2278. 次の五日間 ~別行動フォラヴ、見据える交代・西の指輪の在り処
フォラヴがセンダラに注意され、光の粒を受け取り、連絡が可能になったことから、彼は自分の動きを見直した。
妖精の姿にならないと、飛行には龍を必要とするため、センダラの言う『妖精姿にならなくても倒せる』流れは実行に難しいが、妖精状態で力の使用が嵩むことさえ忘れなければ、一日くらいの都合はつく。
デネヴォーグを中心に見回る役目も、魔物製品製作に取り掛かった状況を守るためではあるが、総長とロゼール、ザッカリアがいるなら、一人抜けたとしてもそう問題はない。フォラヴは、センダラの言葉『分担』を行動に移すと決め、総長に許可を得た。
イーアンはフォラヴの要望も、センダラの意見も、これから際立って結果を見せると思った。
ドルドレンもそうは思ったが、・・・センダラを知らないということもあり、『彼女の意見を受け入れた』フォラヴに、ずっと彼女に引け目を持っていたらしき彼が応じたことが気になる。
それは本当にお前の気持ちか、と確かめたかったが、行動自体は間違えではないので、思うところは胸にしまい、部下に了承した。
総長にも許可を得て、フォラヴは翌日から動き出す。センダラを呼び、自分がどこを担当すべきか相談し、一々痛みを伴うキツイ物言いを受けながら、彼女と重ならない場所へ魔物退治に向かった。
フォラヴは一人でどうにもならない現場に、度々遭遇しては悩んだが、センダラならどうするだろうと考え、出来るだけこれまでの自分の癖を気にしないようにした。それでも無理かと、焦った時だけ・・・センダラを頼るのは選ばなかったが、人の姿に戻って龍を呼んだ。イーニッドの力を借りて、フォラヴはどうにか対処し問題は片付けた。
この経験が連日重なると、今まで、皆で対応していたのは何だったのだろう?と、幾度も感じた。自分一人でもどうにかなる―――
あんなに手こずっていた理由。人数が多いのに、どうして手こずっていたのかと、ある夜の帰りに考えた。そして、『いつも普通に気にすること』が阻害していたと理解したが、釈然としなかった。
人々を気遣う・仲間の属性を気遣う・自分の範囲を守る・・・・・
これらが、足を引っ張り、魔物退治の制限をし、動ける場所を定めていた。
町民や村人を気遣うより早く動く。『誰かを守る』のではなく『敵を倒す』を優先する、目的の変更で得た結果は、見える結果『犠牲者の少なさ』を教えた。
センダラの言っていた全てを、自ら、新しい視点で見つけてしまった事に、フォラヴは『この解釈では、何かが違う』と感じ、発見は蟠りとなって心に食い込む。だが、かといって止まりはしない。単独の魔物退治は、軋む心の音を聞きながらこなす。
―――フォラヴにも、目的がある。センダラが伝えた、『魔物の限度』。
アイエラダハッドでどれくらいの魔物が出ているかなんて、誰より倒しているイーアンやコルステインでも数えていないだろう。
だが、確実に『限度』を迎えるのだ。センダラはそう言った。女王も、この国ではそうだと話していた(※1746話後半)。
古代種や分裂も魔物の数を助長するが、元々あった『一つの国に』の制限、その条件は生きている。
「私がいつ、センダラと交代するのか。私に分からない。でも」
アイエラダハッドに来たすぐの時、妖精の女王にセンダラとの接触を避けるように命じられていた(※1746話後半参照)。あのことも――
あの日、ピュディリタが見通した声―― 『フォラヴ。あなたが力を操れるようになれば、センダラとの交代の時期は自ずと、設定された時まで引っ張られるでしょう(※1769話参照)』 ――彼女の言葉はいつも、弱気を立ち直らせた。
今になってじわじわと感じ取る、センダラとの接触が時期を早める影響を持つ可能性。
妖精の国の都合も、アイエラダハッドに魔物が溢れ出した状況も、自分たちの交代も、いつ来るか。
「一日でも多く。私は後悔しないよう、動こう」
この思いから妖精の騎士は、幾重にも絡まる複雑な心境を抱え、退治に向かう。
力の消耗は避けられないので、夜間は妖精の国で力を補充し、日に一度は仲間に報告し、日中は日が落ちても退治を続けた。フォラヴはセンダラと会った日から、皆が心配するほど、寡黙で無表情に変わって行った。
*****
話は変わって、イングから『西のもう一ヶ所』その事情を聞いた後の、イーアンは。
その日の午後に、タンクラッドと二人で、西の指輪のある場所を探しに出かけた。
今回、タンクラッドは慎重で、見回りに出ていたドルドレンを呼び戻し、彼が西の家族に聞いた地点を地図で確認し、ドルドレンが完璧に覚えている歌の内容を、もう一度直に聞かせてもらい、それから女龍と共に出発。
「あれだけの長い内容を、よく忘れもせずに復唱するもんだ」
ドルドレンの主観が入っていない『聞いたままの歌を通訳で』教えてもらったタンクラッドは、情報としての純粋で正確な状態を維持する馬車の民に、改めて驚く。
「ドルドレンが言っていましたが、アイエラダハッドの馬車の歌を覚えた理由に、付き添ってくれた精霊ポルトカリフティグの力もあったのでは、と」
本人も意外そうでしたよ、と話す女龍に、タンクラッドはちょっと笑って『何言ってるんだ、テイワグナでも覚えていたじゃないか』と流した。
テイワグナでは最初の(※ジャスールの家族)創世の歌こそ、ザッカリアの音付きで記憶したが、途中の既に死んでいた馬車の家族の歌、そして最後のサブ・フネララではその場だけ演奏付きで、ドルドレンは全部を覚えて戻ってきた。
「大したもんだ。あれも才能だな」
「お父さんもおじいさんも、歌い手だから。受け継いだ遺伝の才能かも」
他が似なくて何よりだ、と二人で頷き合う(※他=危険)。こんな冗談のような本気の会話を挟みつつ、西の二ヵ所目へ飛んだ二人は、日暮れ前にどうにか・・・目的地へ到着した。
「やっと。やっとですよ。これが、そうでしょうか」
「多分」
「どうしますか。確認したいけれど、もう夕方も終わる」
「う~・・・これほど紛らわしいとは思わなかったな」
午後に出発して、目的地まで数時間使った。
タンクラッドは人間だから、龍の速度は厳しくゆっくりだった。それでも飛べば何とやら、地図の場所に夕方より早く入ったのだが。広いと聞いてはいたものの、広さは半端なかった。
情報、『草原の真っただ中に廃都があり、遺跡のどこかに地下へ降りる入り口がある』まずこれが、一苦労。入り口は、『崩れた門が目印・門の先は下り・風吹く声がうんたらかんたら』・・・・・(※2054話後半参照)
「地下に降りる入り口だらけ」
イーアンもへとへと。機嫌の悪くなる親方への気疲れだが、考えてみれば『廃都』なのだ。
一個の町が丸ごと遺跡になったわけで、地下室を持っていた家なんて山のようにある、となぜ最初に思わなかったか。自分を責めても仕方ないが、そこかしこに『かつて、地下室に降りる階段でした』の構造があった。
下りの傾斜も目安らしかったが、これも『ここは丘だったんですね』と、見渡したイーアンの目が据わった。そう、草原自体が丘陵にあり、なだらかな丘がポコポコしているそこに、この町は存在していた(※傾斜いっぱいある)。
親方が途中で毒づいた『歌にしただけで何の役にも立たない情報』と、それは言い過ぎだろうが、しかしあまりにも大まかで、否定する気にはなれなかった。
何度、イングに頼ろうと思ったか―――
だが、親方はイングの『主従公認』を快くは思っていないため、それを受け入れた自分が『イングを呼びますか』とは言い難く、イーアンは最終手段に、龍に頼った(※身内)。
着いてすぐ戻したバーハラーをもう一回呼び、事情を話して、そしてバーハラーが空へ飛び去り(?)、二人でわぁわぁ困っていたらすぐにミンティンが来て、『ミンティン向け案件だった』と理解(※バーハラーじゃ無理だった)。
改めてミンティンに泣きついたところ、ミンティンは暫し周囲を見渡してから、二人に背中へ乗るよう示し、大喜びで頼る二人を乗せ、ずっと先の端まで移動。低空飛行でゆっくり飛んだ夕方の遺跡、過去の町で言えば、町外れ・・・そこへ降りた青い龍は、お礼を言う二人に頷くとさっさと空へ帰った。
青い龍サマサマで、ようやく『降り口』らしき場所に立った二人は、もう日が沈む茜の地平線を前に、『今から行くの?』と無言で目を見合った・・・のが、この話の冒頭。
タンクラッドは一呼吸おいて『行くか』と足を踏み出す。イーアンもここまで来たら、と・・・その前に『一応、ドルドレンに連絡しましょう』と親方に待ったをかけ、その場で連絡。ここは連絡珠が使え、応答した伴侶に事情を話し、これから異界入りかもと前以て伝えた。
「では、行きましょう」
また時間がズレる懸念はあるが、連絡しておけば。遥か昔に瓦礫となって、土に僅かな頭を出す柱や壁に囲まれた、壊れた石門を見上げるイーアン。門は壊れていても遺った部分はイーアンより高く、ざらっとした表面に薄っすら彫刻の名残がある。この石門の向こうは下り坂で、町外れのこの場所から向こう・・・点々と土に埋まった瓦礫。瓦礫の間に一ヶ所だけ、ぽかりと黒い穴が見える。
「地下に降りる入り口」
タンクラッドが呟いて門の先へ歩き出す。イーアンも彼の後に続き、二人は枯れ草と転がる瓦礫の傾斜を進み、円形に模られた井戸のような暗い穴に入った。
穴は幅があり、段の高い階段があるようだが、石の階段は非常に脆く、イーアンは親方を抱えてゆっくり飛びながら降りる。穴に入ってからあっという間に地上が見えなくなり、暗さの中にイーアンの白い角だけが光を放つ。
「風だ」
「はい。ここは・・・風上へ進めばいいでしょうか」
風が吹いてくる、と歌にはあった。慎重に降りている間に微風が来て、地面に足がつく前にこの場所が洞窟と気づいた。階段は途中から砕けてなくなり、地面は人の加工が一切されていない天然の状態だった。前後は大きなトンネルのように伸び、暗くて両端が見えない。風は一方から吹いているので、タンクラッドを抱えたまま、イーアンは風上へ進んだ。
何かあったら見逃さないように、と速度を落として飛ぶ洞窟。入ってどれくらい進んだか、無言の二人の耳に歌が届く。ハッとして顔を見合わせ『これでは』とまた前を見た二人に、歌はもう少し続いてからピタリと止み、質問の声に変わる。
『太陽の下を進む輪なら。歌に歌で答えなさい。求める道は前か後か』
ピンと来たのは、二人とも同時。これは、引っ掛け・・・ギデオン用の罠だと気づいたイーアンは、自らの立場をはっきりとした声で伝えた。
「私は龍のイーアン。三代目の女龍。時の剣を持つ男と、ここへ来た」
『龍よ。その顔を向けた前へ行きなさい』
サッと振り返った親方が微笑む。イーアンも微笑み返し、『当たり』と冗談ぽく囁いて、二人はそのまま奥へ進んだ。風の声なのか誰なのか、それは分からなかった。ただ、風は終わり、進んだ先にあの大岩が現れる。文字通り、『現れた』のだ。
「わぁ」
思わず声に出したイーアン。何もなかった暗闇に、上から砂が降り注ぎ、それは見る見るうちに一枚岩の形に変化し、巌が出現。真っ赤な絵模様が細かく絡み合う、ダルナの力を封じた巌を前に、イーアンは親方を下ろして、二人で並んで岩の前に立つ。
「さて、ここからだ」
「解除しないのに、開けるのですか」
「どのみち呼び出さないと聞けないだろう」
それもそうだけどと思いながら、役目を譲った側のイーアンは補佐的に見守る。この間、青い布アウマンネルは一言も発していない。
どうなるかと思いきや。龍気の面を顔にかけた親方が、巌に触れると同時、絵模様は動きもせず、代わりに巨大な精霊の顔が浮かんだ。
驚いて一歩後ずさったタンクラッドに、精霊の顔は唇をゆっくり開け、こう伝えた。
『力の行方は失われた。受け手はこの世に残る者のみ』
大きな唇は伝えた後にスッと閉じ、顔も薄れて巌の模様に吸い込まれる。唖然とするタンクラッドと、その後ろのイーアン。今の意味は?と二人で顔を見合わせた後・・・もう、今日はどうにもならない、と判断。
イーアンとタンクラッドは夜の外へ出る。時間のズレは生じておらず、指輪については何も知ることが出来ないまま、二人はデネヴォーグに帰るしかなかった。
お読み頂き有難うございます。




