2271. 五日間 ~リリューの不安・③指輪の数と推測、暁のダルナ
待っていたラファル、危険に気付いたリリューは、 部屋に魔導士が戻った時点で『煙草』の話をした。
その懸念のために調べに出かけた魔導士は、ラファルに既に『指が掛かっていた』と聞き、表には出さなかったが心は焦った。
問題の煙草は、魔導士がその場で消滅させて、これについては終了。リリューに止めてくれた礼を言い、ラファルに『悪かった』と謝ったが、ラファルは『謝るなよ』と気にしてないことを伝えた。
リリューはラファルに聞こえないよう、魔導士だけに『どうして気付かなかったの』と質問したが、それは責めているのではなく、不安による確認だった。
この質問に、少なからず二度目の苦みを噛みしめる魔導士。リリューは怒りもしないし、嫌味も言わないが、彼女の純粋な『心配』は、魔導士の守りが足りない事実を真っ直ぐ突く。
魔導士は、リリューへの返事を濁し、薄い茶色の目をじっと向けるラファルに、『もう少し守りを固める』と結論だけ伝え、代わりの煙草を出してやると、休むよう促した。ラファルの表情は、いつもの如く淡白で、『分かった。世話、かけてるな』と二人に挨拶し、彼は安全な煙草を手に部屋へ戻った。
『バニザット。タバコ変だったでしょ。何で』
『・・・俺は、変だとは』
返事途中で噤んだ魔導士は、表の結界を解き、部屋の結界も調整。
精霊の力を張り巡らせる室内であっても、リリューのために弱めることは出来る。部屋の一部―― 居間だけ ――結界を弱くし、明りを落とした部屋に招くと、リリューはそっと入って、いつもラファルが腰かけている椅子を見た。
その表情はどことなく悲しそうに見え、魔導士は何も言わない大きなサブパメントゥに『座れるなら、お前が座っても』と促した。リリューは虫の翅先を上に向けて立て、尻尾をくるっと自分に巻いて椅子に座った。
人間より大きい体なので、大型の一人掛け椅子も窮屈に見えるが、リリュー自体、『体があって・ない』ような存在。本人も大して気にせず、ぴったりの椅子に腰かけて、魔導士を見た。
『タバコ。あっちのサブパメントゥがくれた、って言ったの。バニザット、一緒にいたから』
『それなんだがな。そいつの気配も俺は知らなかった。煙草にも、変な感じはなかったんだ』
紺色の吊り上がった目。リリューの細い眉が寄り、バニザットに質問することがなくなったように唇をきゅっと結ぶ。魔導士も何て言えばいいのか。
『コルステインの羽は?持ってるのに、何で?』
『ああ~・・・俺も分からん。だが、ラファルの話では、相手は彼に、直接触っていない。側まで来て、煙草にもラファルにも触らないで終わっている。コルステインの羽を、まさか感じ取ってないわけじゃないだろうが・・・恐れない奴だったと』
目を伏せるリリューに、魔導士は『コルステインに今日のことを伝えてくれ』と頼んだ。小さく頷くリリューの、白金の髪がさらっと揺れる。顔を隠して垂れた髪の隙間、悩む表情が透かして見えるそれに、魔導士は唸る(※責任)。
『リリュー。俺がなぜ出かけたか、お前に教える。それもコルステインに伝えてほしい』
本当は――― バニザットは彼らに教えるのを、まだ待ちたかった。彼ら、善良なサブパメントゥが、嫌でも動かなければいけない事態に繋がりそうな気がしていた。だが、自分一人でラファルを守れるはずが、どういうわけか手をすり抜ける。
『恥と情けないのは仕方ない。彼の安全が先だ。コルステインには、俺から話すから・・・お前は、俺が呼んだことを伝えてくれたら良い』
『うん。何?』
頭の中、読めるか、と自分の額を指差す魔導士に、リリューは顔を上げてじっと見つめた。数秒でリリューの顔から表情が消える。白目のない紺色の艶やかな瞳が、冷たく光った。紺と白のサブパメントゥを、魔導士の記憶越しに見たリリューは、その前後も読み、何があったか理解する。
彼女が怒っていると感じ取った魔導士は、メーウィック姿のラファルに親しんだからかと思い、静かに訂正。
『リリュー。お前が怒ることはない。メーウィックじゃない』
『メーウィックじゃないの、分かってる。ラファルに痛くて苦しいするの、嫌』
『お前・・・ラファルを知らないだろう』
『知ってる。いつも話すから』
違いの認識は保たれたまま、リリューはラファルのために怒っている。魔導士は鈍くないが、すっかりメーウィックの見た目だから、毎晩リリューが会いに来ていると思い込んでいた。それが―――
『いいか、リリュー。コルステインに』
『言うする。すぐ。大丈夫・・・ラファル、夜じゃないのもここに居て。出来る?』
『いや。精霊は毎日彼を外に出すよう、俺に約束させたから、明日出さないのは無理があるぞ』
何を思ったか、リリューはラファルを一日出すな、と言うので、魔導士は約束があるから無理であることを教えたが、リリューはゆっくり頭を横に振る。
『待つして。コルステイン、いい、言うもの』
コルステインは許可するだろうと、そう告げたリリュー。だからな、と言いかけた魔導士の前で、あっさり青い煙に変わり姿を消した。
その態度。あの急ぎ方。リリューの、ラファルが繋がれていた光景を知った顔。
「懐いたんだな。俺の記憶でラファルは、メーウィックの顔じゃないのに。それを見ても」
自分を可愛がってくれたかつての僧侶ではなく、今、再び時を越えて出会った見た目だけ同じの、中身の違う男にリリューは思慕を持つ。
「恋愛とは関係ないだろうが・・・人間だったわけでもない。しかし、動物の慕う健気な一途さを、リリューはまた抱えたということか。ロゼールとは、また違う印象だろうな」
会わせ続けたことが良かったかどうか。それも、この展開に溜息を落とす。
魔導士は手を出し過ぎている自分の状況に、度々自制をして調整しているが、思いがけず繋がる縁と、思いがけず事態を加速させるきっかけに関わった時、他の方法はなかったかと省みる。
「どうにもならん。明日、ラファルを部屋から出すなと、まぁ・・・好きな相手が、守られてなさそうだと分かれば、そうなるか」
守れていない、事実。リリューの気持ちに沿うつもりはないが、しかし『危険』を見た以上、魔導士としても考える時間は作りたい。
なぜ、俺が『守れなかったのか』。これが正直なところ、魔導士に最も意外な問題だった。
*****
―――6か、8か。
あの朝。朝食時間から指輪の数について、イーアンとタンクラッドは、ああだこうだと行く道で話しながら、結論『まだある』ことで一旦、疑問は落ち着いた。
「6個以上あった、ということで」
前を飛ぶイーアンが振り向いて、念を押す。タンクラッドも『そう思うしかない』と答えるが、納得したわけでもない。目を逸らし難しい顔のまま、話が終わった後は黙り込んだ。
―――馬車歌と精霊、どちらを信じる。
簡単な決定打は、『どちらが本当か』である。馬車歌では、北と東が一つずつ、南と西が二つずつ、計6個の指輪を歌い継いでいたが、精霊が『8個ある』と言っているのだから、『歌から漏れた2つが他にある』と解釈するしかない。
なぜ、どうして、歌にはなかった、と疑問を持ったところで、精霊が『8』の数字を伝えているのが本当、とするべきで―――
にしたって、『そうかそうだな』とはならない、タンクラッド。イーアンも、同じ。疑問は細々残るもので、それは、自分たちの見落としが、いつか足を引っ張るような気がしてしまう。
タンクラッドが南で手に入れた二ヶ所は、馬車歌の通りではなかった。
似ていたが、『まるで同じ』ではない。それをイーアンに事細かに説明したら、イーアンは考えて『ドルドレンはああ言いましたが』と、修正する。
イーアンは『治癒場と思い込んだのはドルドレンであり、治癒場が近いとも、そうした目安があるとも歌で触れていない』ことをまず強調した。
そして、タンクラッドの見てきた二ヶ所の風景と行き方を、何度も聞き直したイーアンは『一ヶ所は、歌のままだと思うが、もう一ヶ所はかなり状態が異なる』とそれも認める。
イーアン曰く、『もしかすると南は、もう一ヶ所、指輪の巌があるかも』しれず、その理由に、ドルドレンは言っていたことがある(※2054話)。
「ドルドレンは、指輪が何を癒すためかも、歌ではっきり告げていない、と」
南の馬車の家族は知らないままで、もう一つ隠されていたとしても変ではない・・・精霊、ヤロペウクの言葉を前提にするなら、そう捉えてもいい。
「これを言ってしまうと、何も『南に3つ』とは言えなくなるのも事実です。今は例えでしたが、隠れた2つの指輪が、東西南北のどこにあるか不明。指輪二つ分の歌は東と西だから、それでもう一つずつあってもと考えただけ」
イーアンの理屈は、タンクラッドも同意する。他、まだ引っかかるのは、馬車歌と馬車の民、そして勇者の関係だった。
後に、指輪の在り処を歌に残す際、未来―― 三代目 ――の勇者に伝わらないよう、伏せた・・・とは思えないだろうか。
タンクラッドの主観は、自分では『真実への直感』と近く思う。だが、主観の域を出ない、過去の複雑なしがらみがある問題。口にするにまだ早く感じたので、この時は黙っていた。
そしてこの後、ダルナ二頭と合流。
イーアンが一緒なので、前日初対面時、名前も聞いた(※タンクラッドは関心なし)。
エイデリゲン・スヴァドという名で、発音が『エ』なのか『ヘィエ』なのか、イーアンには難しかったが、とりあえず聞き返した『エイデリゲン・スヴァド』で通じたので、それで定着。『スヴァド』で良い、と短縮してもらえた。
スヴァドは、フェルルフィヨバルくらいの大型のダルナで、全身が淡い透明感のある暁色。鱗が目立たなく、透明な強い皮膚の下に、メタリックな暁色が反射する。
イーアンが綺麗な色だと褒めたら、『何もない荒野の朝の色』と彼は答えた。遮るもののない場所に突き刺す朝陽を想像したイーアンは『やっぱり綺麗です』とニコリと笑い、イーアンはスヴァドに気に入られた(※あっさり)。
そんなこともあって、イングはこの紹介以降、なんとなし口数が少なかったが、さすがに行った先での魔法が使えない事態には警戒したらしく、合流した今日は、あれこれと喋ってきた。
先に精霊に都合をつけた方が良い、と要求し、解除後の自分たちの状態も確認した方が良いとか。
腹を決めて、全てを変化させたダルナ・イング。にしては、どことなく心配性を思わせる細かな要求だけど、魔法が使えないのは、確かに彼らにとって一大事だろうと思う。イーアンは『聞くだけ聞く』ことにし、一番近くのアウマンネル(※着用中の青い布)に質問した。
結果、アウマンネルはきちんと『行きなさい』と返事を与えた(※理由も前後もない)。
5文字で済んだ精霊の応答に、イーアン以外は物足りなさを訴えたが、イーアンは『答えてくれましたから』と彼らを宥めて終える。
イーアンとしても『それだけ?』とは思ったが、精霊はこういうもの・・・行けと言うなら、行って後悔はしないだろう、と解釈するに留めた。
その意味を、追々、実感する。一つ二つの『こうなるのか』ではなく、精霊の見越した意外な展開も含めて―――
「さて。ここからだ」
バーハラーを降りた場所に立ち、タンクラッドは雲で霞む向こうへ顔を向ける。バーハラーはさっさと飛び去り、イーアンは雲に包まれた村に目をやり、黒い螺旋の髪をかき上げ、思いっきり溜息。
「今日は、絶対早く帰る」
「誓いのようだな」
イングに突っ込まれ、『どうにもならなければ壊すしかないです』と最終手段を伝えた。これはダルナたちに話していなかったので、聞いた二頭のダルナは少し意外そうに『そうなのか』と安心した。
「では、行きますよ」
イーアンが踏み出す一歩に、他の者も続く。入れば、二度は出られない村へ。
お読み頂き有難うございます。




