227. 南西支部に集合
龍で戻ったイーアンは、飛び出てきたドルドレンにすぐに抱え降ろされた。
「無事で良かった。気が気ではなかった」
誰が見ていようと関係なく頬ずりしながら、イーアンを必死に抱き締めて、鬼畜(←パパ)の魔の手を逃れたことを神様に感謝するドルドレン。
龍は帰って、イーアンはドルドレンの脇に抱え込まれながら、南西の支部の中へ入った。すぐにドルドレンが医務室へ行き、アジーズたちに、家族の亡骸を親父が連れて戻ったことを報告した。夫婦は泣いて礼を言い、自分たちも皆の場所へ早く帰りたい・・・と話した。
統括が医務室へ来て、『ウィブエアハの町医者を呼びました。午後にでも彼らを移動するでしょう』それは、アジーズたちの言葉を考慮したからと伝えた。アジーズたちにもう少し待つようにと伝えて、ドルドレンたちはホールへ戻った。
移動しながらも、ドルドレンに両腕で抱え込まれているイーアンは、隙間から見える統括にお礼を伝えた。総長の腕の隙間から見えるイーアンに、統括も『彼らを助けて下さったことに感謝します』と心苦しそうにお礼を言った。
「もうじき昼です。谷の状況など教えて頂きながら、一緒に昼を食べましょう」
統括が広間に案内してくれて、昼丁度くらいの時間に3人は食事をした。
北西支部の工房の地図と照らし合わせ、それから現地を見てきたイーアンは、谷までのアラゴブレー周辺の状況で気がついたことを話した。
ドルドレンは温泉の話で『なぜ、湯の話がたくさん書いてあった、その報告書ではないものが上がったのか』を統括に訊ねた。
「総長の見た報告書の写しは、こちらが最初に上げたものです」
統括が言うには、後からもう一枚報告書を作ったらしい。それが湯の話ばかりで埋まった報告書だという。最初に上げた報告書は簡素で、地面から湯が湧いてとか、それで魔物がどうこうとか、そういった流れは省いていた。
単に、ちょっと魔物がアラゴブレー奥で出ました・・・とその程度で、『大きいの1頭』民家の被害なし、とそれで終わっているのが一枚目。
報告書が、王都の本部に届いてから各支部へ写しが届けられ、それで終わった様子だった。後に出した報告書は、実は出していないというのも分かった。温泉がその後湧いたから、結局もう少し魔物戦の状況の詳細を記そうとしたことで二枚目が作られていた。
「だから。誰も知らないのだ。温泉の話と魔物の話が混ざっていたら、騎士たちの耳に入っていないわけがないのだ」
総長に遠まわしに怒られた統括は、少し肩身が狭そうだった。『後日、作り直した報告書を上げたら、普段の職務への印象が下がりそうで』と言い訳していた。
「ところでイーアンは、谷の周辺を回って何かを発見したのだろうか」
統括の言い訳を無視し、ドルドレンはイーアンに質問した。
あの辺りに昔、温泉が多かったというか。そんな出だしでイーアンは説明した。もしかしてそうではないかと考えたところから、かいつまんで話し、工房で見た古い地図を頼りに現在の湯の道を見当をつけ、それを見てきたと教える。
腰袋から地図を取り出し、食事の席にちょっと広げて見せた。
丸印はダビが描いてくれたことを伝え、ダビも同じように『巣』の存在を考え付いたことも言った。ドルドレンは、イーアンとダビが以心伝心なのがちょっと嫌だった。自分は思いつかなかった・・・・・
「ということは。ここを掘るともしかして」
「可能性です。実際にあると言い切れないのです。だから私が」
「一人では行かせん」
「龍と一緒に、と言おうとしました」
明日にでもそうしたいが、ここは誰の土地かを知りたい、とイーアンは言う。統括はその辺りを見てから『アラゴブレーではない』と考えて答えた。恐らく、国の土地だろうと指でその辺を示した。
「行きましょう。また被害が出る可能性もあるなら、ご一緒して頂いて。年末最後の仕事ですが、明朝で良いですか」
総長とイーアンに同行を願った統括は、明日の遠征をちょっと組みます・・・と食器を片付けて執務室へ急いだ。
「午後は指導会だ。ギアッチたちが到着してからだな」
ドルドレンは慌しかった午前中を終えて、昼食を食べながら指導会の時間を教えてくれた。イーアンは、ダビに持たせてもらった剣を見せて、指導会で質問が出たら自分も話すと言った。
またダビ・・・それがヒリヒリするドルドレンは、イーアンの腰に下がる剣の鞘2本を見て、寂しそうな顔をした。
イーアンとドルドレンが話していると、レッテが来た。部屋へご案内しますと言われ、部屋まで案内してもらった。イーアンが別の部屋へ案内されたので、ドルドレンは『二人は一緒だ』ときちんと伝えた。
レッテは非常に驚いて、まさかそういったご関係でと言いかけたが、総長が無表情で怖すぎるので、急いで同じ部屋にベッドをもう一台運んだ。『イーアンは冬の寒さが苦手だ。もう少し厚みのある布団を』さらに布団の要求をされて、慌ててレッテは一番新しく購入した布団を持ってきた。
「ふむ。まあ良いだろう。イーアン、ちょっと寒いかもしれないが我慢してくれ」
これで寒いの??レッテからすると、暑いんではと思う布団の分厚さ。申し訳なさそうにイーアンはレッテにお詫びして『どなたかのお布団じゃないと良いのですが』と人様の布団を盗ったように気遣った。
その言葉にドルドレンが誤解して『これは他の男のか』とレッテに目くじらを立てたので、イーアンはそう意味ではないことを伝え、人様のだったら・・・そう言ったつもりだと宥めた。
イーアンが総長を宥める様子から、レッテはイーアンも苦労していると知った。大切にされ過ぎて、意外と彼女の思うように、生活できていないのかもしれないと思った。
その時、下で聞きなれた声がして、イーアンとドルドレンは、ギアッチたちが到着したことに気がついた。
荷物を部屋に置いて、ホールへ行くと、ザッカリアがイーアンに向かって走ってきた。
「やっと着いたよ」 「遠いのにお疲れ様でした。お腹空いてる?」
うん、とザッカリアが答えて、イーアンはお昼を頂きに行こうと微笑んだ。馬車を預けたギアッチと、厩に馬を入れたハルテッドとトゥートリクスが入ってきて、無事の到着を喜んだ。
「俺がいるから」
ハルテッドがイーアンの顔を覗き込んで、ニコッと笑った。『後で飲もう』ほら、約束したよね・・・ちょっと意味深な笑みを浮かべる。ハルテッドが女装だとあまり警戒心が湧かないイーアンは、普通に笑顔で『はい』と答えた。
トゥートリクスは心配そうに見つめる。総長がいるから大丈夫だと思うけど・・・・・ イーアンはあまりお酒に強くない気がした(※裏庭宴会談)。
ドルドレンとギアッチは、午後の指導の話を少ししていたが、時間も時間なので、とりあえず昼食を摂ることになった。
昼食を先に食べた、とイーアンが言うので、ザッカリアはイーアンを横に座らせて食べる。食べている間、『龍に乗りたい』と一生懸命お願いした。
「ザッカリア。好き嫌いありますか」
お皿に残った緑色系を見つめるイーアン。ザッカリアも緑色を見つめる。『美味しくないんだよ』と理由を告げる。『食べてから言っていますか?』ちょびっと追い詰めるイーアン。目を伏せる子供。
「ちゃんと食べられたら、龍に乗れます」
微笑みながら、匙に緑色(野菜)を一口掬って、『はい、あーん』いつものあれをかますイーアン。遠征の帰りも「あーん行為」を繰り返しているザッカリアに、恥ずかしさはナシ。単にイヤで食べたくないから口を閉じている。
「食べて。食べたら美味しいかも」
顔を寄せるイーアンが、レモン色の瞳を覗き込み、囁いてお願いする。周囲が『食べる』『こっちでどうぞ』『美味しいです』と騒ぐが、聞こえない。ギアッチが『食べてごらん』と促し、ザッカリアは渋々、口を開けて食べた。イーアンはニコッと笑ってザッカリアを撫でた。
「後で龍に乗りましょうね」
「美味しくなかった」
ふてくされるザッカリアに、笑うイーアンは抱き締めて『じゃあ。なおさら偉かったわ』と誉めた。ドルドレンは何となくイヤ。野菜食べて、抱き締めるのは要らないんじゃないの?と思ってしまう父親失格候補。
ハルテッドも女装なのに、ちょっと品の悪い女に成り下がって、机に肘を突きながら『食べただけじゃんね』と、くちゃくちゃ音を立てて食事をしていた。
ふと。イーアンはハルテッドを見つめた。品の悪い女はその視線を受けて、姿勢を正した。『どした?』下品でごめん、と思うハルテッドに、イーアンは馬車の話を思い出していた。
ドルドレンをちらっと見ると、ドルドレンは少し頷いて同意したようだった。二人を交互に見たハルテッドが『何。何かあった』と表情から何かを感知した。
「まだ移ってないかもしれないけれど」
イーアンはハルテッドの側へ行って、他の人に聞こえないようにアジーズの話をした。目を見開いて驚くハルテッドはすぐドルドレンを見た。ドルドレンは目で医務室を示す。『一緒に行きますか』イーアンが驚くハルテッドに声をかけると、ハルテッドは頷いて立ち上がった。
ザッカリアに声をかけて、ギアッチ達にも先に会議室へ向かってもらうことにし、イーアンとドルドレンは、ハルテッドを連れて医務室へ行った。ハルテッドは部屋へ入って旧友を見つけると、急いでベッドに走り寄る。
「おお、アジーズ。ああ、なんてことだ。スラヴィカ。何て姿だ。もしやそっちはハジャク」
ペトゥルスは?ともう一人の子供を見回すハルテッド。スラヴィカが泣く。ハルテッドがベッドの横に跪いて、涙を流した。『ルーベンもいない』酷いと泣きながら、ハルテッドはアジーズの腕を撫でた。
ドルドレンは近くで立ったまま、彼らを見つめる。涙を堪えるように目を細くしている。イーアンはもう泣きそうで、ドルドレンの腕にしがみついていた。
「あの人とドルドレンが助けてくれた。馬車で落ちて何日も苦しかった。だが今日生きて戻れた」
アジーズは泣きながらハルテッドに、入り口に立つ二人を指差す。スラヴィカは龍に乗せられた話して『私たちは守られた』と涙ながらにハルテッドの手を握った。
失った仲間を思うと涙が止まないが、生きていてくれて良かった、とハルテッドも二人の頭を抱き寄せた。小さなハジャクは目を開けない。脱水症状も出ていると聞き、ハルテッドはハジャクの額にキスをする。『大丈夫だ。兄の分まで命をもらった。生きろ』ハジャクの頬に涙を落として、ハルテッドは呟いた。
重い息を吐き出して、ハルテッドが立ち上がると丁度。ウィブエアハから町医者が到着し、馬車が来ていると言われた。
後は医者に任せることにして、ドルドレンが医者にいろいろと教えた。彼らにかかる医療費は騎士修道会に回すように言い、町外れに彼らの仲間の馬車があることを教えた。医者は馬車の民と知っても、怪我や病気をしたら皆一緒だから差別はしない、と言った。
アジーズたちに別れを告げ、早い回復を祈りながら3人はホールへ戻る。
ホールに着くなり、ハルテッドはドルドレンを抱き締めた。イーアンも抱き締めた。何度も有難うを言った。何度も何度も言いながら泣いていた。
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