2243. 退治後夜明け前 ~ロゼール状況・隊商軍・ドルドレンと、残党とメダル
広い地下の国のどこか。奥深くに潜む『一つ目』たちが悔やんでいる頃。
サブパメントゥの別の場所でも、コルステインとロゼールたちが、退治が終わったことを知る。
―――襲撃が始まった時には、既にロゼールは地下へ連れて行かれていたため、彼は何も解らず、終始落ち着かなかった。
実のところ、ロゼールは古代サブパメントゥに狙われる立場ではないのだが、今回はリリューがどうしてもロゼールを守りたくて保護。
この後『俺が保護なら、シュンディーンもでは』と、前もそうだったことを思い出したロゼールが伝えたため、赤ん坊も引き取り、二人でコルステイン一家といた。
保護事情については、はっきり言われなかった。質問を変えながら訊いて解ったのは、どうもリリューが過剰に心配し、懇願したらしいこと。リリューは心配性なので、納得はするが・・・だからと言って、ロゼールにこれを良いとは思えない。
当のリリューは多くを言わず、ロゼールを腕に抱え込み、『自分も戦わないと』と言い続ける彼に、ずっと否定を通した。
リリューの心境は、メーウィックの姿を持つラファルで変化していた。
最近、ラファルに会いに行く夜が度々あり、別人でも、見た目がメーウィックの動いている姿に、また生きているような嬉しさを感じる。それで『メーウィックの魂が選んだロゼール』に妙な連結を思い・・・要は、魂と体が別々に甦ったとリリューは信じたいので、いつかまたメーウィックが一人の体で現れるかも、と淡い期待を持っている。
こう思い始めた時に、古代サブパメントゥが引き起こした襲撃。ロゼールに万が一のことがあったら大変だとばかり、リリューは彼を閉じ込めた(※赤ん坊は流れ)。
コルステインたちはと言えば、そこまで思わない。ラファルはラファル。ロゼールは家族。
ただ今回のような『古代サブパメントゥが火付け役』の場合、参戦すると、敵対する同族に応じたことを明示するも同然。
それはまだ、とコルステインは思う。今、同族の勢いまで加わったら、以前の旅路と同じくらい長引く・・・コルステインにとっても、そんなことは避けたかった。
なので、規模が拡がらない内は、対戦を避けると決めていたのもあり、リリューの願いが叶ったところ。
ロゼールは家族だし、彼に何かあれば自分たちが当然動くことになる。古代サブパメントゥがロゼールに手を出さないとは限らないので、結論、彼も待機にした。
が、ロゼールはこんな事情まで教えてもらっていない(※誰も詳しく言わない)。
今回はなぜか、普段なら教えてくれるメドロッドやゴールスメィも答えは質素なもので、『すぐ終わる』これに一貫された。彼らからすると、『そのうち分かる』程度の感覚。
サブパメントゥ側の事情さておき、ロゼールは『騎士なのに逃げ籠った』ことに情けないやら、嘆きたいやら。
こうして何時間過ぎたか。眠るにも眠れず、皆の勝利と町の被害が少なく済むよう祈り続けたロゼールに、マースが声をかけた。
終わった、と言われ、はっとしたロゼールがすぐに立ち上がると、コルステインも『終わる。した。お前。まだ。待つ』と・・・様子を見て来るから待て、と騎士に命じた。
この時分で、反逆の徒がサブパメントゥに戻ってきたのを感じたコルステインは、戻りの数が少ないのが気になり、残りがまだ外にいるかもしれないので見に行った。
少しだけ外を見たコルステインの目に映ったのは、古代サブパメントゥが荒らした凄惨な町の一部と、龍によって倒された輩の怨霊が新たに動いている風景だった。
龍気はまだあるが、イーアンは側にいない。いつもと違うことをして倒したのかもと思うに留め、コルステインは地下へ戻った。
ロゼールには、もう少しここにいろと命じて、コルステインは考え込む。
怨霊はどうなるか・・・町には、ドゥージがいる。怨霊がいつ消えるか分からないので、とりあえず、あの男が近づかないよう、教えることに決める。これはロゼールに伝言を持たせるより、直に自分が伝える方が良いと思った。
こうして、再びコルステインが出掛け、次に戻ってきた後。
ようやくロゼールとシュンディーンは、宿へ帰る許可を得た。夜明けより2時間ほど早く、宿では一晩中起きていたミレイオたちに迎えられ、それぞれの報告を聞いた。ここで今度は、ドゥージが暫しの間、コルステインからの警告で軟禁状態と言われ、ロゼールは心から同情した。
この時、イーアンとドルドレン、オーリンはまだ戻らず、そしてザッカリアもまたいなかった。
もう一つ付け加えるなら、タンクラッドも、夕方に出掛けたきりで―――
*****
時間を戻して、襲撃を受けた夜間、隊商軍はどうだったか。
この広いデネヴォーグ全体に被害が発生した、と知ったのは、耳鳴りを起こす空気の怪現象が三度続いた後。
本部から町に『屋内待機』を呼び掛け、狼煙を上げて、屋外にいる町民には避難指示を出し続けた。本部に駆け込む人々は保護し、本部の軍人過半数が退治に向かった。
本部に残った軍人は近くに負傷者の知らせを聞くと迎えに行き、出くわした魔物と戦う・・・負傷する軍人も少なくかったので、戻る人数は次第に減っていた。退治する魔物の数に対し、人手が間に合わない。
ただ、全く望みがないわけではなく―――
『魔物資源活用機構の騎士と龍たちが、来ている』このことが軍人たちの頼みの綱でもあり、彼らが齎した武器で戦う頼もしさと、彼らが同じ町にいる心丈夫は、気力まで魔物に奪われなくて済んだ。
すでにどこかで戦っている。龍が見えた、とあちこちから聞こえる。きっと大丈夫だと信じ、負傷しても軍人は剣に縋り、諦めずに粘った。
魔物はいくつかの種類が同時に出ており、貴族からの鳥文で度々入る情報には、ある地区では『土地の怪』らしきものが出現。心を握られ、急に武器を振り回す人々により、そこかしこで殺傷が起こった。
現場に砂塵が巻き上がり、異様な臭いが立ち込め、その場にいた人間のほとんどが一度動きを止めた後、いきなりお互いを殴り出し、間もなく剣が抜かれて殺し合いとなった。
別の地区では、土にへばり付いて動く、肉食動物に似た魔物が地面の割れ目から這い出し、群れとなって人も建物も遅い、殺戮と破壊を続け、他の地区でも動物じみた魔物が、やはり地面を砕いて数十頭の群れで出現した。これらは鎧のような大きな体を持ちながら動きが早く、出くわす側から人を潰し襲った。
デネヴォーグ中心地にも魔物は勿論、現れた。それは魔物とは違う不気味さを纏い、人の言葉で喋った。
『井戸が使えると楽だよねぇ』
『で、何で人間の目が覚めてるんだろうなぁ?』
聞き取れたのは、誰かに聞かせるような大声で、この二つ。
ぐらり、ぐらりと、大袈裟に体を左右に傾けて歩き、人間離れした形相、左右揃わない長さの手を揺らしたそれは、逃げる人々に高笑いを浴びせた後。いきなり激高し吼え喚きながら、巨大な真っ黒な魔物に姿を変えた。
大きな頭がパカッと開き、塵取りですくうように逃げる数十人を飲み込んだ直後、飲んだ人々をべぇと吐き散らし、死んだ町民を踏みつけて影に消えた。
これが合図だったのか――
中心地より離れた地区の井戸から、人とも魔物ともつかぬ、異様な強さの魔物が出てきていた。
後の報告で分かったことだが、報告に書かれた時間帯は、中心地に現れた黒い残忍な魔物とほぼ同じだった。
深夜。 大混乱に陥ったデネヴォーグに、死体と負傷者と阿鼻叫喚が終わることなく続き、燃える臭いと血の臭いが、どこも染みつくほど漂っていた。
町に危険な影が蠢いて人々を潰し、弾けさせ、本体のない異形の影は暗がりのどこにでも溶け込む、それが徐々に多くなった時。
突如、町を覆った、輝く光。
何事かと唾を呑んだ矢先、ガアァァァ・・・・!!!と聞こえた怒号。空も大地も震撼させる咆哮が、デネヴォーグを貫いた。
続いて、ぼわ・・・と波打った白色の天蓋から、次々に流星が突き抜けて降り注ぎ、この最終の様な光景に『これまでか』と誰もが目を見開き、怖れに力が抜けた。
だが突入した流星は、天蓋を抜けたすぐ、急角度で向きを変え、宙を飛び交う。人の間近を抜けた時、それが『真っ白な龍の顔を持つ風』と知った人々は、『助かった』と直感で感じた。
白い龍の風は、怒り狂う。何千頭もの白い風が、猛烈な速度で町の空を飛び続ける。影にしかいない蠢く敵を、白い牙は食い散らし、姿は見えなくとも、身を切る叫びが『敵を倒した』と告げる。
龍の風は一度二度では止まらず、見つけた魔性全てに牙を剥いた。魔物も、異形の者も、邪の気も何もかも、風は片付けた―― 人も、勿論。
邪の気に囚われた人間の胴を、風は嚙み千切って吹き荒び、殺された人間は一度は倒れる。だが死体に血も出ず、内臓も出ず、暫くすると離れた肉体は煌めき、元に戻った。
龍の風が、デネヴォーグの恐怖を終わらせる。どんな隙間にでも入って行き、徹底して敵を壊し、倒し、打ち破り、気付けば。 町のどこにも、動く魔物は一頭もいなかった。
日付を越えた後――― 町は魔物の襲撃を終え、救助が始まった。
夜明けの隊商軍に、少しずつ報告が届き始め、魔物のいなくなった明け方の空を、貴族間の連絡手段である鳥が行き交う。
数羽は本部にも入り、デネヴォーグの貴族の館で保護した町民や、領地に収集した民の状態、近隣の状況の報告を読んだ。
・・・『南東外れ。空中に黒い影が広がり、火の玉が落とされ、瞬く間に連棟が火災に遭ったが、すぐに龍が空に現れ、太陽の光をぶつけ、魔物は倒された』
『町民が殺し合い、死体が増える一方の地区に、輝く白い翼に乗った騎士が来て、全員斬り倒した。彼が斬った人々は息を吹き返し、五体満足で呪を解かれた』
白い龍の風出現より早い時間の記録で、騎士に救われた報告は他にも多くある。本部でこれに目を通す軍人は、ずっと共に戦ってくれていた機構の騎士に感謝しかなかった。
*****
イーアンが龍の風を送り込んだ時、ドルドレンは精霊の力を使っていて大丈夫か分からず、一旦、面を外して地面に降りていた。悲鳴と、襲う魔物の影に振り向いて、一撃で倒した直後、真っ白な風が鼻の先を飛び抜けた。
これにより、白い龍の風が魔物を一掃する、と理解したドルドレンは、町民に屋内に逃げるよう言い、自分は魔物退治に走ったが・・・ 次に会ったのは、魔物ではなかった。
『勇者か?』
黒い影に半身を埋めたまま、地面に出ている何かが喋り、頭に話しかけられた声に、ドルドレンの脳髄が反応した。これが魔物ではなく、古代サブパメントゥと、記憶のどこかが知っている。答えず、ぐっと剣の柄を握ったドルドレン。でも、彼の手が動くより早く、影から出た半分のそれは、一瞬で現れた白い風に食い切られた。
うがぁ、と叫んだ身の毛よだつ声。それもまた、頭の中で聞こえたのだが、続きはない。龍に直撃された敵は、影に戻れることもなく、ザラッと鈍い音を立てて寒風に散った。
ほんの僅かな時間、心が凍り付いたのを、ドルドレンは手に胸を当てて落ち着かせる。そして、引っ切り無しに側を翔け抜ける白い風に、後を任せることにした。ここからは剣より速く、イーアンの送り込んだ風が全滅させるだろう・・・・・
瓦礫に寄りかかったドルドレンは、剣先を地面に突き立て、柄頭に両手を重ね乗せ、白く輝く夜空を見ていた。
この時、全く気付かなかったが、腰袋の中で『ギデオンのメダル』がぼんやりと光り、少し光り続けた後、静まった。
お読み頂き有難うございます。




