2256. 待機の午後・魔物材料配布と調達・イングのすれ違い
この日―――
リチアリと共に出かけたゴルダーズ公は、町の中心部にある文化遺産の建造物に着くなり、職員にデネヴォーグにいる貴族の招集を命じ、二日以内に応じるよう伝えた。
二人はこのまま、ここに宿泊。会話は、打ち合わせに変わり、夕方頃からちらほら集まり出した貴族は、ゴルダーズ公と並ぶ、明らかに先住民の風貌である男の姿に、最初誰もが面食らったものの、すぐに嫌な予感―― 伝説の交代 ――が過り、顔つきが変わった。
一方。ドルドレンたちは留守番状態で待機。出かけた仲間から連絡は来ないので、彼らが戻ってくるまで貴族の館で過ごした。
「リチアリの部族のことだったのだな。『魔法・魔術に長けている者と同じくらい、信頼を得ている人物』の意味(※2249話参照)。彼個人が、ではなくて、彼の部族がこの国では一目置かれているから」
ゴルダーズが言い難そうだった言葉を思い出し、ドルドレンは複雑な背景を思う。魔法に長けた・・・の箇所を、今なら理解する。昨日会った彼と今日の彼は、皮膚も髪も瞳も違う色だった。
あれは魔術系の何か、とイーアンがそっと教えてくれて納得した。イーアンは昨晩『明日、直に話を聞いた方が良い』と言っていた、それも理解する。彼女は何らかの話題で先に知ったのだろうが、説明するにあたり、リチアリは正体が曖昧な相手。
リチアリは最初、厩で『鳥を飛ばすしかできない魔法使い』と貴族出身の魔法使いを無能扱いした。そりゃ、見た目も変えられて、家も長年守れるくらいの魔法を使えるなら、そう見えるはずだとドルドレンもフォラヴも思う。
「魔法とは。この家の装飾は、そんな意味が」
総長とイーアンの部屋にいるフォラヴは、室内を見回して『とても想像つかない趣味だと感じていましたが』とふざける訳でなく呟いた。ドルドレンもじっと見つめ『一つ一つをよく見ると、そうだな』と同意する。
「リチアリの意見のようだな。彼がこの、けたたましいほどの装飾で、館を守っていたという」
本人からそうした言葉を聞いたから間違いないだろうと、ドルドレンは眠る赤ん坊を撫でながら話した。
ザッカリアも彫刻や色をしばらく眺めてから『この全部に、リチアリの目と耳と口が通じていたんだね』と不思議そう。
「リチアリがこの館を守るために、どこにでもリチアリに共通する何かがあるのか」
色の意味は解らないが、彫刻の殆どに人に似た顔がある。顔のない場合は、不思議な植物や動物らしい姿。薄気味悪いと言えばそうにせよ、ドゥージの話を思い起こせば・・・そして、『魔法使いではないが長けている』その意味を思えば、これらがリチアリの魔術道具の一つだったと解釈するのは難しくなかった。
「そう考えると、ゴルダーズ公は理解ある貴族に思う。家をここまで変えるのは、真実を隠しながら相当な額を注ぎ込むのだ。趣味も疑われるし」
「趣味は他人に関係ないですもの」
感心したらしき総長を、冷たく突き放すフォラヴは呆れた様子。執拗に惚れられた部下に同情するので、ドルドレンは黙った。その続きはザッカリアが引き取る。
「さっき俺、フォラヴに話したんだけど。あのゴルダーズって人。奥さんと子供がいるんだよ。でもこの館にはいないんだ。フォラヴが来るから・・・だろうね」
え?と眉根を寄せた総長に、頷く少年は『見えた』と保証。うんざりした顔で大振りの溜息を吐いたフォラヴは項垂れる。
「総長。私は男色に偏見はありません。ただ、私を女性扱いする見方は許し難いですし、仲間の前で仕事中でもああした態度を取る、遠慮ない人に言い寄られ、恥ずかしくさえ思います」
「分かっている。お前はこの仲間の誰より男らしい、とイーアンはよく褒める。気遣いも距離感も、勢いも覚悟も全て。俺もそう思う」
「・・・慰められます」
こうした微妙な会話も時折挟まりながら、また予言者による変化について話が戻る。ドルドレンたちの午後は、外の慌ただしさを隔てた室内で過ぎて行った。
*****
イーアンは、昨日と同じように・・・遺体の対処をしながら、心が潰れそうになった時、瓦礫を撤去する頼みが来て、午後のほとんど、町中の瓦礫や倒壊物の消滅に費やした。
本当に消しても良いものだけをその場で確認してもらい、二度と戻せないことを伝え、一回一回『紙』を交わした。これは、本部で提案されたことで、頼んだ側が後からイーアンに面倒を持ち込まない安全策だった。
思えばこれまでは、契約書的なものがなかったので、こうした慎重さは本来普通だろうとイーアンは思ったが・・・混乱収まらぬ二日目、客観的な視点が保たれていることの方が印象に残った。
イーアンが本部と町中を往復している間は、タンクラッドたちに会うこともなく過ぎ、夕刻近く、そろそろ今日は戻ろうと思った頃に、仲間の気配を感じ取る。ダルナの気配は微塵も感じないので、瞬間移動してすぐに帰ったのかも知れない。
仲間は『王冠』と共に町の外へ現れた様子。イーアンは気配のある方に向かうと、丁度『王冠』とタンクラッドたち、そして大量の木箱が地面に置かれたところだった。
そして――― 気配が、僅かにもなかった相手まで。
「イーアン」
「あ。イング」
イングの声と、龍気と、同時に振り返ったタンクラッドたちは、『しまった』といった具合に顔を歪める。イーアンも気まずく、宙に浮いたまま数秒反応に戸惑ったが、その数秒でイングは充分だった。
イングは消えるように移動する。一瞬、目を離した隙に『王冠』がまず消え去り、続いて青紫の男が消え、浮かぶイーアンの前に花の香と一緒に彼が現れる。
「誤解だ」
イングはイーアンの腕を掴み、真っ先にそう言った。
*****
やや問題は生じたにせよ。一先ず、タンクラッドたちが徒歩で戻り、その間にイーアンが荷物を館に往復で運び、全て持ち帰った後。
タンクラッドにも、オーリンたちから伝えた話『ゴルダーズ公は、魔物製品をデネヴォーグで作る気(※2250話参照)』このことで、魔物材料を前に裏庭で立ち話が進んだ。
裏庭の屋敷側に運ぶ際、執事を呼んでどこに置けば言いかを聞いたので、執事も少しの間、話に参加する形だった。
彼はこの町の工場で生産するものや、武器と防具の工房がどれくらいあるかを大体覚えており、主人が相談したなら、恐らく紹介される先は、どこどこでは・・・とあたりを付けてくれた。
話を聞くタンクラッドは、この町で作るなら丁度良かったと、運んだ量も質も十分望みに叶うと感じる。隊商軍本部がある町だけに、工房も揃いが良いし、加工に必要な道具や、特殊な工具、消耗品も工場で生産されているのは、この急ぎの事態での製作時間を大幅に縮めるに役立つだろう。
ダルナと指輪探しは明日に回したので、この夜は『デネヴォーグで生産する内容』を話し合うことにした。
気になるのはイーアンだが・・・魔物材料の箱を軒下に寄せた後、空へ再び出かけた女龍。ちらっと空を見たタンクラッドにミレイオが気付き『今度は大丈夫じゃない?』と言葉少なく、友達の懸念を流した。
そうだなと頷き、タンクラッドたちは屋内に入る。外はどんどん暗くなる時間で、職人が戻ったのを知った総長たちが迎えに出てきた。イーアンがいたように感じたが、とすぐに尋ねた総長には、ミレイオからやんわりと事情を伝え、夕食には戻る約束もしたことを教えた。
「忠誠心を疑われたくないような振る舞いである」
「忠誠じゃなくて、『習性』だ」
ドルドレンの溜め息混じりの一言を、親方はさくっと切り捨てる。大袈裟に捉えるなとイーアンには口酸っぱく伝えたから大丈夫だろうと・・・先ほどミレイオに言われたばかりの親方は、ドルドレンの肩をポンと叩き、続く話を『今日の動き』の報告に戻した。
皆は執事に呼ばれてこのまま食事の席に着く。早めの夕食なので、食事の時間に拘らずゆっくりどうぞと、執事も召使さんも退室した。
堅苦しくない食事の場。一日、どこを回ってどんな状況だったか、往復して材料を配分し、西と東の隊商軍に製品を分け、そこから軍に頼まれた先へもいくらか分けに動いたことを話し、ロゼールが先々で交わした書類や写しの資料の報告を添えた。
デネヴォーグに持ち帰った魔物材料は加工しやすい質で、自分たちの経験をすぐに伝えられそうであることや、提供元の地域から使用した製品の加工報告も写しを受け取っている。すぐにでも教えられる状態だと、タンクラッドが伝えると、ドルドレンは早速、夕食の席で明日からの予定を組み始めた。
*****
この頃、イーアンはと言うと。彼女は、人が退避した通りで魔物の残骸相手に作業中だった。
午後の障害物撤去時、隊商軍と『魔物の片付け』について話したイーアンは、取りかかれる時に早めに行うと答えたため、夜に変わる時間であっても、今日中に出来ることは・・・と荒れた通りで魔物の回収をしていた。
「運ぶ時は手伝う」
「・・・一人でも運べますよ」
「まだ誤解が解けないのか?どう言えば」
ふーっと息を吐いたイーアンは、作業で前屈みになっていた背中を起こし、暗がりに立つ青紫の男を見た。イングが帰らない・・・困るな、と内心思うが、親方の言うように性質なのかもしれない部分。
「私に従うよう、ビルガメスは言いましたが、こんな付きっきりの意味では」
「ビルガメスとは、どんな関係なんだ」
「は・・・はぁ?それ、答え必要ですか?」
対話に疲れて素が出る女龍は、何言ってんの?とばかりの顔を向ける。
イングはその顔を見て、ばつが悪そうに目を逸らし『少し情報が欲しいだけだ』と片手をさっとかざして、答えなくていいと呟いた。執着して呆れられている・・・そう見える女龍の態度に、また引き離されては困ると、イングは気持ちを抑える。
で、そのイングの態度もイーアンには『執着して呆れられるのを急いで修正している』と伝わるので、どうしたものかと目を逸らす彼を見つめた。
龍の爪では魔物が壊れるので、白いナイフでちょこちょこ時間をかけて解体しつつ、イングの受け答えも流しつつ、ここまで来ているが。彼の話は狙いが定まっていて、タンクラッドではなくイーアンと動きたい要求が籠められていた。
無理って言ったのにと、ビルガメスに反対する行為を願われている状況に、イーアンは受け入れられないと拒んでいたが、イングは引き下がらないどころか、『何をすれば、少しでも近くにいられるか』をひたすら訊き続ける。
この時間だって見ようによれば違反じゃないの・・・と、イーアンは参る。が、イングには解らない。彼は相手を悩ませている感覚より、近付きすぎずに話している、そこを重視しているから。
タンクラッドが『ダルナは習性』と言い切った言葉は、こんなにしっくり来るものかと思う。
埒が明かないので、イーアンは解体した魔物の持ち帰る分を分けながら、イングには『今日はもう帰る』とそれだけ答えた。彼が黙っているので、そちらを見ずに作業を進める。縛るものないかなと呟いて、瓦礫の転がる通りを見渡すと、目の前にポトッと・・・巻いた綱が落ちた。
「それでいいか(※魔法)」
「・・・・・ 」
「明日じゃなくてもいい。また話がしたい」
「イング、それは」
「利用なんてつもりじゃなかった。側にいて力になりたいだけだ」
その綱一つのように、と・・・青紫のいかつい面立ちの男が寂しげに呟く。解るんだけどね、とはうっかりでも口に出せないので、唸るイーアン。
悩む女龍の姿に、イングは今日は諦めたのか。少し首を横に振って、数歩近くに来ると、綱を拾い上げない女龍に代わって、手振りだけで丸めた綱をほどき、山になった魔物の体へ綱を渡し、ひょいひょいと指先を動かし、持ち帰る材料を結んだ。
「自分でやります」
持ち帰り支度が済んでしまってから、溜め息と一緒にイーアンが断ると、イングは少し投げやりな返事。
「こんな些細でも、お前に従わないと言われるのか?」
また呼んで欲しいと肩を落として呟き、イングは花の香りと共に消えた。
すごく疲れたイーアンは、のろのろと魔物材料を持ち上げて、残った残骸を消してから、貴族の家へ戻った。明日も材料集めと魔物消去だ、と思いながら。その時間、また来そうだなとも・・・困りながら。
お読み頂き有難うございます。




