228. ギアッチ先生の指導会
ハルテッドは大泣きして、この顔で会議室に行きたくないと言うので、ドルドレンは事情を統括ステファニクに話し、ハルテッドは部屋に案内してもらった。終わったら呼びに来る、と告げて、ドルドレンとイーアンは会議室へ向かう。
「ハルテッドは。ベルもだが、アジーズと仲が良かった。俺はアジーズの子供たちが生まれる前に、馬車を離れたから知らないが、多分、あの兄弟はアジーズの子供たちが生まれた時から側にいただろう」
イーアンの肩を抱き寄せ、『君が助けてくれたんだ』ドルドレンは静かに礼を言う。イーアンが何かを言おうとした時、会議室の前にいたトゥートリクス兄弟が声をかけた。
「皆、もう待ってますよ。ハルテッドは?」
ハルテッドは知人に会って、少し時間が必要であることを伝えると、兄弟は頷いて『では先に始めましょう』と二人を促した。
会議室の中はかなりの人数が入っていて、この前よりもずっと、ぎゅうぎゅう詰めに見えた。ギアッチが壇上で手を上げて、イーアンと総長が横へ行く。
ステファニクが最初に短い挨拶をして、今回は講義ではなく、遠征における戦法の捉え方、それに必要な状況判断についての指導会であることを話した。
前回引き続きで、南西のドラザン・レッテが前に出て、講師の北西支部ヴェリミル・ギアッチを紹介をする。
「彼は教師に就いていた経験のある、優れた講師だ。彼の話を聞いてから、詳しい情報を求めるように」
ギアッチが挨拶をする。続いてレッテは、イーアンを紹介する。
「前回はイーアンが直に説明した。だがそれは講義の状況だったので、今回はギアッチの話の解説でお願いした。まだ彼女を知らない者もいるだろうが、北西の遠征は、最近彼女が」
「軍師だ」
真横でどかっと椅子に座ったまま、総長が短く言い切った。イーアンはちょっと首を振りながら『そこまで請け負っていません』と呟いた。
ギアッチがハハハと笑って、『じゃあね。始めましょうか』そう言って上着を脱いだ。ザッカリアは、トゥートリクス兄弟と一緒に前列の席に腰掛けて、ギアッチを見ていた。
「どの話を参考にすれば良いかな。希望はあるの?」
ギアッチがレッテに訊ねる。『印象的なのはツィーレインの奥と、クローハル隊長の時の同行で行った、洞窟の飛ぶ魔物ですね。この前のイオライ・カパスもかなり衝撃的でしたが、とりあえず騎士たちだけで追いつく範囲です』龍は抜きで、と言う意味かとギアッチは了解した。
イーアンをちょっと見たギアッチは『私。洞窟の魔物、知らないんですよね』と小声で言う。『ではそれは私が』イーアンは後半の話を受け持つ。あれはハルテッドがいてくれたんだ、と思い出す。
うん、と頷いて、ギアッチはツィーレインの奥の谷の話から始めた。
「総長がこの前お話してくれたと思いますから、大体は端折りますよ。今回は『なんで・どうして』の視点で進めますから、まずね、イーアンが状況を捉えた時の話をしましょう」
いきなり丸ごと聞くと、常人離れしてるって引けちゃうからね・・・とギアッチは笑う。会場もちょっと笑っていた。同じように思っている騎士が多いと分かる。
「ええっとね。毎回そうなんですが、イーアンは最初に、ある程度の情報を集めるんですね。ツィーレインの奥の谷は、先に北の支部が遠征で出ていましたから、彼らに話を聞いたり、彼らの状態を見るところからです」
「非協力的で、全然タメにならない情報だったがな」
総長が無表情に口を挟む。苦笑するギアッチに、会場も笑う。『チェスがね』とレッテが下を向いて笑った。
「そうですね。それでも、よく見てるとあるんですよ。人から聞く情報は一つじゃないほうが良いですね。同じ対象を話してても、全然受け取り方が違うでしょ。だから出来るだけ沢山の人に聞けると、共通する何かが出てきますよ。
情報って、観察も大事です。イーアンは魔物の被害を聞いてから、魔物が、どんな形・どんな攻撃・どこに棲んでる、そこから考えます。それから大体の察しをつけて、仮定を立てていくんです。
これはイオライの岩山でも同じでした。最初の遠征ね。どんな魔物かをまず大体、彼女は大まかに見てます。それから、時間があれば状況を ――これはね。現地のことです。現地で何があるか、どんな場所で何が出来そうかを、いくつも探ります。あの洞窟のね、飛ぶやつなんか、こんな感じだったんじゃないかな」
そうですか?とギアッチがイーアンに振ると、イーアンは『そうです』と答えた。
「今の話に当てはめますと、谷の川の魔物には時間がありましたから、魔物を囲む環境を利用出来たんですね。時間がないのは洞窟の魔物のほうかな。その場で倒すというか」
「どちらも、最初に情報を集めてるんですよね。それはでも、どこの隊もやってると思うんです」
弓部隊のバルトール・ティモ隊長 ――金髪で黒い眉毛の黒い瞳。ちょっとおでこが禿げ掛かっている48歳 ―― が、軽く手を上げて意見を言う。ギアッチは先を促す。
「情報の集め方が。何か違うんではないのかな。報告書を見ても見当付かない事、多いかなと。現地へ行っても似たり寄ったりの、街道とか森とかね。牧場とか山とか。そこで情報を見つけることを想像しても、今あんまりピンと来ないんです」
「イーアン」
総長がティモの意見を聞いてから声をかけた。イーアンが振り返ると、総長はちょいちょいと手招きする。近づいたイーアンの腰を掴んで、よいしょ、と膝に乗せ掛け、全員の視線が同時に突き刺さった(※腰を掴まれた本人も目を丸くしてびっくり)ので・・・手を止めてから、咳払いして普通に続ける。
「南の。報告書はないが、あれはどうだ。あれなんかほら、イーアン一人で倒しただろう」
「そ。そう、ですね。あのっ。では。ギアッチに話します」
若干、引き気味で作り笑いのイーアンに全員が同情する。赤くなりはしないが、平静を保とうとしてギクシャクするイーアンに、ギアッチも何も見なかったように『何ですか』と訊ねてくれる。
簡単に南の支部で起こったことを伝えると、ギアッチは感心して『こりゃいいですね』と手を打つ。
総長を睨みつける多くの騎士の目を逸らすために、ギアッチは一際大きい声を出す。『はい、いいですか』ちょっと両腕を上げて全体の視線を自分に戻すと、『今、面白い話を聞けましたよ』ニヤッと笑って話し始めた。
総長は何にも気にしないで、そっぽを向いている(パパ似)。
「イーアンはね。ここへ来る前に南の魔物を倒しています。年始になったら報告書が上がるでしょう。
4日間、人手がなくて動きが取れない南の支部は、日夜見回りをしていたようです。その魔物の被害が家畜襲撃で、牛を食べてしまったらしいんですね。それを町で聞いたイーアンと総長は南に資料を見せてもらいに行ったと。
で。イーアンは被害内容と、出没した地域の地図を見ることが出来ました。あれ、彼誰だっけ。赤毛の」
「ベレンだな」
「そうそう、ベレン。隊長の。彼はイーアンに、同日に上がった2枚の報告書の距離に『これだけ離れていると魔物は1頭じゃない』と意見を伝えたそうです。
でもイーアンはよく見て気がつくんですよ。距離が離れているけれど、何かが共通しているのを。この場合、時刻と同じ川の側。つまり、川上と川下だったらしいです」
「南は牧草地と山とか丘だらけだろ。南の支部の辺は」
ステファニクが総長の反対側の席で、ギアッチに質問する。ギアッチは頷いて『見た感じの印象はね』と答えた。
「ここからなんですよ。地図を見て、イーアンは『川がいつも側にある』と思うのですね。これがヒント。
ベレンは土地の人だから、川があったら当たり前。南は支流が多いので、そこで育つとどうしても当たり前の感覚が邪魔するでしょう。
だけどイーアンは知らないから、襲撃された農家さんの特徴に、まず川が近いことを見つけるんです。その後、川上と川下の限度にも気がつくんですよ。そうすると、幾つかの条件が出てくる」
南の地図、ありますよ・・・とウキンが大きい地図を持ってきて、ギアッチの後ろの壁にかけた。
有難うね、とギアッチがお礼を言って、イーアンと総長に場を譲る。
イーアンがちょっとドルドレンを見ると、ドルドレンは覚えている範囲で報告書に上がった農家を指し示した。
「これは俺が一緒だったから、俺が説明しよう。イーアンは報告書の範囲を印をつけて、そこにどんな条件が見えるかを暫く考えていた。そしてすぐにベレンにこう言った。『今夜はここだ』と」
地図を見ている騎士が、戸惑うようにざわめく。隊長たちも顔を見合わせて、何やら話し合う。ギアッチは腕組みし、片手で顔を擦りながら面白そうに続きを待っていた。
「イーアンはその後、夕方まで報告書に上がった農家を調べて回る。ベレンが一緒だったから、許可をとりながら牧舎と川までの距離や、川の幅や水温を確かめた。
それから、もう夕方になった頃か。イーアンは自分が予想した場所へ行きたいと言う。俺はその夜の確認かと訊ねたが、彼女は『今、倒す』と言った」
言い方がドラマチック。イーアンは他人事のように聞いていたが、段々こっ恥ずかしくなってきて下を向いていた。
会場が盛り上がっている。『おお』とか『ホント』とかざわざわしている。
ドルドレンは我が事のように胸を張って、どうだ続きを知りたいだろう、と言うように誇らしげだった。
「彼女が示した場所は山際の農家だった。小さな小川が側を流れていて、川の幅はせいぜい2m程度だ。
そこへ行くと、イーアンは川の中を見つめて立っている。俺もベレンも水中を見たが、最初は何だか分からなかった。だがそこには、とんでもなくデカイ黒い魔物が川底を埋めていた」
フフンと間を作ったドルドレンは、一息吸い込んで話を続ける。
「イーアンは自分で倒すと言うので、危険だからと俺たちは止めた。作戦をベレンが聞くと『ない』と答えるのだ。刺激して出てきたら倒す、とそれだけだ。
実際にそうなった。俺たちを下がらせて、イーアンはソカを使う。川に爆発物を投げ込んだと思ったら、ソカでそれを打ち、魔物の背中を傷つけた。魔物は立ち上がって、イーアンは水に濡れながらソカを振るい、魔物の首を落とした」
『イーアン。ソカを』ドルドレンがさらに場を盛り上げるために、余裕綽々の微笑で腕をドラマのように伸ばす。恥ずかしながら、イーアンは腰に着けていたソカを渡した。『あら。ソカ使えるようになったんだ』ギアッチが楽しそうにイーアンに言う。
「これだ。彼女のソカは。彼女が作った。これまで倒した魔物の体で、この武器は出来ている」
会場の盛り上がりは絶好調。一気にワッと湧いて、『魔物の体』『魔物製か』『なんだあれ』『見たことない色だ』『すげえカッコイイ』わらわらと近くに寄ってくる好奇心の強い騎士もいて、隊長たちも腰を浮かしながら、総長が両手にすーっと伸ばしたソカを見つめる。
「恐ろしい武器だ。そんじょそこらの武器じゃない」
さあ、返そう・・・ドルドレンはイーアンに仰々しくソカを戻した。イーアンは謹んでソカを受け取る。
以上だ、とドルドレンは余裕の笑みで会場を見渡す。総長ではなく、イーアンに視線が注がれる。期待と反したので、総長はちょっと寂しかった。
「いやぁ面白いや。そうなんだ。お疲れ様だったんですね! はい。では、話を戻しましょうね」
ギアッチはそう言って手をパンパンと打つと、自分に注目させる。そして最初から話している、魔物の情報と、魔物のいる場所を仮定した周辺環境の大事さを教えた。
イーアンを壇上へ呼んで、ギアッチは南の支部の隊長と同じような質問をした。
なぜ、川を移動する魔物と思ったか・・・とか、何で下流へ行かないと判断したのか、とか、どうしてその大きさで狭い川にいるのかとか。それらをイーアンの視点から説明し、イーアンは『実際はどうか、分かりませんがそう思う』と付け加えた。
ギアッチは全員に、次に遠征に入る時、少しずつ見方を練習することも取り入れると慣れるかもしれない、と話した。
フムフム聞いている統括が、手を上げて意見を言う。
「明日。それこそ年末最後の仕事なのだが。イーアンと総長に同行を願って、遠征へ出る。明日の遠征は龍を使うらしいが、そこへ至るまでのイーアンの考え方を聞かせてもらって、今この話を聞くと理解できる。一緒に行きたい者は着いて来ると良い」
それは、と騎士の半分くらいが手を上げた。年末は休みたい組と、年末は飲んでいたい組と、実際に飛び入り受講が面白そうの組が出来た。
半数が後者であることに、隊長たちは嬉しく思った。堕落した騎士を一瞥し、『ではせっかくの機会だ。明日の8時に出る』統括が満足そうに話を〆て、ギアッチに礼を告げた。会場から拍手が送られた。
イーアンと総長にも拍手が送られて、ザッカリアがギアッチに抱きついていた。
「それでは今回、初の戦法指導はここまでだ。次回は図説と実際の訓練だ。以上。ご苦労だった」
統括ステファニクの挨拶で、年末会に移行する南西の支部。
お読み頂きありがとうございます。




