2272. 五日間 ~雲間の村
色の変わった地面から先は、既に向こうの領域。
二度の入村は可能。出るのは一度だけ・・・了承は取ったものの、本来ならこの『二度目の来訪』は帰れないことを意味している。序に『奥から先の目的地』へも行けない。
なんてところに指輪を置いたんだ、とイーアンは恨み言を言いたくなる。置いたのは、今や私たちの間で有名な、あのメーウィック。
馬車歌に、彼らしき人物像も遺っていたことを、ドルドレンから教えてもらった(※2054話最後参照)。
メーウィックはここへ入り、わざわざ指輪を・・・とその前に、ここにダルナの巌があることを知っていたから、選んだわけで。なぜ、一介の僧侶がそこまで知っていたか。それも謎めいて、答えは闇に包まれている。
「力が戻った後、そこら中が崩れる話だが」
不意に、斜め後ろのスヴァドが声をかけ、そちらを見たイーアンは頷く。スヴァドは、自分の力半分封じられた場所を、この日まで知らなかったのもあり、イングに聞いていた解除前と後の話が、この場所に通用するのかと少し疑問が浮かんだよう。
「それは・・・私にもどうなるか」
崩れる=村の異時空界隈を脱出するのか、閉じ込められるのかの疑問に、イーアンも返答が難しい。
―――少し状況を戻し、ここまでの流れを説明。
イーアンが参加する前に、ダルナ二頭とタンクラッドは、一回ここへ来ている。
初回、親方はバーハラーから降りておらず、現地手前で『何かおかしい』と気付いたダルナにより、周辺を飛んで別の道を探したが、村の上空から奥へは飛べなかった。何かに封じられているのか、透明な壁に遮られるように進めなかった。
降りて周辺を探しもしたが『村に入らずには奥へ行けない』と分かり、散々時間を使っただけに終わる。タンクラッドが疲労して戻ってきた、一日目の理由。
二回目はイーアンも同行して、やはり周囲に変化がないので『では村に入れば変わるかも』と村に入った。イーアンもダルナ二頭も人の姿をとった。
村人に通過する用があると伝えると、異質な風貌の珍客なのに、用件内容を聞かれることなく通過を許可。
魔法が使えないと気付いたのは、通り抜けるまでの間に、山を幾つも越える必要から知った時だった。
山間の村は山脈の一部。村の奥半分は、登山状態で登り降りを繰り返すため、最初の地点でイーアンが親方を背中から抱えて浮上、ダルナも飛ぼうとして・・・魔法が働かないため、イーアンが運ぶことになった。
こうして、どうにか村の奥へ着いたものの。門を開けた人に『もしや正面ではなくて、ここを跨いだとしても出たことになるのか』と尋ねたら、そうだと言われ、四人は敷地を出る一歩前で踏みとどまった。
二度は入れて・出るのは一度。もう入ってしまったからには、出たら一回きりの免除を使ってしまうことになる。
この時、『解除後に出られないならどうするか』を考え、すぐに答えを出せなかったため、他に方法を探ってから・・・と一度帰ることに決まった。
それでまた村の中へ戻り、『今日ここへ入ったのは数えないでほしい』と、村人に頼んだが。
相手の返答は回避の態度で、イーアンたちをその場で待たせ、忘れた振りをして放置。放っておけば諦める、と思っている様子に、待ちくたびれたタンクラッドが村人をとっ捕まえて村長を呼んだ。
『イーアン・タンクラッド・精霊と約束したダルナは、世界の事情でここを往復する。今日は村の状態を知らずに訪れたため、数に入れないでほしい』、と説明した。
ムリ、例外はない、を言い張られたが、タンクラッドが交渉し続け、村長は根負け。渋々、認めるには認めたものの、『決めるのは私たちではない』と最後までそれは言い続けていた。
自分たちが了承したところで、村の環境まで動かせないから確約は出来ない・・・とした話で、それに対しイーアンは『しかし、あなた方が認めたかどうかは大きい』と、責任ある返答だと釘をさした。
馬車歌で知った『村の性質』だが、村人はこの環境を訪れた四人に、一言も話していなかった。
入る前に誰かが言うことも出来ただろうが、彼らは見ていただけで、通過したいと伝えた四人が人間ではなさそうな雰囲気でも、村の性質については伏せ、どうぞと促しただけ。
イーアンはこれを直接言わなかったが、『責任がある』と村長に告げたことで、出られない話をしなかった責任を突いた。
そうして話を付けて出てきたのが、この朝。村にいた時間は体感で二日ほど。村での飲食を危惧したイーアンとタンクラッドは、ここでは水一滴も口にしなかったため、戻ってからひたすら食べた・・・・・
そして本日、挑戦三回目。イーアンにとっての二度目―――
村人に了承を得たが、出られない可能性もある領域の懸念を抱え、四人は再び足を入れる。爆発的な変化を常に伴う解除は、自分たちや、村にどう影響するか全く予測がつかない。
疑問を訊ねたスヴァドに答えられるわけもなし、精霊がいるのだからどうにかはなると、イーアンも言える範囲でしか返事は出来なかった。
目の前の、おもちゃのような風景に緊張する。
村の家はどれも似ており、同じ素材で作った木製の建物。全て円筒型、全て半球型の屋根。円筒の棟が連結したり、平屋だったり、二階建てだったりの違いがある程度。密集しているが、平らな地形ではないため、数軒まとまって建てられ、隣はまた高さが違った。
最初の家の横に延びる細い道を抜けると、こちらを見た二三人の村人が来て挨拶をし、村長の家に案内された。
前回と同じ流れを経て、村長と挨拶し、小さな木の家の縁側っぽい場所で珍客四名は、通過事項の再確認と、これから向かうことを伝えた。村長は少し視線を合わせた後は目を逸らして、他人事のようにぼやく。
「昨日も言いましたけれど、決定は村の範囲じゃありませんから」
「そこは理解していますが、あなた方も龍相手に認めたことは、認識しておいて下さい」
逃げ道を失くすイーアンの言葉に、村長は頷かずに睨んだ。だが言い返しも否定もしないので、イーアンは表情のない顔で頷き、それを以て同意とする。
ここで『万が一』の話は出すわけもない。言えば阻まれるだけ。
阻まれるわけにはいかないのだ。精霊の指輪を集めないと、アイエラダハッドが大量に犠牲を出すのだから。
四人は黙った村長に背を向け、その場を立ち去り、村の奥へ進む。昨日と同じ道を辿り、道が崖山で途絶えた地点へ。イーアンしか飛べないので、一人ずつ村の出口へ運ぶ。
スヴァドは彼の用事があるし、自分たちも指輪という用事がある。何がなんでも・・・まずは目的地へ向かうために、出られるか。
雲間の村を消滅させる、最終手段。
つい先日、異時空から町を救いたいと訴えた自分が、今日は都合で村一つ破壊するかもしれない、この人格を疑う極端。まともに考えると、もう、頭が追い付かない。
センダラの言葉を自分に言い聞かせて、反芻して覚悟に変える。善悪の判断がぶっ壊れそうな板挟みは、これまで何度もあった。今回は、自分の意思でそれを選択肢に入れて決定する。
どうしても破壊しなくては出られない、なら。
その時は、村人を別の所に運べるか精霊に聞いて、何とか命は守れるように。彼らの後の暮らしを思うと悩むが、彼らごと破壊は出来ない。
「うん、でも。精霊が導いているのだもの」
万が一、を選ばなくて済む結果を祈って・・・イーアンは村を出る地点まで、親方とダルナを連れて行った。
出る場所に小さな小屋があり、そこを抜けると村の外。小屋には人がいて、前回この人に確認し、出る寸前で間に合った。
今回もその人は立っており、一度知った顔ぶれに何も言わず、木製の扉を開けた。この行為に『ここは出られる』と視線だけ互いに交わしたイーアンたち。
この時点で、昨日の出て行った一回分は数えられていない、と理解した。
扉は形だけのもので、低い塀が左右に渡り境界線を示すだけ。狼や鳥があっさり飛び越える高さの塀は、その簡素な見た目を覆すほどの意味を持つ。門番が開けても、本当に通るまでは緊張する。すっと足を出したイーアンは、難なく一歩を外へ踏み出した。
大丈夫そう、と振り向いた女龍に、他三名も敷地を跨いで外へ出た。
まずは、ここを通過―――
「目的が無事に済むと良いですね」
四人が外に出た後、小屋番は声をかけてから扉を閉めた。小さなバタンと立てた音は、もう村に四人が入らないような、そんなふうに思えた。
ここから、イーアンたちは細く平らな道を進む。両隣を高い岩山で壁にする小道。イングもスヴァドも人の姿をとったまま、魔法が使えないので本来のダルナの姿ではない。
解除時、全員まとめてイーアンが守れるよう、瞬間で龍に変わる予定。イーアンしか、姿と力の自由が利かない。
口数少なく歩き続ける四人の前に、暫くして見えたのは先程より大きな門だった。高さも重厚さもずっとある。黒い門は並びの壁も堅固に備え、明らかに村とは別物。
門の手前で止まったイーアンたちは、大型の門を見上げて、飛び越えるかどうかを少し話した。が、話している間に両開きの門がゆっくりと開き、顔を見合わせたそれぞれは、門の中へ進んだ。
入ったすぐに木の床で、天井のない床だけの場所。門の反対側には、屋根のある通路。左右は何もないので、皆はそこへ行った。屋根付きの通路は手前に扉はなく、奥は暗い。床は石で、通路の向こうは扉付きらしかった。
太い柱が転々と立つ通路脇、光の細く差し込む薄い暗がりから、褪せた橙色の僧服を着た男性が歩いてきて、四人に挨拶した。
「時間になったら開きます」
彼は奥の閉ざされた扉を見て教え、客人が何者かを問うこともなく、奥の扉の前まで案内した。イーアンたちも、彼の立場を特に聞かなかった。ここは、もう、そうした場所なのだと解釈するのみ。
扉の脇には、屋根にあけられた穴に背を伸ばす木があり、見れば実をつけていた。木の横には、小さな机と椅子が置かれ、机の側に戸のある棚があった。
木漏れ日の落ちる、不思議な影の濃さの中。妙に清々しい印象の光景で、男性は四人に座るよう言い、四人が切り石の床に直に座ると、棚から茶と菓子を出して渡した。
時間が来るまで少しあるからと、出してくれたのだが。
無論、怪しさから手をつけず誰も食べない。ダルナは『食べる習慣がない』の一言で済んだが、イーアンとタンクラッドは一瞬遅れた間合いから、男性が少し微笑み『警戒しなくても、これは何の縛りもない茶菓子』と教え、ここまで来たからには、外と時の流れが異なるために、腹も空くだろうと促した。
この男性は修験者に似て、じっと見つめたイーアンに『あなたは龍か』と尋ねた。はい、と答えた龍に彼も頷く。
「龍と精霊の約束は、この先にあります。村の者は知ることのない話。私は知っているから、一人ここを番するのです」
そう言って、彼は改めて茶と菓子の皿を、イーアンとタンクラッドに勧めた。
何が害を及ぼすこともないと相手に言われ、彼の様子を疑わなくて良さそうな様子から、本来出されたら食べる傾向のイーアンとタンクラッドは食べた。
これはチーズケーキだ、と気付いたイーアンに、彼は『あの実を使う』と側の木に成る実を指差した。甘さが強く、この果実を使うと体の疲労が避けられるという。
茶色いチーズケーキを見つめ、所変われば品変わるのねと、たわわな実を垂らす枝を眺め、イーアンはチーズケーキを美味しく食べた。
食べながら、閉じている扉の左右を飾る彫刻に目が行った。木から実を得る誰か・・・何気なく目が止まった彫刻に彫られている人物。実を分けてもらっている人は、村人ではない衣服に見える。
あれ?と、対の彫刻も視線が行く。そちらには、同じ人物が板に乗って、大岩と向かい合う絵。まさか、とイーアンの目が丸くなったが、観察はここまで。
「時間です」
門番の彼は食器を引き取り、机に置くと、堅牢な扉の引き手を掴んで、ぐっと内側へ扉を開けた。
「あなた方が通過した後、ここは閉じます。用が終わったらまたここへ来て、扉を叩いて下さい」
彼はそう教え、四人を送り出すと扉を閉めた。
「あの言い方。破壊しなくて済みそうだな」
肩越しに後ろを見たタンクラッドが呟き、イーアンもそう思った。ダルナは何か感じ取ったか、何も言わず淡々と歩く。
進めば進むほど、更に急峻な岩山が覆う風景。イーアンも乾いた道を歩きながら・・・先ほどの彫刻を思う余裕が少し出た。あれはメーウィックで・・・もしや彼は木の実を貰い、指輪を巌に置いた、その場面だろうかと。
乾いた道は広さがあり、進んで十分もしない内に左に曲がったそこ、大きな一枚岩が立て掛けられ、まさしく絵模様付きの目的があった。
「やるか」
ふーっと息を吐いた親方は、腰に下げていた面を手に取り、顔にかけた。彼の横にスヴァドが並び、イングはイーアンと共に後ろに下がる。
派手な絵模様を前面に施した岩に、龍気を増やしたタンクラッドの手が触れる。ぼわっと解けた模様、びゅっと吹いた風、そして、きらりと光ってどこからともなく落下した―― 白い輪。
指輪――― ハッとしたイーアンの前に、古代の精霊が現れると同じくらいのタイミングで、剣職人の手が落下した輪を掴んだ。
そして、大きな精霊が見下ろす顔の下、スヴァドが見上げ、問いかけられる。
『伝えよ。封印を終えた時に。何れを選ぶか』




