2246. 本部の朝 ~一悶着解決・ゴルダーズ提案の宿泊先
朝も早々。『総長に殺人の疑惑が掛かった』と、隊商軍から緊急の鳥文を受け取ったゴルダーズは、『至急向かう。引き留めよ』と返信を送り、本部へ急いだ。
通れない道を迂回し、貴族ならではの優先で近道を繋いで、どうにか本部へ着いた矢先。
正面玄関をドルドレンが出てくる姿と、彼を引き留める本部の人間、彼らを取り巻く町民が、最初に目に飛び込んだ。
窓越しにゴルダーズが見たと同時か、朝から乗り込んだ貴族の馬車に視線が集まる。本部の軍人は緊張で固くなり、町民は何事かと騒いでいた声を止め、総長は彼らに掴まれていた手を振り払った。
馬車を降りたゴルダーズが、総長に駆け寄って『急ぎました!あなたに何を言われたか聞かせて下さい』と、挨拶そっちのけで質問する。
開口一番・・・貴族のその一言に、ドルドレンを非難し詰っていた町民は固まり、何かまずいと感じて後ずさる。
ドルドレンはゴルダーズが来た理由も知らない。だが相手は知っている様子に、呟くように聞き返した
「なぜ、あなたがここに来たのだ」
「連絡を受けました。『町のために戦ったあなたに対し、暴言を吐いた輩がいる』と」
「町民を切った話だな?事実、俺は数えきれないほど切った。だが、俺が切った理由は殺戮ではなく、そうせざるを得ない、助長する魔性への対処だった(※2239話参照)」
「総長、私はあなたが対応した、南東の区に家があります。行為自体を摘示されたにせよ、私は真実を知っています。夜明けに『その真実』を私は本部へ報告しました。なのにまさか、こんな馬鹿げた・・・」
言いながら、腹立たしさがこみ上げ、貴族の厳しい目つきはドルドレンを詰っていた人々を見た。ざっと見て二十人ほどが彼の後ろにいて、数人は屋内へ逃げた。
「サヌフ」
「はい。こちらはお任せ下さい」
町民を睨む主の振り返らない声に、執事はきちんと返事をし、ドルドレンに会釈をすると、彼の後ろにいる者たちに『動かないで下さい。信用毀損で訴えます』と目的から告げた。
血の気が引いて言い訳に焦る人々は、総長の側を離れて『誤解です』と大声ですがり始める。
サヌフは、二三人の男が大急ぎで捲し立てるのを冷静に聞きつつ、主人に視線で合図を送り、ゴルダーズはドルドレンの腕に手を添え『まだ帰らないで下さい。中で話を』と促した。軍人も、一先ず総長に怒りを抑えてくれるよう頼む。が、ドルドレンは疲れているし、責め立てられた時間が長過ぎて、もう宿に戻りたかった。
「いや。俺の仕事は済んでいるはずだ。宿へ」
「あなたを非難した人物を罰します。謝罪させ、それから」
「ゴルダーズ公。解ってくれているなら、それでいいのだ。俺は戻る」
疲れた声で短く答えたドルドレンが、もう何も言う気にもなれないと態度で示す。
総長が主人と中へ入らないと見たサヌフは、席を外す意味で、問題の人物に『中へ入りましょう』と言い、自分たちが屋内へ行った。
ゴルダーズもそれを見て、屋外で話すことにし、帰ろうとする総長の前に回り込み、このままでは戦ってくれた総長に申し訳ないからと・・・この場で交渉に入る。総長たちの管理を今決定しないと、知らない間に彼らが町を出ていく可能性もある。
鬱陶しいと言わんばかりの目を向けられても、ゴルダーズが粘っていると、空が白くフワッと光る。ハッとして顔を上げるドルドレンは、イーアンかと思ったが。
光と総長につられて空を見たゴルダーズたちは目を丸くした。翼をゆっくり扇ぐ龍が一頭、空から降りてくる。その背に人が乗っている。あれは、とゴルダーズが驚く間にもどんどん龍は近づいて、あっという間に目の前に降り立った。
「オーリン・・・来てくれたのか」
「まさか、ホントに言われるとはね」
龍の背に乗ったままの男が不愉快な表情で、『イーアンがミレイオと話して聞いた。ここには俺が行く、と言っておいたよ』と彼女を抑えたことを伝え、ドルドレンを取り巻くゴルダーズたちを見渡す。
「イーアンが来たら、ヤバかったかもな」
龍に乗った男から発せられた一言は、ゴルダーズの脳裏に『西の宝鈴の塔事件』を過らせる。ぞくっとした貴族を横目に、オーリンは『俺は直に、総長の戦闘を見ているしね』と付け加える。
彼の蔑む視線に、貴族と軍人は『自分たちだと誤解されている』と気づき焦るが、それはドルドレンが先に伝えた。
「この彼らではないのだ。彼らは俺に謝っている。騒いだのは町民である」
「そうなの?この人たちは、総長が人殺しじゃないって解ってるのか」
そうだ、と頷く総長に、オーリンは息を大きく吐いた。『どいつだよ。俺が証言する』黄色い瞳をギラッと光らせる、機嫌の悪い龍の民に、やっと微笑んだドルドレンは側へ行く。ガルホブラフの首をポンと叩いて労い、龍の民を見上げた。
「有難う、オーリン。でも、もう良いのだ。俺を殺人者扱いしたがる輩に辟易した程度、どうってことない。たった今、対処されたし」
「そうかよ。なら、まぁ。じゃあ、終わったんなら帰るか。乗る?」
そうさせてもらえると徒歩じゃなくて助かると笑った総長に、オーリンも笑って片腕を伸ばす。が、ここまで唖然として見ていたゴルダーズは、彼らが帰ると聞き我に返った。
「ま、待って下さい!ちょっと待って。総長、まだお話しすべきことがあります。こんな騒動は私が責任持って片付けますが、総長たちが今の宿に宿泊し続けるのは、良い状態ではありません」
止められる前に一気に伝え、自分を見る二人の男に畳み掛ける貴族。
私の館へお招きしますと、前置きも理由もすっ飛ばして先に言うと、ドルドレンの目つきが若干胡散臭そうに変わり、龍に乗る男も『はぁ?』と急な申し出に理解できなさそうな声を上げた。
「あなたの・・・館か?」
不審気に聞き直したドルドレン。片腕は龍に触れていて、飛び去る気満々だったのに。はい、としっかり頷くゴルダーズは、ちらりと本部の窓に視線を向け、『執事は鳥文をまだ出していない』のを確認してから、総長たちに失礼にならない距離まで近づく。
龍が向かい合うとは、生まれて初めての体験で非常に緊張する反面、見れば見るほど・・・当然のように跨る男の異質な雰囲気(※オーリン異質決定)も含め、彼らを手に入れたい欲望が溢れそうになる。だがここは逸る心の手綱を取り、自分を眇めた目で見る二人の男と龍に、微笑みで安心を促す。
「私の館には、客人を十分にもてなすだけの部屋もあります。中心部から離れていますので、煩くもありません。勿論、・・・その、何と言いますか。この美しい龍が、いつでもお好きな時に降りたり、飛び立たれても、全く大丈夫です」
「あんたの家も被害に遭ったんじゃないの?」
物凄く普通に。貴族を『あんた』と呼ばわる中年の乗り手には、いささか失礼だとは思うが、ゴルダーズは『乗り手=龍』の価値観を持つ。少しだけ咳払いし、『ご心配頂き』と前置きしてオーリンを見上げる。
「そうです。私の館も被害に遭いました。しかし敷地の一部で、建物は問題ない範囲で済みました。
我が家の敷地・前庭は、ただいま避難場所提供で、簡易テントなどもありますが、裏庭は静かです。皆さんの馬車は裏庭を通って頂いて、本館への出入りは裏手の玄関をお使い頂くなら、ご不便をおかけしないでしょう」
「なぜ俺たちが『あなたの家へ行くことが良策』なのだ」
招く理由と説明が掠っていないことを質問する総長は、ゴルダーズを見ずに呟く。
「総長なら、察しが付くと思いますが・・・こんな大混乱は、デネヴォーグ初です。人々が平常に戻るまで日数が必要でしょう。近隣被災地の避難民も受け入れた直後です。この状況では悲しいことですが、どれほど目を光らせても、また愚かな言動を起こす者も出てくると思います」
「つまりあなたは。俺が殺人鬼扱いされる回数が増えると言いたいのだな?」
「そうは言いませんが、デネヴォーグの人口の僅か・・・一握り程度であれ、普段は持つはずの常識と分別を忘れる者もいる、と言いたいのです。でも『私の家にいる』以上、それは決して起こりません」
「あなたに聞こえない場で、噂が流れるのも同じでは?」
「それも、欠片ですら。私に届き次第、彼らは、自分の家族を巻き込む大罪を犯したと、その日の内に後悔するでしょう。嘘ではありませんよ」
「すげぇ自信だ。総長、この人誰なんだ?」
これだけの大きな町で、混乱で明けた朝一番、非日常の場であれ、噓は言わないと胸を張る貴族の言葉に、オーリンが少し笑って尋ねる。昨晩、少しは話を聞いたが、ゴルダーズがどれくらいの影響を持つ立場か、は知らない。
ドルドレンは頭を掻いて『彼はデネヴォーグ一の大貴族である』と簡潔に教えた。すると、ゴルダーズはにこりとして、やや同情気味な眼差しに変わり、横に首を振る。
「いいえ。東部一の大貴族、と覚えて下さって支障はありません」
じっと貴族を見つめる灰色の瞳と、ぽかんとする龍の背に乗る男の頭上。本部の窓から放たれた一羽の鳥が、町の端へ飛んで行った。
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