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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2279/2965

2279. 次の五日間 ~魔物退治分担・有翼種の赤と青『まそら』の貢献

 

 西の解除の巌まで出掛けたものの、結果は謎々のような一言で終わった。


 夜遅くに戻ったイーアンとタンクラッドは、館で起きて待っていたドルドレンたちにこれを話し、タンクラッドは明日イングの同行も考えていると話した。



 話していると、イーアンはフォラヴが戻って来る気配を感じ、『彼は護衛に出て帰っていない』連絡もなかった、とドルドレンが言うので、何かあったかとフォラヴを迎えに空へ出た。


 妖精の姿で空をこちらに進むフォラヴを見つけ、イーアンはびくっとした。彼の腕に抱えられた、魔物の姿。でも、あれは魔物ではない。もう息絶えていて、大きな体を装甲版のような鱗が覆っていた。


 自我を持った魔物だったのでは、とイーアンは気付いた。側へ来たフォラヴが『材料にしましょう』と持ち帰った魔物を傾けながら、今日センダラに会った経緯を話す。彼はセンダラと『分担』して、南まで出かけていた。


 最後の場所の退治で()()を見て、魔物材料になる気がしたから持ち帰ったらしく、イーアンは労う。

 心の中は、出来るだけ魔性をなくした魔物は助けてあげたい気持ち・・・だが、思いはあれもこれもと頭をもたげるものの、イーアンはそれを言わず、フォラヴと共に館へ戻った。



 これを挟んで、翌日からのイーアンの行動も変わる。

 フォラヴはドルドレンに今後に備えて、自分だけでも魔物退治に出掛けたいと頼み、センダラに言われたことも併せて伝えたので、ドルドレンは()()()()()()()ようだが了解した。


 イーアンの翌日は、タンクラッドとイングが出掛ける用には同行せず、自分も魔物退治へ出ると伝えた。自分以外の仲間・・・コルステインもセンダラも、今はフォラヴも。大きな力を使う仲間が魔物を倒す中、彼らにはお願いできない―― 自我を持つ魔物を救う ――ことは、自分が動かないといけない。


 倒されている方が圧倒的に多く、見つけ出して救う数は微々たるものと承知しているが、自分が見つけたら保護したい。見回りの範囲はいなかったので、もっと離れた場所まで出ようと決めた。



 ドルドレンたちの見回りが、デネヴォーグ中心にその周囲。イーアン、フォラヴの二人はもっと遠くへ。フォラヴは完全に別行動決定。

 イーアンはドルドレンに『何かあればすぐに呼んで』とお願いし、瓦礫の撤去や応援が必要な時は、出来るだけ早く戻ると約束した。



 *****



 イーアンの『魔物退治前提・自我のある魔物救出』は、思わぬ形で報われる。



 倒し方は、魔物をいっぺんに消すではなく、頭を使って連鎖で仕組み的に倒す方法にしたので、時間は掛かるが探す相手を見つけるには安心。


 だが、人里を襲っている魔物の場合だと、四の五の言っていられない。倒し方は、魔法を混ぜたデネヴォーグと同じ方法に切り替えた。とはいえ、魔法を使う気がかりはあり、龍気の使用量と時間が増える。小石があっても、側で呼応が出来る龍が控えているわけではないから、人里で一刻を争う以外は使わなかった。


 二つの『時間をかけて倒す方法』はイーアンの願いを叶え、ある日、自我を持つ魔物を二頭見つけ、救い出すことが出来た。


 イーアンは二頭に自分の気持ちを伝え、それから保護してくれるダルナを呼ぶ、と話すと、スヴァウティヤッシュを呼び出した。黒いダルナは、イーアンに軽く挨拶し、引き渡される相手をちらりと見ると『これは預かる』と、まず引き受ける。


「それで。『俺を次に呼んだ時』前回の覚えているか。()()()()を連れてきたら話すか?」


 イーアンもそれを思っていたので、すぐに頷く。こうして、変質魔物を連れスヴァウティヤッシュが一度消え、また戻ってきた時、彼は赤目の天使ブラフスと、青い翼の天使を連れて来た。


「ブラフス。元気でしたか」


「元気も何も、()()()()()()に関係ないだろう」


 イーアンの挨拶に水を差すダルナ。まぁそうね、と笑顔が真顔に戻ったが、赤目の天使は側へ来て、イーアンの角を撫でる。自分を気遣ってくれた、と理解したブラフスは、イーアンの微笑にちょっとだけ頷いた。


 ブラフスは後ろを振り返り、俯きがちに縮こまる青い翼を、イーアンに紹介する。ブラフスはタンクラッドに名を()()()が、青い翼に名前はない。ほんの少しだけ、前に出て、おどおどした感じで顔を忙しなく動かす天使・・・・・


 イーアンもこの青い翼の天使が、私を訪ねて魔法陣に来た、と魔導士に聞いたことがあるが、それきりだった(※2059話参照)。

 最初、洞窟で遠目に見たのは覚えている。こうして間近に見て、全身に青い要素があるんだ、と驚いた。青紫がかる髪は編んでまとまり、肌の色は少し赤味が入った薄い青。紫とも違う。翼は真っ青だが、光の加減でターコイズにも紺にも見えた。


 その目は――― 唯一、目だけが。



「見えていない?」


 目に、眼球がなかった。瞼の内側は空洞で、そこが空っぽである影もつく。


 不思議な印象だが顔立ちはどことなく幼く、恐くはない。見えていない?とイーアンが聞いたのは、眼球がないこともあるが、こちらを探しているような顔の動きをするから。


「私はここです。気配は伝わりますか」


「分かる」


「良かった。怖がらないで下さい。私はあなたに何も危害を加えません」


「大きい力が出てる。どうして、どうしてこんなに沢山、力が出ているの」


「・・・龍気?」


 会話を止め、イーアンは黒いダルナに『龍気がきついですか』と確認。首を傾げるスヴァウティヤッシュは、青い翼を鉤爪で指差して『この世界の龍やら精霊に、()()()()()()んだ』と、それが理由で過剰に感じていると教えた。


『ずっと隠れていた』その話もちらっと聞いて、イーアンは了解する。龍気を可能な範囲で弱くして、青い翼に大丈夫かと訊ねた。龍気が強く感じた相手は、怯えていたのだ。青い翼は何度か小刻みに頷いた。



「イーアン。私は消えたくない」


 頷いたすぐ、話したかったこと―― 願い ――を真っ先に口にした青い翼。イーアンは、ハッとして頷く。魔導士に託された伝言に、日を経て向かい合う。


「はい。でも私にその許可は選べません」


「『貢献』すると、消えないと聞いた」


「そうです」


「ずっと昔。私は人間に()()()()。天空の椅子を失くした。どうして」


 青い翼の言葉に、グッと言葉に詰まったイーアンは、苦い唾を飲み込む。これは、『堕天使の話』と気づき、つまり『貢献したために追われた立場で、また貢献を求められてどうすればいいか』、と訊きたかったのかと理解した。


 何か言わねば、と口を半開きにして悩むイーアンに、目のない顔がしっかりと向いて、両手で自分の頬を挟む。


「天空の椅子を追い出されて、私の目は落ちた」


「なんてことが」


 それが理由で目が消えた、青い翼。二度と何も見せないような罰を受けたのか。ぞくっとして、イーアンの視線は横にいるブラフスに動く。ブラフスは・・・何かあったのだろうか。真っ赤な澄んだ目は女龍の視線を受け止め、自分の額と鼻の辺りに片手をかざす。まさか、と目を見開くイーアンに、彼は『顔が()()()』と答えた。


 額が出ていて、鼻がないブラフス・・・つるんとした感じの、元からこうした顔なのだと思っていた。鼓動が早くなり、イーアンの心に怒りや悲しみが沸き上がる。歯軋りしそうな怒りを抑え込み、イーアンは大きく息を吐いた。


 なんてことを。罰とは何か。無理に押し付けた立場で飽き足らず、取った行為に罰まで加えて見せしめにしたのかと思うと、腹が立って仕方ない。


 堪えた感情に肩が大きく上がり下がりする女龍を、じっと見つめるスヴァウティヤッシュは、女龍の怒りを理解する。彼女は、自分たちのために怒っていることを。



 イーアンはどうにか自分を抑え込み、一回目を強く閉じてから開けると、ブラフスを見てニコッと笑った。


「潰れたなんて思いませんでした。あなたは優しいお顔です。私はあなたが好きだし、タンクラッドもあなたが好きです」


 ブラフスの曇りガラスのように少し透けた大きな翼が動き、イーアンの顔に翼の先の長い羽が当たる。ちょんちょん、と突くように羽が女龍の顔に触れ、イーアンは笑顔のまま『あなたは美しい』と伝えた。


 それから、青い翼に向き直り、ブラフスの伸ばした羽先を撫でながら、『青い翼のあなたを、まそらと呼んでも良いですか』と訊ねた。目のない顔がじっとして、まそら、と繰り返した。


「そうです。私の・・・私の国の言葉で、あなたのその素晴らしい青の色をそう呼びます。高い空の色です。でももし、あなたが嫌なら、違う呼び名を」


「まそら」


 遮った青い翼は、ちょっと唇を開いて、もう一度『まそら』と呟く。イーアンは頷いて『()()()()()は、真の空の色、と文字に書きます』と教えた。自分の国は、文字に幾つもの意味を持ち、声にする言葉にその意味が籠る、と言うと、青い翼は女龍に近寄って、腕を伸ばし、女龍の両腕を触る。


 触らせるままにして、イーアンがじっとしていると、少しずつ手は上がって、イーアンの螺旋の黒髪を揺らし、紫がかる白い頬に触れ、見つめるイーアンに見つめ返すように顔を近づけた。



「イーアンが付けた名前」


「そうです。まそら、いい名前ですよ」


 まそらと呼ばれ、青い翼は少し微笑む。その微笑みに、イーアンの我慢していた涙が落ちた。

 イーアンがぶるっと震えて涙が伝った頬に、まそらの薄い青い指先が添えられ、涙を掬う。目はなくても見えている天使は、女龍に微笑みを向けたまま、そっと額に額を合わせて『どうすると、貢献になるのか』と静かに尋ねた。


 額を合わせたまま、イーアンは正確に、誤解がないように、慎重に言葉を選んで伝える。


「私たちの魔物退治を()()()()下さい。魔物を倒さなくても良いです。スヴァウティヤッシュみたいに、私が頼みたいことを手伝って下さったら、それも貢献です。無理は言いません」


「まそらの名前は、失くさない?」


「絶対に失くしません。誰が奪おうとしても、私がそんなことを許しません」


「貢献してもダメだったら」


「まそらは、まそらです。存在の行方について・・・約束は出来ませんが、貢献して下さったなら、それを私は肯定します」



 少しの沈黙。額を離したまそらはイーアンから一歩下がり、大きな真っ青な翼を広げる。どう思ったかな、とイーアンが何も言わずに少し心配して見ていると、ブラフスがすぐ横に来て、イーアンの顔の前に片手指を開いてかざした。


「ん?どうされました」


「見ると分かる。()()()()見る」


 何を?と目の前に片手を広げられたイーアンは、聞こうとして、ブラフスの指の隙間に見えたものに目が止まった。大きく開いたまそらの翼、その翼の輪郭の内側が。


「これは。この国?」


 翼の内側に、国が映る。戦争中のような風景だが、左の翼で荒れ果てた国の一部が、右の翼で魔物の群れが映っていると気づいて、イーアンはギョッとした。


「もしやこれは、今ですか?どこで」


 思わず叫んだイーアンの腕を、ブラフスはトンと軽く叩いて、続きを見るように促す。

 戸惑うが、イーアンは顔の前の片手指の隙間に視線を戻し、あの土地は一体どの辺だろうかと考えながら・・・不安な顔は、真顔に変わった。



「へぇ。そんなことするのか」


 イーアンが愕然とする後ろで、同じ光景を見ていたスヴァウティヤッシュが呟く。長い尻尾と翼を立てて、浮かせた体を揺り椅子のように揺らし、鉤爪の指を、まそらにちょっと向けた。


()()がお前の力?」


「力の一部。私の翼に映るなら、そこは『私の下』」


 言葉を失うイーアンは、このやり取りを聞いてもピンと来なかった。

 何が起きたのか・・・まそらは、どこかを襲っていた魔物の群れを翼の画面に映し出し、その画面に手を下した。そこまでは合っている。だが、何をしたら、魔物が()()()()()のか。



「まそらは、魔物を作っている()()()()()()んだ」


 絶句しているイーアンに、黒いダルナは自分が理解した、青い翼の力を教える。

 凝視する女龍の目に映ったものは、魔物が一瞬砂に変わり、それから消えた様子。


 遠目で見ている具合の場面では、消えただけに見えたが、その後、消えた場所で何かが動いた。それは起き上がり、動物が現れ、また倒れる。食器が割れるような壊れ方に続き、赤黒い石が土の上にワッと湧くと、これもまた色を失って崩れて、一連はここで終わった。


 イーアンには、これが『分解』に見えた。実際は何が起きたのか、すぐに分からなかったが、スヴァウティヤッシュの説明で、『分解』に近からず遠からずと知る。



 ブラフスの手が下ろされ、同時にイーアンの目に見えていた光景は、青い翼から消える。

 こちらに向いた目のない顔に、イーアンはぼんやりと頷いて『あそこに・・・もし、魔物ではない魔物、と言いますか。それがいたら』と訊ねると、これにはダルナが答えた。


()()()()()だろ」


「え?分かるのですか」


「いたら、『やらない』よな。お前がこれを見せたのは、()()()()()()だよな?」


 そういうことだよなと青い翼を見たダルナに、まそらは『貢献を』と微笑んだ。


 その微笑みは柔らかく優しく、憐れみに満ちる。魔物の群れを元から崩した力の持ち主、その微笑み。これが堕天使かと、イーアンに恐れを刻み込んだ。

お読み頂き有難うございます。

まそらとイーアンのスケッチに、色を付けたので、紹介します。



挿絵(By みてみん)

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