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魔物資源活用機構  作者: Ichen
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224/2944

224. 南西支部の記録と魔物

 

 ドルドレンは南西支部に着くなり、玄関にいた統括に『アジーズの被害があった魔物』の件を出した。



 南西支部の統括を担う、エスティヴェ・ステファニク ――黒髪に黄色がかる緑色の瞳。そこそこ男らしい顔のがっちりした体つきで、文武両道の42歳。離婚暦あり・実父母に任せた養育中子持ち(←女の子2人)―― 彼は総長の話を聞くと、執務室へ案内した。


「総長。あなたの知り合いだったのか」


 すまない、ご冥福をとステファニクは同情を示す。この前の視察の日、彼は休日で参加していなかったので、総長に資料を見せている間、同行したイーアンを見ていた。静かにドルドレンの脇に立って、総長が何かを呟くごとにその言葉は拾う。



 ――彼女がイーアンか。噂に聞いていたが、実物を見ると意外だ。これは確かに見ないと分からない顔立ちだ。どこの民族だろう・・・・・ 発音が少し引っかかるが、同じ言葉を話しているし、ハイザンジェルの出なのだろうか。

 にしても。身奇麗だ。女らしい体つきではないかもしれないが、何とも言えない魅力がある。見た目でこれでは、知恵者と聞きしに及ぶ考えを披露されたらどうなるやらだな。しかし。服が良く似合っているのもあるだろうが、誰にでも合う服ではないな。彼女を引き立てる服か(※お気に召す第一関門通過)。



「ステファニク」


 総長が突然名前を呼び、ステファニクは驚く。『温泉のときの魔物。他に資料があるなら見せてほしい。写しにない報告はあるのか』灰色の瞳をステファニクに向け、総長は顎に手を添えて考えている。


 イーアンはステファニクを見て、『もし魔物を退治した方がいらしたら、お話を聞けませんか』と言う。声まで変わってる。声変わり前の少年のようだとステファニクは思った。


「分かりました。アラゴブレーの魔物と対戦した隊長を呼びます。少々お待ち下さい」


 すぐさまステファニクは執務室から出て行き、2分もしないうちにもう一人連れて戻ってきた。


 温泉出没時に、2班で出向した剣隊長のシャルゴン・ウキンが ――くせっ毛を伸ばして結んでいる農茶の髪、黒い瞳の若作りの31歳―― 執務室に入ってきて、総長と同行の女性に挨拶をした。


「私が。魔物と対戦しています。1班は統括の部隊でした。でも魔物は私の前に現れたので、結果的には私が斬り捨てた感じです」



 話を聞けば、2班体制でアラゴブレー奥へ臨んだところ、1班が少し離れた所を探索中に魔物が2班のいる場所に出たらしかった。そこは温泉の湧いていた付近で。


 よーく聞いていると・・・・・ ウキンは倒していないと知る。温泉が出てきて、魔物が勝手に死んだようだった。ウキンと彼の隊は、確かに魔物と斬り合ったが、『斬り捨てた』とした状態で、損傷のない魔物が後ろに下がり、湧き出始めた温泉に体が付いて倒れ、動きが鈍り、そのまま谷へ落ちた。


 真実はこうした具合に受け取れた。しかし、ウキンもステファニクも退治したこととして捉えている。

 報告書にはアラゴブレーの魔物について『大型で1頭』とあり、出現後に湯が出たことの方が、文章としては多く書かれていた。



 特徴を訊ねるイーアンに、ウキンはちょっと構えが取れない様子で、総長をちらちら見ながら、言葉を途切れがちに伝えた。ウキンの話し方に引っかかった総長はその態度の理由を詰める。


「いや、悪い意味ではなく。初めてこの方とお話しますから。俺。いや私の話がどう伝わるかと」


 何だそんなことか、とドルドレンが黒髪をかき上げる。『イーアンは緊張する相手ではない。手を出すな。口説くな。側に寄るな。それだけ守れば』そこまで言うと、笑い出したイーアンが、ドルドレンの胸をぽんと叩いて『おかしい表現です』と制する。


「だってそうだろう。イーアンに近づいたり口説かなければ、別に魔物の話を緊張することはない」


「そうじゃないでしょ」


 アハハハと笑うイーアン。『そんな言い方したら、聞ける情報も聞けません』ぴしゃっと総長に笑顔で言い、ウキンに向き直った。ドルドレンは困惑気味に黙る。


「温泉が出たのは、魔物の跡なのですね。つまり魔物は土から」


「そうです。突然飛び出ました。それで驚いて、すぐに剣で斬りました」


 大きさは人の背より大きく、馬よりもずっと幅も高さもあるという。虫と動物の合いの子みたいな見た目だったとウキンは話した。『妙に背中がギラギラしてるんですよ。そこが虫っぽくて』でも毛が生えてる腕を見ると、よく分からない・・・と肩をすくめる。


「腕が大きいのですね」


「そうです。手が平たくて。だけど虫のような手ではないし、顔も虫みたいではないんですよ」



 南西管轄の地図を見せてもらうと、いくらか曖昧だが大体の見当は付いた。アジーズが突き落とされた場所と、温泉の距離は直線では遠くない。ドルドレンやモイラやご主人の話では、温泉が出る地域ではないといった印象。


 でも。イオライ・カパスの亀裂も誰も気がつかないうちに、古い地図に載っていた場所に ――サイズは小さくても―― 再び同じように亀裂はあった。あったのだ。ということは。


 イーアンの想像の中で、アジーズの被害と温泉の場所に何らかの繋がりが浮かぶ。それはここには載っておらず、そして多分、現在誰かが知ることもない何かだろうと。一つ仮定を持つ。


 もう一つは、ツィーレインの森で見た、虫のような猫のような魔物のことだった。何かが合わさっている、その状態は、二つの特性を有利に使う可能性もあり、その逆もある。二つの特性の不利な部分を持つ場合もある。もしそうだとすると。


 温泉の湯で死んだというし、アジーズの馬車を襲った後に落下して死んだ、というのも。もしかすると、温泉が出てくるより先に、この地域にいたかもしれない魔物。熱い湯の動きが地下で起こって、それに耐えられずに出てきたのか。


 巣がある可能性もある。出現場所が近いから、巣が張り巡らされていたとしたら、他にも似たような状況で出てきた被害があるのでは。そうだとすれば、場所が幾らか見えてくる。



「ここ半年とか。そのくらいの期間内で、近隣で似たような報告はありますか」


 イーアンが問うと、南西支部の隊長2人は『同じとは思えないが』『あると言えばあるけど』二人で顔を見合わせながら、綴じた資料を引っ張り出して、ああだこうだと言いつつ見つけてくれた。


 内容も魔物の正体も違うが、内容は畑の被害や牧草地の危惧で、魔物の正体については憶測で、はっきりした実証拠は痕跡だけだった。痕跡は類似。これだなとイーアンは頷く。場所を特定してもらうために、ドルドレンに伝えて、地図に印を付けるお願いをした。


 地図に印された場所を見ると、殆ど谷を挟んだ手前。アラゴブレー側にある。谷の向こうは深い川だった。


「見っけ」


 地図に人差し指を置いてなぞる、ニヤッと笑って呟いたイーアンに、ドルドレンの血の気が引く。イーアンは次へ駒を進める。次は昔の地図の確認。


「ドルドレン。私はちょっと工房へ帰ります。調べ物をしたらすぐに戻りますから」


「今?今から出るの」


「大丈夫です。帰り道、(ついで)ですから場所をちょっと一巡りしてきます。お昼前には戻ります」


 印しの付いた地図を畳んで腰袋に入れ、『じゃあ後でね』と颯爽と消えるイーアン。


ドルドレンは『あっ』と一声、伸ばした腕と共に止まる。ステファニクもウキンも、置いてけぼりの総長を気の毒そうに見つめ、咳払いしてから『イーアンは北西の支部に戻るのですか?』ちょろっと質問する。どこからか奇妙な音が聞こえたが、それはさておき。


「そうだ。あっさり行って、あっさり帰ってくるだろう」


「馬は1頭でしたよね。総長の馬を乗っていくのだったら」


「その心配はない。もうすぐイーアンが見えるだろう」


 あーあ、と溜め息をついたドルドレンが窓へ寄り、上を見上げる。訝しむ二人も側に行って、総長の見ている方向を隣の窓から見てみる。

 ちょっと見ていたら。信じられない光景に驚いた。総長は窓越しに小さく手を振り、置いてけぼりでつまらなさそうに見送った。


「あれ。あれ、あれは龍では」 「まさか。イーアンは龍で」


「そうだ。そのまさかだ。イーアンは龍と共に移動する」


 だから、と総長は首を回して言う。『すぐに帰る。道がないような空だから。1時間もあればここに戻って来る』と・・・いうことだ。二人を見て、頷いた。



お読み頂き有難うございます。

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