22. イーアンの想いアレコレ
(※イーアンの視点です)
銅鑼が鳴って知らせる、一日の夕暮れ。
片付け後に馬車への積み込みを終えると、全員裏庭から支部へ戻る。ドルドレンに肩を引き寄せられて小脇に収まって歩くイーアン。 ・・・・・周囲の目が痛い。
イーアンは半ば諦めていた。この小脇の位置は今後も変わらない気がした。
ドルドレンに肩を引き寄せられるのは、一日のうちに何度もあるので、これは彼の自然体なのだと理解した。
ドルドレンは、私を他の人たちから守ろうとすると、この「肩寄せ」が手っ取り早いのだと思う。
私の背が低いので、ドルドレンからすれば腕を掴むよりも手頃な位置にある肩を掴むほうが効率が良いのだろう。
「総長、ちょっと」
後ろから呼び止められてドルドレンが振り向くと、肩幅も広く体も厚い大柄な男の人が足早に近づいてきた。ドルドレンに比べると、大岩みたいに見える。その人はドルドレンを見ながら、ちらっと私を見て『ふうん』と言ったふうに口角を上げた。
「今朝部屋を空けて、会議前に荷物を西の11に移した。掃除を頼んでおいたから、今夜はこの人が使えるぞ」
「ポドリック、ありがとう。近いうちに瓶を一本渡そう。だがどうしたものかな」
ドルドレンの『だがどうしたものか』の語尾に、ポドリックと呼ばれた男の人は訝しげな顔をした。
私の心境は、この大きな人が私のために部屋を移動させられたのか、と分かった時点で本当に申し訳ない気持ちだけだった。『うわ~・・・・・ 本当にごめんなさい』と小声で漏らしたが、ドルドレンは聞こえているのかいないのか、ぎゅっと肩をつかむ手に力が入っただけだった。
「いやな、ポドリック。急を頼んで部屋を空けてもらったのにすまないが、午前の会議でも話したようにイーアンは俺の部屋でと」
「お前何言ってるんだ」
「ドルドレンの部屋って話がいつ決まったのですか」
無表情で淡々と話す内容ではない。私もビックリしたが、ポドリックという人も素っ頓狂な声で驚いた。
「いつ決まった、と言われたら、朝かな」
灰色の瞳を優しく細め、微笑んでドルドレンは私に告げた。 無駄に色気を使わないで下さい。40過ぎてて本当に良かった。なまじ若かったらこれだけで白飯が食べられるレベル(思い出しおかず+白ご飯)。
「朝」
「お前、会議で彼女を自分が保護するとか話していたが、一緒の部屋とは言わなかっただろ」
「以前だって子供たちを保護したとき、俺と一緒の部屋にしたじゃないか。可哀相だったから」
ドルドレンの主張はポドリックに常識で反論されたが、周囲の人だかりが厚さを増してきたので、とうとう野次馬も『それはない』『仮にも修道会で』『なんでそうなるんだ』『この人女性ですよ』『ずるい』
とドルドレンを非難し始めた。最後の方の『ずるい』は非難の方向が違うが。
彼は総長の立場を振り回すような性格ではないけれど、ドルドレンはまじめが過ぎるところがあり、どの選択肢が一番安全か・一番効率的かを最優先する。
結果、自分が一番まともであるがゆえに、同室が絶対安全だと言い張る。 ――無理ですよ。 昨日のお風呂もアレだったけど、良い人だとホントに思うけれど、いくらなんでも『これから同室』を説得するには無理がある。
こうして小競り合い?が20分ほど続いて、とうとうドルドレンが折れた。いや妥協か。
すごいことに、経理の人たち(とりあえず全員騎士)もこの場に参加し、ドルドレンの部屋の壁に扉なし通路を開けることに決まり、経費の都合で最低補修の予算内で落としてくれることになった。
壁に穴を開ける→枠をはめ込む→真横の部屋への通路が完成。
経費をそこに使わないで~と思ったが、一応その形を取っておかないと、よその支部や本部から指摘された時、上へ提出した書類に『正当な処置』で行なわれたと説明できない心配があるという話だった。
私は『すみません。申し訳ありません。ごめんなさい』を繰り返し呟き続けた。私の声の届かない範囲で話が進んでいるのに、自分が絡んでいることにどうしてよいか分からなかった。
この「通路」の話が終わる頃に、ドルドレンが『そうだ、風呂を彼女の部屋の横に増築したい』と言い放ったときの一同の瞬間的な冷え込み方には、私が倒れかけた。 ――本当に体から力が抜けた。慌てたドルドレンが私を支え、『とりあえず、俺の部屋の壁に至急穴だけ開けといてくれ』と捨て台詞のように言い残し、私を広間まで連れて行ってくれたが、もう怖くて後ろを振り向けなかった。
「イーアン、大丈夫か。 昨日から慣れないことばかりで疲れが取れないんだな」
食堂の椅子に座らせた私を気遣い、私の肩や腕を心配そうに擦るドルドレン。お願いです、至近距離で覗き込んではいけない。そして、慣れないことばかり・・・は合っているけど、何かもう一つ足りないとは思いませんか。やり過ぎという言葉が世にはあるのです。
「ちょっと待ってるんだ。水をもらってくる。夕食は俺の部屋がいいだろう。」
顔にかかった黒い髪をざっと振り上げて、食堂へ向かう美丈夫。 私は眩暈が止まない頭を椅子の背にもたれさせながら、その真面目で素敵でホットな男の後姿を見送った。
・・・・・昨日の夜。ノーシュが私に接近した時は怖かったが、助けてくれたドルドレンが本当に心強かった。夕食の時も、普通に普通に、と気遣ってくれるのが有難かった。
お風呂だけは―― ちょっとどうなの、と焦ったけれど、ドルドレンは至って真面目に対処しているつもりだからと自分を納得させた。
発想があり得ないとか、やり過ぎとも思うが(多分周りの人は皆そう思ってる)この人は昔からきっとこういう人なんだと思う。 うーん。見られて困るような体じゃないけど、見てガッカリされても嫌だから、あんまり衣服着脱場面は同行しないでほしい。もういろいろと重力に負けてるのです、40過ぎの人体は。
夜も結局、あの人は見張りをして通してくれた。自分だって疲れていただろうに。お風呂はどうしたのかしら・・・・・・ 美丈夫は臭わないのか、つい忘れてしまっていたけど。ドルドレンもお風呂で寛いでほしい。
見張りなんてしなくても、と思ったけれど、本当に心配してもらって有難いやら申し訳ないやら。
そうだ、朝起きたときに目の前にいるのは相当心臓に良くない。涎垂らしたりオナラしたらどうしたら良いのよ。これから同室、と言い張っているから、そこの所は早急に手を打たないといけない。
イーアンは溜息をついた。
そうだった。
朝の会話。魔物がどうとか。 魔物って、魔物よね。どんな?――
そんな生き物がこの世界にはいるのだ。短い質問で分かったのは、ドルドレンもここの人たちも、全員がその魔物を相手に戦っていること。それもずいぶん前からしょっちゅう、という感じ。
盾も剣も鎧も、それで妙に生々しい傷がついていたのだ。 ふと壁に立てかけられた武器と防具を見て思う。昨日近くを通ったとき、鎧や剣に奇妙な臭いと変なシミが付いていたことに気が付いた。
森にもいたという・・・・・ ゾクッとした。あの泉に何の生物もいなかったのは、魔物が理由だったのだ。
テントもだ。さっき見たテントも魔物に半分やられて壊れたものと。何か液体で溶けた様に生地の縁が歪んでいた。骨組みの木も、壊れた箇所は加熱して溶けたチーズみたいな具合だった。そんなのがウヨウヨしているのか。
ドルドレンたちは、そんな恐ろしい相手と戦い続けているのか。 彼の『守る』の発言は、とても重いものだったのだ。
なぜか、朝食前にドルドレンが手の甲にキスをしたのを思い出す。不意打ちに思い出してしまったから、恥ずかしさがこみ上げる。あの後、食事中に会話しても恥ずかしさで頭が回らなかった。何で彼はあんなことをさらっと出来るのか。
そこでふと気が付く。
――守るのは、人間からも魔物からも。 そういう意味なんだろうな、と。
テントが足りないやらのやり取りもそうだ。 身の上を守ると宣言した手前、他の男性が同じテントで眠ることを了承するわけに行かなかったのだ。あの時は『この人は本当にどこまでも保護者なんだな』と真面目すぎる彼に笑ってしまったけれど。
あれこれと思い出していたイーアンは、食堂から水と食事を乗せた盆を運んでくる長身の美丈夫を見つけて、心がふわっと温かくなるのが分かった。
良かった。 この人がこの世界にいてくれて。
会話中に私が別の世界から来た、と気が付いた様子だった。それも一瞬で、気に留めないで認めてくれた。私も彼が気が付いたと理解して、書庫の本が読めなかったことを伝えた。それも、何も聞き返さずに受け入れてくれた。
ドルドレンが近くに来た。
椅子から頭を持ち上げた私にホッとした様子で、優しそうに笑いかける。
「イーアン。自分で立てるか。部屋に移動しようと思うが」
「問題ありません。心配させてごめんなさい」
私も笑いかけて立ち上がった。彼が両手に持った盆を一つ受け取ろうとすると、ドルドレンは首を横に振る。
「行こう」
私が前を歩くように促して、食事を持ったドルドレンと二人で中央の階段から2階へ進んだ。
彼が脇に挟んだ酒の瓶をそっと外して、私が持つ。
この世界に魔物がいても、この人がいれば私は頑張れる。この人が側にいてくれるなら、私は大丈夫。
私は強く思った。
私がこの世界に来た理由は全く分からないけど。 それに、いつ戻ることがあるのかも分からないけど。
私がここに生存している間は、この人たちが少しでも過ごしやすくなるような、何かそうした手伝いが出来るようになろう、と。
お読み頂きありがとうございます。




