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魔物資源活用機構  作者: Ichen
前舞台前兆
2251/2965

2251. ノクワボの水・ザッカリアとラファルの話・ラファルとリリューの話

 

 タンクラッドがダルナを呼び、戻ったイーアンが、既に始まっていた夕食の席に案内された頃。



「もうすぐ?」


「まぁ・・・そうするか」


 もうじき夜が来ると知ったザッカリアは、魔導士に『何持って行けばいいかな』と、荷物の準備を聞いてみる。旅行じゃあるまいし何も要らんだろ、と素気無い答えに、ラファルがちょっと笑った。


「気を付けて行けよ。()()()()()じゃ、虫やら面倒な生き物が多そうだから」


 ラファルは、近くに置いてあった水の容器に指を浸すと、ザッカリアの側へ行き、彼の両肩に、とん、とん、と濡れた指を付けた。不思議そうに見上げるレモン色の瞳に、『俺の国の迷信だ』と冗談っぽく伝える。


「ラファルの?」


「昔な。子供が外行く時の・・・危ないだろ。子供はいつも解ってないから。だからこうやって『無事に戻るまじない』、ってお前は大きいけどさ」


「・・・ううん。背が伸びただけだ。まだ、()()()()だよ。有難う」


 ラファルのこんな一面が見られて嬉しくなる。ザッカリアはニコッと笑って『気を付けるよ』と答え、魔導士が開けた扉へ走って行った。振り返って、手を振る。メーウィックの姿のラファルも笑みを浮かべて頷いた。


 扉を閉めた後はすぐ、緑色の風に変わった魔導士に抱えられ、ザッカリアは出発する。



「ショショウィ、久しぶりだ!」


 思わず嬉しくて声を上げる少年に、風は『そんなに久しぶりか?』と聞き返す。その辺の事情は本人(ショショウィ)に聞いて知っているが、一応。


「本当はさ、タンクラッドおじさんがお昼に呼ぶ約束なんだけど・・・すぐに俺たちに用事が入るから、連続じゃないんだ。俺がいない日に呼んでいる時もあるし。移動中だとタンクラッドおじさんは御者で、ショショウィは目立つから呼べないでしょ?昼休憩は少し会うみたいだけどね。皆の前で呼ぶのは少なくなったかも」


「理由が本当かどうか」


「疑うの?」


 ()()な、と答えておく(※ショショウィは『タンクラッドに会わない』と言う)魔導士。ザッカリアは『タンクラッドおじさんを疑わないでよ』と注意したが、話は続くことなく別の話題に変わった。



「目的地までショショウィが一緒なら、俺は外にいる。分けてもらえるだけ、水を持って出てこい。馬車に届けてやる」


「うん。有難う・・・俺、いつも思うんだけど。気を悪くしないでね」


「なんだ、その前置きは」


「バニザットって、優しいよね」


「・・・・・ ()()()()に」


「分かってるよ。取引がないと、優しいのがバレちゃうんだ」


 風は無言になった(※苦手)。『引き換え』の条件は続かない。つい、笑みが浮かぶザッカリアだが、魔導士が恥ずかしいと可哀相だからと思い、笑顔を引っ込め、この後は二人ともだんまりを通した。


 この間。テイワグナに向かって飛ぶ夜空を眺めながら、ザッカリアは午前に連絡が来た、総長とのやり取りを思い出す。



 ―――総長に聞いた。ノクワボの水がもう無くなること。


 剣を作るためにタンクラッドおじさんがテイワグナへ飛んで、ノクワボに貰って帰った日(※1851話参照)。


 あれからずいぶん経つ。魔物製の剣を工房に指導する際も、『剣鍵』も作って少しずつ使っていたらしく、今回のデネヴォーグの水を清めるため、残り僅かになったそう。


 近隣の町に持ち込むことはなかったみたいだけど、それはもう浄水の作業が始まっていたからで・・・本当は『タンクラッドとしては、近くの町の水も清めたかったようだが』と総長が話していた。


 それと。総長は、俺の居場所を聞いた後、デネヴォーグの戦闘の結果を教え、宿泊先が変更したことも伝えた。


 貴族の家で、『ゴルダーズだ』と言われたすぐ、『フォラヴを守って』と頼んだが、総長はそのつもりだから安心するようにと答えた。どうして変更になったか、理由まで総長は言わなかった。


 とりあえず、帰る時には迎えに来てくれる約束で、交信を終えた―――



 ノクワボの水は、少しでも凄い効果が出る。この先も頼る事態は、確実に()()()。皆が身動きの取れない状態なので、ザッカリアはこれをどうにかならないかと・・・魔導士に相談した。


 昨晩の戦闘時、総長とオーリンから引き離されたザッカリアのその後は、瞬時に現れた魔導士によって、『部屋で待機』だった。魔導士が来たのは彼曰く『たまたま』だそうで、とりあえずザッカリアはそのまま、魔導士の部屋で過ごしたため、午前に総長から連絡が入った時も、彼が横にいた。


 で、状況を丸ごと話した。聞くだけ聞いて、魔導士は少し考え『夜になったらテイワグナに連れて行ってやる』と自分から引き受けてくれた。


 ということで、今こうしてテイワグナへ移動中―――



「お前がラファルに驚かないとはな」


「ん?」


 不意に話しかけられ、何かと思ったら、緑の風は『すんなり馴染んだろ』と続ける。

 ああ、それか、とザッカリアは頷いて『なんとなく分かっていた』と答えた。見えていたわけではないが、ラファルが変化するのは感じていたから、と言うと、『それが龍の目なんだな』と風は納得していた。


 姿の変わったラファルに会ったのは、今日が初めて。今日、というか、さっき。


 昨晩引き取られた部屋にはラファルはいなかったし、午前中も魔導士が出たり入ったり忙しなかったものの、ラファルには会わなかった。


 ザッカリアとラファルはそれぞれ別の場所にいて、魔導士は双方の様子を見ていたらしかった。そして午後にザッカリアが別の部屋へ移動し、夕方前にラファルと魔導士が戻ってきた。


 その時、ラファルが『古のメーウィック』姿になったのを目にしたが、ザッカリアは彼がラファルと一秒で見抜いた。

 ラファルだよね?と目を丸くした少年に、ラファルは笑って『良く解ったな』と・・・・・ この後は、普通。元気だったかとか、ラファルはどうだったか、とかお互いの話で夕刻まで過ぎた具合。


 少し、ロゼールに似ているな、とは思った。だがそれは髪の雰囲気や目に映る印象であって、仕草も喋り方も呼吸の息継ぎもラファルだったので、ザッカリアに何の違和感もなかった。



「今日、水を持って戻るよ。ええと、貴族の家らしいんだけど」


「近くでドルドレンに連絡しておけ。馬車に水は積んでやる」


「うん。それと・・・あ、もうテイワグナだ」


 それと、と言いかけたザッカリアの視界に、黒い大きな大陸が入った。冷たかった風が温さを含み通り過ぎてゆく。もう着いたと喜んだ後、間もなくザッカリアと魔導士は、白い猫のいる山へ下り、あの墳墓のある場所へショショウィと一緒に行き・・・魔導士は墳墓の外で、ザッカリアは中へ入った。



 言いかけた『それと』の続きは、自分が最近、空へ上がらずにいる理由だったけれど・・・またの機会に話そう、とザッカリアは思いつつ、白い猫と並んで歩き、龍頭人体の大きな精霊と再会した。



 *****



 魔導士が留守にする夜。窓辺で煙草を吸って、ラファルはそろそろかと窓の外を眺め、待つようになった。


 時間はいつも曖昧。待たされるのが苦痛ではないラファルなので、窓辺に椅子を寄せて座り、ぼんやりと外を見ているだけ。煙草を吸うか、ぼうっとしているか。


 ぼうっとしながら、いろいろと毎回思う。

 なぜ()()()()を日常に取り入れたんだろうとか、なぜ俺と話が続くのかとか。



『ラファル』


 頭の中に声が響く。それは声というには、少し分かり難い音。高くも低くもなく、濁ってもおらず澄んでもいない。率直に『言葉』として伝わる、混じり気のない音に感じる。


『リリュー、毎日来るんだな』


『バニザットが、良いって言うから。今日も出かけるした?危ないのない?』


 ないよと、答えて、外の離れた場所に青く見える相手に微笑む。昨日は大変だったらしく、リリューはロゼールという男を守った話をしてくれた。昨日、大きな攻撃があったのはザッカリアに聞いたばかり。それのことを言っているんだろうと見当をつけ、リリューが話すのを聞く。


 聞いていて、分かり難い箇所が長引き、ラファルは彼女を止めた。青い姿は暗がりにふんわり浮かび上がり、白っぽい金髪と青い肌、女の体に透ける虫の翅とトカゲの手足と尾が見える。

 こちらに向いた彼女を見ながら『その、ロゼールという男が、メーウィックの魂か?』と要点を訊ねた。


 そう、と答えるリリューは、素直に思うことも話す。ロゼールを守って、ラファルを守っていれば、メーウィックと()()()()()だと。

 ここまでは正直に伝えるが、リリューなりに遠慮しているつもり。

『いつか二人が一つになって、メーウィックにまた会えるかも』の期待までは言わない・・・・・



 話を聞き、ラファルは『ロゼールと俺は、一人の男―― メーウィック ――が二人に分かれた具合』と理解する。

 分離して存在しているような、その片割れが自分・・・と奇妙な感覚を受けつつ、ラファルは改めてリリューが『メーウィックを心から慕っている』ことを感じた。



 彼女がメーウィックを語る時、その話し方が嬉しそうで。心配している時は、本当に心底心配と伝わる、リリューの言葉一つ一つに、愛情と終わらない慕情を知る。



 ラファルは、自分らしからぬ思いが過った。俺がもし、()()()()()()()()として・・・でも彼女が喜べるなら、それはどうだろう?と自問自答。短い疑問への返答はすぐだった。


『俺は気にしないかもな』


 自分への返事が、意外としっくり嵌る。この時、目を逸らしていたのだが、ふと目を上げると、少し近くに来たリリューが見つめていて『気にしない?』と聞き返す。ああ聞こえているんだった、と思い出したラファルは、少し頷いた。


 自ら発光するリリューは結界の外とは言え、近寄った分だけ、容姿がこれまでより鮮やかに見える。不思議な合成的な姿だが、ラファルに何の抵抗もない。綺麗な女だと、全身含めたトカゲの手足や透ける翅を眺め、彼女が喜べるなら力になってやりたいと思った。



 これだけ、一途に一人の男を思い続ける。

 いなくなって数百年経った今でも、変わらない愛情を知った彼女は、それを抱きしめて大切にしている。


 自分が彼女のように、誰かを思ったことがないラファルにとって、リリューの純朴な愛情はとても貴重に映り、何かの形で報われてほしいとも思う。


 もしそれが、俺に出来る事ならと・・・守る者も何もない自分を並べたら、自然と『俺が俺じゃなくなって、メーウィックになる可能性があるなら、それもいいか』と思えた。決して無理したわけではない、淡々と導き出された答え。



 その淡い思いは伝わっているが、リリューはすぐに話しかけず、少し戸惑って瞬きをし、それからニコリと笑って・・・『ラファルはラファルで良い』と言った。


 リリューの心の中に、小さな反省が生まれる。ラファルが、彼自身であることより、メーウィックになってあげたい、と考えたことに。

 そう()()()()と気づいたリリューは、何だか嫌なことをした気がした。

お読み頂き有難うございます。

18日(金)の投稿をお休みします。


8月に入ってから、地域猫が一頭、なぜか私の家に来て食事を求めるようになり、痩せこけた足の不自由な猫を前に断れず食事と水を提供する毎日。ですが、かと言って一緒に暮らすわけにいかない理由もありで悩み続けて、早半月。

良い解決が出なくて、気付けば四六時中考えていまして、ちょっと日常に支障が(疲労)。

こんな理由で申し訳ないのですが、一日お休みしようと思います。ご迷惑をおかけしますがどうぞよろしくお願いいたします。

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