2253. 『知恵の還元』の伝説・ザッカリア帰宅・予言者
☆前回までの流れ
魔物退治の翌日。ドルドレンたちは、誘いを受けゴルダーズ公の家へ移動しました。夕食後、『民をまとめる者』の話題に詰まったゴルダーズ公は、それが誰かを知っている様子でした。席を外したイーアンは、不思議な庭師リチアリと話しをし・・・
今回は、リチアリとの会話から始まります。
――『恐怖に襲われる時。名も無き精霊の部族が民を指導し、大きな力を味方につけて民を守り、恐怖が過ぎ去った暁には、アイエラダハッドの大地は洗い流され、古いものと新しいものが入れ替わる』
伝説の予告。この最後の部分が、貴族ゴルダーズに引っかかっている様子。
『古いものと新しいもの』は、貴族が統治している世の中が入れ替わることを示している、とゴルダーズ含め多くの貴族は解釈。
伝説自体は有名で、アイエラダハッド史『知恵の還元』と呼ばれ、教育を受けた者は大抵知っているらしく、この伝説は二度目の損失を暗に伝えていると怖れられた。
イーアンはこの前、精霊の祭殿・門番5人目の試練を知ったからピンと来たのだが、『知恵封じ』の痛手が一度目に思う。
魔法と科学が同時に現れた時代。科学の齎す危険を懸念した精霊は、科学を封じた。些細な化学変化などは放っておかれ、研究や探求などは、人間が取り組めないようにした。結果、魔法が残った現在。
だが当時の書物は僅かながら残り、それらは僧院で細々と管理され、以後、門外に出されることはなかった様子。貴族たちが、名残の知恵を知ることはなかった。
魔法についても、強力な魔法使いがいた時代で、バニザットに似たようなのが他にもゴロゴロ存在したようだが、それも縮小されたと解釈できる。なぜなら、アイエラダハッドの魔法学校の教育内容は、魔法の最下ランク止まりらしいと知ったから。
で。イーアンが思ったことは。 知恵封じの後、アイエラダハッドは、現実主義がものを言う貴族の時代が来たのだろう。
精霊信仰は追い払われ差別対象、彼ら貴族が幅を利かせるようになり、今はそれが続いている。
伝説が本当になると、これが一変するわけだ。
未来予告がじわじわと真実味を増す『魔物時代』に突入し、ハイザンジェルから始まって、テイワグナ、続いてアイエラダハッドに魔物が出現したことで、嫌でも意識せざるを得ない状況に来た。
未来予告『魔物時代に立ち上がる、精霊の部族』が、国のどこかに現れる。
そうすると、ここまでの貴族が主導権を握っていた時間―― 教育・知識・現実的な思考 ――は『古いもの』、排除してきた少数民族や地方の精霊信仰が『新しいもの』とされ、立場が逆転する。
知恵閉ざされた過去を持つからこそ、もう一度、知恵を閉ざされると感じる・・・二度目の知恵の示すところは、自分たちかもしれない、とゴルダーズが懸念し悩むのは理解できる。
その鍵たる『精霊の部族』が、自分の使用人の一人『リチアリ』と直感で結びついたか。
イーアンが推測し終えて彼を見ると、待っていた庭師は『納得されたんですね』と確認。イーアンは頷いて、要はこういうことですか?とお浚いさせてもらう。
「『知恵の還元』伝説。未来予告される、有名な逆転の場面を、ゴルダーズ公は意識している・・・ リチアリはこうなると分かっていたから、自分の名や存在をぎりぎりまで公にしないよう、約束でお願いした。合っていますか?」
「そのまんまです。伝説で、『どこに・どんな人物・いつ』の詳細はありませんから、アイエラダハッドの他の地域で、同じ条件を果たす誰かが立ち上がる可能性もあったわけです。あなた方がここまでこの話を持ってくるまで、私とは限らない、そういう意味です」
ここまでと言いながら、下を指差した庭師は、『揺るがない特定を見るまで、混乱を招かないよう内密にした方が良い』と話す。
賢いリチアリに、イーアンは同意する。きっと彼は、自分がこの立場を受けることも知っていたと思うが、謙虚で慎重に行動していた。
ちら、と館の明かりに目を向け、溜息を吐く女龍は『さて、私だけが知った秘密をどうしましょうね』と呟き、横に座る庭師に視線を戻す。
「冷えましたでしょう。私は寒さに関係ない体で大丈夫ですが、あなたは人の体だし」
凍える風が吹く、壁のない東屋で夜の会話。震える様子はないが、暗いからよく見えない。庭師も無理をしているのではと気遣うと、彼はにこりと笑って『凍えない程度の対処はしています』と自分の胸をポンと叩いた。首から下げた小さく風変わりな木片が揺れる。
「・・・それは、魔法ですか」
「そう呼ぶことも出来ます」
「なら、良いですが。しかしあなたのご主人は、自分が貴族の時代を終わらせるかもしれない不安で、口を閉ざしています。あなたが彼に助言した方が良くありませんか?」
寒さに対応しているのは良いとして。話を戻すイーアンは、『寒いから部屋へ入って→そのまま主人に言えば?』の流れを変え、直通で『言えば?』に縮めた。
「そうですね・・・私を隠す約束がもう必要ない、と私が直に伝えたら、後はご主人様次第ですものね」
リチアリの顔から笑顔が消える。彼を見つめるイーアンは、言い難いだろうなと察しはするが、リチアリの背中を押すために、今度は自分の情報を与えた。
ヤロペウクが教えた、連続するであろう襲撃の到来と、民を集めて精霊に保護してもらう方法。そこまでの加速・・・・・
リチアリの眉根が寄り、『もうそんなところまで』と驚きの声が漏れる。彼の喉が唾を飲み込む動きをし、イーアンも大きな溜息を吐いて『本当です』と認める。
「かと言って、魔物が終わる決戦ではないです。決戦まで怒涛の震撼が続く、という。リチアリ、あなたは私に『風の質問』として訊ねましたが、私に何を望んだのか、まだ聞いていません」
『混乱の時を、誰と進む?』―― 進む相手に選ぶ理由。はっきり聞いていない。リチアリは答えをまた渋る。
「あなたたちだと思うのですが。確実なくらい確実な、龍のあなたがいる以上・・・でも、もう一つ、私が決意するには足りない」
「もう一つ、って?」
「それを私が言うのも」
じーっと見つめたイーアンは、はたと気づいた。まさか。まさかここまで来て、『これ』のこと?
龍と『これ』の重要さを比較すると、却って訝しく思うが、自分の表情を見守る彼の視線に、それが正解のように感じる。
「あのう。もしや。これ?」
クロークと内側の青い布を払い上げ、イーアンは片腕を見せた。
「ああ、そうです!それです」
安心した笑顔に変わった庭師は、立ち上がって右手を差し出す。祈祷師や占い師に見せるよう言われた、あの絵。
やっぱ、これなんだ・・・と唖然としつつ(※龍の自分<絵)、イーアンも立ち上がって彼の手を握る。しっかり握手し、決心した力強い笑みを向けたリチアリは、改めてこう言った。
「待っていました。世界の旅人。条件の全部が私に整いました。私が動き出す時が来た」
*****
イーアンは、リチアリにまだ聞いていないこと―― 予言者は誰か ――があったが、『近い内に教える』と言われたため、東屋での時間は終わり、二人は館に入った。
リチアリはイーアンを皆のいる部屋へ連れ、『主人には半日以内に話すつもりで、時間を取ってもらう』と、イーアンに伝え、彼は使用人の部屋へ帰った。
食堂で話をしていた皆はそのままで、戻ったイーアンを労い、魔物はいたかどうかを質問する。が、イーアンは見張りに出ていないので、『問題ない』とだけ答えた。事実、魔性は感じていなかったし、とりあえず大丈夫。
それから、話が長引いたのもあり、夕食は片付けられていたので『タンクラッドの食事を用意しておいてほしい』と伴侶に話すと、それはもう注文済み。ザッカリアの分も取り置いてもらった、と返事が戻る。ザッカリアは今夜戻ってくるらしい。
他・・・イーアンは、コルステインがどうしたかと思い、ロゼールの側へ行き『タンクラッドからコルステインに』とそっと話す。ロゼールはすぐに了解してくれて、『今。伝えます』と席を立って廊下へ出た。
外から戻ったイーアンが、ちょこまか動き終わった後。
部屋に入ってからずっと感じる視線に顔を向けると、貴族が見ていた。目が合ったゴルダーズは疲れた微笑みを浮かべ、もう一杯お茶を飲まないかと誘ってくれたが、イーアンは断り、代わりに『もう休みましょう』と言った。
話は途中だったようで、ドルドレンは中断に戸惑ったが、ゴルダーズは飛びつく。そうしましょう、今日は忙しかったから、と椅子を立って客人を見渡すと早々に『おひらき』の挨拶をした。
「私は前庭の避難所を見に行きます。皆さんもどうぞ、一日の疲れを癒して下さい。部屋はさきほど案内しましたが、間違いがないよう、執事のサヌフが改めてご案内します。では、ひとまず失礼します」
「あ。ゴルダーズ公」
呼び止めたドルドレンに、貴族はニコッと笑って『明日の朝、また』と・・・逃げるように部屋を出て行った。
入れ替わりでロゼールが部屋に入り、『もう、話は終わりですか』と訊ねたが、それにドルドレンが答えるより早くイーアンが『そうです』と答えた。ドルドレンは奥さんに眉を寄せる。
「イーアン。一刻を争うのに。まだ話は」
「その一刻を早めました。明日には、彼から話が出るでしょう」
「君は何を・・・何かしていたのか?」
意味深な返事をした女龍に、ドルドレンはハッとしたがイーアンはそれに答えず、皆に今日はもう休もうと促す。明らかに、何か仕掛けてきたと分かる流れ。
面白そうに口端を吊り上げたオーリンが立ち、側に来て『何をしたやら』と笑う。イーアンも少し笑って『すぐわかります』と言い、聞きたそうなミレイオやフォラヴにも軽く頷くに留め、全員部屋から出た。
廊下に待機していた執事のサヌフが挨拶し、皆を労い、浴室の案内と各自の部屋を教え、今夜はここまで。
赤ん坊の風呂があるので、ドルドレンは部屋で着替えを手にしてすぐ風呂へ行こうとし、サッと振り返ってイーアンに連絡珠を渡した。
「ザッカリアから連絡が来たら」
「はい。私が迎えに行きますので大丈夫」
「・・・イーアン。後で話してくれる?」
「明日、すぐに分かると思いますよ」
ドルドレンが心配して気にするのは分かるが、自分が予想を言うより、ゴルダーズとリチアリから聞いた方が良いと思う。
灰色の宝石のような瞳は、淡く室内を照らす蠟燭の光に透き通り、じっと見られると教えてあげたくなるが(※目力)、イーアンは『明日、明日』と伴侶の背を押して風呂へ行かせた。
この後。広過ぎるくらいだだっ広い部屋の、大型ベッドに腰掛けたすぐ、イーアンは片手に持っていたザッカリアの連絡珠が光ったので交信。魔導士に送ってもらったそうで、デネヴォーグの空にいると言う。
『迎えに行きます。待っててね』
さっさと窓を開け、イーアンは翼を出して空へ。裏庭側の窓なので、見ている人はいないが、そそくさと上へ急ぐ。ザッカリアの龍気を辿って間もなく、緑の風が側を抜けたと思いきや。
「うわっ」
「ごめん、大丈夫?」
イーアンの両腕にザッカリアが置いて行かれた(※空中)。慌ててがっちり抱きかかえ、『危ないったらありません。落ちたらどうすんのよ』とプンプンしながら、イーアンは受け取ったザッカリアを連れて南東の町外れへ飛んだ。
魔導士の乱暴な受け渡しに文句を言うイーアンに苦笑しつつ、ザッカリアは町の様子を見て溜息を吐く。でも、と思い直し、『もうすぐ着きます』と自分を見た女龍に、今までどこにいたかを教えた。イーアン、びっくり。
「え?テイワグナまで行ったの?今?」
「そう。馬車にもう、積んでくれたと思うよ」
「ノクワボの水・・・あなたって子は。なんて素晴らしいことを」
「タンクラッドおじさんがよく使うしね。この先も水は使う」
はたと真顔に戻るイーアンに、肩越し、レモン色の瞳を向けた少年は寂しそうに微笑む。『使うんだ。また、すぐに』と繰り返し、イーアンも覚悟はしているのでゆっくり頷いた。
そして、二人はゴルダーズ公の館に到着。裏庭側の窓で少し開けておいた角度が、外の僅かな光を反射する部屋へ入った。ザッカリアは部屋の広さに驚いていたが、それはさておき、イーアンは彼にも風呂を勧め、一緒に廊下へ。
取り置いてもらった食事も、とか、これまで一日の話、とか。そうしたことを廊下を歩きながら報告し、ザッカリアも長い夜を終える―――
―――この、二人が戻ってくる空に浮かんだ影を・・・使用人の一室から眺めていた男がいた。
「もう、いよいよだな。あの子供が私を見たら、どうせ私を見抜く・・・ふぅむ。彼に代弁してもらうのも、良いかもしれない」
フフッと笑った顔は、夜の僅かな外の明かりで暗く見えるが、実際に肌の色は濃く、褐色の肌を持つ男は、この家の使用人にいない容姿。深緑の目は、どこか人間離れした光を持ち、夜空を降りてくる白い翼の女龍と、彼女に抱えられている少年を見ていた。
お読み頂き有難うございます。




