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魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
230/2944

230. 年末会後半

 

 3班剣隊長ナラム・サトルトゥム―― 亜麻色の髪、焦げ茶色の瞳、背が高く、優しげで端正な顔立ちの35歳―― の、長い腕が、食卓の中央に置かれた黒い剣に伸びる。


 剣の柄に手を置いたサトルトゥムは、一度手を止めて、総長の顔を見て『持っても構いませんか』イーアンと似た焦げ茶色の瞳を向ける。『どうぞ』総長が瞼をすっと閉じて答えると、サトルトゥムはイーアンを見て、失礼しますと微笑んで黒い剣を持った。


 サトルトゥムの持つ黒い剣は、ダビが作った金具が入っている方の剣で、剣の背に金属が添えてあり、刃は角で出来ている。大型の生き物の鉤爪のように弧を描く、その細身で不思議な剣を暖炉の明かりに晒しながら魅入った。


「こんな利用の仕方を初めて見ました」


「そうだ。イーアンはこうした魔物製の道具を使って、我々騎士の戦闘を、出来るだけ早く有利に出来るよう日々努力している」


 総長の言葉に、周囲が少し驚いた様子だった。『魔物を使う』『有利な戦闘のためですか』といった声がちらほら上がる。


「でも。魔物は崩れたりしませんか。魔物を使うと言っても、危ない場合などないのですか」


「彼女は自分で魔物の体から回収し、何に耐性があるか、何に弱いかを調べてから、魔物材料を組み合わせて武器や防具を作り、実戦で使えるようにしている」


 北西の騎士がいつも彼女の試作品の使用に付き合い、どれほどの威力があるのかをその場で試したり、遠征時に使用する試みなどで、品質の特徴や性能の高さの情報を得ていることも、総長は伝える。

 それらは既に、鎧工房や剣の工房、王都の力を借りて、事業として動き始めた・・・そう話すと、サトルトゥムを始め、その長机に集まって話を聞いている、殆どの騎士が驚いてざわめいた。


「王都ですか。王都が騎士修道会に絡む?」



 王都が絡む。総長はその一言に、ちょっと気になることがあるらしく、イーアンをちらっと見た。


 イーアンもドルドレンの視線を見つめ返す。ドルドレンが言葉にしないで、イーアンをじっと見ているので、溜め息をついたイーアンは『あまり。言うのもどうでしょうね』と呟いた。


 騎士たちの視線が注がれるので、イーアンはかいつまんで話す。ギアッチとハルテッド、トゥートリクスは黙って聞いているが、顔つきがあまり楽しそうではなかった(※王様イーアン連れ去り事件)。話を聞いて口を最初に開いたのは、ベルゾ(※トゥートリクスお兄ちゃん)だった。



「え。その話を要約すると。王・・・・・ 直々に、魔物製品を推進する話が出てるのですか」


「まーそういうことだ」



 ぶっきらぼうにドルドレンが答えるが、咳払い一つして『間もなくちゃんと告示するだろうから、まだ公にしないでほしい』と全員に伝えた。南西の騎士たちは重々しくそれを受け止め、頷いて、サトルトゥムの持つ武器を見つめる。


「酒の席でこんな話が出るなんて。これまででは考えられない、新しい風が吹いている気がします」


 サトルトゥムは亜麻色の髪の毛をかき上げ、黒い剣を置いてイーアンに微笑んだ。『倒し甲斐が出てきました』そう言って笑みを深め、別の支部の魔物でも取りに来るかどうか、と訊ねた。



 その展開を考えていなかったイーアンとドルドレンは、サトルトゥムの質問にはたと止まる。別の支部で魔物を倒した時、回収すること・・・・・ それは。この先、量も集まるから確かに大事なこと。


 総長とイーアンを見つめるサトルトゥムの言葉に、周囲の騎士たちも『それもそうだ』と言いながら返事を待つ。総長は『うーん』と唸ってから、統括のステファニクに思うところを話し始めた。



「悪い案ではないが。しかし、そうすると。必ず回収できるか、それがどうかにも掛かってくるな」


「その意味は」


「だからな。回収は、魔物の種類にもよる。見て分かる角や毛皮など、誰でも使い道がありそうな魔物であれば、まだしも。

 他の支部はイーアンの指示もないし、どう倒して良いか分からない魔物を相手に、素材目的で遠慮がちに戦うわけに行かんだろう」


「そうした魔物もいるのですか」


「イーアン。イオライ」


 はいと答えたイーアンは腰袋に入っている金属の容器を取り出した。開けてみて『あ、間違えた』と蓋を閉める。ドルドレンは苦笑しながら容器の白い生臭い液を見たが、騎士たちは一気に眉根を寄せた。


「今のはなんでしょうか。お伺いしても」


 サトルトゥムの不安そうな声に、イーアンは『この前の南の魔物の体液です』笑って答える。首を落とした時に切り口から出てきました・・・これしか集めていませんけれどと普通に言う。

 そしてもう一つの容器を出して、そっと自分だけに見えるように蓋を開けてから、『これだ』と嬉しそうに呟いて皆に見えるよう、容器の中を見せる。


「これはイオライの魔物の石です」


 既に不審者のイーアンを見つめる、南西の騎士の顔に、ギアッチが苦笑いしている。ハルテッドが笑いながらイーアンの側に椅子を持って行って横に座り(←総長無視状態)、イーアンの横から一つ、石をつまみ上げた。


「これさ。イーアンが痛い思いして頑張ったのよね」


 痛い思いをしたイーアン。報告書にあった『負傷者1名・イーアン』の欄を思い出す騎士の面々。瘡蓋と痣が残る顔と手をちらっと見る。イーアンは俯く。ハルテッドがニッコリ笑って、イーアンの顔を覗き込んだ。


「魔物の首落として、中から取り出したんだよね?ザッカリアが教えてくれた」


「俺見てただけだけど、ギアッチとか皆で、たくさん魔物死んでるとこで首切ったんだよ。イーアンが皆殺したの。空で叩いてね、全部殺したんだよ」


 女装美人の優しい微笑と、無邪気な子供の興奮。俯く寂しそうなイーアン。何も言えずに見守る総長。苦笑いしながら見ているギアッチ。困惑しながら、微妙に頷くトゥートリクス(※弟)。



『君は?遠征について行って凄いね。君も見ていたのかな?』笑顔を向ける弓部隊バルトール・ティモが尋ねる。ティモにも家族がいて、男の子がいるのでザッカリアに上手に接した。


「ザッカリア・ハドロウです。遠征も行ったよ。俺、ギアッチと一緒だから、いろんなこと見たの」


「ザッカリア。そう、私はバルトール・ティモ。バルトールと呼んで良いよ。遠征に行くなんて、心が強いね。やっぱり男の子だな。どんなことが面白かった?」


「龍が一番面白いよ。だって空でね、凄い大きい声出して雨とか氷降らせるんだよ、すごいの。イーアンが命令したらね、龍が飛ぶんだよ。まだ乗せてもらってないけど」


 龍の話が薮蛇で、さっきまで忘れていた『野菜を食べたら龍に乗れる』約束を思い出すザッカリア。ひたすら目を反らすイーアン(※口約束で信頼を減らす、お母さん失格候補)。


「明日乗るから良いよ。後ね、氷がいっぱい降ったら魔物が落ちて、落ちないのを龍が襲って落としたんだよ。イーアンはずっと龍に乗ってね、死にそうだった」


 死にそう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ イーアンはもう、部屋に帰りたい。ドルドレンが気遣って肩を引き寄せ、気の毒そうに慰めている。


 ハルテッドが笑って酒を呷り(※うわばみ美女)、イーアンの容器にも酒を注いで『ちょっと飲みな』と促す。オレンジ色の瞳が微笑んでいるので、イーアンは已む無し、注がれた酒を飲む。



 ティモはザッカリアの解説に、ふむふむ唸って、イーアンに龍と戦う場合などを尋ねた。魔物の回収などはそうした場合、気を遣っているのかとか、魔物自体を倒すときに何か目安があるかとか。


 話を変えてくれたティモに感謝して、イーアンはそれに答える。でもイーアンの答えで不十分、と判断したギアッチが拾って、話を続けた。

 ハルテッドに勧められるまま、酒をちびちび飲むイーアン。酔わない程度に、お腹が空かない程度に、酒とご馳走を口に運びつつ、ギアッチや皆が、自分をちゃんと理解してくれていることに有難く思う。



 ザッカリアが総長のところへ来て『俺ここに座りたい』と言うので、総長は抱き上げて膝に乗せてやった。ザッカリアとしては、総長がどいて、自分が座りたいと伝えたつもりだったが、目線が高くなったので、これはこれで良しとした。


 総長が、自然体で子供を膝に乗せたので、周囲の騎士の目が丸くなり、一瞬ざわめきが起こりかけたが、誰もがそれを気にしていないように即、振舞った。



 ドルドレンのその行為に、イーアンはとても嬉しくなって、彼の腕に自分の腕を組む。見下ろす灰色の瞳が温かく、イーアンは『良いお父さんです』と囁く。ザッカリアはギアッチを見て、微笑むギアッチと自分を膝に乗せる総長を見比べ、イーアンを見る。


「俺、お父さん2人だ。お母さんはイーアンだ」


「私お母さんも出来るよ」


 ギアッチと総長が微笑む中、何やら怪しい女装男がにんまり笑う。ザッカリアはその大きなレモン色の瞳でハルテッドをじーっと見て、『いいよ。お母さんでも、お兄ちゃんでも、お姉ちゃんでも』好きにしたら良い、とばかりに承諾する子供。


 言い方が面白くてハルテッドがゲラゲラ(※美女にあるまじき笑い声)笑いながら、あんた良い子ねと誉めていた。

 心の広いザッカリアに感心するトゥートリクス兄弟。器が広い子供と南西の騎士も囁き合う。軽快自由に笑う美女に、撃ち抜かれっぱなしのレッテは、是非私のママになって、と心で願う。


 彼なりにハルテッドを理解したことを知り、イーアンはザッカリアの頭を撫でた。ドルドレンがザッカリアを両腕に抱えこんだ状態で、子供の頭に自分の顎を乗せて『お前は出来た人間だ』と誉めた。ザッカリアは総長の頭が重い、と嫌がっていた。


 横で見ているハルテッドは、よくデラキソス(※ドルドレンのパパ)にああやって抱えられ、頭を乗せられて重くてイヤだったことを思い出した。ベルも嫌がっていた。こいつの親が来るのか、と思うと気落ちする。ベルに知らせてどこかに隠れようかと案を練る。


 トゥートリクスは、向かいに座るザッカリアや総長やイーアンを見て、自分はあの子のお兄ちゃんになってあげられたらいいな、と兄のベルゾに話した。

 ベルゾはニッコリ笑って『お前ならうってつけだよ』と賛成した。ベルゾに背中を押されたトゥートリクスは、今後は遠征に行く時、ザッカリアにいろんなことを教えてあげようと決めた。


 北西陣がいろいろ好きに思う時間。


 南西の騎士は、王都が乗り気味の魔物製品の話と、ギアッチの説明による、魔物退治に必要な知識や見分け方を、なぜか年末の酒の席で意欲的に話し合っていた。


 結局は、イーアンを呼び、魔物戦の前に指示をもらうのが早いと。そんな安直な結果でまとまる。『どうせ龍で移動するんだから、気兼ねしないで呼べる』のが理由だった。



 南西の支部の年末会は夜9時半まで続いて、翌朝遠征に出る組は退陣。残る騎士たちはそのまま飲んだくれていた。


 北西の支部の面々は、あれこれ話し合った後で、全員出向することにした。

 ギアッチは、自分の目でも見たいということと、ザッカリアに見せたいことで参加。

 トゥートリクスは、お兄ちゃん付きであることもあり、自分たちがいた方が役に立つと言うので参加。

 ハルテッドは、『南西に残ってもね』とそんな程度の気持ちで参加。早起きはイヤだけどさ、とぼやくが。

 総長とイーアンは言いだしっぺなので、確実に同行。



 ()くして、それぞれ部屋に戻り(※風呂は明日)休む夜。



 ドルドレンはイーアンを抱き寄せて、『今日はちょっとだけ、ザッカリアのお父さんになれた気がする』と自分から功績を(たた)えてみた。



 ――ちゃんと膝に乗せてやったし、お父さんらしい行為だとイーアンは喜んでくれた。だからっ。ねえ、お母さん。お母さんも腕組んで喜んでいたしね。お母さんは優しいお父さんが大好きだと思う。ってことで。さあ、じゃあ今夜も。



 毎日の約束を果たそうとしたが、イーアンに『人様のところ』と『アジーズ』の話をされて、例外を作ることになる。人様、の話は南の支部でも言われたし、アジーズの名を出されては確かに言い返せない。


 酒の席でイーアンも呻かず悶えず料理を食べてくれたし、と思えば。ドルドレンはムラムラするのを必死で理性で抑えつつ、愛妻(※未婚)を抱き締めて眠ることにした。


 明日。明日だ。支部に帰ったら、即、風呂入って、即××××××するんだ、と誓う。

 出来る場所にちゅーちゅーし、燃えそうになる気持ちを静め(逆効果)、イーアンに『眠れない』と止められるまでまさぐってから、頑張って眠った。




お読み頂き有難うございました。


活動報告に記事を載せました。内容は災害の話ですので小説と関係がないのですが、もし宜しかったらお立ち寄り下さい。

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