表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
新しい年へ
229/2948

229. 南西支部年末会前半

 

 イーアンはギアッチ達と一緒に、先に広間へ向かい、ドルドレンはハルテッドを呼びに行った。


 ハルテッドは、どうにか『見れる顔』と本人曰く。ドルドレンはあんまり違いが分からないが、とりあえず知らせたので、後は勝手にするようにと言って、広間へ下りた。



 広間は既に酒も食事も並べられていて、南西の騎士がわさわさ座っていた。


『イーアン』ドルドレンが名を呼ぶ。2度呼んで、イーアンが暖炉側の席で立ち上がるのが見えた。急いでそちらへ行くと、イーアンの周囲にザッカリアとトゥートリクス以外の輩が詰めていた。


 害虫を追い払って、総長はイーアンの肩を抱き寄せ、真横を陣取る。ザッカリアは子供だから、イーアンの左横で構わない。トゥートリクスは(※お兄ちゃん付きだが)イーアンの前で宜しい。


「始まってるみたいですよ」


 ザッカリアの横のギアッチが総長に言う。ドルドレンが周囲を見ると、確かに既に食べたり飲んだりをしている。


「じゃ、もう勝手に食べるのか」


「どうぞ。年末会ですが、今日は前日祝いみたいな感じなので」


 ベルゾ(※トゥートリクスお兄ちゃん)が総長に促す。イーアンを見て『イーアンも』どうぞ・・・と酒を注いだ。弟はそれを心配そうに見ている。


 イーアンは何となく。明日も朝から遠征だし、今日もアジーズのことがあって、酒を飲む気にはなれない。ドルドレンも最初の一口を飲んだが、料理を食べ始めたので、イーアンもそれに倣うことにした。


 南西は南西で、料理の腕の良い騎士がいるのかもしれない。年末の祝いに色とりどりで大振りな料理が、どかん、どかんと長机に並べてある。

 ドルドレンはひょいひょいと料理を集め、イーアンにもよそる。あっという間にてんこ盛りの皿に感謝して。少しずつ味わうことにした。


 一つ、とても気に入った料理があって、パイのような生地の中に、美しい色の豆と魚の切り身が入っている煮こごりで固めた料理があった。冷製だけど暖炉の側の席には丁度良いひんやりさ。純粋な魚の味と、透き通った金色の煮こごりが綺麗だった。


 ちょっと食べて、悶えるイーアン。煮こごりが口の中で儚く溶けて味わいが口を包む。『はぁん』妙に色気のある声をイッちゃってる顔で呻く。ドルドレンが瞬時に振り返り、イーアンの顔を手で押さえた。


 息が出来なくて驚くイーアンに、目の前のトゥートリクス兄弟が、少し赤くなりつつも見つめている。ドルドレンの手を離してもらって、『息が』と抗議すると、『イーアンが』と言いかけてドルドレンは困ったように笑う。


「ちょっとずつ食べなさい。本当に少しずつ」


 ちゃんと、()()()()()()頂いています、とイーアンは言い返す。モイラだって呻くし、ドルドレンだってお菓子で悶えたものっ。何とか自分を正当化する。


「でも。イーアンは」


 ドルドレンは言い聞かせるように鳶色の瞳を覗き込む。イーアンは少しむくれて、煮こごりを匙に掬って、ドルドレンの前でぱくっと食べる。やっぱり解ける・・・・・ 『あんっ』ちょっと気持ちいいくらいの美味しさに、満面の笑顔で腰をくねらせた。ドルドレンは匙を取り上げ、『部屋で食べよう』と真顔で提案する。


『すぐ部屋で、って言う』『ちょっとしか食べてない』イーアンが怒る中、それを無視して総長は盆を運ばせ、料理を皿に適当に盛ってから、匙をきちんと添え、急いで左手に盆、右手にイーアンを小脇に抱え(←人攫い)わぁわぁ言うイーアンを連れて部屋へ帰っていった。



 連れ去られたイーアンのじたばたしている姿に、南西の支部の騎士たちは、自分たちに何が出来たのかと考えていた。総長相手に楯突く気にもなれず。しかし懇親的な意味をあっさり消す行動にも納得できず(※連れ去り行為)。


「あれでよく」「保護しているとは聞いてるが」「保護し過ぎだろ」「イーアンいつもあんなですよ」


 ギアッチが普通に笑いながら、ザッカリアに『ねぇ』と料理を食べさせている。トゥートリクス(※弟)も複雑な心境だが、毎度、早い段階でイーアンは総長に連れて行かれるので、こういうものかなと思っていた。



 部屋に入って下ろされると、イーアンは自分が、しょっちゅうこういう状況であることを、ドルドレンに抗議する。


 明日は遠征だし、今日のアジーズの件も心に重いから、酒は控える気でいた。だから食べるだけで・・・と思っていた。それを伝えると。

 机に盆を置いたドルドレンは困り顔で、イーアンをまず座らせる。


「イーアン。こんなことを言うのは卑怯かもしれない。でも考えてみてくれ。

 俺がもし。女しかいない場所で ――そんなつもりはないにしても―― 気持ち良さそうな顔で食事をして、呻いたり悶えている姿をするとする。それを他の女が周囲を囲んで見ている。それも俺ばかり見ていたら」


 いつもそうなんだよ、とドルドレンは言い訳のように呟く。

 俺は、イーアンから美味しい料理を楽しむ時間を奪いたくはない。だから。安心して食べる状況を守ることを考えている。だが、そうするとイーアンの動きが心配だし、自分の気持ちも苦しい。どうすれば良いのだろう・・・・・ 丁寧に自分の心境を説明するドルドレン。



「ごめんなさい」


 すぐに折れるイーアン。しょげる。それはイヤだ。本当だ、と思う。ドルドレンが、デナハ・バスのおばさんの家で、最初に泊まった時。女性陣に囲まれていて、戸惑ったのを思い出す。

 つい最近、おばさんの若い娘に好かれているのを見て、何て心の狭い態度を自分は取っていただろう。それでも私は、自分の時はこんなふうに。



「そうでした。本当にごめんなさい」


 思い遣りが足りないです、イーアンは謝る。『ドルドレンには我慢してもらってばかり』ぽそっと呟くと、ドルドレンが抱き締めた。『我慢なんかしていない。でも分かってもらえて嬉しい』顎に指を添えて上を向かせ、鳶色の瞳を見つめてドルドレンは微笑む。そっとキスを――



 扉を叩く音に邪魔される。『少々お話があります』向こうから意を決した声が聞こえた。レッテが勇気を持って言いに来たのだった。

 不機嫌そうに扉を開ける総長。『何だ』これからだったのに。レッテは怯みそうになるのを頑張って耐える。すーっと息を吸って、自分も部下も同意見であることを最初に伝えた。


「いくら何でも。始まってすぐの年末会です。そこに総長と、招いた人が空席では」


 最もな意見に、総長もちょっと詰まる。顔には出さないが、内心、どうやって切り抜けようかなと急いで考える。レッテは、総長と目を合わせないで一気に続ける。


「話を聞きたい者もいるでしょう。この機会に、お話を伺うことで、新しく可能性を持つ者もいるでしょう。ですが、早々に部屋に戻られてしまっては、私共がお呼びした意味がなくなってしまいます」


 階段を荒っぽく駆け上がる音が響き、凄い勢いで走ってきた女装男が、レッテが振り返るより早く怒鳴った。


「お前はどうしていつもっ。自分ばっかの都合で生きてんだ。このバカ」


 総長を、お前とかバカと。平気で怒鳴る下品な美女にレッテは驚く。とばっちりを受けない本能のため、レッテは2歩下がる。

 怒りに頬を染める、下品な美女は言い足りない。総長は渋い顔をして溜め息を付く。『あっち行ってろ』この一言が、さらに美女を焚きつけた。



「来た意味ねえだろ。お前だけのイーアンじゃねぇってんだ。仕事がウンたら、エラそうに人に言うくせして、お前。何だそれ?だからバカッつってんだ、バカ。このバカっ。指導話の続きなら、飲み会だって仕事じゃんかよ。わかんねぇのか、この根暗バカ」



 おおおおおっっ!!レッテは、超弩級の口の悪い美女に目をむいて驚く。なんと、言いにくいことを(※そう思ってたけど)はっきりと正直に、感情のまま素直に仰る人なのか。この人は男性と聞いているが、女性だったら少し好きになっちゃったかもしれない。


 怪しい扉を開きかけるレッテをよそに、ハルテッドは剣幕の勢いで総長の胸倉を掴む。レッテが腰を抜かしかけるくらい、壁にぶつかって愕く。



「ふざけやがって。ザッカリアも俺も皆、一緒に来てんだ。お前一人のワガママでぶち壊すんじゃねぇ」


 はらはらするイーアン。ハルテッドの腕に手を添えて『違うんです。私が軽率で』言いかけてドルドレンがイーアンを止める。『大丈夫だ』イーアンに微笑むドルドレン。


 胸倉を掴む腕をぐっと握り、表情をそのままにドルドレンはハイルの腕をどかす。『なるほど。では行ってやろう』有難く思えよ、そう上から見下してフフンと笑う。



「エラそうなんだよっ。総長だからって。親父そっくり」


 親父そっくり。この一言にイーアンとドルドレンは止まる。二人で目を見合わせて、ちょっと溜め息をつき、ハルテッドのオレンジ色の目を見つめるイーアン。『近いうちにご挨拶があると思いますから』それだけ言うと、微笑みつつドルドレンの腕を取った。



「下に行きましょう。私、出来るだけ気をつけます。一緒にいれば大丈夫ですね」


 ドルドレンも優しい笑みを浮かべ、頷いて『よし。行こうか』とイーアンの添えた手に手を重ね、下品な美女と隊長レッテを無視し、部屋に鍵をかけて広間へ行ってしまった。



 残されたハルテッドは、最後の言葉に引っかかって止まっていた。『挨拶だと?』デラキソスが来るのか、まさか。


 レッテは動きの止まった美女を見つめる。この際、眺め眇めつ、体つきと雰囲気を堪能する。女じゃないなんて、本当にもったいない。南西支部に来ないかな(←扱うの大変なこと知らない)・・・・・ ウットリする自分の心の変化に、まだ気がつかないレッテだった。



 広間に入ると、総長がイーアンと一緒の姿を見た騎士たちは歓迎した。


「良かったですよ。なんか怒らせたかと思いました」


 統括が寄ってきて、暖かい暖炉の近くの席に誘導する。『我々も、総長を呼んでの年末会は初めてですから。失礼があったのかなと』いや、でも戻ってきてくれて良かった、と統括は喜んでいる。


 そうか。悪いことしたんだな、ドルドレンちょっと反省。

 イーアンも同じように捉えたようで、急いで謝っていた。統括はイーアンと総長に謝られて、そんなつもりではないから、と謝罪を否定する。


「気遣わせるつもりはないんですよ。でも私たちは、招いた立場ですから何かあったかどうかは、やはりね」


 統括の奥まる心遣いに、イーアンが深々頭を下げる。『私の悪癖のためなのです。ドルドレンの行動は、私を思い遣ってのことです。私はこんな歳で、皆様にご心労をお掛けして恥ずかしいです。申し訳ありません』どうにか頭に並ぶままの謝罪の気持ちを言葉に託し、一生懸命謝った。


 統括ステファニク。ちょっとお気に入りに入れたイーアンの謝罪に、何とも居た堪れない。顔を上げて下さいと頼み、どうにか席についてもらう。総長にも同じように挨拶し直し、丁寧に言葉を重ねて、二人が年末会に戻ってくれたこと喜びを伝えた。


「すまなかった。諸君らの気遣いは充分だ。先ほどの行動について、俺とイーアンの問題であるため、気にしないで欲しい」


 顔を見ても読み取れる、反省の言葉をかける総長に、ステファニクは感動した。この鉄の男にこんな人並みのぬくもりがあるとは・・・・・ 


「さぁさぁ。もう謝りっこは終わりにして。食べましょう。呑んで下さい。一緒に・・・この短い一際貴重な時間を共にして下さい」


 イーアンとドルドレンに酒を注いで、ステファニクは近くにあった空の容器に自分の酒も注いだ。ステファニクの人間の広さに、二人は有難く思いながら、イーアンは乾杯の杯を掲げ『これからの繁栄を愛して』を合図に、乾杯初めての戸惑うステファニクに微笑んで、容器を当てる。ドルドレンも同じように笑顔を湛えて容器を当て、3人は一緒に飲んだ。



「イーアン、明日の話を酒の席でするのも申し訳ないが」


「構いません。どうぞ」


「相手がもし複数だったら。私たちはどうしましょうか」


 馬車ほどの大きさと確認済みの魔物に、どう戦おうか。ステファニクはそのことが心配だった。総長とイーアンを見つけたウキンが向こうから来て、『同席は許して頂けますか』と言いつつ座った。


「ウキン。お前は斬り付けたと言うが。どのくらいの力で魔物を斬ったのだ」


 総長が同席したウキンに、前回の魔物戦の状態を訊ねると、ウキンは少し考えた。


「うんと・・・そうです。かなり驚きましたから。真ん前に突然どんと現れた魔物が馬車並のでかさです。驚いたのもあって、全力ですね。ほぼ全力で剣を振りました」


『でも』ステファニクはウキンの続きを拾う。『一回で斬れなかったんだよな。確か』何度か斬りつけたと言ったし・・・統括の言葉にウキンは嫌そうな顔をする。『そうですが』だって硬かったからと。



「これ。明日。使えるか分かりませんが。でも、この剣を使ってみたいと思います」


 二人のやり取りを聞いたイーアンは、腰に挿した2本の剣の一本を引き抜いた。ドルドレンはニヤッと笑って、『使えるな』とだけ呟いた。



 黒く反った剣を見つめるステファニクとウキン。『これは』『まさかあれでは』『南付近の魔物の角と似ている』そこまで言うと、二人は顔を見合わせ『あっ』と声を合わせた。


「もしかして、以前、南で倒した民家の魔物。それの角でしょうか」


「その通りだ。イーアンは毛皮と角を回収し、剣を角で作った」


 またしてもドルドレンは胸を張って自慢げに言う。イーアンは笑いながら『作ったのは私ではなくダビです』一応訂正して、もう一本の剣は自分が大体作ったことを伝える。

 剣についた溝に毒を入れて、この剣は毒を相手に刺し込むためのものです・・・イーアンは剣の箇所を指し示しながら説明した。


「毒。それを使うための剣ですか」


 統括がイーアンを見て、恐れるように呟いた。ドルドレンは少しきつい目つきを統括に向け、『苦労せずに魔物を倒す』それが大事な役割を果たすことを言い添える。


 イーアンも、その毒が全てに効くわけではないことを注意して、一つの剣として使用をするにあたって、この剣が試行後に優秀であることを確認済みと付け加える。


「そうなのですか。こうしたものを・・・イーアンは日々作っているのですね」


 ウキンは神妙な顔つきで、黒く光る魔物の角製の品を見つめた。『宜しければ自分が使います』明日の魔物戦で、とウキンはイーアンに頷いた。



 暖炉の炎に閃く、黒い剣の光に目を留めた騎士たちは、少しずつ寄ってきた。ドルドレンが気がつけば、自分たちの周りに、同じ長机に、多くの騎士が席を詰め合って座っていた。


 酒を飲みながら聞く者も当然ながら。料理の皿を引き寄せて食べつつ、話を聞く者もいる。黒い剣を触りたいと願う騎士もいて、ドルドレンは南支部の夜を思い出していた。変化が始まるのだと。


 南西支部の年末会は前半戦。まだ酔いもまずまずの時間。


お読み頂き有難うございます。


今日は半日以上が仕事で移動でした。朝に出て、帰宅した時間が夜でしたので、2話に減ってしまいました。楽しみに寄って行って下さった方々に、お詫び申し上げます。そして心から御礼申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ