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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2289/2965

2289. 中南部襲撃 ~2②敵か味方か

 

 赤い色の魔除け。入り江の村で聞いたそこを探すイーアンは、黒々した岩に貼りつく凍った雪の隙間に見えないかと目を凝らす。中南部で海岸近くだからか、そこまで雪はないが、向きによって解けにくい雪が凍って残っている。


 気配云々もないので、教わった場所から上を目安に、雨の中を調べた。雨は凍った雪の白い面に流れる。イーアンの発光する光を受けてそれは煌めき、見えにくい表面を辿った。



「どこ?」


 下方の川の様子と、目印と言われた突き出る岩は正しいのに、全然分からない。船から見上げて目に付く話だから、角度はここで合っているはず・・・おかしいな、とイーアンはうろうろ飛びながら、赤い模様を探し、早数分が経過。



 今夜は振り回されてばかり――― 


 赤い水、幻影から始まって、こちらでは歌と蜃気楼。他でもこうしたことが連発しているのだろう。ヤロペウクの予言が、嫌でも足音を立てて近づいてくる。

 気ばかりが焦るイーアンは、落ち着かない気持ちを抱え、まずは魔除けをと、高さを下げて岸壁の隙間に入った・・・ここで誰かの声。


()()()?」  


 聞こえた声は、『ダルナか』と問いかける。


「え?」


 思わぬ言葉『ダルナ』に、イーアンが下を見る。影が多い上に強い雨で、イーアンの視力が役に立たない状態だが、声と同時、もやっとした妙な湿度が増えた。()()()()()()()()()()()()()()()であっても、肌にまとわりつく『湿度』を感じる。


 これは、もしや。イーアンはこの手の相手の特徴で、これが『ダルナの番人』ではないかと察した。気配より、五感で感じる何かを発する。相手はどこにいるのか分からず、どこかと訊ねようとしたが、先に聞かれる。



「ダルナじゃないの?ダルナよね?」


 言葉遣いが女性・・・声の高さも女性のよう。イーアンに過ったのは、オウラとの出会い。水が近い環境というのもあり、そしてここが―― まだ見つけていないにせよ ――赤い魔除けのある場所であることから、この相手もダルナに思うところあるのかと考えた。


「私は違います。あなたはどこにいますか」


 ダルナではないと教えたらどうなるか。少し心配だが、イーアンは聞き返す。すると間を置いてから疑われた。


「嘘。ダルナでしょ。その翼と角。人の姿でここに来たんだって分かるわ」


 風雨の音は大きく、声が消されても変ではないのに、やけにはっきりと伝わる。やっぱりあちらの精霊ではと思い、イーアンは『自分は龍だが、ダルナではない』とまずは相手の勘違いを否定した。ダルナは話を拒否されたこともあるが、番人は話せば聞いてくれる印象で、そう言ったのだが、これがまずかった。


()()()()()?龍、って。私たちをここに連れてきて閉ざした、あの龍?」


「あ、その話ですか。いえ、私では」


 なくて、と言いたかったが、イーアンの言葉に反応した相手は、急に姿を見せる。下だと思っていたのが、川を挟んだ向かいの岸壁に突き出る岩に、長い髪の女が立っている。袖先が広がり、丈の長いワンピースの服に、ベルトを垂らしている。離れている上に、視界が悪い悪天候でここまで見えたのは、相手が蛍光色のような輪郭で発光しているから。


「龍なんて」


「事情があるのです。あなたは誰ですか。話を聞かせ」


 急いで返した言葉はまたも相手に遮られる。輪郭を浮かび上がらせた女は睨みつけた大きな目を逸らさず、いきなり歌い出す。怒りの形相に合わない、すすり泣くような声は拡声器でも使っているように、嵐の音を物ともせずに響き渡る。


 これかと、ハッとしたイーアンは、歌の主がこの相手と知って、瞬発で飛び、凝視した女を抱え上げた。輪郭線しか見えないのに肉体がある手応え。ぐっと抱きかかえた女に『やめろ』と低い声で命じるイーアン。戦慄く女は体を動かすが、イーアンにがっちり抱きしめられる状態でびくともしない。


「離せ!」


「歌わない、と約束するなら、離してやる」


「龍め!お前のせいだ!お前が私たちを閉じ込めて、こんな世界で」


「事情があると言ったでしょう」


 聞く耳持たない女を間近で睨みつけるイーアンは、腕に込めた力をもっと強める。異界の精霊相手に人間の痛覚などない。効くとするなら、私の龍気くらいで、それは―――


「力が抜ける。やめて。やめろ」


「力が抜けるだけで、済むかどうか。私もこうした手荒なことはしたことがないから、どうなるやら」


「やめろ・・・やめ・・・やめて」


()()()


 すごい勢いで衰弱していく女に、ちょっとマズいかなとイーアンも匙加減が難しい。弱り方が誤魔化しではないと伝わる。なぜそう確信できるのかは不思議だが、女の蛍光色の輪郭線が途切れだしているのは、実際にヤバいからだろう。


  だが今、龍気は発していない。自分が常に纏う龍気が、抱きかかえたことで相手に直接影響している程度と思う。ここまで早い衰弱に、イーアンは若干躊躇い、警戒しながら少し腕を緩めて、女から体を離した。が、その途端、女は倒れた。


「ぬわ。大丈夫ですか」


 ええマジで?と慌てて、この場合、どうすればいいのか狼狽えるイーアン。異界の精霊は守る前提なのに、消えてしまったら逆の行為である。消すつもりはなかったと焦って言い訳し、どうしようどうしようと、倒れた女に触るのも害だろうし、オロオロしていると、女の状態に変化が出始めた。


「あれ?あなた、本体がそれ」


「酷い。私を殺す気で」


「いえいえいえいえ、とんでもないですよ。殺そうなんて思いません。歌はよせ、ってだけで」


 女の蛍光色が途切れ薄れた後、徐々に雨に()()()()が現れ、びしょびしょの髪を貼りつけた蒼白の顔が向く。紫色の唇は震えており、薄着に近い服もずぶ濡れの・・・『普通の女』が黒い岩に突っ伏して、荒い息でイーアンをねめつける。


 この人、精霊だろうに。判別が難しい相手にイーアンは触れないまま『寒いのですか?移動しますか』と訊ねた。どう見ても、寒がっている・・・なぜなのか。

 風雨が激しい岩棚、遮るものがないので、一先ず6翼を全開にして女の傘代わりに覆い、クロークを外して、かけようとした手が止まる。


「これ。大丈夫でしょうか。海龍の皮で」


「やめて」


 断られて、あ、はい、とクロークを引っ込め、イーアンはクロークを羽織り直す、青い布もあるのだけど、これも嫌がりそうだなと、震えが激しい女の対処に悩む。

 少し沈黙が続いた後、がちがち歯を鳴らしているが、女は青褪めて震える状態で『触らないでくれれば、回復する』と言った。


「そうなのですか。分かりました。離れています・・・あのう、あなたはなぜ歌を。多くの民が狂うのに」


「私だけが()()を見たくないから」


 なにそれ、と思う絶句する返答に、イーアンは眉根を寄せる。ちらっと海の方を見た鳶色の目に『逆さ海』は遠くて映らない。だがまだあのままだろうと思うので、『海上に逆さで囚われた人々は』とそれも尋ねた。


「・・・知らない」


「知らないってことはないでしょう。この海の荒れ方も、歌もあなたでしょう」


()()


 否定した返事に、イーアンは黙る。女は顔を伏せたまま、寒さに震える歯を鳴らして両手で自分の体を抱きしめている。



 震える女の返事、その声――― やはり、人間ではない。びゅうびゅう吹く風とびしゃびしゃ叩きつける雨音の中にあっても、イーアンの耳に雑音なく届く。

 人間のように見える、寒さへの反応も理解し難い。ダルナを知っている時点で、100%番人状態なのだが、何かこれまでと違う。


 肉体らしいものがあったと言えば、『アンバリの角』がそうだった。彼女は頭に生えた角を触られると、力が抜けると言っていた(※1783話参照)。アンバリの角は、魔物にそれをやられて動けなくなってしまい、イーアンたちと出会った。


 でも。アンバリの角が倒れていた時、イーアンは龍気で回復させているのだ。微弱な龍気で彼女は回復し、お礼にと招かれた。異界の精霊にも、龍気に抗体があるとかないとか、そういうのあるんだろうか。


 人魚のオウラも、肉体らしき感じではある。だが、魔法で縮小した水槽暮らしを見ると、あれ肉体?と疑問に変わる。人の言うところの『肉体』ではないのだろうけれど、解釈がいつでも難しい。


 この、目の前で震える女・・・多分、()()()()()とか、そういったタイプと思うが、彼女も解釈に悩む。人間のような体で寒さに辛そう。でも弱い龍気さえ耐久力なしで、中てられてしまうとは。



「・・・質問を変えます。あなた、ダルナの番人ですよね」


 海は関係ない、と否定した女に、6翼を広げて雨から守るイーアンは、静かにそう聞いた。女はガタガタ震える体をピタリと止め、ゆっくり女龍を見上げる。その動き、イーアンには『もう大丈夫そうだな』と見えた。


「ダルナの番人でしたか?ここにあなたがいるということは、『赤い魔除け』と村人が話していたのは、ダルナの力が封じられた場所」


「そうよ。私は番人だった。ここからずっと離れた川の奥で、誰も来ない洞窟に一人だった。ダルナの絵を見ながら過ごした、気が遠くなる時間を越えて・・・ある時、洞窟に違うダルナが来て、私の守るダルナの絵を解いた。

 私の役目はその場で終わったのよ。ダルナは絵から飛び出して、私を置いて消えた。でも、()()()()()の。ここにあのダルナが来ると。・・・お前がそうかと思ったけれど」


「私じゃないですね」



 イーアンは女の話に、なんて声をかけて良いか考える。

 オウラと同じ境遇で、同じような心を持ったのだと分かり、小さく溜息を落とした。バカを見たくないと言った女の感覚は・・・本当に人間みたいで。でも、分からないでもない、間違えた行動の選択に、ただただ、彼女も犠牲者なのだと痛感する。



「・・・海の現象は、あれは魔物でもない」


 言葉に詰まった女龍に、女は教えるようにそう言った。


お読み頂き有難うございます。

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