2241. デネヴォーグ夜間の襲来 ~④魔法『女龍の風』・魔物の救い
屋根から見下ろした下。
壊れた屋根の井戸、その周りを囲む人の血で書かれた古代サブパメントゥの絵模様。近くには、血を使われた死体が影に紛れていた。
「これを見て、急いで龍気を引きました。ここに残党の気配しかありませんが、本体も近くにいないとは限りません」
「君が来たと知って、急に何をするか。そういうことか」
そう、と頷いたイーアンは、龍気のことも、備えに使える一石二鳥の減らし技で、『頼る気はないが、腰に下げた王冠に魔力代用として注ぎ減らしていた』と話した。でも、着いて間もなくオーリンに呼ばれたので、もう動くつもり。
あれが妙な気圧の理由?と訊くオーリンに、イーアンは訝し気に首を傾け『分からない』と答える。だが、あれらが出てきているなら、何がなんでも即行潰さないとならない。調子に乗らせる余裕を与える気はない。
「私が思うにですよ。魔物・土地の邪・古代サブパメントゥの三つが、町を壊しにかかっています。ドルドレンとオーリンはどれを倒しましたか」
「前者二つ」
総長が、『自分の仕事だから』ときつい退治をしていたことをオーリンは教える。伴侶がどう対処するのか聞いているので、イーアンも悲しい。小さく溜息を吐き、イーアンはまた井戸を見た。
どうする気かを問うオーリンに、貰った情報と実行することをすり合わせ、やはり考えた方法で行こうとイーアンは決定し、それを掻い摘んで話した。
「コルステインたちが動かない、と聞いて安心しました。それも気になっていました。では、魔物も残党も煽ります」
「・・・それ、『一番安全』か?」
「私が責任を取れることです」
イーアンは、オーリンに呼応を頼む。俺なんか今更必要?と聞き返した弓職人に、イーアンは『集中するし、長いから』と意味深に頷き、ガルホブラフとオーリンに呼応をお願いする。無論、小石も併用。
「『狙ったもの』だけ、私は壊します。私が良いと伝えるまで、呼応を続けて下さい」
「龍になるんだろ?喋れないのに」
「ガルホブラフは理解します」
打ち合わせ終わり。オーリンの龍は長い首を縦に揺らし、女龍は『頼みます』と力強く微笑んで、6翼を広げ上昇した。
町全体を見渡す高さまで上がり、ほとんど目が利かない下方に顔を向ける。
「ケンカ売った相手間違えた、ってな。死ぬほど後悔させてやる」
死ぬんだけどねと吐き捨て、イーアンは龍気を一気に膨張。火災の赤に染まる町の一画、黄土色の煙が低く立ち込める一画、逃げ惑う人々の叫び声も全てを包み、真っ白い光が空を覆った。
放たれた龍気は、イーアンの右腕の動きで円周の縁が溶けるように下がり、デネヴォーグに蓋をし、更に密閉。
包み込んだ白いカバー。その下に透けて見える町。
残党は逃げる手前で、民を殺そうとするはず。閉じ込めた魔物も邪の気も、逃げられないなら民に一度に襲い掛かるだろう。
「これ以上、一人も死なせない」
気配に集中してすぐさま、ざわっと蠢く魔性を感じ取った。
一発目が残党のサブパメントゥ、続いて土地の邪と魔物・・・イーアンは龍に変わり、目一杯の咆哮を上げる。白い巨大な龍気の蓋が歪み波打ち、咆哮は町の内側に叩きこまれた。
間髪入れず、白い龍は鉤爪の指を組むや否や、カッカッカと素早く紋に動かし、これによって指の内にある細かな鱗が散ると同時、ブワーッと龍気を吹きかける。
紋に組まれた鉤爪を吹き抜けた龍気と鱗は、紐状に分かれて白い蓋の内に飛び込み・・・それらは、覆われた蓋の下で、白い龍の風に変わる。
倒すのに『女龍版・龍の風』を試みた。これは土地の邪と融合した魔物を・・・分離出来る者は分離させてしまう目的もある。
龍の風にかけた魔法は、一瞬で消す龍気だけではなく、異なる魔性の質をすり抜け反応して、繋ぎ目を壊す。
自分が出るよりも、この場合は有効性の高い『分けて倒す、魔導士の魔法・狼男の倒し方(※2004話参照)』を念頭に挑戦。
『分離できない方を選ぶ』意味で。自己を持った魔物は、変化した自分の存在を一つにしている。
きっと、これなら・・・自己を持つ魔物は見つけ出せると、そこに賭ける。
そして当然、残党サブパメントゥを予告通り『煽る』ためでもある。
龍の頭を持つ風に追われ、人間をまとめて殺そうと出てくるだろう。だが、私の風の方がお前らより早い。嚙み砕かれて消し飛べ、と冷たい表情で下を見下ろすイーアン。
イーアンの龍気を乗せた魔法は、『女龍版・龍の風』となって、町全体に飛び回る。この間、オーリンたちの呼応も小石から流れる龍気も、イーアンを通じ白い龍の風に届く。龍気を注ぎ続け、コントロールして、風を持続させる。
『飛べ。駆け巡れ、私の風よ。悪党だけを倒せ』
魔法なめんなよ。 覚え立て、とはいえ――― 魔法のこの使い方に勝算あり。イーアン龍の鳶色の瞳は、白い天蓋をじっと見つめた。
*****
すげぇな、と笑った屋根の上では。
オーリンとガルホブラフが、イーアンに頼まれた呼応を続け、龍気を支えていた。
彼女の秘密道具(※小石)もありそうだが、『こんな時に頼ってもらえると嬉しいよな』とオーリンは友達に言う。ガルホブラフは無反応だが、それなりに充実。
「なるほどね。こりゃ確かに、龍気があればあるほどって感じだ。白い龍の風・・・アオファの鱗は使い切りで一枚一頭対戦型。イーアンの龍の風は、俺たちの呼応と龍気を受け取っている以上は止まらないわけか。さすが、三代目」
白い龍の風が、頭上を、脇を、足元を掠めて飛び、町全体を飛び交う様子は網目を作るよう。
天蓋が広がった直後、感知したか邪気が一気に強烈になったが、その邪気は人を殺すことは叶わず、瞬く間に風に襲われて消えている。
最初こそ何かと思ったが、自分たちの龍気で持続している風、とオーリンは気付き、イーアン龍の鱗の色を夜に輝かせる風に感心した。
・・・イーアンはどんどん強くなる。奇想天外な技も惜し気なく使うし、それが失敗しない。彼女の誰よりも熱い情熱は、失敗なんてする暇がないんだと思わされる。
「あれ・・・もう、龍気だけの技じゃないよな。魔法かな」
勘の良いオーリンは、片眉を上げて首を傾げる。見える範囲に、何千と尾を引き飛び続ける白い風。白い天蓋が蓋なら、さながら風は『網代だよね』と冗談交じりに笑う。
「誰も逃がす気はないんだ。イーアンは。彼女が『全滅だ』と叫んだ、イオライ戦を思い出すよ」
鳥肌が立つほど、美しい龍の大群。いや、風なのだが、龍の頭を持ち、駆け抜けて食い散らす獰猛なそれは、オーリンの感覚を揺する。
「もう。そろそろだな」
口端を吊り上げた弓職人は、ここで完結と頷いた。屋根から見渡せる町の空全て、白い龍の風が埋め尽くし、この龍の大群で生き残った魔物はいない。消えた邪気にオーリンは満足する。
が、彼の龍は違った。
龍の金色の目には、濃い影に入り行動を迷うように潜み動かない魔物の気配が見える。邪気、とは違う。魔物であることは感じる。
ガルホブラフにはどうでもいいことだが・・・あれを、女龍は探していたのか、と察した。
『ガルホブラフ。オーリンに完了を伝えて下さい。お疲れ様』
察したところで、女龍から届いた伝言。ガルホブラフが空を見上げると、白い天蓋が薄れ始めている。町を見ている友達を小突き、振り向いたオーリンに『終わり』と呼応を止めさせた。
*****
夜空の色が戻る。覆っていた蓋は、細かな煌めく霧のように解けて消えた。
町民の騒ぎは収まらないが、魔物の姿が見えなくなったことに気付き『今のうちに』と、魔物が完全に倒されているかどうか知る由なくても、避難と救助へ動きを変え始める。
魔物の種類によっては(※町民には区別がつかない)消滅して終わるものもあれば、倒れて死んだものもあった。死んでいると思しき魔物が埋める所は、通りの一つ二つで済まない。無論、その場所には町民の死体もある。
生きて動ける人々は助けを頼り、怪我人で動けない者は、誰かの救助を待つしかない状況。
側にあるのが、死んでいるらしいとはいえ、魔物ばかり。救援を呼んでもらう間、待つ側の心は『いつ動き出すか』と怯えで満ちている。そこに、何か動こうものなら。
「今、動いた」
瓦礫に寄りかかった負傷者が、通りに斃れている魔物を凝視する。うっかり声が漏れたが、急いで口を閉じ、まだ生きている恐怖に震えた。が、それもすぐ終わる・・・・・
空から白く淡い光が降りてきて、ハッとしたそこに、翼6枚、角を光らせた何者かが降りた。あれは魔物じゃない、と直感で思ったが、助けを求めるまでは勇気が出ない。どうしてこんな場所に来たのかと、息荒く見ていると、その白い誰かは魔物の山に近づき、まさに。そう、まさに。
「何してるんだ・・・?」
先ほど動いた魔物の場所で立ち止まり、一頭を抱えたと思ったら、あっという間に飛び去った。
「魔物を?生きているから、引き離したのか」
見ていた負傷者は疑問を持つ。だが、白い光の主が抱えた魔物は、微動だにしなかった。つまり、触れられて死んだのかもしれず・・・どうしてその魔物を連れ去ったかは分からないが、とにかく襲われなくて済んだ、とホッとした。
この負傷者が見た光景―――
これは、デネヴォーグの数か所で確認された。が、報告書に上がるほどかと言うとそうではなく、噂になったくらい。真相は誰に推測出来るものではなかったが、一つ、真実に近いことがあると言えば、それは『あの白い光は、町に来ている空神の龍』とそれだけだった。
そして、空神の龍が連れ去ったなら、魔物に恐れることはないだろうと、そこで噂は途切れて終わった。
―――どこかで人の目が見ているだろうな、とは思いつつ。
この噂の元になった行為を繰り返すイーアンは、邪気を感じなくなった時点で地上に降り、魔物の中を探し回っていた。
魔法が上手く働いていますように、と願う気持ちを胸に、彼ら全員の救出を急ぐ。
相手に邪気はもうないから、気配を辿るだけの捜索。邪気のない変質魔物は、人を襲うことはないので、生き残ったとしてもどうしていいか分からず、隠れる方向を選ぶだろうと見当をつけていた。
思った通りで、数頭は死体に紛れて影にいた。
人がいなくなったらどこかへ行くつもりだったのか。また、別の数頭は、混乱時に既に町の外れへ出ており、それもイーアンは保護した。
自己を持った魔物はイーアンを恐れず、警戒はしたが、イーアンが『保護したいからあなたを襲わなかった』と伝えると、それを信じた。
あっさり信じるものかと思われそうだが、魔物や土地の邪を倒した白い龍の風を見ているので、解き放った張本人がそう伝えたことや、『もう魔物じゃない、と知っているから助けたい』と言うイーアンの内側を見抜いて、彼らは従った。
理解に感謝し、イーアンは、龍の自分に触れても消えない彼らを集め、ここでまた緊張。
その場所に立ち、イーアンは・・・呼びにくい気持ちはあれど、スヴァウティヤッシュを頼った。
お読み頂き有難うございます。




