2250. 『民をまとめる者』とは・被災後の仕事~イーアン・タンクラッド
『魔物について知りたい』と言った、ゴルダーズ。
意外な切り出しに、職人たちは目を見合わせる。最初にそれ・・・と、大貴族の印象とは異なる要求に、さらっと片手を挙げたのはオーリン。
「昨日の魔物なら、俺が」
オーリンは総長に喋らせたくない。彼は『悪く言われたばかり』で、下手な会話を避けてやりたかった。他の者も外に出ていないと聞いているし、ドゥージは少し表にいたが、今回は戦闘に加わっていないので、自分が話すに丁度良い。
オーリンの気遣いに、ドルドレンが微笑む。オーリンは彼に頷いて、話し出す。『昨日のじゃなくてもいいけど。俺は解体もするし』と貴族に言い、どんなことを聞きたいのかと要点を質問。解体の言葉に、ちらっと見たゴルダーズは『製品になる話と、製品にならない魔物の扱い』と答えた。
魔物への知識、活用できる種類、被害対処の例。専門家に話を聴く一般人、の状態で、ゴルダーズは教えを請う。
魔物資源活用機構の書類は目を通していたが、直に聞くと違う。ゴルダーズは送られてきた製品の記憶と、作った彼らの話を重ねながら、小さな疑問も質問し、言葉に気を付けながら、最終的に求めているところまで進めた。
「この先も魔物が出るなら。倒すごとに材料を集め、装備を作った方が良いと私は思いました。既に完成した剣や鎧を買うのが一番ですが、取り寄せている時間がない時もあるでしょう。
最速で入手するなら、この町で作れないか・・・いえ、すぐに出来るほど簡単ではない、と解っています。ただ、一晩でこれだけの死傷者が出たので、次もどうなるか。とにかく戦える準備はしなければいけません」
ゴルダーズは近隣に続いて連続した魔物襲撃に、装備を用意する期間の短縮を急ぐ。
こうした時、『町を守ってほしい』と頼みこまれるのが、これまでだったのに―――
大貴族の彼は、守ってほしいと頼む代わりに、『魔物製品を作り、逸早く装備を整えたい』と言った。
だから協力してほしい。だから、力を貸してほしい。机に置いた、半分減った茶の容器から視線を動かさない貴族が、祈る様に呟く姿に、フォラヴ以外・・・ミレイオたちは心を打たれる。
資金相談で会議に来ていた朝とは意識が変わった印象に、ドルドレンは『精霊の予言を、彼に伝えた方が良いかどうか』を思った。
・・・早過ぎるだろうか。でも、ここまで真剣に戦うことと守ることを考える権力者なら、早く話した方が、手を打つ時間を少しでも多く取れる気がする。
彼は東部の民のまとめ役だろうし、次の攻撃がいつ始まるかわからない。『広範囲に魔物が出続ける・早急に装備を用意する』これを彼が理解した以上は、話しても恐れさせはしないだろう・・・・・
「ゴルダーズ公。あなたの考えは、是非、協力したいと俺も思う。この町で生産するのが一番早い。取り寄せるのも並行して進めるが、昨日の魔物を材料にして武器・防具製造に取り組もう」
「宜しくお願いします。工房と工場区にすぐに伝えましょう」
「うむ。それと、今・・・俺も伝えておこうと思うことを考えた。聞いてほしい。これを聞き、あなたにまた別の動きが加わるかも知れない」
「なんですか?」
同意した総長は少し間を開け、その間合いに貴族は、自分の考えに伴って何か恐ろしいことがあるのかと緊張する。
静かに息を吸い込み、総長はこの町ですべきこと―― 隊商軍以外の用 ――を打ち明けた。それは、精霊の予言。動揺は見せなかったが、ゴルダーズは自分に何を求められているのかを理解し、茶を飲みかけた手は止まったまま話を聴き終えた。
「・・・俺は『民をまとめる』のは、あなたのことだと思った」
戸惑い瞬きの増える貴族に視線を向け、総長は『だから話した』と続ける。
しん、とする部屋に、ゴルダーズが何度か息を呑む音が大きく聞こえた。ミレイオたちは、この貴族がそうなのだろうか?と見つめる。
ドルドレンの話を聴いた彼は、明らかに動揺して戸惑っている。事務的で流れるように物事を進める人の印象だけに、違和感のある態度。皆の視線を受け、貴族は小さく咳払いすると頷く。
「いかにも。立場上はそうですね」
控え目に答えたゴルダーズは、そう前置きしたものの、続けた言葉は意外だった。
「ですが、民を実際に誘導できるのは、別の人物です。私ではなく」
「あなたではない?誰か、他に適役がいると・・・あなたはご存じなのだな?」
ドルドレンが追いかけるように質問すると、ゴルダーズは頷いたが目を逸らす。彼は、その人物に総長たちを紹介するのも、この重要な話を持っていくのも躊躇って黙った。
黙りこくる貴族が、目も顔も伏せて、椅子に前屈みで背を丸め、悩むこの反応・・・もしかしてと、ドルドレンが過ったことを呟く。
「もしやそれは、あなたが雇う魔法使いか?」
総長の小さな一言は、静かな場に響く。ゴルダーズは、ふーっと息を吐いて顔の下半分を手で拭うと、迷いながら声を潜めがちに答えた。
「あの・・・いえ。そうとは断言しませんが」
断言しないと言うが、否定もしない。彼が雇っている魔法使いか、と察したドルドレンも皆も、一気に沈んだ。貴族の魔法使い相手、いい思い出は一つもない。
ロゼールは大きな溜息を遠慮なく吐き、どさっと背凭れに体を預ける(※態度に出る)。
「魔法使い、ではないんですよ」
ロゼールの嫌そうな態度に、エカンキ町・メタカス家の『金の鳥』について書かれた一方的な文書を思い出したゴルダーズは、赤毛の騎士のために、それだけは先に伝えた。ロゼールより早く視線を向けた灰色の瞳に、ゴルダーズも言い難そうに少しだけ示唆を出す。
「魔法・魔術に長けている者と同じくらいに信頼を得ている』人物ですが、ここまで重大な内容を任せるには、表立っては難しいとしか」
魔法使いではない―――
でもその道に長けていて、多くの民に信頼も得ている実力者。それなのに?
客人の目が集まる場で、ゴルダーズの溜息がもう一度落ちる。『その人物は、公に目立つことを好みません。名すら知られるのを拒みます』まずこれが最初の理由で・・・と、相手をどこまでも隠したがるように、彼はまた黙った。
*****
人々の信頼を得る実力者なら、誰もが知る所の人物だろうにと・・・『名すら知られたがらない隠れた存在』とは、一体どういうことか?と皆が顔を見合わせる、ゴルダーズとの時間。
町へ出かけたイーアンとタンクラッドは、それぞれの仕事をこなしていた。
タンクラッドは隊商軍本部を訪ね、エダンがいたので彼の無事に安心し、『剣の状態を見に来た』と手入れを申し出て、広間に通された。
イーアンは、一つの町で『消滅』が終わるごとに報告し、また出かけ・・・を繰り返していたが、数か所の町が終わってデネヴォーグを回り始めた時、タンクラッドは『お前の心が心配だ』と、女龍の沈む表情に呟いて、次を止めた。
「もう、数で言えば二十ヶ所も回ったんだろう。町一つに数か所回って、デネヴォーグも続けたら心がへし折れるぞ。お前しか出来ないとは言え、今日はやめろ」
「でも」
「『遺体の山』を見続ける心境は、男の俺でもきつい。他の町の対処が一通り済んだなら、デネヴォーグでの遺体消滅は、明日にしておけ。引っ張るとその分、発見されて増えるだろうが、お前が連続で行うのは俺が堪らん」
俯く女龍の腕をそっと掴んで引き寄せ、タンクラッドは女龍の背を撫でながら『龍だから大丈夫、じゃないだろ?』と言い聞かせる。
―――集められた遺体を消滅させるのが、イーアンに頼まれる手伝いで、瓦礫などはその後。
一日開けてしまったこともあり、イーアンは町長と約束していた、被災した近隣の町へ行き、消滅対処をした後、『あちらの町も行ってあげて下さい』と手紙を受け取り、次の町へ飛んだ。
次の町も数か所に分けられた遺体を消し、やはりここでも町長や役場職員に、また次の町を頼まれ・・・そうして頼まれる度、遺体を消しに行き、終わると一先ず親方に知らせた。連絡珠を使わず、行ったり来たりを選んだのは、親方は剣の世話をしていたので、彼が連絡に手間取らないためだった。
が、デネヴォーグに戻り、最初の遺体消滅を終え、イーアンがタンクラッドに報告した時、タンクラッドは眉を顰めた。一回一回伝えに来る女龍の顔が、どんどん沈鬱に変わる。
デネヴォーグで、『三ヶ所目を終えました』と報告に戻ったイーアンを、タンクラッドは止めた―――
「心が壊れる。頼む方の気持ちも分からんでもないが、『龍なら平気だ』とでも言えるか?お前がこんなに苦しい顔をしているのに、無理させていると気づかない。必死だとか昨日の今日だからとか、相手を気遣うこっちの気持ちが当然、じゃないんだ。相手にも理解は必要だぞ」
うん、と声に出さずに頷くイーアンに、タンクラッドは溜息を吐く。彼に剣を見てもらっていた軍人たちも、イーアンの沈む顔に言葉が見つからない。
遺体を埋められるならそれが一番だが、夥しい死者が出たので遺体保管は到底間に合わない。
埋葬したい親族家族の遺体を引き取りに来る者も、勿論少なくないにせよ、彼らもいざ『墓地に埋葬・葬儀』の手続きの話が出ると、この破壊された町の現状、全てが滞ることを嫌でも理解せざるを得ない。
埋葬できる目安も立たない以上、墓も葬儀もないわけで。辛いが、三日も経てば遺体は目に見えて変化し始める。夜は凍る気温であっても、置かれた肉体は崩れてゆく。
『空神の龍が、空に帰してくれる』と、どこからともなく囁かれていた慰めは、数日前に被災した町からデネヴォーグにも広がった。
そのため、近隣被災地を終えた後、デネヴォーグでも、イーアンに真っ先に話が来た内容は、遺体の消滅だった。
「イーアン。今日はもう、休んで下さい。明日もお願いしなければならないけれど・・・私が、上に話しておきます」
顔を上げない女龍に胸が痛み、タンクラッドの横で剣を並べていた少将が労わった。
「ごめんなさい。私しか出来ないことなのに」
頭を下げて、少将の気遣いにお願いするイーアンは、椅子を用意されてペタっと座り込む。
魔物消去より瓦礫撤去より、犠牲者の弔いの消滅を優先しだが、詰め込むように遺体の山の光景を見続けて、心を保つのに必死だったが、ここで緩んだ。
ぐたっとした女龍に、タンクラッドは『俺が終わるまで休んでいろ』と言い、彼女を座らせたまま、集めた剣を調べ続けた。
使用された剣を一本ずつ見て幾らかの手入れをした後、タンクラッドはイーアンを連れて『明日また来る』と挨拶し、本部を出た。時間はもう夕方を過ぎ、浮上した二人は貴族の家へ飛んだが・・・『俺はここで』と親方が手前で止まった。
振り向いたイーアンに、『指輪を探しに行くのと、王冠の話をつけに行く』とタンクラッドは言い、イーアンの角を撫でる。
「でもタンクラッド。食事もしていません」
「大丈夫だ。イオライに石を採りに行っていた時は、水だけで数日過ごすのもあった。今は食い過ぎだ」
ハハッと笑った親方に、イーアンは彼の方こそ無理をしていないか、と心配する。その不安そうな目に、親方は微笑んで『コルステインに伝えられるなら』と夜が遅くなることを伝言で頼んだ。
「お食事、取り置いてもらいます」
「それも頼む。風呂は無理だろうから、風呂は気にするな。お前はもう休め。よく頑張った」
じゃあな、とタンクラッドは前方の視界に入った派手な貴族の家を見てから、イーアンの背を押し、何度も振り返りながら遠ざかる女龍を見送った。
「さて。行くか。腹は鳴るが、仕方ない」
三食にすっかり慣れちまった・・・苦笑いして、親方は自分の仕事に取り掛かる。
ダルナと約束した場所は『人間のいない森林の上空』(※2244話参照)。どこでもいい、と言われているので、タンクラッドは夕焼けに影を引く、一番近い稜線へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




