難うございます。




