2260. カビシリリトの町 ~二つの囮
「最初の所は、人間いなさ過ぎたな」
二度目の手応えから、出だしの反応の薄さを呟いたサブパメントゥは、バタバタと倒れていく人間の・・・消える意識を捕らえながら、ゆっくり首を上に向ける。それは恍惚に似た仕草で、楽しんで面白がる時の癖。
伝わる手応えは比べ物にならない数で、最初からこっちでやりゃ良かったと『ひっかき傷』は鼻で笑った。
「すぐ殺すのもな。殺し合うのは、後でもいい・・・今は、マトモな人間を追い回させとくか」
掌握した人間は、既に操り人形。互いに殺させるつもりだったが、引っかかった人数はそこそこいたので、これを武器に、町中へ追い込もうと決めた。ど真ん中の町より手前、人の少ない場所で捕まえた奴らが、ここから人間だらけの町に乗り込んで、誰彼構わず襲い掛かる様子。
・・・人間はいつの時代も、どこの人間でも反応は一緒。
「ハッハッハ。何百年経っても、習性なんか変わらない。強くもならない。襲われたら同種族にあっさり殺されるなんて、本当に無意味な生き物だよ」
馬鹿の一つ覚えで、襲われたら悲鳴を上げて逃げるだけ・・・『じゃ。やるか』馬鹿の一つ覚えを見るのは面白い。飽きることもあるが、やりようでそこそこ楽しめる。
濃く深い影のある林に姿を現した『ひっかき傷』は、広げた『蜘蛛の巣』に引っかかった輩を操り始めた。
倒れ、地面に突っ伏す人間が動く。ぎこちなく関節を振るわせて、老若男女が体を起こす。
二度目の地震から数分も経たない内に、自分を見失った犠牲者が一様に、操られていない人間を求めて歩き出した。人々はぐらつきながら、別荘地の道を中心部へ向かう。
「俺がこっちを預かってやるから・・・せいぜい、自分の持ち場くらい片付けろよ。『一つ目』」
*****
春が来たらここは美しいだろう、とミレイオは思う。町としては面積が小さいが、全体が『大きな娯楽の敷地』と捉えると、広々と充実して見える。
町の形は楕円状で、デネヴォーグから幾つかの一本道が直接伸びて繋がり、外側がぐるりと別荘地らしき雰囲気、中心地は綿密に計画され配置された、建物の並びで成り立つ。
娯楽と思った理由は、買い物や飲食、馬の競技場、公園、美術館、記念館などの目立ち方。真上から見ても分かる。下品な印象はなく、朝から晩まで、お金を持つ人々が楽しめそうな、品ある感じ。
美術館や記念館は、周辺の木々の造形的刈込や遊歩道が目立ち、建物自体がそれと解る凝り方。公園も、来客を意識した誘導で、園内の水場や花壇、休憩所がある。
道は馬車道以外も石畳らしく、小路には手すりの柵まであるよう。馬の競技場は珍しいが、これも城の庭に似た場所に、豪華で大きい馬房と扇状の観客席が添え付けられ、見てすぐに分かった。
飲食や宿泊施設は上品で、屋台はなし。店員や職員などの働く人々が立ち寄りそうな店は、見えない位置にあるのか。普通、どの町にもある市場や裏通りの庶民感が、ここにはない。
どこも、馬車や馬を置く敷地が広々と取られ、街路樹の整然とした間隔や、合間に色を添える看板、細かな全てにも気を抜かない美意識の高さが感じ取れた。
「住む場所、というより、遊びに来る場所ね」
ミレイオの声は寂し気で、ゆっくりと横を飛ぶフォラヴも気持ちを理解する。
「ええ・・・だから、狙われたのでしょうか」
見るからに、裕福層の集う町。裕福ということは、それなりに社会的な立場があり、彼らに何か危険があれば、彼らの元で仕事をする者たちにも影響が出る。それをフォラヴが補足すると、ミレイオは小さな溜息を吐いた。
「サブパメントゥは、そこまで考えてはいないわ。頭悪いから。でも、『人間が多そう』で、『一まとまり』になった町の造りは、『楽に手を出せる』と判断するかも。
・・・どこだから、ってことはないけれど、こんな手入れの届いた町が壊される寸前なんて、と思ってしまうわ」
残党は殺すことだけが目的なんだもの、と空しそうに残酷な言葉を呟くミレイオに、妖精の騎士は『はい』としか答えられない。
ミレイオが、自分の種族の恐ろしい一面を嫌うのを何度も耳にしてきた。話を変えようと思い、フォラヴが前方に顔を向けた時。
彼の乗る龍は、その方向から少し角度を変えた方へ首を曲げる。龍の動きと同時、ミレイオも気づき、『フォラヴ、あっちよ』と急加速する。龍はミレイオを先に行かせ、その後を飛んだ。
人工の林が境目になっている『外と内』の辺りで、誰かが追われている。追う者は複数人で、逃げる者は町の塀―― 建物が密集する中心 ――へ走っている。
「助けるわよ」
左右を見て、他にはいないと判断したミレイオより早く、『私が』と勢いを付けたフォラヴが横を掠めた。
水色の龍が滑空して影が落ち、影に気付いた追う者の足が止まる。地上すれすれに弧を描いた龍の背から騎士が飛び降り、龍は上昇、地面に降りたフォラヴが光を伴い、瞬く間に林に貫く光が散った。
これとほぼ同時で、先ほど感知した『邪悪なサブパメントゥ』の気配が動く。ミレイオは気付いて、動いたと思われる方を見た。町の中に入ったか、また気配は消えた。相手は、妖精が来たことを知ったのだろうか。
散った光は数秒で消え、フォラヴは妖精の透明な姿で逃げていた人に近寄り、その人を建物の塀の内側へ運んだが、追っていた者たちは倒れたままだった。
戻ってきたフォラヴは、ミレイオたちが移動していないので『操っていたサブパメントゥは、近くにいませんでしたか?』と尋ねた。
「さっき動いたわね。町の方よ」
「急がねば・・・追っていた側は、操られている様子でした。身なりの良い貴族風の男女と、郵便屋、それときちっと着込んだ町民で。追われていた人は、あの道で別荘へ行く途中だったそうです」
「歩きで?」
「はい。彼は塀近くの店の店員で、仕入れの報告を頼まれたお客の家・・・店から近い別荘へ、報告に行くつもりでした。それと、地震があったみたいなのです。彼が急いだのは、地震が二度起こったので、早めに用を済ませるために出かけたと」
龍で現れたフォラヴが姿を変え、驚いたものの、すぐに『聖なる存在』と理解した店員。助けられた後、状況を話した彼は、この事件を他の者にも言わなければ、と怯えていた。
「地震か・・・関係してるでしょうね。で、操るのを止められるのは・・・残念だけど、サブパメントゥ同士だと難しいのよ。って、私だからかもだけど」
弱いサブパメントゥは、強いサブパメントゥに融通が利かない。ミレイオが上回れば出来る事でも、それは試さないと分からず、そして試している余裕が今はない。『でも、探し出すなら』ミレイオの明るい金色の目は、さっと町中を見た。
「離れていると特定も大変だけど、あっちは用があって離れないでしょうから、この距離ならね」
「ミレイオ。ミレイオが操られる可能性もあるのですか」
「私は・・・無いと思う。私は弱い方だけど、普通のサブパメントゥじゃないし」
「では、ミレイオが見つけ次第、私に代わって下さい。イーニッドは、私から離れた場所で見守ってもらいます」
言い難そうだが、遠慮がちに。フォラヴはミレイオに『囮』を頼んだ。ミレイオは承知し、フォラヴはもう一つ質問する。
「これまでも大丈夫だったから、平気だと思うのですが。ミレイオは私の光を受けても」
「いやぁね、今更!全然、問題なかったでしょ!」
それがダメならとっくに死んでるわよと苦笑したミレイオに、フォラヴも恥ずかしそうに頷いて『先ほど、追いかけていた人々が倒れたから』と、サブパメントゥの気配をごっそり消し去った印象を口にした。
「そうね。彼らは、縛りから解かれたと思う」
「ええ。バニザットが教えて下さったのです。妖精と龍と精霊は、操りを壊すと(※2186話参照)。『妖精の雨でも壊れる』と聞きましたが・・・雨を降らせた方が早いでしょうか?」
私はまだ上手く出来ないかもと、口ごもるフォラヴに、ミレイオは首を横に振って『雨が掛かる場所ばかりじゃないわ』とそれを否定した。
―――それに。『妖精が現れた』時点で、相手は動きを変えるかもしれない。
さっきの人間たちの側にいなかったかもしれないが、移動したのはフォラヴの攻撃の後。ここに、龍がいるのも気づいたか。
少し考え、相手が暴走しないよう、もう少し時間が欲しいミレイオは、『気付いていても様子見』であるよう願いながら、後ろに待機する龍を振り返った。
イーニッドは、フォラヴに言われたとおり、少し離れたところにいるが・・・ミレイオは水色の龍を見つめ、『あの仔はもう戻して、イーアンに急いで来てもらおう』と予定変更。
「イーアンなら、龍気を抑えたり出来るじゃない?ドルドレンが呼んだと思うけど、もう一回私も呼ぶ。彼女が来たら、龍気を抑えるよう言っておいて。私は下へ降りるわ」
もう、待ち時間も危うい、と予想する。既に操られた人々がいる。
ミレイオは、あの一組以外も同時発生していると予想。一瞬だが、サブパメントゥの絵柄が大地を走ったのを見た。ミレイオは連絡珠を出すと女龍をささっと呼び出し、そのまま町の中央へ向かった。
と言っても、あっさり着く距離。滑空して一分もせず、建物が密集し、多くの人々が行き交う場所へ入った。ミレイオは高さのある建物の屋根へ落下するように滑り、そのまま建物の隙間の暗い影を縫って着地。
「昼近いから、もう影が少ないわ。サブパメントゥは表に出ないでしょうね・・・それと、井戸もないか」
庶民的な印象のものがない、この町。井戸が見当たらない。公園には水場や池があったが、あれは浅く、引き上げている水ではない。せいぜい、排水の仕組みがあるだけ。
井戸がない時点で、一先ずは安心。古代サブパメントゥの通路はここにはないことを祈って、そっと通りへ移動する。ミレイオ自身はどこでも目立つが、地味なクロークを羽織ってきたおかげで、フードまで被ってしまえば人の目は引かない。
ミレイオは人混みを歩きながら、じわじわと感じる『相手』の気配へ近づく。
降りた場所が、既に『相手』に近かった。もし、私を殺すために出てきたら・・・一騎打ちを選ぶ気は毛頭ないので、即行、フォラヴかイーアンに代わる。整然と並べられた石畳を早足で進むミレイオは、自分がどこまで相手を引きずり出せるか考えていた。
「ちょっと!」
不意に叫ばれた声。人のざわめきが静まり、一斉に声のした方に注目が集まる。その場にいた多くの人間が振り返ったところに、一人の女性とその腕を掴んだ男。女性は貴族の身なりで、男は・・・男もそうなのだが。
「何するんですか!」
振り上げた右手を掴まれた格好で女性は怒るが、男は何も喋らずその腕を千切らんばかりの勢いで引っ張り、悲鳴が辺りを劈く。やめろ、と駆け寄った周囲の人々が女性を助けようとした、その瞬間。
目を見開いたミレイオが走り、女性と、彼女を守ろうとした男を固め、腕を掴んでいた男を『圧迫』した。
圧迫を受けた男は鈍い呻きを上げ、苦痛に顔を歪ませる。動くに動けない女性を掴む腕を殴って離させ、ミレイオは女性を背に回した。
体を硬直させた『助っ人』と『女性』から、固める操りを解いたミレイオは、圧迫で地面に膝をついた男を見下ろす。
硬直を解かれた他の人々も、『緊張で身体が一瞬動かなかった』と、ミレイオに操られたとはまるで思わず、倒れた男とミレイオを交互に見た。女性は震えが止まらないが、守られたことだけは理解して、どうにかお礼を言う。
「ありがとうございます」
「怪我したでしょ。早く逃げなさい」
アイエラダハッド語は解らないが、ミレイオがすぐに命じると、女性は『外国人ですか』と共通語で返した。男なのに女性の話し方。観光客かと思った女性は、傷む腕をもう片手でさすりながら『名前を』と礼儀を通そうとしたが、ミレイオは小さく首を横に振って離れる。
人混みの向こうに気配を察知し、人を掻き分けて進む。数m先、中を刳り貫かれた大型の記念碑のような彫刻があり、そこに――
『あれぇ?サブパメントゥみたいなやつかぁ?』
頭の中に濁った音が入り込む。ミレイオの金色の瞳が真っ直ぐ、記念碑を見据え、答える前に相手の体を捕らえた。焦る相手の音が聞こえる。
『サブパメントゥ?!真昼間に』
挑発に答える気はないミレイオの顔に、青白い隈模様が光を帯びて浮き上がると同時、石碑の内側の影がぐにょぐにょと持ち上がり、『よせ』と相手の暴れる姿が徐々に表れる。周囲は驚きの声で騒がしく変わるが、ミレイオは引きずり出す相手に集中する。
脳内に喚く声が続くのを無視して、頭が割れそうな痛みに耐えつつ、ミレイオはもう少しのところまで相手を引っ張り出した、その時。
わぁっ!と後ろで、誰かの叫びが響いた。
集中が途切れかけるが、振り向かずに続けるミレイオ。叫び声は一度で終わらず、『ぎゃあ』やら『助けて』の絶叫が立て続けに背後で起こった。後ろで・・・人同士が殺し合っている?
びしゃっと音がし、それが血の音だと感じたミレイオは、振り向いて人間を助けるか、目の前の元凶を倒すか、頭にちらつく。だが、こいつを倒さねば増えるだけだ、と背後の恐怖より暴れる影を選ぶ。
―――実際の光景は。
「イーアン、あれは」
上から見守っていたフォラヴと、さっき来たばかりのイーアンは、ミレイオが元凶を捕まえたらしき光景に戸惑う。イーアンは来るなり、フォラヴに『恐らく』と自分が感づいたことを伝えたばかり。それなのに、と二人は慌てる。
ミレイオが力を振るう眼下の一画。大勢の人々は、一斉に倒れてピクリとも動かず、その代わりにずっと離れた先の通りで人の悲鳴が連続して上がり始めた。ミレイオのいる場所では誰一人動かないが、通りの先では阿鼻叫喚が始まっている。
「~・・・!!ちくしょう、やりやがった!フォラヴはここにいて下さい!」
「あ!イーアン、でももう一つの発生が起きたら?!」
「まずはこっちを助けないと!発生したら・・・・・ 」
言いながら飛び去ってしまった女龍に、置いて行かれたフォラヴは、ごくりと唾を呑んで急いで考える。
ミレイオを一人にするわけにいかない。しかし、イーアンの予想が当たるなら『もう一か所、別のサブパメントゥに襲われる』・・・妖精の騎士は不安を呟き、風の抜ける空を見渡した。
「イーアンは、この近くの町ではないかと話していた。彼女は、この町と他にサブパメントゥが襲う気がする、と」
お読み頂きありがとうございます。




