2295. 火山帯近くの群島 ~①ダルナとシャンガマック
ミンティンはイーアンを、火山を遠くに臨む海へ連れて来た。
どうも北部のようだが、アイエラダハッドで飛び回っていた北部より、もっと陸を離れている場所らしかった。
アイエラダハッドの地図を何度か見た記憶で、そういえばと思い出す地形の特徴がある。北部には違いないが、位置的には中北部寄りで、地図の絵では、ティヤー方面に向かって点々と群島が続く。
極北は氷河から群島の地域へ、かなりしっかりとした大地があるのだが、その下辺りに描かれた群島は、『陸』と呼ぶには心許ない、大地が数珠のように連なって、凹んだ所が海に沈んでいる感じだった。
きっとあの絵が、ここかも知れない。
地図で言えば、氷河→ノバルマク島→の、もっと下。ティヤーも縞状の広大な陸地で、とても河川が多く、海なのか川なのか判別しにくい印象がある。どこまでが国境か、測量が難しいこの世界で、正確ではない気さえする。
そんなことを考えながら、ゆっくり飛ぶ青い背中から下を眺めるイーアンは、ここも魔物は出ていたのかなと思った。
こっちまで来なかった・・・人が住んでいるようには見えないが、魔物の被害を全く知らないまま終わってしまった地域もある、そのことに胸は痛む。
イーアンの沈黙を知るように、高度を下げ続ける龍は、振り返ることなく女龍を放っておき、ゆったりゆったり地上へ向かう。そうして、やや温く感じる潮風をくぐり、群島の一つへ降りた。
黒っぽく、結晶状に割れた岩場で、正確な切り石にも見えるが天然。誰も来たことがなさそうな、何にもない吹きっ晒しの小島は、僅かな枯れ草を岩の隙間になびかせるだけで、これといった特別は、目に入らなかった。
青い龍の背中から下りたイーアンは、本当に何にもない小さな島を360度見回す。
小島の長さは多分1~2㎞程度。幅はもっと狭い。海面から5~6mくらいは出ていそうだが、群島全体を形成する地質が切り石的な平ら面が多いので、均されたような雰囲気に高さも感じない。
「ミンティン。ここで何かが?」
不審げな女龍が振り向き、青い龍は頷く。え?と眉根を寄せるイーアンに、ミンティンは顔を揺らして、ここでお前が何かするんだと、言いたげな態度を見せた。
「私が何かするのですか。何するの」
ミンティンは喋らないが、代わりに硬い嘴で地面を引っ搔いた。珍しい行動にイーアンは、はたと止まる。
「・・・それは、始祖の龍の」
嘴の先が引っ掻いた跡は、始祖の龍の絵模様の一つで、もっとも単純な形。ミンティンが意図的にこれを示したと分かるのは、始祖の龍の可愛い丸みのある島、そこの岩に描かれたものだったから。
「ええ、あのう。魔法を使うように言っていますか?」
龍の仕草に確認するイーアンは、ここで魔法?とは思うが、青い龍が軽く頷いたので、意味があるのだろうと思い直し了解する。
しかし、何の魔法を。一体、目的は。どうするのか見当がつかないまま、イーアンは一先ず、ミンティンが地面に引っ掻いた紋様を使うことにした。その紋様一つでは、魔法にしても効果らしいものはないけれど。
紋様それぞれ意味があるが、この場合は助詞に似ていて、もう一つか二つの紋様の繋ぎ。
でも・・・『~の』『~も』状態であれ、魔法にすれば何かしら龍気は動く。それでいいのかなぁ?と、とりあえずイーアンは小さい龍に変化し、爪を組んで紋様を作り、龍気を当てた。ミンティンは止めずに、成り行きを見守る・・・・・
白い龍気は、組まれた爪の隙間を抜け、風の流れも関係なく、足元に掛かった。何という反応もなく、細かな煌めきを残して龍気は消え、イーアンは青い龍に首を向ける。これで続きは?と目で問う女龍に、ミンティンは瞬き一回だけ。
と、その途端。ミンティンの瞬きが合図のように、岩に消えた龍気が何倍にもなって吹き上がる。
驚いたイーアンが後ずさる目の前、吹き上がった龍気は小島の縁を走り抜け、次々に地面から太く厳かな柱が伸びる。白い龍気が島を一周する頃には、イーアンはぐるりと神殿の柱に囲まれる状態だった。
呆気に取られてゆっくり見渡し、『これは』と天井のない柱群に呟く。柱はイーアンとミンティンを囲い、切り石のように平らな足元は、元からあった床のよう。簡素な彫刻を施された、灰色の石の柱は、数mの高さで均一。
ぽかんと口を開けて見ていたイーアンが、青い龍を振り向くと、続きが待っていた。背にしていた青い龍と自分の間に、いつの間にか青い石の台が置かれている。
台は机とは違い、長方形の縁が立ち、内側が凹んでいる。覗き込むと、凹んだ内側に淡い光が広がり・・・薄緑色を帯びた光の中、自分を見上げる顔を見つけた。その顔―――
「ファニバスクワンでは」
『女龍イーアン。お前か』
「は、はい?ええ、そうです。私が見えていますか」
『見えるが、質問はそこではない』
何だか質問されたらしい急展開で、相手は精霊ファニバスクワン。イーアンは心構えもなく、いきなりの事態にドキドキしながら、何を聞かれたのかと考えるが、どこかにいるファニバスクワンと繋がったらしきこの場所で、自分が状況を聞きたい。
「私も分からないのですが、どうしてファニバスクワンが」
『お前が出したダルナが、シャンガマックを求めて来た』
「え・・・あの黒いの?来たとは言いますが、そちらの場所を知らないと思いますが」
『お前が許可したため、こちらに回された。シャンガマックからお前に』
「すみません。何の話かさっぱりです。私は許可できませんから、出したとは言いませんよ」
ちんぷんかんぷん・・・のやり取り。待ったをかけたイーアンに、見上げる精霊は首を横に振り、淡い光はその動きに沿って揺れた。ふわーっと揺れて、一旦視界が薄れ、また映し出されたそこに、獅子と騎士が立っていた。序にあの黒いのもいる。
「げっ。どうして」
『ん?イーアンじゃないか。イーアン、どうしたんだ』
彼らを上から見ている状態で、イーアンの声が聞こえたのか、褐色の騎士が気付いて声をかける。毎度のことだが、どんな状況であれ、自然体過ぎるシャンガマックに悩むも、『ダルナがなぜそこに』とイーアンは単刀直入で質問。
褐色の騎士が困ったように笑顔で『俺にもなんでだか』と肩を竦める横、金茶の獅子がイーアンを睨んでいる。余計なことしやがってくらいの目つき(※そう見える)を気にしないよう努めつつ、ダルナにイーアンは話しかけた。
「あなた、そこにいたのですか。いなくなってしまったから心配でしたが、体は戻って・・・いなさそうな」
黒いダルナは、解除した割に姿が変わった様子はない。結局、解除していないのかな、とイーアンが尋ねると、大きな黒いダルナが覗き込んでいる女龍を見上げた。
「バニザットの居場所に転送された」
「はい?転送?」
「らしいね」
ハハッと笑った褐色の騎士の斜めさが気になるも、それは頷いて流し、いつからそこにいるのかとイーアンはダルナに訊く。ダルナは先ほど着いたばかりとやらで、うろうろしていたところ、ファニバスクワンとシャンガマックたちが彼の前に現れたらしい。
ようやく、イーアンはピンと来た。・・・今、ファニバスクワンとシャンガマック親子は、精霊の領域じゃなくて、ダルナが来たから、側に行った状態。
ファニバスクワンは水の中か、シャンガマックたちは近くの水辺に立つ。そして、ダルナがここに、の意味は。
―――『俺が誓い従った、大地の魔法使いバニザットに会わずして、存在を変えはしない(※2292話参照)』
あれか!と魂消る。こんな例外どころか、予想もしない続きが(※転送)待っていたとは。もしや、もしやだが。解除の精霊は、黒金ダルナが『貢献』の動きを取っていたのを認めて、この転送を取り計らったのか。
つまり。ダルナの言葉そのまんま・・・『存在を変えるためにシャンガマックに会わせて』から。
ファニバスクワンも突然の『ダルナ転送』を知らされておらず、関係者(=私)が来たら事情を聞くようにとか、その程度の情報しか受け取っていなさそう。
それで『お前か』と言ったのだ。『イーアンが許可した』の言葉は、転送される状態を黙認した(※違)と思っての一言か。
シャンガマックたちも勿論、何も知らない。転送されたダルナ自体、どうして転送されているのか理由までは解っていない。
お父さんが不機嫌なのは、『関わった女龍が、ダルナを送り込んだ』と思っているから(※どんな理由でも息子に近づけば不機嫌)。
半開きの口で理解したイーアンは、のろのろと頷いて『そういうことですか』と合点がいく。
黒金ダルナはこれで満足っぽい雰囲気。精霊の意図なんて考える気もさらさらなさそう・・・これじゃご褒美だよと、呆れる気持ちは置いといて。
上を見たシャンガマックが『イーアンも彼を探していたのか?ここに彼がいる理由が、分かったようだが』と説明を促したので、イーアンは何があったかを彼らに説明した。
話をしながら、イーアンは黒金ダルナがここに転送された事情は、思うに『貢献』の日々を認められたことで、まずはシャンガマック(※指名だった相手)に会わせて、それから解除のやり直しなのではと、伝えた。
少し驚いたように何度か瞬きする騎士は、女龍の話を聞き終わってから黒金のダルナに顔を向け『そうなのか?』と訊ねる。ダルナは当然のように大きく頷き、獅子が舌打ち(※嫌)。
「ああ!あなたは何て忠義に篤いのか。俺に仕える、と言ったあの時から、あなたはずっと俺たちの魔物退治を手伝ってくれて、その上、解除の時まで俺の名を出したとは!」
感激して目元を拭った褐色の騎士が、笑顔と感謝の涙を浮かべてそう言うと、黒金のダルナは大きな頭を下げて静かにこう答えた。
「解除はもういい。バニザットの元へ来た以上、必要ない」
お読み頂き有難うございます。




