2285. 中南部襲撃 ~1②古代種『化け影』
※申し訳ないです。投稿時間を間違えました~
☆前回までのあらすじ
中南部に増えた魔物のため、応援を頼んだフォラヴとイーアン、ドルドレンは、赤い水がワッと覆う光景を見ました。町や村は呑まれ、分担して倒そうと決めたは良いものの。イーアンはこれが面倒な印象を持ち、倒した結果から得た報告を持ち帰ります。
今回は、フォラヴの話から始まります。
一方、妖精の騎士は、嫌な後味を残したばかりで、別の手段に切り替えたところ。
右側の平野は、人里がそこそこ間隔を保って点在。合間に森と林を持ち、がくんと下がる目立つ段差の手前まで、人里があった。段の下に広がる平野続きは、川を挟んだ向こう側から、また里が増える様子。
どこも赤い水に侵入され、上から見れば水溜まりの隙間はあるように感じても、近づけば、町や村が丸ごと染まっているのが分かった。
赤い水溜まりに埋もれた町は、人々の姿がない。家畜も見えない。
通りに何もなく、『家屋と道が、赤い水浸しの状態』。呑まれて殺されてしまったかもしれないが、隠されているのかもしれず、一か八かと、届く範囲を見定めたそこへ雷撃を伝わせた。赤い水の表面を走るように打った雷は、真っ赤な水面に一瞬で広がり、弾ける光を伴った。
結果――― フォラヴはこれで魔物が何か、人々を放すか・正体を現すか・・・展開を狙ったのだが、 次に目にしたのは、表面にぷかりと浮かび上がった人々の姿だった。
う、と呻いた妖精の騎士。救いは、浮かび上がった人々が荒い息をしている、とすぐに分かったこと。
彼らは妖精の攻撃を受けたのか、それとも魔物内部にいて魔物の反応の影響を受けたのか。とにかく生きているし、苦し気ではあるが、姿は出てきた。
「・・・私が攻撃したことで?」
フォラヴは、人間を攻撃しないよう意識したが、魔物に混ざった状態であったなら、『攻撃していない』とも言えない。
ここで手段を変更。雷は使えない。魔物は反応したけれど、連続は無理があると、フォラヴは真逆の技を選ぶ。
「『癒しの雨』。私はまだ、完全ではない」
ただ、完璧ではなくても、人間には回復を促すし、魔物が食らえば攻撃に変わる。『と思うのですが』癒し以外で使ったことがない技であり、癒しの雨が魔物を治すとは思い難い。センダラに、そんなことも知らないのかと叱られた声が過る。
ぎゅっと唇を噛み、フォラヴは両腕を広げる。人間が人質状態なら、出来ることは限られる。広げた腕から、薄い水色の霧雨が立ち上る。雨は妖精の体を中心に噴水状に広がり、フォラヴが回転すると、金色の輝きを伴って渦に舞う。赤い色で染まる足元、そして浮かぶ人々に雨は落ち、赤い水が何やら振動を起こし出す。
じっと見つめる空色の瞳で、変化を見守る数秒、赤い水は少しずつ色が薄まり、次の十秒で急に乾上がった。乾上がった後、フォラヴは雨を慌てて止める。焦った目に映るのは、消えた水にではなく、一緒に消えてしまった人々。
『しまった!』何が起きたか分からないが、フォラヴは左右を見渡し、自分が関わった数個の人里から赤い水が消えたのを確認。目の前以外は見ていなかったが、きっとそちらにも人は浮かんでいた・・・・・
「私はなんてことを!」
顔を手で覆って悔しく叫ぶフォラヴは、すぐさま真上に飛び、もっと広範囲に影響が出ていないか見渡した。
「出ていない。私が雷と雨を降らせた所以外は、まだ」
くそ、と思わず下卑た言葉が飛び出すが、はたと違う気配を感じ、そちらへ顔を向けた。精霊・・・? 総長が動き出したのかと思い、フォラヴはこの状況を総長に報告した方が良いと思い直す。
「私では無理なのか、それも分からない。総長はポルトカリフティグと土地の邪を払う。彼に、この結果を伝えねば」
フォラヴは自分が、大量に人を消したのかどうかで心が動揺している。この十日間で学んだのは、守るより倒すことだったが、人に影響しない範囲は勿論守っていた。それがたった今、崩れた気がして、どんなに悔やんでも取り返せない。
「総長」
縋るように逃げるように、フォラヴはドルドレンの名を震える唇で呟き、山裾へ飛んだ。
*****
イーアンがドルドレンに接触する、少し前まで。ドルドレンもこの魔物に懸念があった。
だが、龍を戻して精霊の面を頼るには早く、もう少し何か、自分で見つけられる気がしており、ドルドレンの長剣は太陽柱を繰り返しながら、幾つかの人里を救うに至っていた。
そう。文字通り――― 『ドルドレンは』、町も村も救い出せていたのだ。
赤い水は、勇者の力の最も大きな太陽柱の光を受けると、蒸発に似た湯気を出して失せた。その後、どこから出てきたか掴めないが、暗い家屋や通りに人影が見え、彼らは倒れている身体を起こし、動き出した。
これを見たドルドレンは、赤い水に隠されていた人々を救出したのか、と考えた。だが、何か違和感も残った。
太陽柱の輝きは直線的な攻撃しか出来ない。曲線を描かないため、振り下ろす・突くの動きに応じ、その方向へ柱が倒れるように飛ぶ。直接、彼の放つ橙色の光に触れなくても、その輝きに照らされた範囲は効果が出た。
赤い水は逃げたがるかのような動きを見せ、消される直前に波が持ち上がったが、太陽柱で呆気なく湯気に変わり、そして人々が倒れる姿がそこかしこに見え・・・彼らは動くのだが、どうも動きがおかしいのも目に付いた。
暗いので、ドルドレンには太陽柱の光が照らしている時しか、はっきり見えない。だから、町や村の人が動きも、何となくの把握。なぜか、すり抜けたり消えたりしているようにも見えた。
それに――― ドルドレンは、龍に乗っているため、目立つ。
これまでどこでも、頭上に龍が飛ぶのを見た人々は、少なからず誰かしらが気付いて声を上げた。が、ここでそれは一度もない。
助かっていると思うが・・・何か変だ、と感じたドルドレンは、魔物が人々に何かしたか、もしくは人々が『異時空』の状態ではと勘繰る。
とは言え、退治を止める理由にならず、ドルドレンとショレイヤは、赤い水を片っ端から蒸発させて移動していた。
そして一時間も立つ頃、白い龍が戻ってくる。珍しく、咆哮も上げた様子がないイーアン龍に、ドルドレンはすぐ彼女の側へ行き、『どうだった』と聞いた。
白い龍は人の姿に戻ると、伴侶とショレイヤに労いの言葉をかけ、『まず範囲ですが』と腕を東西南北に回し、どのくらいの広さまでいるかを大体教える。その広範囲に少し眉を寄せたドルドレンは『イーアンが倒したのは?』と、戻るまでに倒したかどうかも訊いた。
「倒しましたが、私が倒した場所では、人里を含んでいませんでした。外周に当たる部分の魔物で試しています」
「試す。試し優先ということは、また面倒な相手か」
「はい」
女龍にあっさり頷かれ、黒髪の騎士は肩越しに自分が『倒したはず』の場所を振り返った。見ている分には、赤い水は復活していない・・・・・ 伴侶の仕草を少し見つめ、イーアンは思うことを話す。
「急ぎで説明しますよ。ドルドレン、よく聞いて下さい。最重要なのは、倒した後が問題かもという部分」
「イーアンは、何に気付いたのだ」
「私もあなたも、『実は知らない話』ですが、続きがある魔物です」
『自分たちが知らない』の言葉で、不思議そうな顔をするドルドレンに、イーアンは推測をまとめる。
テイワグナでドルドレンが倒れ、イーアンが空にいた日々に起きた、テルムゾ村の魔物の話(※856話参照)。イーアンはその時、タンクラッドやシャンガマックと連絡して、詳細を聞いたに過ぎないし、ドルドレンに至っては体が動かなかった。
イーアンはそれを前提に『私が思うにですが』と、例外もあることを常に忘れないよう注意し、テルムゾは『植物と虫』系だった敵が、ここでは土に含まれる鉱物かも知れず、魔物を倒した後も安心できないと話した。
「鉱物派生の魔物で、更に古代種が混ざっているようです。ドルドレン、邪臭と幽鬼の他に何か知っています?」
「まだ遭っていない」
イーアンの質問に眉を寄せ、ドルドレンは腰に下げた精霊の面に視線を落とす。ポルトカリフティグに聞いてみよう・・・と面を手に取ったところで、二人は同時に真横を見た。『フォラヴ?』水色の妖精の光が、真っ直ぐにこちらへ来る。
もう終わったのかとドルドレンが呟いたが、イーアンにはそう思えず、飛び込んできた妖精に『どうしましたか』とすぐに尋ねた。フォラヴは透明の妖精の姿で、悲しそうな顔を向け『私は過ちを』と口を開くなりそう言った。
総長を縋って戻ったフォラヴは、自分が取った行動と結果を、主観抜きで報告。内容は厳しく、フォラヴが取り乱して戻ってきたと知り、イーアンとドルドレンは、顔を見合わせる。
「イーアン、これは」
「多分違いますよ。フォラヴ、まだ自分を責めないで下さい。今、その話をしようとしていました」
自分を見た騎士二人に、イーアンは早口で説明をした。自分が気付いたこと、分離させた魔物から知ったこと・・・『つまり』とイーアンがドルドレンを見上げる。ドルドレンも精霊の面を片手に、女龍の言いたいことを理解する。
「古代種のまやかし、と。人間が引っ掛かるなら分かるが、君とフォラヴは見抜きそうなものだ」
「残念ですが、センダラにも指摘されているくらい、私は見抜けていません。条件があるのかもしれないですが、今のフォラヴも、もしかすると『見抜いていない』と言えます」
とにかく、と女龍は腰に手をあてがい、さーっと暗い下方を見渡し『大元の捕獲と、状況の確定です』とし、ドルドレンに、精霊に聞いてほしいと頼んだ。
手にした面を顔にかけ、ドルドレンはポルトカリフティグに『古代種でまやかしを持つのは』と面の内で囁く。
目の穴を通した風景に、イーアンとフォラヴが消え、代わりにテイワグナの熱気に見た幻が映った。
日中の炎天下に乾いた、砂塵舞う大地は、テイワグナそっくりだが、奇妙なことに空気が揺れる度に針葉樹と雪が切れ間に見えた。これはアイエラダハッド?と気づいたドルドレンの耳に『幻影しかない邪がいる』と精霊の声が教える。
一度現れると、人の恐れを辿ってどこまでも広がるが、襲った人間の意識が消える―― 恐怖心が途絶える ――なら、そこで拡大を止める。襲われた人間の意識が戻らず息絶えたら、幻影も離れると言う。
『ドルドレン。古来、化け影と呼ばれたこれを倒す時、影を落とす元を断つ』
「影を落とす元、とは。非常に広い被害が出ている。どこかに中心があるのか」
『影が伸びる方に、元はいないもの。元は影濃く、前に人間、後ろは何もない』
謎かけのような精霊の声は、ドルドレン以外に聞こえない。なんだそれは、と止まったドルドレンの視野から、映されていた風景が消え、自分を見つめる二人の顔が見えた。
「総長、『影を落とす元』と仰いましたが」
目が合ったフォラヴがすぐに質問し、ドルドレンは問答が終わったとみて面を外すと、自分の声だけは二人に聞こえていたことから、ポルトカリフティグが教えてくれた内容を彼らにも伝えた。
「ドルドレンが『中心』と言ったので、真ん中かと思いましたが。精霊の解説だと、どこか一方ですね」
イーアンが察して、腕組みしたまま首だけ回す。それから、見てきた外周の状態で一致する方に『あっち』と呟く。同じ方を見た騎士たちは『向こうに大元が』とイーアンに聞き、イーアンも小首を傾げた。
「あるとすれば、あちらです。ドルドレンはこの地点から山裾へ向かう動きでした」
「いかにも」
「山裾に、本体があるかもしれません。私が直角でこちらへ最初に飛んだ先は森林で、森から出てきた感じはせず、赤い水も点々と離れていたのです。
そこからぐるりと周回しましたが、フォラヴが担当した向こうも同じです。赤い水は、外周に近くなると間隔も距離も広くなり、それ自体が縮小している気がしました。
片や、ドルドレンが担当したこちらは、赤い水一つ一つの面積があります。密度も高い。山側はもっと密集していました」
「イーアンは、外周で、一ヶ所以外に退治は」
「いいえ。状況確認と報告を先にしました。報告後、倒しにかかる予定で」
言いながら、女龍は山裾をじっと見て『方向が分かっただけでも有利です』と頷く。それから、フォラヴに向き直り『あなたが見た恐ろしい状態は、幻影の一つである可能性が大きくなりました』と安心させた。
「ですがもし、本物だった場合は」
「私はそう思えないです。いいですか、町や村がここまで集中的にある、これも変ではありませんか。
デネヴォーグ周辺でさえ、それぞれ離れています。それが中南部の、大して道も多くない地域で、この数の人里が集合するのは奇妙に思います」
『地図でも、こんなに密集している印象を受けた場所はないですよ』と言われ、騎士二人は目を見合わせる。
伝えたいことを二人が理解したと感じ、次にイーアンはショレイヤの金色の瞳を見た。龍は静かに女龍の心の声を受け取り、イーアンは藍色の龍の声なき返答に頬を撫でる。
「ショレイヤは、ドルドレンの邪魔をしません。『赤い水として魔物がいる』のは事実ですから、ショレイヤは手伝ったでしょう。でも赤い水に覆われた全ての人里が、現実ではないことに気付いています」
「では、この町や村が既に」
驚いて口を挟んだフォラヴに、イーアンは軽く頷いて『それも変ではない』と答えたが、真実はそこと二人の騎士には聞こえた。
お読み頂き有難うございます。
仕事と皮膚炎の状態で昨日は急いで休みを頂きました。
皮膚炎は毎月繰り返し、症状が酷い時はお休みを頂くため、いつも来て下さる皆さんに申し訳なく思います。
まだ悪化するとまたお休みするかもしれませんが、その時は早めに連絡をします。
いつもいらして下さって本当に有難うございます。本当に、心より感謝して。




