2298. アジャンヴァルティヤの解除2・仮釈放~獅子の助言
シャンガマックとヨーマイテスは、今回の急な展開に思うところを話しながら、三十分後に現地の峡谷に到着する。
アジャンヴァルティヤが迎え、解除についてシャンガマックに諭され(※その方が安心、と)・・・アジャンヴァルティヤは『仕えたバニザットは、俺が変わることを知り、それを望む』状態に納得。存在をこの世界に合わせることを、選んだ。
本当にシャンガマックが言うなら、何でもあり(※存在さえ変える)。ここまで忠実だと驚くだけだが、これもまた彼らダルナの特徴が強く出ているだけなのだろう、とイーアンは思った。
そして、アジャンヴァルティヤは峡谷の岸壁に浮かび、イーアンと共に並ぶ。下で見守る二人に、『危ないから精霊が出たらすぐさま水へ戻ってくれ』とイーアンは頼み、結界や魔法で解除に影響を出さないよう注意した。
「連れてきたくせに、何言ってんだ」
イーアンから、離れているように言われ、文句を吐き捨てる獅子に苦笑いし、シャンガマックは『普通は、側につくものでもないからだろう』と宥め、イーアンに了解の手を振って合図。
この一分後。褐色の騎士が水に振り向くより早く、獅子が急いで息子を咥え、水に飛び込むことになった。
解除の二度目の問いは、地域を破壊する勢い。
現れた解除の精霊に、アジャンヴァルティヤが『この世界に存在を置くことを願う』と答えた瞬間、それを存在変更の決定と・・・凄まじい崩壊の場面に変わり、イーアンも高速で逃げた。
以前の世界で、どれくらいの命を奪ったのか。
それによって、崩壊の規模が違う、とイーアンは感じている。アジャンヴァルティヤによって流れた血は、いかほどか。
伝説級ドラゴンだとは思っていたが、壊れ方が凄まじ過ぎて、本当にとんでもない相手だったのかもしれない、と思わされた。
落ち着くまでかかる時間が解らないため、イーアンはぐるっと遠回りして峡谷付近まで近寄り、獅子たちが出てきた辺りの、上空で待った。
崩壊が静まった後、砕けて川を埋めた岩はそのままで、その隙間から獅子と騎士が出てきたので、イーアンは彼らの元へ降り、もう少し待つことを教えた。
三人で暫く、岩の転がる変わり果てた風景を前に待ち続けると、遠くから龍に似た咆哮が響き、ハッとした三人の目に黒い翼が映る。咆哮はもう一度響き、その声で視界を覆う崩れ積もった岩が消えた。
イングみたい、と思い出したイーアンは、アジャンヴァルティヤもまた、『彼自身によって片付けをした』と分かる。
これをささっとシャンガマックに教えると、彼はしんみりと微笑み『そうなのか』と理解を示した。償う思いを残したアジャンヴァルティヤが、自分で最後を片付けて、変化遂行をする。
「乗せてやる。バニザット、行きたいところを言え」
解除した黒いダルナは、少し手足が伸びて人のような体つきをし、解除前より金色の鱗が増えていた。良かった!と両腕を広げ、大きなダルナを抱き締めるシャンガマックを数秒見守り、お父さんが引き離し、イーアンは『行くならデネヴォーグへ』と行き先の場所を教えて・・・仮釈放まで付いた一騒動の解除が、終わった。
*****
シャンガマックと獅子は、解除後のダルナ・アジャンヴァルティヤに運ばれ、あっさりデネヴォーグへ着いた。
アジャンヴァルティヤは、人の目に付くこと望まない。彼とは人の住処の増える手前で別れ、次に会う約束は濁し『また』とだけで終わらせた。
すんなり去って行ったアジャンヴァルティヤも、無理強いすることがなかった。
シャンガマックの行方が分かり、会って互いの状況を確認が叶い、気持ちは落ち着く。次に会う時まで、主バニザットの頼みを黙々とこなす日々に戻った。
それは、『魔物退治』であり、許可まで出た『邪魔者排除』であり、『他のダルナに伝言』であり。決して、暇にはならない。
町に着いたものの、今回は貴族の家で宿泊と聞いていた親子は、町の内側には入らず、人の少ない外れから、更に距離を取った。
「サブパメントゥを移動するのかと、思ったけれど」
大きな町から伸びる道を遠目に眺め、ポツンポツンとある林に入ったシャンガマックは、まさかダルナが運んでくれるとはと、少し笑った。獅子もそこまでされる気がなかったので、首を傾げる。
「乗ってはないな。正確には」
「うん。触ったら移動、だったね」
「呆気ないもんだ。あれがあいつらの魔法なんだよな」
小さな林を、人が全く来ないかどうか調べながら、ゆっくり歩くシャンガマックは、久々の地上の午後にじんわりと浸る。
「ドルドレンに来させるか」
「そうなるかな。俺たちもすぐ戻るだろうし、貴族の家に挨拶とかそこまでは」
「するわけないだろ」
「しないよ」
獅子の即答に笑って、褐色の騎士は彼の鬣に手を置き、『イーアンが連絡付けると言っていた』と町の空を見た。
「イーアンは飛んで戻るだろうから、もう少しかかるか。彼女が戻ったら、総長に俺たちが近くに来ているのを話すから、そうしたら報告共有だ」
「報告、報告・・・そんな大して変わってないだろ」
面倒臭いとぼやく獅子に『大事だ』とシャンガマックは笑いかけ、人目のない林の木々に寄りかかる。獅子も側に座り、二人は女龍からの連絡待ち。
見える範囲に魔物はいない。感じ取ることもない。ここは魔物がもう終わったのかと、中間より少し北寄りにありそうな大きな町の影を眺める。それをヨーマイテスに言うと、碧の瞳がちらっと向いて『用済みかもな』と厳しい真実。
「用済み」
繰り返す息子の困った顔を見つめ、『出た後だとは分かる』と、静かに教えた。あの辺から向こう、この町のこの辺り、向こうにある町が・・・ヨーマイテスが感じ取る名残を、息子に幾つか伝えると、シャンガマックは溜息を吐く。
「大変だったんだね。犠牲者が」
「どこもそうだ。毎度だ」
父の容赦ない返答に、息子は黙りこくる。気まずくなった獅子が『ドルドレンの連絡は』と話を変えた。そうだね、と力なく返事をし、シャンガマックが腰袋を開けると、丁度、連絡珠が光り始めたところ。あ、と気づいてすぐに取り出して応答。
横にいる獅子をちょっと見て、頭の中で総長と会話し、連絡はすぐ終わる。
「総長が一人で来るようだ。イーアンは寝た、とか何とか」
「寝た?龍のくせに」
「龍は眠るから。疲れなくても眠気に負けたのかも。イーアンはいつでも動きっぱなしだ」
なんだそれは、と吐き捨てる獅子に苦笑いし、総長に方向を教えたから林の外で待とう、と促す。林の外まですぐなので、町が見える場所に出て、待つこと数分。お皿ちゃんのようなものに?と目を凝らしたシャンガマックに、獅子は『精霊の仮面があの力』と見抜いた。
ドルドレンは龍を呼ばず、精霊の面を使ってムンクウォンの翼を出し、乗せてもらって林へ来た。
「随分、便利だな」
「会えて嬉しい。ホーミット、シャンガマック。よく来てくれた」
開口一番、皮肉めいた挨拶の獅子に笑って、ドルドレンは翼を降りると二人に笑顔を向ける。シャンガマックは興味深そうに、白い二対の翼を見ていたが、ドルドレンが降りると翼は消えた。
「俺が祭殿で受けとった面の、精霊である」
「素晴らしいですね。龍がいなくても、これがあれば助かる」
そうなのだ、と頷き、非常に助かっていると続けてから、『いつまでいられる?』と時間制限確認で話は始まり、まずはドルドレンたちの現状・近況報告。
祭殿を出てから――― この町・デネヴォーグ付近が魔物に襲われていたこと。指輪集めで国民を保護する話。中南部・南部が危険の舞台であること、貴族の家に泊まった経緯。魔物製品を製作している最中・・・
そして目下の問題。敵は魔物だけに収まらなくなっており、分担して倒す形を強めている。『フォラヴとセンダラが』彼ら妖精が動いてくれているのを先に話し、昨晩は自分も応援に出たのだが、実はこんなことがあったのだと、辛く厳しい無念を伝えた。
イーアンも、連続で同じような無念の退治だったと話すと、シャンガマックは同情して眉を寄せ、『イーアンは、ダルナの話だけをしたから』と、その事前の苦戦を知らなかったと答える。
ヨーマイテスはここまでに、幾つか質問は浮かんだものの、騎士二人が黙ったので質問をすることにした。
「分担、で思い出したがな。お前ら、祠や封じものは壊してないな?」
「・・・壊していない、と思うが。それは」
はた、と止まるドルドレンは、サーッと記憶を辿り、『誰からもそうした報告はない』と現状まで無かったと答える。獅子は小さく頷いて『気を付けろよ。分担で、分かってないやつが好きに動くと、壊して大惨事の面倒もやりかねん』と呟く。ギョッとしたシャンガマックの脳裏に、過去のアレハミィの悲劇が過る。
息子の漆黒の目に浮かんだ動揺を『それだ』と認めた獅子は、戸惑う総長に顔を向け、『センダラ』とヒントを与える。
「センダラ?彼女が何かを」
「そうじゃない。あれは過去の妖精と似ている。動きも力も。気を付けさせろ」
「俺はこっちへ来てから、祭殿で見かけた以後、会っていない。イーアンとフォラヴが会ったのだが、その、何と言うか。センダラとは会話が少し難しいようで」
「だから。似てるんだって言っただろ(※素)。弱気だと相手にもしないぞ。会ったら、会話なんか必要ない。本題だけぶつけとけ」
ええ?、と嫌そうな反応のドルドレンに、こいつもムリかと獅子は察する。シャンガマックも祭殿で見たセンダラを思い出しながら、『彼女に話すのは大変かもな』と骨が折れそうな気がした。
それから、と獅子は続ける。出鼻を挫かれたドルドレン(※センダラに本題ぶつける役)は眉根を寄せたまま、彼の話を聞く。
「白い筒はどうだ。魔物の門は?」
「む。白い・・・あれか?テイワグナの。魔物の門は、アイエラダハッド開始時と、精霊アシァクの時以外は」
「忘れるなよ。どっちもこの国に、転がってることを。敵が魔物以外も増えたと、そればかりのようだが、そこに気を取られていると、別で足をすくわれる。間抜けな空回りは避けろ」
「そんな言い方しなくても」
あまりにキツイ獅子の言葉に、どんどん俯いていく総長が心配で、シャンガマックは獅子にちょっと注意。自分は慣れたけれど、総長は昨晩大変だったので、獅子に厳しい口調は抑えてと頼む。息子に注意を受けて黙る獅子を、片手で撫でるシャンガマックは、凹んだ総長を振り向いて『でも確かに』と父のしょっぱさを緩和して通訳。
「俺もうっかりしていましたが、白い筒はどこの国でもあると思います。何かのきっかけで動き出す恐れはあるし、魔物の門も、精霊の振動や他の要素で異時空が出てくると、引っ張られて繋がるわけですから」
白い筒の動き出すきっかけについては・・・伏せた。一つの要因として、ヨーマイテスがあったが、今や両腕の至宝は消えた以上、ヨーマイテスは恐らく発動に関わらない。はず。
とは言え、白い筒が動く可能性は他にもあるだろうし、それは言っておくべきだと、褐色の騎士も思った。
魔物の門も似たようなもので、それを封じている古い時代の祠や立ち入り禁止の場所は、朽ちかけていると見分けにくく、ずっと封じてくれていたものを、呆気なく破壊して魔物が溢れるなんてことも起こる・・・・・
部下の説明に、ドルドレンは尤もだと答えて、改めて忠告を貰えたことに礼を言う。
「うむ。そうだな。俺も手一杯で、それは忘れていた。そういえば、この前イーアンがセンダラと組んだ時、異時空がすぐそこに現れたと話していた」
センダラとイーアンが組んだ、の言葉にぴくッとした獅子の耳が動き、すかさず見たシャンガマックは、総長に話を詳しく尋ねた。ドルドレンも、イーアンから聞いた話をそのまま繰り返し、イーアンが酷く萎れて帰ってきたこともちゃんと教えた(※傷ついた)。
「・・・センダラと、イーアンの魔法。イーアンが魔法を」
驚きで言葉が出ないシャンガマック。龍が魔法を使うなんて、とその強力な武器を気にする。獅子も何とも言えなさそうな表情で首を傾げ『龍が魔法』と繰り返した。
「イーアンの魔法は度々使われるようになった。リテンベグの町は、異時空に囚われたため、センダラと協力して救い出したのだ」
この二人が力を合わせたのも驚きだが、イーアンが魔法を手に入れたのも驚き。親子は顔を見合わせて、この話は後ですることにして、続く話は自分たちの報告に移った。
お読み頂き有難うございます。




