2301. 精霊と世の都合・ラファルの夢 ~メーウィックからのヒント
様々なことが、一筋縄でいかなくなった気がした日。
旅の一行が、館の主・ゴルダーズ公と顔合わせすることなく過ごす間、そのゴルダーズは『いつ出発しても良いよう』昼夜問わず仕事を進めていた。だが、この話はまた今度・・・・・
ドルドレンたちが退治にも指輪にも追い立てられる一方、魔導士に保護されているラファルは、と言えば。
あの『巻き煙草問題(※2270話参照)』以降、精霊に相談・コルステインも参加した結果、魔導士と常に一緒。これまで野放し必須だったものが、野放し時間がない毎日を送っていた。
といっても、ラファルからすると『自由行動ゼロ』から、『保護観察付(※意味少し違う)』に移行した程度の認識。
魔導士と一緒に出掛け、魔導士付き添いで町や村をうろつき、魔導士の用事の場所にもついて行き・・・一緒に戻る。大変なのはバニザットだよな、と他人事のように気にするくらいで、そもそも無関心なこのラファルの視点では、変化とまでは言えない『変更』後の日々。
―――ラファルは知る由ないにせよ。ラファルが呼ばれた意味もまた、込み入った事情と複雑な経緯の一つにあり、そうそう簡単に変更が加わることはないが、今回コルステインの異見が通った。
コルステインの立場でさえ、精霊の視点で見たら数ある種族の一つでしかなく、その言葉を聞くこと自体、通常は生じない。
が。コルステインの見解で、『過去の蒸し返し』が早まることと、伴ってラファルがアイエラダハッドで倒れる可能性の高さから、精霊側も、条件やや変更で調整するに至ったのが、『ラファル野放し一時中止』だった。
そんな流れで、この日もいつもと変わらず、出先から魔導士と部屋へ戻り、彼が出かけた夜。
リリューと話していたラファルは、眠気に負けてうつらうつらと舟を漕ぐ。眠そうだったわけでもない彼が、急に居眠りを始めたのを・・・リリューはじっと見つめ、ラファルが受け取るものを一緒に聞き続ける。
メーウィックの姿を取ることで―――
これが何を意味するか、魔導士も知っているだろうけれど。リリューも分かっていた。生前の自分を支えた姿に、メーウィックの魂が、用事を求めてやってくるのを。
でもリリューに分かっていたのは、『多分、そういったこともある』くらい。人間は、自分の記憶に近いものを見つけると、近づく習性がある。
それは肉体が消えても同じ。だから、メーウィックも何かの折に、現れるだろうと思っていたら。
こくり、こくり、と頭を揺らすラファルは、強烈な眠気に一気に引き込まれ、消したばかりの煙草に添えていた指は緩み、手が滑り落ちた。
ラファルに見える風景―――
古い時代なのか。現時点で、ラファルがいる世界も古さでは同じようなものだが、さらに昔に感じる印象が目の前に広がる。
ゆったりした斜線の光が射し込む、質素な石の部屋。石造りで木の机と椅子、壁沿いに棚とベンチが置かれ、床に冷えを防ぐ小さい絨毯が、椅子の足元に申し訳程度で置かれている。
バニザットがいた僧院だろうか・・・ラファルが眺める風景に、石の部屋の窓を通して表の庭も見えた。窓は低い位置にあり、ガラスではなく木の扉が両開きで取り付けられた窓。外は晴れて、春か夏か、緑色の葉が揺れる枝と、家畜の牛に似た、生き物の頭が動く。
その家畜の頭に、誰かの手が置かれた。窓からは壁に遮られて姿が見えないが、僧侶の服の袖で白人の手・・・とは解る。家畜の頭を撫でる誰かが話しているのが聞こえ、少しして、どこからか入った僧侶が、慣れた様子で部屋を横切った。
後ろ姿で、今の俺だとラファルが気づく。癖の強い赤毛の髪を結んで、黄を帯びる深い緑色の僧服を着た男。肩幅が広く、だらっとした衣服の下は、鍛えた肉体があると影で伝わる。
男が肩越し顔を庭へ向け、横顔で確信。メーウィックと呼ばれた僧侶が、誰かと話しを続けている。
何の話をしているのか、聞き取れるほど鮮明ではない光景だったが、突然はっきりとした笑い声がし、メーウィックの笑った顔に音声が備わったと知る。
その声、ラファルが発する声より太く、どことなく豪胆な重さを持ち、三枚目の顔つきから滲む、内に隠した経験値の迫力が籠っていた。
声を聞いただけで、ラファルにはこの男が相当、場数を踏んできた人間と感じる。ちょっとそっとで動じない、数多の経験値を手に入れた人生だったろうと思った。
垂れた目尻に深いシワが刻まれて、優しげな笑みを浮かべるメーウィックは、その表情に合わない力強い眼光を、宝石のような緑の瞳に映している。彼は窓の外にいる誰か相手に、笑顔で会話。いつもこうして、笑顔でいたのだろうか。
「・・・例えば?うーん、『例えば』で俺に聞き出す気か」
窓の外の相手は見えないが、どうやら質問をされていて、はぐらかしていた様子。
相手は粘って聞こうとしているらしく、メーウィックは机の側の椅子を引き寄せ、腰を下ろすと窓に顔を向けて『例えば』と繰り返す。
「誰も行けないような場所とかさ・・・例えば、聖なる祠の先。例えば、天然の環境が砦になる場所。例えば、目印も消えた、だだっ広い遺跡。例えば」
一旦言葉を切って、ニコッとした僧侶は顔を不意にラファルへ向けた。
「精霊の謎なぞが約束される、癒しの場」
この風景を見ているラファルに、自分の姿は映っていない。だがメーウィックは、しっかりとラファルを見据えて頷いた。
「廃都の地下もそうだったはずだ。難度の上がる隠し場所っていうのはね。それまで越えた要素が加算されている。
最初は、力試し程度だ。危険な崖っぷちみたいに。でも見て分かる初級編ばかり。目印付き、は俺の親切だ。
初級から中級になると、初級で見た風景の複合的な地をくぐって、本当にここかと足が止まりそうなところが増える。上級はさらに、中級に加えて、まやかし、謎なぞ、引っかけ・・・最後は度胸が物を言うだろう」
ラファルを見つめる、深い夏の葉色の瞳は固定されている。俺に言っている、とラファルが感じ、メーウィックは小さく頷く。
「数奇な人生を気にもかけない、荒海に立つ石のような男よ。俺の言葉を、三度目の戦士たちに教えてやってくれ」
『俺が、イーアンたちに』
「それと。リリューによろしく」
僧侶の顔に温かさが浮かぶ。リリューの名を聞いたラファルは、彼がリリューを家族と思っているのが流れ込んだ。分かった、と言えたかどうか。返事をしたつもりが、ラファルの瞼が同時で持ち上がり、ハッとして顔を上げる。
魔導士の部屋。灰皿に揉み消した煙草。暗い夜の外に・・・自分を見ている、青い美しいサブパメントゥ。
『すまん。眠って』
『メーウィック、でしょ』
『見ていたのか』
リリューの顔は嬉しそうで、ラファルと同じものを見ていたと言われた。リリューがいつも見せる微笑みとは違い、こちらもまた懐かしい家族と再会したような、溢れ滲む想いの微笑みだった。
自分がいつも見ているリリューの笑顔と違う。ラファルはそれを感じ取り、メーウィックとリリューの絆も思いがけない形で知った。
それは特に悔しさや切なさにはならず、ラファルはただ、二人の終わらない絆が羨ましく思えた。
『メーウィックが俺に伝言を。イーアンたちに教えてやらないと』
『うん。バニザット戻ったら、言うすれば?』
出かけている魔導士が帰宅したら、彼にメーウィックの言葉を託せば良いとリリューは提案。ラファルもそうすると答え、二人は不思議な夢の話を続ける。
ラファルがさらに驚いたのは、リリューはメーウィックと共に移動していたから、秘境の宝置き場も知っており、どこが何とまで分からなくても、リリューの覚えている限りで、こんなところもあったと風景の特徴も聞かせてくれた。
この話を聞いているラファルは、彼女の前身が『蜥蜴』とは知っているものの、想像で小さい蜥蜴と思い込んでいた。小さな蜥蜴の相棒を、どこへでも連れていった僧侶の宝隠し。面白い話だと、遥か昔のおとぎ話のように聞いていた。
そして、魔導士が戻る。リリューは魔導士に挨拶し、リリューから先にメーウィックの夢を伝えられたバニザットは、たいして驚きもせずに『そうか』と受け入れる。
リリューに帰って良いぞと促し、青いサブパメントゥはラファルに手を振ってから消えた。
『メーウィックが夢に出たのか』部屋に入ってきた魔導士に聞かれ、ラファルもすぐ一部始終を話す。酒と煙草を出した魔導士が長椅子で寛ぎ、自分の話をじっくり聞く様子に、ラファルはこの夢が重大な意味を持つと理解する。
話終えると、魔導士はラファルにも煙草を回してやり、『俺が伝えてやろう』と引き受けた。
「何の話かと思ったんだ。これで繋がった」
「夢のことか」
「そっちじゃない。この前な・・・メーウィックの思い出話が被る時が」
門外不出の甘い菓子を持ってきたミレイオと、メーウィックの話をしたばかり。魔導士は、メーウィックが何をしていたか聞いていなかったが、ズィーリー絡みで動き回っていた彼の、魔物の王退治後の忙しさが、時を超えて繋がった。
「にしてもな。俺がいると分かってるはずが、俺には何の挨拶もなしかよ」
ぼやく魔導士に、ラファルは笑って『そういえば聞いてないな』と頷いた。
お読み頂き有難うございます。




