2266. 墓標『沈黙の石』・『一つ目』終了
ヨーマイテスが気付いたのは、ミレイオの耳金具を通してだった。
精霊の界隈にいても通じるらしく、ミレイオの危機が一瞬で頭に流れ込んだ獅子は、これをコルステインに伝えた。
と言っても、コルステインを呼び出すのは、一旦精霊ファニバスクワンの許可を得なければならず、そうなると、同じ場所にいる息子バニザットにも知れるので悩んだが、ミレイオが食らった『危機』が奇妙な印象から、心境の複雑を後ろに回し、まずはファニバスクワン、それからコルステインに通してもらった。
手短に内容をコルステインに伝えると、何か知っていたのか、すぐに動くと答えた。
ここまでが、ヨーマイテス。続くコルステインは、老魔導士に会いに行き、呼び出して事情を説明。魔導士は話を聞いて『良いだろう』と二つ返事で引き受けた。
相手が残党のサブパメントゥ、とコルステインは教えた。コルステインはまだ、自分たち側から接触する時期とは思わないので、ミレイオの状態に関与することで『攻撃者』に関わるのは避ける。
ミレイオの一件は深刻だが、『ミレイオに?』と感じたのもある。ミレイオが、古代サブパメントゥの技に斃れるのはおかしな話に近い。何か意味があると察したコルステインは、そう思ったことも全て伝え、魔導士も了解した。
なぜミレイオがこの状態になったのか。コルステインじゃなくても、引っかかる。バニザットはそれに気付いていた。
そして、ミレイオの前に今、魔導士。コルステインから状況を預かって、ミレイオに掛けられた錠を外した後。
『お前は参戦するな、って話だろう』
『どういう意味?これからアイエラダハッドは荒れるのよ。人手が』
『そっちじゃない。サブパメントゥ同士のやり取りに、お前は関わるなって意味だ』
『それ・・・誰が言ったの?』
老魔導士はこれに対しては答えがない。別に言われた話じゃないからだ。だが、『ミレイオを創るきっかけの魔導士』からすれば、精霊がミレイオの扱いにどう求めるかは、大体読める。
答えない魔導士に、ミレイオは息を大振りに吐き、『まぁいいわ。で』と先に進む。誘導で意識が戻るなら早いとこそうしてくれ、と言うと、魔導士の漆黒の目が下を見た。
『本当のサブパメントゥなら、確かにこの下は回復させる場所っぽいけど・・・ホント、こんな事情も知ってるのね。でも今は私の意識の内側なんでしょ?』
ミレイオは、魔導士が何でも知っていると驚き呆れる。が、魔導士はこれには答えず、そこはすっ飛ばす。
『先客が来そうだな』
何やら感じ取った魔導士の思わせぶりな言葉に、ミレイオの眉が寄る。
・・・先客とは誰か。自分に他の気配は感じ取れない。って当たり前か、ここ私の意識なんだし、とややこしい状態に自分で突っ込むミレイオは、展開のない遅さに苛々し始める。
『どうするの。私、外では寝てるわけでしょ?いつまでも寝たきりなんて』
『ちょっと黙れよ・・・面倒だな。今回は俺が関わったから、俺が相手してやる』
誰に言っているのか分からない、足元に目を向けた魔導士の言葉。ちんぷんかんぷんのミレイオに説明はなく、魔導士は『少し待ってろ』と命じ、姿を消した。
意識の中の風景。ミレイオは、ヨーマイテスの墓標の前に立つ。意識ではなく本場なら、サブパメントゥの気が一番濃く強く溜まる場所(※1387話参照)―――
ミレイオは溜息を吐いて、頭痛の残る頭を支えながら『何が起こったの』と呟く。この後も魔導士は戻らず、返事のない時間をただ待つだけだった。
*****
サブパメントゥでは、コルステインが本物の『沈黙の石』近くにいた。コルステインは魔導士が地上で呼ぶのに気付き、メドロッドに代わりに見張らせると、地上に出た。
どうしたのかと思えば。
魔導士は、コルステインの警戒した相手の接近を察知したから、コルステインを呼び出した。
彼の懸念は『ミレイオの意識が不安定なまま、意識下で回復場所を使用すると、現実で近づいた敵に、また意識に入り込まれたりするか・・・』だった。が。
言われていることが難しすぎて、理解不可のコルステインは、何度も魔導士に説明させ、少し経ってから理解した。
『ダメ。ミレイオ。危ない。する』
『だよな。俺もそう思う。どうするのが良いんだ。お前たち、攻撃したくないんだろ?俺がやるか』
『うーん・・・そう。どう?』
『どう、って』
コルステインの反応が丸投げなので、苦笑いする魔導士は、近づいてきた古代サブパメントゥの『退治』、もしくは『撃退』を引き受ける。
『ただ、俺がサブパメントゥに入るのも、良くないだろうが』
『そう。ダメ(※お断り)。でも。どう?バニザット。出来る。する?』
『それは、俺が入らない状態で相手を倒すかを、聞いてるのか?』
うん、と頷く素朴なコルステインに、つい笑ってしまう魔導士は、そりゃ無理だろと返すが、真っ青な大きな目がじっと期待して見ているので、溜息一つ落とし『倒せないかもしれないぞ』と真面目に答えた。
『コルステイン。俺の魔法は届く場所が限られる。届いても、弱いかも知れない。意味が解るな?
仕組みの異なるお前たちの国で、俺の魔法を使うには、本当なら俺自体がそこにいた方が良い。それが無理なら、地上からサブパメントゥに魔法を使う分、何が遮断になるか分からん。だから、弱くなるかもしれない、と俺は言っている』
分かり難いコルステインは、もう一度説明するように言い、魔導士の根気よく噛み砕いてくれた説明で了解する。
追い払うだけでも良い。自分たちは、まだ手を出したくない。だがミレイオが場所を使うに、あのサブパメントゥが近くにいるのはダメ。
『・・・近づいてきた、ってのもな。古代サブパメントゥは、いつもお前たちの側に来ないだろ?こんな近くまで来るとは』
『そう。でも。形。壊れる。する。直す。したい。来る』
コルステインの返事で理解したバニザットは、『自分が魔法を使う間だけ、精霊の刺激が起こる』と先に伝えた。他のサブパメントゥに影響しないよう、離れているように注意し、コルステインは承諾して戻った。
「ヨーマイテスの墓標・・・か。あの場所は特殊で、ミレイオを回復させるために使うよう、コルステインが教えてくれたが。ミレイオもそう言っていたし、サブパメントゥの種族なら誰もが回復するんだな」
死んでから知ることが多い、と(※死んでる人)呟きながら、バニザットは早速呪文を唱え始める。
どうやら、こっぴどく怪我でもしたらしき、残党サブパメントゥが、コルステインたちの領域に『回復』目当てでやってくる・・・と見当をつける。
ミレイオとそいつの関連性まで分らないが、残党の気配自体は、嫌ってくらい生前相手にしていたので、近づくのがすぐに分かった。
「生命なんてない種族だろうが。それでも、消えるのは惜しいか。背に腹は代えられぬってな」
コルステインに見つかって消される可能性を、『ない』方に賭けた動き。姑息で執念深く、現状を利用する。
「だが、そう都合良くはいくと思うな。そこはミレイオが使うんだ」
夜の地上で、精霊の薄緑の光が空気に滲み続ける。
老魔導士の呪文は、魔導士が独り言を落とす間も別の声で重なり、繰り返す同じ呪文が光を螺旋に走り出す。
軽快な速度で遊ぶように動く小さな文字が、螺旋を上に上にと・・・円錐状にくるくる駆け上がった輝く文字たちは、呪文だけの声がぴたりと止まるのに合わせて、びゅっと直下。同時に、薄緑の光も引き込まれ、魔法は地面の中に吸い込まれた。
「俺の魔法が、サブパメントゥにどう伝わるやら」
仕組み自体違うんだよなと、魔導士は腕組みして首を傾げた。
それは、龍族の空に魔法をかけろと言われるのと一緒。所詮人間がいじった精霊系の魔法が、まるで違う性質の環境でどう作用するのかなんて。『通過するか・通用するかも知らん』それが正直なところだった。
「まぁな。調整はしたから、虫一匹、追い払う程度は出来ると思うが」
*****
その、虫一匹は、目的地のすぐ近くまで移動していた。
これまで・・・このサブパメントゥが生まれてから、何百年経っているだろう。本人も知らない。生まれた時も覚えていなければ、経過した年月もどうでも良い。
古代サブパメントゥの親に創られた存在は、その遺志を引き継いで―― 見ようによっては ――忠実な動きを取ってきた。
二度目の旅路と言われる、女龍と魔導士と剣の男に、散々な目に遭わされても、存在に練り込まれた『別種古代サブパメントゥ』の目的はへし折れることもなく、三度目の女龍たちの登場に『これが三回目の機会』と食いついた。
初代は知らないが、二代目と三代目を追う古代サブパメントゥの一人『一つ目』は、今、消滅手前状態にあり、小石程度の目玉で闇を伝いながら、本体の回復を求めて『沈黙の石』に辿り着いた。
『ここしかない。サブパメントゥが、形が失せても意識が残っていれば、戻れる』
戻れないことはない――― それだけは知っていた。
この場所に頼るまで壊れたことは、過去一度もなかった。だが、話だけは聞いていた。
そもそも・・・『沈黙の石』はコルステインたちの領域で、使う使わない以前の話、側へ行く自体が既に危険。怨霊側として初代から分かれた自分たちが、形の再生を求められなかったのは、それが理由にある。
形を留める経過は手段として毛頭なく、形も意識も消えた『個別』の状態が終わり、怨霊と化すのが普通だった。
『俺は違う。俺はまだくたばるわけにいかない。今ならコルステインたちも、俺たちを避けている・・・沈黙の石に他のやつが入ってなければ、さっさと入ってケチ付けられる前に出る』
どれくらいの速度で回復するのか。期待外れだとしても、消滅手前よりはマシだろう。地味に回復を待つなんてなったら、三代目の時期が終わるまで掛かる・・・形が戻る時には、好機も逃がしている状況。
何が何でも――― 『一つ目』は、三度目の機会以降、続きがないのを知っている。それは親が、埋め込んだ知識。
どうにか辿り着いた、『沈黙の石』のすぐ近くで、石ころ程度の目になった『一つ目』は、形と共に失った力の残りで、出来るだけ周囲の気配を感じとる。少しはヌケがあるかも知れないが、感じ取れる範囲に誰もいない・・・・・
今だなと闇の中を這い、石ころは墓標の立つ足元へ出て、ぽかっと開いた蓋のない箱状の場所に転がり落ちる。
石が落ちたのとほぼ同じ瞬間、真緑の光が雷を轟かせ、一度きりの精霊の雷は掻き消えた。
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