2245. 旅の三百十五日目 ~龍の背負荷・宿の朝と『手紙』・ゴルダーズの仕事
夜明けも過ぎて、朝の光が中北部の東最大の町を照らす。
悲惨な光景は、明るくなるにつれ細部まではっきりと見えた。全体に攻撃を受け、無事な地域が一つもない。死者は一晩で数万人に上ったのではと思われるほど、多くの犠牲者が出た。
やることは山積みだが、イーアンは一時的に空へ戻ることにする。
龍気の使い過ぎの懸念。小石がある分、さほど減った感覚もないが、使い方は派手だった。王冠に注ぎ込んで減らすことから始まって、魔法を使い、呼応を頼って、小石併用で龍気の風を町中に送り込んだ。
この間、イーアンは龍の姿でずっと過ごしていたのもあり、一応イヌァエル・テレンに戻ったほうが良いだろうと思った。
昼くらいまでイヌァエル・テレンで休むこと。気持ちの問題も理由にある。少しの時間で良いから、複雑な疲れをほぐしたい。
これをオーリンに伝えると、オーリンも賛成し、自分も呼応で使ったからと・・・『待ってるよ』と、交信で言われた(※既に空)。
「あの人。とっくに上がっていたとは。ガルホブラフが疲れたのかもしれませんが、オーリンまで」
どこにいるのかと思って連絡したら、彼は空。後で行くかもと伝えたイーアンに、さっくり了解してオーリンの連絡終了。やれやれ、とイーアンは宿のある中心部に顔を向けた。上空から見る町が痛々しくて、やっぱり手伝ってからの方が良いだろうかと思い始める。
「でもなぁ。親方が水は使えるようにしてくれていたし、フォラヴも土の汚れを浄化して回ってくれた。土地の邪とサブパメントゥは消滅したけれど、魔物自体は死体で残ったから、後で解体して使えるところ取るにしても、数時間くらいだったら手付かずでも大丈夫だろうし」
町の人は、魔物の死体がある時点で、怖い気持ちや気持ち悪さで嫌だろうが、昼までの6時間くらいだと、先にするべきことが多く、誰もそこに構っていられないように思う。
「ドルドレンもさっき連絡で『後で来てくれたら』と言っていた。瓦礫撤去は、馬と牛が出て、彼も本部で何か忙しくしているみたいだった」
ぶつぶつ言いながら、こうして迷っている時間も良くないかな、と思い直し・・・結局イーアンは、見つめた町に『早めに戻ります』と静かに挨拶し、イヌァエル・テレンへ飛ぶ。
手伝うことを選ばない、その後ろめたさはあるけれど。
もっと、後ろめたい理由―― 自分が龍だから、ここまで悲劇が起きた ――それが今は、拭い切れなかった。
*****
イーアンが、空へ戻った朝の時間。
宿に戻ったタンクラッドは眠気が一気に来たか、仲間に説明しながら続かず、その場で寝た。少し笑ったものの、向かいに座っていたフォラヴも疲れと眠気に勝てず、ミレイオたちは二人を寝かすことにして、部屋を出た(※ここはフォラヴの部屋)。
ミレイオとシュンディーン、ロゼール、ドゥージは一階の食堂へ降りる。この騒ぎで朝食など作れるわけもないので、それは気にしないでほしいと主人に一声かけ、『仲間の戻りを待つ間、ここに居させてほしい』と表通りに面した食道に座らせてもらった。
宿の主人も出たり入ったり、昨晩怖い思いをした彼の家族は、隣家の親戚と一緒。ミレイオたちは待機なので、手伝えることは宿の中で、と伝えてあるが、主人は客には頼まず忙しく動いていた。
好きに使ってくれと置かれた、お湯のポットと茶器を運び、窓に近い席に座る。ここから、部屋の話の続き。
・・・タンクラッドたちはイーアンに鉢合わせたため、彼女の情報は知ったものの、ドルドレンの様子は誰も知らない。フォラヴもロゼールも連絡珠を使ったが、まるで応答がない。
イーアンはドルドレンの話をし忘れていたし、一緒に出掛けた、『オーリンとザッカリア』のどちらかでも情報を持ち帰ってくると思い込んでいたが、この二人もいない(※オーリンが空だと、イーアンはこれも言い忘れてた)。
「総長たちに何かあった、とは思い難いですよ。イーアンが飛び回っていたみたいだし、彼女が言わなかったから大丈夫と思うんですが・・・ただ、イーアンとも、もう連絡がつかないんですよね?」
ロゼールがミレイオに尋ね、そうね、とミレイオは片手に乗る小さな連絡珠に『何度か交信試みてるんだけどさ』と呟く。
「あの子のことだから、タンクラッドたちと離れた後も動いているのよ。忙しくて気付かないかもね」
「お客さん」
後から主人に呼ばれて振り返ると、主人がドゥージを見て早口で何か伝え、小さく簡素な封筒を渡した。会釈して彼は厨房へ戻り、受け取ったドゥージはミレイオたちに『総長かな』と封筒を見せる。
「主人はなんて?」
「訳しにくかったから、主人は俺に言ったんだな・・・『本部からの手紙』ってことだと思うが、被害以外で生じた民間の事件について、こっちに紙が回った」
「・・・ちょっと。意味、分からないんだけど。え?なんで、ドルドレンが民間の事件?」
「とりあえず読むか」
主人に言われた通りのことを伝えた後、不審げなミレイオとロゼールの顔に、ドゥージは封筒を開ける。勿論、アイエラダハッド語なので、ドゥージしか読めない。畳まれた一枚を広げ、ざっと目を通したドゥージは数秒紙面を眺め『問題はなさそうだが』と言った。
「ドゥージさん。総長のこと、書いてありますか」
「書いてある。総長は本部で手伝っているが、彼を見た民間人が、彼に殺された町民を見たと騒いだんだ」
「なんですって?」
「落ち着け。総長は否定しなかったから、事件扱いが発生している。ただ、夜明け頃の貴族の報告で『騎士が斬り倒した民間人は生き返った』ような内容があって・・・?えーとな、早い話が」
ドゥージも訳すのに手間取る。下手な言葉を使うと二人を刺激するので、角が立たないよう、そして『問題ない』ことを重視して伝える。
「貴族待ち、だ。総長が本部からまだ動けないのは、要はあの」
「ゴルダーズですか?あの人が俺たちの身元保証だから」
「そういうことだ」
ロゼールとドゥージは、貴族ゴルダーズを見ている。直結したのは、ゴルダーズの救いの手(?)。こんな早々世話になるとは。それも、殺人容疑で総長が。
うわぁ、と顔を歪める赤毛の騎士に、ドゥージも首を小さく振って手紙を置く。
食卓の反対側から腕を伸ばしたミレイオが、手紙を引き寄せて、読めない文字を見つめ溜息を吐いた。
「こういうこと、いつかは起こると思っていたわ。でも今回は、どうにかなりそうで良かったけれど」
「『こういうこと』?」
聞き返したロゼールに、明るい金色の瞳が視線を合わせ、それから窓の外を見る。外は慌ただしく、救助活動や避難が続く。ミレイオはいつも思う。日常を壊されると、人は変わることを。
「これだけ怖い思いしてもさ。助けてもらったところで、考えなしに物を言うやつもいるでしょ?興奮と混乱で、頭がどうかしてるのも分かるけどさ。
ドルドレンは、精霊と一緒なのよ。彼が人間を切ったように見えたって、それは人間に憑りついた魔性を切り離している。でも・・・そんなこと考えもしない。龍が来て、妖精が側に姿を見せたって、『仲間のドルドレンもそう』とは捉えないのよ。あからさまに、『聖なる見た目』じゃないから」
「・・・でも。貴族の報告では、総長が切った人が蘇った、ってあるわけですし大丈夫・・・ですよね?」
ミレイオの説明に、ロゼールは正しい行動を認めてほしいと呟いた。これにはドゥージが『問題ないって』と先に答える。
「ゴルダーズが到着するまで、民間の殺傷事件の一枚に加わってる状態だが、彼が来れば変わる。権力者と聞いているし、『こっちの身柄を預かる』と朝に言ったのを、翌日ひっくり返しはしないだろう」
アイエラダハッド人はバカ扱いされるのが死ぬほど嫌いだから、と小声で付け足すドゥージに、ロゼールが失笑する。ミレイオも少しだけ、声を出さずに笑い、皆に茶を注ぎ足して自分も一口飲んだ。
「理不尽よね。こっちがどれだけ命懸けで戦って、一つでも多くの命を守ろうとしているか、知らないなんて。何にも考えようともしないで、『見ただけの事実』を、真実みたいに吹き込む。
ドルドレンが来なかったら、もっと犠牲が出ていたとは思えないのよね。そういうやつって。
タンクラッドが町中の水を清めて、フォラヴが土の穢れを取り除いてくれたって、それを無視するんだわ」
「そんなことはないよ」
表の喧騒を壁一枚で隔てた食堂で、聞こえていたのかどうか。どの部分を聞いたか知らないが、主人が苦虫を噛み潰したような顔をして近くに来た。ちらっと見た刺青の男の横に立ち、彼は盆に乗せた簡素な朝食を食卓に置くと、ミレイオに対し、首を横に振った。
「一部の人間の愚かさを、デネヴォーグ・・・アイエラダハッド人の質のように言わないで下さい。ちゃんと助けられていることを、私たちは分っているよ」
傷つけたのね、と理解するミレイオは、主人の言葉に頷いて『ごめん。言い過ぎたわ』とすんなり謝り、小さな溜息を吐いた。主人は謝ったミレイオに、焼いたばかりの主食を切り分けて渡す。
「水と土も清めた?それを見ていた人は町に噂を広めるだろう・・・総長が犯罪者に見られて、不愉快なのは分かる。でも私はあの人がそんなことをしないと、信じている」
「有難う」
「食べて下さい。ここに居ないお仲間は休んでいるだろうから、こっちは取り置きで。必ず、誤解は払拭されるから、大丈夫」
主人はそう言うと、ドゥージやロゼールの前にも朝食の皿を置き、目の合ったミレイオに頷いて奥へ下がった。
*****
襲撃翌朝の緊張が解けぬまま、食堂に他の宿泊客も入り、簡素な朝食を食べるミレイオが『イーアンと繋がった!』と連絡珠に喜んでいる時。
小路を縫い、無事な街道を探しては、道を変えて急ぐ馬車が一台、デネヴォーグの中心地に向かっていた。馬を走らせるにも無理がある、どこも破壊された町で、時間を食う移動で苛立つ貴族が舌打ちする。
「最悪だ」
「はい。ここまで凄惨な状態になるなど、誰が予想したでしょう」
「私が言ったのは、『総長の扱い』だ」
苛立ちをぶつけるゴルダーズに、斜向かいに座る執事は『失礼しました』と詫びる。窓の外を睨み、ゴルダーズは整った髭に手を置いて『全く!』と悔しそうに漏らした。
「なぜ、彼が殺人をする必要がある?なぜ本部の人間は否定しないのか。あの男が、『どさくさ紛れに町民を殺し回る猟奇犯罪者』に見えるとでも言うのだろうのか?数年も魔物を追い、現役で戦い続ける騎士たちの長だぞ?それがどうすると、民間人を殺すと思えるんだ!」
「民は乱心しております。普段は口にも頭にも上らない言葉も出てきましょう」
「それを真に受けるとは、とんでもないバカ者だ!」
苛立ちが増えて怒り心頭の貴族は、白い肌を赤くして怒鳴りつける。仰るとおりです、と目を伏せる執事に、すぐ『怒鳴ってすまない』と大きく息を吐いて謝ったが、誤解を招く戯言を放った輩の存在が、一晩中、町のために戦ったドルドレン・ダヴァートにどう映ったか、気が気ではない。
―――出かける前、屋敷の周辺と町民には出来る限りの対処を取ってきた。少しは時間がある・・・・・
総長への誤解を解くに、そう時間は掛からないだろうが、このとんでもない迷惑な面倒を払拭するためには、時間を使わねばならない。
「私が彼らを預かった、とまで知らないんだな」
窓の外を飛ぶ景色に吐き捨てる、ゴルダーズ。昨日の間に告知しておけば良かった。そうすれば、総長にあんな馬鹿げたことを言う輩は出なかった・・・悔やんでも遅いが、いくら乱心とはいえ、考えなしの愚民の行為が許し難い。
「・・・サヌフ。私が本部に入ったら、総長に虚言を浴びせた者を捕らえてくれ。信用毀損罪で訴える。理由は『機構の製品にまで影響すること』だ。私が仲介していると言えば済む」
「承知いたしました」
ふー・・・と、長い溜息を吐いて、ゴルダーズは予定を変える。いつ襲撃されてもおかしくはない、と覚悟はしていたが、まさか一週間もしない内に他地域同様の・・・いや、それよりさらに深刻な状況に、この立法首都が叩き込まれるとは。
近日中に、ネハヴン(※近隣領地の町)被災現場にも行かねばならない。代行は立てられないから、私が行くしかないが、どうにか当日中に戻れる予定を組もう。派遣騎士たちがどう動くにしても、常に目の届く範囲にするよう――
「サヌフ。屋敷にすぐ使える部屋は、10室用意があるか?」
「20室までございます」
「宜しい。龍のイーアンは女性だが、総長の支部の工房主で、彼の妻とも記載されていた。二人は同室、一番広い『蒼風の間』にしてくれ。それとドーナル・フォラヴは、3階の私の部屋の向かいで(※執着)。他の客人は4階と3階に振り分けてくれ(※適当)。それから、夕食を早める。16時には食卓を整えておくこと。
本部に明け方送った鳥を待機させている。それで鳥文を、屋敷に戻せば間に合うだろう」
他にもあれこれと『来客用』指示は続き、執事は全てに頷いて、打ち合わせも終わる頃、馬車は本部へ到着した。
人混みを分けて敷地へ入った馬車から、ゴルダーズが見た光景。
それは、今まさに、正面玄関から出てきた総長が―― 不愉快な面持ちで ――帰ろうとしている場面だった。
お読み頂き有難うございます。




