2291. 中南部襲撃 ~2④村の魔除け話・ずれ・黒い岩石のような
村から近い峡谷へ来たイーアンは、暴風と強い雨を受けながら一ヶ所を見つめた。
赤い魔除けが見つからなかった理由と、『逆さ海』を出した何者かと、そこにまで歌が届いていたことと、そして――
「呼び込んだのが、全てあの番人の所業だったなら」
辻褄が合う推測はないが、イーアンは何となくそう感じた。
岩棚は思った通り・・・姿はない。逃げるなと言ったのにいなくなった相手をどうするか・・・退治も半端な状況で、嵐の風に浮かんだまま考える。
会話を思い出す――― 『どこに入ったと思ってるの』彼女が聞き返した、あの一言。
「お前さんか。自分が疑われたと思ったんだな。私の言葉で、あの状況で、まずいと思ったから」
苦い思いを噛みしめる。こういう奴がいても変ではないのだ。これまでに会ってきた番人やダルナに、『悪者』がいなかっただけで。濡れる顔を、ぐっと片手で拭うイーアンは辛い決定をする。
「消さないとダメか」
許していい場合と、そうではない場合がある。
改心を促すことが出来るなら、そうしたい。だが、この魔物と古代サブパメントゥと古代種が、一度に襲い掛かる火蓋を切ったアイエラダハッドで、あの相手を逃がしたら被害は増える。
牢に閉じ込めて管理しながら、改心の日まで待つ方法もあるが、閉じ込めたら再び恨みを持つだろう。
セイレーンのいない岩棚に視線を据えたまま、他に手はないか気になる。どうにもならないなら消すしかないし、それは私が行う。だけど、他に、まだ。
夜明け近いはずでも暗い。ふと、濡れた腕に貼りついたクロークを払った時、振り返った川向こうの岸壁に赤い色を見た。さっき・・・私がいた所だ、とイーアンは溜息を吐く。間違いなくあの場所を見ている。
逃げた相手を探す前に、赤い魔除けと呼ばれたそこへ行くと、やはりダルナの力が封じられた巌。
目的のダルナを求め、そのダルナの巌がここだとも知っていて、あのセイレーンはここに居た。そして、自分だけが待ちくたびれてバカを見るのは嫌だ、と八つ当たりで人々を巻き添えに。
はた、とイーアンは止まる。・・・なぜ、そこまで知っていたの?疑問が急に頭を擡げた。
赤い魔除け―― 巌を、イーアンはじっと見つめる。ダルナなら、自分の力の封じられた場所を見つけていても分かる。だが、番人がダルナの力の在り処を特定出来るものなのか。
おかしいことに、今さら気づいた。
どうしてあのセイレーンがそこまで知っていると、私は信じたのだろう。
彼女は、ここへ来た私をダルナと勘違いしたのに。目的の相手がどんな能力を持ち、どんな姿になるかも解っていないから誤解したのだ。
村の人は、ここを『魔除け』と言い伝えた。
それは村の危険な事態で、常にこの岩がメッセージを送ったことに由来している。偶然だろうが、この近くに馬車の民が数年に一回来るらしく、彼らが魔除けの岩を話題に出すと、それは岩からのメッセージを受け取る時期とも話していた。
赤い魔除けが光るとか、一ヵ所だけ模様が浮かぶとか、見て解るサインによって、村人が迫る出来事に警戒し注意したため、大きな被害は避けられた、これが魔除けの意味である。
今回・・・いや、今年。馬車の民が通ったそうだが。魔除け石に変化はなかった。だが急に襲いかかったこの日、村の人は私に、行けば何か解るかも、とこの場所を教えた。
「隠されていたんだけどね」
平野の赤い水もここも、なぜか龍の私が見抜けなかった。リテンベグの異時空とは理由が異なる・・・沖の怪奇現象は土地の邪か、あれは異時空ではなかった。
あれを壊したから、ここも見えているが―― イーアンはセイレーンの話をもう一度、この現状に当てはめる。
セイレーンだけではないのかも知れない。別の何かが加わって、セイレーンと組んだなり、利用したとしたら?
セイレーンに中途半端な情報を与え、彼女の求めをエサにして、ああした行動に誘導したなら。そう考えると、第三者がいると思う方が理解に難くない。
「そうです。セイレーン一人だったら、あの言葉は出てこないし、あの動きも不自然。求めてるらしきダルナを私と間違え、私がその相手と思い込もうとしていた。
巌、この場所を隠していても、ここの封じを解きたいダルナは探し出す、と決めつけていた感じ。
魔物の種類も多く知らなさそうなのに、海のあれは魔物じゃないと言い切ったのも変です。混じる変性魔物も知らず、魔物じゃないとは」
イーアンの推測。セイレーン一人ではなく、何者かが関わり、そして沖の現象も別に使われた古代種では。
思っていたよりも複雑な絡み合いを想像してみると、ずれている部分が補正される。
一番ありそうな線で考えると、『古代サブパメントゥに言い含められて、セイレーンが動き、古代種の化け影か幽鬼が引っ張り困れ、幻影をかけた』のか。
この解釈に違和感を思う部分は、『だとすれば、なぜこの場所にこの時間でセットしたか』である。龍をだまくらかす目論見だとして、ここに・このタイミングで・私が来る、その保証はなかった。
では、龍がどうこうではなく単に、セイレーンも使って人間を殺す気だった?
・・・そちらの方が、古代サブパメントゥにはありそうと、イーアンは濡れる顔を両手で拭う。ここまで考えて、セイレーン以外の吹き込んだ裏も片付けねば、と可能性が跳ね上がった裏の手引きも合わせて探すことにする。
夜明けは過ぎたようで、黒い嵐は少しずつ灰色を帯びる。セイレーンが吐き捨てた『彼女を探し出せない理由』は何か解らないが、イーアンが見つけられなくても知り合いに聞けば良い・・・『ダルナの誰かに』頼ろう、と独り言を呟きかけた時。
吹き抜けた強い風に焚火の臭いがし、イーアンはピタッと止まる。この強風で?と振り返った後ろ。
「誰だ」
思わず口を衝いた言葉と共に、身構えるイーアンはさっと飛んで距離を開ける。自分の背後、知らない間に真っ黒な岩石のようなものが宙に浮いていた。私はここまで鈍いとは・・・!と自分にクサクサするイーアンが龍気を高めて真っ白に輝くと、黒い岩石は口を利いた。
「お前が龍か。近くで見ると小さいな。そこは俺の力の場所だ」
岩石が喋り、イーアンは相手がダルナと知る。これは紛い物でも幻影でもない。気配がないのに五感に知らせる何かを持つ、異界の精霊たち。その持ち味は、本体を凝縮したような特徴がある。彼らの存在を示す証明のように。
「ダルナ、ここの?」
イーアンが返した声は小さいが、岩石の形がぐらっと動き、大きなドラゴンが目の前に現れた。
真っ黒で硬質の鱗は岩塊のよう。黒に金が混じり、その金はイーアンの発光に輝く。尖った鰭が凶悪そうだが、全体的に鱗が鋭い形。翼も広くて分厚く大きい、『伝説級のドラゴン』の見た目。
でかい、とイーアンの目が丸くなる。イングも大きいし、フェルルフィヨバルも大きいが、このドラゴンは威圧的な風貌からか、圧迫感がすごい。
「お前の仕事は手伝った。俺の用を聞け」
「何の話を」
何やら一方的に話し出した相手に戸惑い、イーアンが分からないといった顔をすると、黒岩のダルナは大きい頭を少し動かし、その視線は彼の長い尾へ向く。
ゆらりと動いた尾をイーアンの視線も追う。そして、ぎょっとした。
「それ、セイレーン・・・では」
「セイレーン、か。そんな呼び名だったか」
尖った尾に、ぐたっとした女が垂れ下がる。イーアンが見た姿そのもの、あの服、あの髪、さっきのセイレーンだと分かり、そっとダルナの目を見ると、黒に赤の渦巻く目が瞬きする。
「もう死んでいる。龍、お前が片付けようとした仕事は『これ』だろう」
これ、と言ってダルナは軽く尾を振り、セイレーンの体は落下。はっとしたイーアンが動くより早く、落下途中で体は霧散した。
「死んでいた?あなたが見つけたのですか」
驚きながら尋ねる女龍に、黒いダルナは微動だにせず『片付けた』と返事をした。
唖然とするイーアンは、言葉が出ない。雨が少し小降りになり、風が生温く変わる。焼けた臭いが強くなり、黒いダルナは側へ寄ってイーアンを見下ろした。
「大地の魔法使いはどこにいる。バニザット、とも言う。俺はバニザットの声を受け入れた。魔物と、魔物じみた奴は倒す(※1811話最後参照)」
「シャンガマック・・・・・ 」
意外な人の名を、思ってもいなかった場で聞き、イーアンは何度か瞬きし、ぽかんとした顔で頷いた。
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