2293. アジャンヴァルティヤの解除
※明日10月1日の投稿をお休みします。どうぞよろしくお願いします。
魔物退治後、夜明けに出会った黒と金のダルナに、半ば押されるようにしてイーアンは解除に同行。
と、ここで。ふと、このダルナは解除のことをどこまで知っているのだろうと、疑問に思った。
早くしろと急かすが、『龍が解除に立ち会う』くらいしか彼は知らないのでは。この性格だと(※上から系)解除の後で、知らなかったことについて文句を言いかねない。
「つかぬことを伺いますが、解除するとどうなるか、ご存じですか」
ちらっと横を見て、念のために質問。ダルナは、揺れる赤を湛えた瞳をゆっくり女龍に向け『力が戻る』と答える。その返事に、何やら警戒が含まれていると伝わり、これは多分知らない状態。
「私の説明を聞いた方が良いと思います」
「言え」
とことん、上から。気分は良くないが、一応素直に従ったんだと思うことにして、イーアンは教えてあげた。いつもはイングが付き添って解除に来るので、ダルナもある程度は何が起こるか理解している。だが、何も知らずに挑むと、下手な相手には(※目の前の彼のような)『精霊が攻撃した』と勘違いが生じそうな内容である。
丁寧に、攻撃ではなくてこうした現象が起こる率が高い、と幾つかの例を出して説明し、その後、力を戻した姿で~まで言いかけた所で、ビシッと遮られた。
「俺は。存在を望むが、従うつもりのない相手の、言うなりになる気はない」
出たよ(※言うと思った)と思わず、ぼやきが口を衝いたイーアンを、ダルナが睨む。
咳払いして目を逸らし、イーアンは『簡単ではないです』と前置きする。つい先日、スヴァウティヤッシュの一件があったから、可能だとは思うけれど。判断するのは精霊、どうなるか分からないのだ。
ここからイーアンは、聞かん坊的な相手に『貢献』の話も併せて伝え、『あなたがシャンガマック親子を手伝っていたことや、彼らから離れても魔物退治をしていたのは有利だと思うけれど、絶対大丈夫とは言えない』と、きちっと教えた。
非常に不機嫌な顔つきに変わったダルナは、赤い模様を横目に『俺が手伝ったことは、精霊の判断に届かないと言いたいのか』とケンカ腰。そうじゃなくてさと、疲れるイーアンは言葉に詰まって額に手を置く。
「あのですねぇ・・・万が一、ですよ。万が一、あなたが返事をしたことで、あなたが消える判断をされかねない場合も」
「お前はこの前のダルナの時、存続を望んで消滅を回避したんだろうが。俺にもそうすればいい」
何なのこの人(※ダルナ)・・・スヴァウティヤッシュの話をしたら、当然そうするもんだと言ってくる。それで無事、と思い込んでいるようなので、『絶対、じゃない』とイーアンは遮られながら口酸っぱく否定した。
「いいですか?私は決定権がないんですよ。ぶっちゃけ(素)私が嫌がったとしても、精霊がダメって言ったら、もうその時点であなたの存」
「どうにかしろ。それはお前が」
「話を聞け、って!!!」
頭に来たイーアンが怒鳴ると、ぴたっと黙った(※言うこと聞く)。肩で息する女龍が睨みつけ、気が付けば龍気も上がっている状態。ダルナは黙って『なんだ』と高飛車に促す。
「私はね!私は嫌なんですよ、あなた方を消さなければいけない立場なのがっ」
「お前が?」
「そうです。私が同行に付く理由は、精霊がダルナの存続の否定をしたら、龍がダルナを倒さないといけないからです。逃げたとしても、地の果てまで追いかけて倒さないとならない役目なんですよ。
あなた方が悠久の時間を閉じ込められて、やっと出られたと思ったら、今度は消されるか存在変更の二択、と知った日。消すとなったら、私が手にかけなければいけない・・・そんな理不尽なこと、私は本当に嫌でした」
「・・・で?」
「この話を誰かに聞いたことないのですよね?私だって嫌なんですよ、私があなたたちを連れて来たわけじゃないし、私は一年くらい前に、やっぱり別の世界から連れて来られた存在で、ここへ来たら龍になって、それで役目はやりたくもない始末担当で」
「もういい」
喋りながら涙が浮かぶ女龍に、ダルナは止めた。唇をかみしめる女龍は、ぎゅっと拳で目元を拭うと、『だから』慎重にと言っている、と続けた。
「つまり。俺が消される判断を下された場合、お前が俺を追って消すのか」
「そうなります」
「お前は、自分より相手が強いとは思わないのか」
「・・・そんな相手は稀です」
ダルナは妙なことを言い、少し沈黙。こんな話題にもつれ込む想像もしていなかったイーアンは、彼が好戦的に見える分、こうした展開も初めてだが変ではないと考えた。じっと見ているダルナを見つめ返し『私を敵にするのですか』と質問した。
「お前がどれくらい強いか、だ。俺の敵になるかどうか」
「私の話、聞いてました?」
思わぬ方向どころか、明後日の方向になった気がする。涙ながらに訴えた『私が始末担当だから嫌』の内容をすっ飛ばして、このダルナはなぜか戦う気・・・・・ あなた、閉じ込められてたの忘れてるでしょ、と言いたくなるが、言い返すのも違う。
頭良さそうなのに何でこうなるの、と眉根を寄せる女龍に、黒いダルナは顔を巌に戻し『それでもいいだろう』と呟く。不穏な呟きに、え?と聞き返す女龍。
「俺を、お前が追うなら。それでもいい。俺に勝てるなら」
「私は嫌だと言ったはずですよ」
「それは、お前が俺に勝てる算段だからだろう。勝てない相手と向かい合うのも、いい経験だ」
余裕と好戦的な発言に、イーアンはドン引き。開いた口が塞がらないが、気持ちが冷え始めているので、そこは抑える。いろんな性格と考え方があるから、ダルナそれぞれと思うようにし、大きく息を吐き出して最終確認する。
「では。解除しますか?」
「そうだな」
こんなに同情しづらい相手もないな、と思いつつ、イーアンは龍気を少しずつ増やし、赤い魔除け―― もとい、解除の巌 ――に触れる。
赤い絵文字が浮かび、風が吹き出し、文字は絡み合って並びを変え、大きな精霊がいつものように現れて、黒く大きなダルナを見下ろした。
『伝えよ。封印を終えた時に。何れを選ぶか』
*****
イーアンは心が疲労した長い夜と夜明けを終えて、のろのろとデネヴォーグへ飛ぶ。いろんなことがあり過ぎて、もう頭もついて行かない。人々の犠牲がとんでもなく多かったことが一番辛い。そして、解除も―――
体は疲れない龍になったけれど、心も頭も疲れるのは変わらない。どう考えて良いか、解釈に分からないことが増えた。
「あれ。結局は、戻ったの?」
冷たい風の吹く空に、ぼそりと呟いたイーアン。解除後は、理解に苦しむ状態だった。解除は解除・・・と思う。彼の答えは、スヴァウティヤッシュほど謙虚ではなかったが、伝えた意味は同じ。しかし精霊は、今回イーアンに質問せず、返答の瞬間、間欠泉が吹き上げて、岸壁という岸壁が崩壊。
慌てて飛んだイーアンは、間欠泉の熱気と粉砕した岩から離れて振り返ったが、ダルナは全く見えない。どうなったかと心配で、遠くまで行かずに視界に現場が入る位置で、彼を待った。だが、彼は戻らなかったのだ。
「でも・・・『消す』となれば、龍の役目なんでしょ?ってことは、私に何も言われてなくて、精霊から話の片鱗もなく終わってしまった以上、あのダルナはまだ生きている訳で・・・戻った?ということだと」
―――『俺が誓い従った、大地の魔法使いバニザットに会わずして、存在を変えはしない』
「あの言葉。要は、『誓った時の自分が変化するのは望まない』と訴えたんだろうけれど。だけど、解除で力を戻したいから来たと、精霊は受け取ったのよね。多分」
忠義もここまで行くと、どうなのやら・・・誓いは破らない。存在変更したら、あの時の自分ではない。それは分かるが。
戻らず、姿も気配も何もなくなったダルナを待ったイーアンは、一時間くらい経過して帰路に就いた。周囲は明るくなって、壊れた場所は遠目ではよく解らなかったが、近くに行ったら粉砕した所は壊れる前の状態に戻っていた。自分に出来ることがない、と理解した。
「シャンガマックが聞いたら、泣きそう」
はぁぁぁぁと長い溜息を吐き、イーアンは考えるのをやめて青い龍を呼んだ。
誰かと一緒にいたくて、やってきたミンティンに『乗せて』と頼み、背中に乗せてもらう。ミンティン相手に昨日の晩から続いた出来事を話し、青い龍はそれを静かに聞き続けた。
ここまで、青い布精霊アウマンネルは、ずっと沈黙。
龍は、女龍を時々振り返り、同情するような眼差しを向けたが、実のところは精霊アウマンネルの声を聴いて、返事をしていたことまで、疲れ切ったイーアンが気付く訳もなかった。
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明日10月1日の投稿をお休みします。体調の都合でご迷惑をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。
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