2303. サブパメントゥの鎖・錠前ラファルへの配慮
―――『俺の用は、そこに巻いてあるやつだ』
緋色の魔導士の鋭い目つきが、獅子の前脚の片方に向けられた。サブパメントゥの鎖と呼ばれる、サブパメントゥの気を引き込む代物。ずっとではないが、地下の国に入らなくても受け取れる。
今や、ヨーマイテスにこれが必要かどうかは判り難い。精霊と共にいて、サブパメントゥに戻らずに過ごす、期日未定の拘束の日々。
随分前、テイワグナはカロッカンの町で、コルステインがヨーマイテスを気遣って渡してやったもの(※1392話参照)。
コルステインはこれを覚えており、獅子に持たせた『鎖』を、今度はラファルに持たせようと考えた―――
鎖があれば、ラファルに何かあっても気づける。サブパメントゥから鎖に流れている気が揺らぐと、コルステインたちには伝わる。その揺れ方が、残党サブパメントゥによるものなら、尚一層。
この前の、『巻き煙草の一件』・・・コルステインは、ラファルに手をかけられることが、自分たちサブパメントゥの紛争勃発に繋がる懸念を重要視し『鎖を持たせたい』と精霊に伝えた。
ラファルがアイエラダハッドから、自分たちより早く出ていく可能性も大いにある。それを止めるには、彼が倒されるか、倒れるかを早めることになり、どちらにしろ、古代サブパメントゥを増やす羽目に陥る。
懸命に伝えるコルステインの想いに、静かに耳を傾けていた精霊は、コルステインが要求する理由を受け止めた。
ラファルのためではなく、サブパメントゥのため。
コルステインの意思は、はっきりしている。精霊が呼びこんだラファルだけに、コルステインとしては、精霊の計画を邪魔する気もないし、遅らせるつもりもない。だが、今は止してくれと頼んだ。
現時点でサブパメントゥが二極化し対立して、紛争開始になろうものなら、自分は世界の旅路の場を乱す動きしか取れないと言うコルステインは、それを避けたい。
二度目の旅路が、そうだった。行く先々で、魔物ではない障害―― 古代サブパメントゥ襲撃 ――が邪魔し、どれほど犠牲が増えたか。そして自分が倒しに関わることで、誤解も手遅れも山のように生じた。
この訴えの場にいた魔導士は、精霊ナシャウニットが『鎖の所持者をラファルにする』許可を出したことに、重きはラファルの保証ではなく、コルステインの声と知る。
これにより、コルステインは彼を守護するほどではないにしろ、ラファルがこの世界に存在する意味―― サブパメントゥの言伝を動かす ――に接触されそうな時、阻むことを許可されたに等しい。
精霊が選んだ時機を、一種族の主による訴えで『ずらす』なんてこともあるのかと、魔導士は珍しい場面に居合わせた気がした。
そして、許可の続きは、バニザットへ回される。
獅子が手の届く位置に来た場合、鎖を譲与するよう伝え、鎖を引き取る役目・・・ 使われている感がひしひしと来たが、これは魔導士にしても『ラファルのためになる』動き。ラファルを預けられたのに、彼に近づく危険を見逃してしまう失敗も憂慮していたので、引き受けた次第―――
「兵器の・・・男。やつか」
答えた獅子は思い出す。宝鈴の塔で助け出した、あの男。獅子の碧色の瞳に、月光が細く差し込み、その明るさに金色が宿る。黄を薄く帯びた瞳の色に、魔導士は自分が世話する、薄茶色の目の数奇な男を思い、静かに頷く。
「精霊を介した運びだ。よこせ」
「断るわけにいかないのに、何が『貸し』だ」
ぶつくさ言いながら、獅子は体をメキメキと、焦げ茶色の金属質の肉体の大男に変化させ、腕に巻いた細い鎖を外して、魔導士に放った。
魔導士の指一本が持ち上がり、宙に弧を描いて飛んだ鎖は、指に向かって吸い寄せられ、そのまま巻き付く。
「貸し、を使えば減るんだから、お前に良いだろ?」
ふんと鼻を鳴らした魔導士に、焦げ茶色の大男は迷惑気。首を傾け『どっちにしろ、貸し借りなんざない』と憎まれ口で返した。
*****
真夜中に戻った魔導士は、コルステインには明日伝えることにして・・・『でも。これをラファルが持てば、その時点であいつにも伝わるのか』だよな?と一人問答しながら、ラファルの眠る部屋へ入る。
メーウィックが眠っている、ベッド。 毎度、魔導士にはそう見える。
過去に生きた自分たちが、存在の形は異なれど、同じ空間にまた揃っている、現在、現実。
変なもんだと苦笑し、メーウィック姿の男に近寄り、サブパメントゥの鎖を出した。ラファルに問題がない前提だが、実際はどうなのやら。若干、心配は残る(※気配り細かい)。
・・・少し考え。ちょっと待てよ、と止まる手。鎖はラファルに接触する手前。魔導士はじっと眠る男を見つめた後、気になることがあり部屋を出た。
「あいつの体には・・・『面倒』が入ったままだろ?」
―――『言伝』と称する、仕組み。仕掛けられた錠。ラファルは、錠を開ける鍵。
錠は外に転がっており、ラファルを使う・もしくはラファルが近づくと、錠を開けるために彼の体から『鍵』が出て、開けたらまたラファルの体に戻る(※1966話参照)。
ラファル自体は、『鍵を運んでいる』具合だが、彼に押し込まれた『発動の引き金』が来ない以上、錠は作動せずにずっとそのままであるため、嫌な言い方をすれば『ラファルが錠前』と言えなくもない。
彼は、自分をそう自覚しているらしいが、間違えていない。彼は鍵であり、錠を錠として機能させる―――
ただ言伝は、『存在を持つ何某か』ではなく、『念』でもなく、単に『仕掛け』であり、道具みたいなものと魔導士は解釈している。
ラファルが、コルステインの羽を所持したり、側に俺やザッカリア、以前は狼男も、そう・・・女龍とも距離を置かずに付き合うことが出来るのは、彼がサブパメントゥの念に憑かれている訳ではなく、『道具の入れ物』だからだ。
そこへ行くと、ドゥージはもろに怨霊を背負い、数を増やす運び屋状態のため、彼は、人付き合いに制限が当然増える。
「分別が、ややこしいんだよな。ラファルに入り込んでいるのは、材料・道具の類で、それ単体に思考や存在の残るものじゃない。とはいえ、『サブパメントゥ産の両者』が揃う・・・のは、反応、大丈夫なのか?」
・・・ラファルに安全で、何も問題ない保証、がない。これは魔導士を悩ませる。
コルステインも大まかな性格だから、後々『あれ?』と本人が小首を傾げることもある(※大問題)。持たせた羽では役不足と判断したから、鎖なら確実とラファルに持たせるよう、今回強く要求していたようだが。
「どこまで分っているやら、だな。コルステインにその辺は聞いてないんだよな。聞くとあれも、機嫌が悪くなるから」
リリューも細かいことは知らないだろうし、本当に鎖がラファルに安全かどうか、確認する方法がない。精霊ナシャウニットが『良いだろう』と許可したところで、精霊も別に含むものを持つ時がある以上、安全だから許可したとは限らない。
魔導士としては、常に翻弄される『ラファルの立場』で考えてやりたいところ。
やれやれ、と黒髪をかき上げ、仕方ないので自分で調べられる範囲は探ることにした。
「ラファルは、サブパメントゥそのものに因む・・・わけじゃ、ないからな。迂闊に渡して、この上、あいつに負荷があってもたまらん」
せっかくリリューと、人らしい感覚で楽し気なのに・・・ リリューは人間ではないし、ラファルも既に人間枠ではないのだが、魔導士は(※この人も死んでる)残酷な運命を無表情で受け入れる男に、良い思いもさせたい。
「その逆なんて、あっちゃ困るんだよ」
素でぼやく、元僧侶。人助けの一面は死後も変らず、一人の男の心配に注がれる。魔方陣を部屋に張り、金の糸が銀の盤の上で輝きながら示す、求めた問いの答に目を眇めて考えた。
「いけそうか・・・? ふむ。ただ、ここが引っ掛かるな。こりゃ何だ。俺には、『地下の連中のエサ』・・・って具合に見えるんだがなぁ」
それはまずいんじゃないのか、とブツブツ呟き、顎髭に手を添えて眉根を寄せ、魔導士は魔方陣の前から動かない。
ここまでも、ラファルが充分『美味しいエサ』状態で目立っているのは確かだから、そう気にすることもないだろうが。そもそも、『鎖』の効果と機能も、大雑把にしか知らないので(※コルステインの説明)魔導士はもう少し情報が欲しい。
「ヨーマイテスが持ち歩くのと、訳が違うな。あいつは生粋のサブパメントゥだから、あいつに向かって気の流れが動いていようが、別に古代サブパメントゥが目をつけることはなかっただろうが。
ラファルが鎖を持つとすると、気の流れが彼の居場所を教えるのは、間違いないことだ。加えて、ラファルが『鎖』を持っていると分かったら。
この前、ミレイオが使った回復穴(※サブパメントゥの沈黙の石)の携帯版とうろついている、と思うわけだろ?・・・『エサ』、だよな。ラファルの状態が、『さらに美味しいエサになる』ようにしか見えん」
好ましくない状況が待っていそうで、顎を掴んで唸る魔導士は、ちょいちょい指を動かして、幾つかの質問を変更し、同じ条件で模擬実験(※魔法シミュレーション)。
幾つかの場合を出してみたが、どれも魔導士の眉根が、くっ付きそうなほど寄せられる結果だった。
「大丈夫なのか?本当に」
片手に鎖、片手で黒い髭の顎を掴み、魔導士は金色の糸が動く銀の盤を睨みつける。結局、ラファルへの安全が妙な方向で崩れそうな印象が残り、鎖を受け取ったものの躊躇は続き、魔導士はこの晩、彼に鎖をつけるのをやめた。
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