2242. 退治後 ~スヴァウティヤッシュの理解・敗戦『一つ目・ひっかき傷』
町を出た場所に集めた『自我を持つ魔物』を引き取ってもらうため――
図々しいと見放されている可能性もあるが、彼しか思いつかないイーアンは、スヴァウティヤッシュを呼んだ。
スヴァウティヤッシュにも、『ダルナと女龍の距離』は伝えられているだろう。そのすぐ後で、彼は信用してくれるかどうか。
一度は頼ってもらった彼らを引き離した罪悪感。自分が味方に付くと言い、信じてもらったこれまでのどんでん返し後。
『スヴァウティヤッシュ。彼らを守って下さい』
来なくても仕方ないと覚悟しつつ、来なかったらどうしよう、と集めた魔物たちの行き先も考え、イーアンはとにかく呼びかけ続けた。
そして呼んで間もなく、黒土の香が冷たい風に乗る。これは、と目を閉じていたイーアンが瞼を上げると、あの不機嫌そうな黒い小さなダルナが宙に浮いて見下ろしていた。
「『貢献』か?事態がこうなると、便利な押し付けだよな(※2109話参照)」
「スヴァウティヤッシュ、来てくれて有難うござ」
「こいつらを引き取らせようって言うのか」
「はい」
嫌われても言い訳はできない。でも、変質魔物はどうにか守ってもらえないかと願い、呼んだ以上は頼み込む。イーアンの頭の中に、イングの求婚から始まって、それに激怒した龍族による夕方までの記憶が溢れる。でもこれを話したって、ただの言い訳に過ぎないから、言えないけれど――
「イーアン。本当か」
目を逸らしていたイーアンに、黒いダルナは囁くように尋ねた。
え?と顔を向けた女龍に、『また、お前そんな』と言いかけて、ダルナが溜息を吐いた。何が本当って聞いたんだろう?瞬きするイーアンは、気付くまで少しかかったが、スヴァウティヤッシュが自分の爪で頭をツンと叩いて、また溜息を吐く。
「あ・・・そうでした。あなたは、相手の思念を」
「だけじゃないけどな。記憶も。ふー・・・ちょっと離れてると、いろんなことが起きてるな」
小さなダルナの言葉に、イーアンの肩の力が抜ける。へなへなと膝を地面につけた女龍は『良かった』と心からの感謝を呟いた。
そうだった、彼は相手の心を読めるんだと今思い出し、隠すことない全てを見てもらったことに本当に救われた。
「イングが求婚とは。うーん。その行動の意味、分からないでもないが、俺もイングのことはよく知らない。話で幾つか知ったくらいで。でも、魔物退治と世界の掟に板挟みで、四六時中駆けずり回るイーアンに言うことじゃない」
「スヴァウティヤッシュ~~~」
理解あるダルナに泣きつきたくなる。女龍に頷いて、ダルナは側に来ると、『大変だったな』と労い、それから後ろで見ている魔物を振り向き『良いだろう。俺が貢献がてら、預かる』・・・これも貢献として念を押す。
どうやら黒いダルナは、『精霊の指輪』も、『アイエラダハッド危機直前』も、『王冠と物資移動』も全部まとめて読み込んだらしく、『預かる』と言った後に何か思うことあったか。少し考えた沈黙はあったが、一先ず彼らを連れて行くことにした。イーアンは感謝でいっぱい。
「有難うございます!本当にありがとう」
「イーアンは助けたいんだな。その気持ちが変わらないなら、俺は手伝う」
「ごめんなさい。振り回すような状況になったし、条件も引き換えもないのに」
「俺は関係ない。『貢献具合』で存在の継続があるのは変わらないだろ?」
ダルナの問いに、はい、と答えてすぐ。はた、とイーアンは気付く。彼も指輪のある巌・・・と。
これから強制的に解除を優先されてしまうことに、この場で気付いたイーアンの顔が戸惑いを浮かべ、スヴァウティヤッシュは小首を傾げた。
「さっき、お前の記憶で知った。そこも引っくるめて、だ。消されるかどうか、『存在変更を断る』のは俺が初かも知れない。だが俺は、『貢献』の態度が叶っていることを信じる」
「・・・私が側にはいられないけど」
「イーアンが同行しなくても、『貢献』の話はもっと大きい場所から来てるんだ。貢献度合いが満たないとすれば、それは俺の都合じゃない。早めたそっちの都合だと言い返す。その暇はある」
『一瞬です』とイーアンは不安そうに返答時間を教える。スヴァウティヤッシュは頷く。
「知ってる。俺は声で伝えない」
一瞬に見合うだろうと黒いダルナは淡々と話し、不安なイーアンに『俺の選択だ』と静かに結んだ。それから、『自分がイーアンに今、接触している行動は範囲内』と話を戻す。
「ダルナはそもそも、一頭ずつで動くんだ。近づけなくなったとは聞いたが、呼ばれてる分には」
「『私が頼ってあなたを呼んだ』と、ちゃんと言います。だから大丈夫です」
必死なイーアンに、スヴァウティヤッシュも同情する。彼女の同族が線引きして、彼女に従わないなら消すとまで言ったらしいが。彼女が呼ぶ分には『イーアンに従った』行いに入るし・・・イーアンは、同族と感覚が違うんだと理解する。
俺の力が、相手の心を丸ごと読める能力で良かったな、とスヴァウティヤッシュは思う。言葉で説明されても信用できないが、心の中を読んでしまえば信じることは可能なのだ。
「連れて行く。それで、また次にも俺を呼ぶんだろ?」
「はい、あなたしか頼れないので」
「・・・(嬉)。じゃ、また次回だ。匿う魔物が出て呼ばれたら、少し話したいことがある」
「話ですか?今でも」
「『赤目の天使』を思い出せるか?青いのと。あの辺が、お前にまた会おうと」
ブラフスと青い綺麗な翼の、と思い出すイーアンに、黒いダルナが『ここから更に戦争状態なら、すぐとは言わない』と付け足し、彼らのことで次回は話すと言った。気になるが、イーアンもそれはその通りなので了解する。
こうして、スヴァウティヤッシュは飛べない魔物と飛行可能な魔物を分け、飛行可能な方に、飛べない魔物を抱えさせて浮上、彼らと共にスゥッと消えて帰った。
*****
日付を越えた深夜、混乱の続く町で、イーアンがドルドレンと会った頃。
地下で喚き散らす『一つ目』は、いい加減、喚き過ぎてぜぇぜぇ肩で息をしていた。
どれほど吼えても足りない。どれほど毒づいても意味がない。あんの、デカいだけの龍が~~~っ!!! まさかの古傷を抉りやがった。
「ちっきしょう。自分は出ないで、化け物(※白い風)ぶち込みやがった。あの数、あのしつこさ、仲間がまたやられた」
龍本人は一切出てこなかった。代わりに来たのは、何千頭と見えた白い龍の風。範囲を封じたと気づいて、逃げる手前で町の人間を片付けるつもりが、それより早く奇襲に翻弄された。
井戸を通じ、動きのとろい仲間を連れた。龍相手、まだ分が悪いと渋っていたやつらに、『龍に泥塗ったら戻る』と引っ張り出したが――
「俺が殺した人間なんか、二~三百!これからって時に、俺以外に逃げ切ったのはどんくらいだ?」
今回、龍が空に出たら、町の人間全員操って、魔物も混ざり物も丸ごと『壁』に仕立てるつもりだった。
龍が消すに消せない盾を突き付け、混じった人間を殺せず手が出せないまま、『助けもしない、見掛け倒しの龍』その場面を眺める予定が・・・・・
「なんで、染みが動かないんだ!」
あれが最初の失敗だと、小男はまた苛ついて怒鳴った。
「『ひっかき傷』が付けた染みは、全滅かぁ?あいつがダラダラ、油売ってたのは、こんな失敗するためか!」
仲間の一人が、東のありとあらゆる町に『サブパメントゥの染み』を付けた、と抜かしていた。洞窟でも遺跡でも模様を描くあれが言うから、そりゃ使えるかと思いきや。
「『人間の壁』どころじゃない。古代種が憑いた分しか、操る時間がなかった。コルステインがいなかったってのに、こっちの都合が足場から外れちまった」
棘は利かないと知ったが、そんなもの。
棘の数を集めりゃ、龍のバカでかい口が開かない威力くらいにはなる・・・から、棘も運んだってのに!
ギロッと、離れた場に転がる棘を睨む。壊れた形は、白い風にぶつかられて砕かれた。それでも再生手段(※1918話前半参照)はあるから持って帰ったが、瓦礫の如きザマにされた棘を見れば、むしゃくしゃして仕方ない。
額の目に似た石を何度も押しては、落ち着きを取り戻し、その後また怒りにかられ、これを繰り返す『一つ目』。
仲間の『ひっかき傷』は逃げたはずだから、後でとっ捕まえて責任を取らせてやる、と毒づいた。
―――この『ひっかき傷』こそ、レーカディに操り紋を配らせ続けたサブパメントゥのことだが。
発動しなかった状況に、『ひっかき傷』自身も『何があった』と分からずに・・・同じサブパメントゥの、うんと離れた暗闇で呪文を唱え、失態の理由、それを探っていた。
「あれだけ押さえつけてなぜ動かなかった・・・?絵はそのままあるのに」
呪文を通じて見ても『染み』に代わりはない。精霊や妖精、まして龍の邪魔も見当たらない様子に、『ひっかき傷』は何事か新たな面倒が振り掛かったと気付いたが、自分を探しに来る『一つ目』の気配を感じ、一先ずサブパメントゥを後にした。
お読み頂き有難うございます。




