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魔物資源活用機構  作者: Ichen
秤の備え
2239/2965

2239. デネヴォーグ夜間の襲来 ~②邪臭と勇者

 

 ドルドレンの一閃が夜空を切る。と同時、後ろからグワッと散った青紫の煌めく花びらが、瞬時に龍の風となって、ドルドレンの太陽柱に拍車をかけた。


 浮遊する魔物が落下し、滑空して町を襲うより早く、龍の風は滑り込み食らいつき破壊し、まとまった塊には太陽柱が直撃して霧散。

 魔物に混乱していた町民は、この退治の一瞬、上を見て()()()が魔物を倒したと気づき、歓声を上げた。誰とは分からずとも、近隣の町も謎の存在が魔物から救った出来事は記憶に新しい。



 一撃によって全滅した様子を、ドルドレンの後ろでアオファの鱗を撒いたオーリンが『早い』と呟く。驚いたのと―― これで済むわけがない。次への移行を警戒。

 それはドルドレンも同じで、龍を止めて『次の気配をまだ、龍が感じ取っていない』と心配をすぐに伝えた。


「俺の冠も反応が・・・僅かにしか」


 ちょっと額に指を当て、ドルドレンは不安な目で前方を見る。勇者の冠は付けて長く、若干の反応くらいだと慣れた自分が気付いていないこともある。だが、この状況で集中しても、反応が微妙。遠くにいる魔物か、それとも魔物になりかけている相手か。



「総長、龍が気にしていない。それに宿で食らった『気圧』は、こいつらじゃない気がする」


 と思うけど、そうだよな?とガルホブラフにすぐ尋ねるオーリン。長い首を向けたガルホブラフは、首を少し揺らして『さぁ?』のような返事。オーリンもドルドレンも、その答えに何か見落としたかと目を見合わせ、付近を調べようと言いかけた時、ザッカリアが『ねぇ』と声をかける。


「あっちは、何?」


 二人より少し離れた場所で、ずっと違う方向を見ていたザッカリアが指差したのは、南東の外れ。魔物の気配はしないのに、町の南東の空は色が少し異なり、それは風もないのに動いている。


「魔物ではないような」


「サブパメントゥでもないだろ」


「でも『敵』だよね」


 三人は、たった今、片付けたばかりの()()()()がいた空をもう一度振り返る。そのすぐ下で、火災は広がっているが、魔物自体はいない。火災を止められるならそうしたいが――


火災(あれ)は俺たちが行く仕事じゃない。次の危険を取り除く方が仕事だ」


 即決したオーリンは、サッと龍の向きを変える。『ガルホブラフ、あれが魔物じゃなくても片付けるぞ』これを掛け声に、龍は南東へ飛ぶ。ドルドレンたちもオーリンの後ろを飛び、町の外れで色がぐらつく空へ向かった。


 広いとはいえ、飛べばすぐの距離。近づいてはっきりと目にしたのは―――


「ザッカリア、見るな!」


「あれ、町の人が」


「ザッカリア!」


 気付いたオーリンが肩越しに怒鳴ったすぐ、ザッカリアは目を疑って口に手を当てる。ドルドレンが急いで少年の前に回り込み、ソスルコに『お前たちは上へ』と頼んだ。ソスルコは理解し、待って!と止めるザッカリアの声を無視し、彼を乗せて急上昇し―― びゅっと吹いた()()()()をまとい ――夜の空に消えた。


 ソスルコが飛んだすぐ、町へ顔を向けた二人は、一つの通りを占拠した大勢が、誰彼構わず切りつけ殺し合う光景に『意識を取られた』と理解する。



「総長、これどうするんだ」


「俺の仕事だ。オーリンはここに」


「大丈夫かよ」


「これが、『勇者の仕事』なのだ」


 黄色い瞳が同情を含み、ドルドレンを見つめる。ドルドレンはぐっと顎を引き、静かに深呼吸して、精霊の祭殿で受け取った、赤と白の混ざる面をベルトから外す(※2211話参照)。


「ポルトカリフティグよ・・・龍に乗っていても、あなたの力を側に願う」


 冠の上から面を被り、後頭部で紐を引き締める。鞘から剣を引き抜くと、精霊の面をかけた勇者はオーリンを見て『()()だ。見なくても良い』と先に教えた。

 オーリンが何かを言う前に、ショレイヤを急降下させたドルドレンは、町外れの惨劇に突っ込んで行った。



「俺は()()()なのだろう」


 呟いた面の内側、ドルドレンの剣は太陽の光を帯びながら、殺し合う人々に狙いを定め、急降下した勢いで殺戮の現場を光の剣で掻き切り、飛び抜ける。


 風の如き龍の速度。何が起きたか分からない内に、その場で斬りつけ合っっていた数十人が倒れ、一瞬の脅威に他の者が怖れとも怒号ともつかぬ声で叫んだ。


 悲鳴も怒号も絶命の声も後にし、龍を旋回させてドルドレンは・・・『ショレイヤ。お前に人殺しの手伝いをさせたくない』剣を持っていない左手で龍の首をぽんと叩くと飛び降りた。


 嫌がらずに、阿吽の呼吸で付き合ってくれた一度目。これで充分と、ドルドレンは忠実な龍に感謝する。


 飛び降りた乗り手に驚いて振り返ったショレイヤの目に、落下するドルドレンが映る。急いで支えようと向きを変えたが、彼は落下しながら、その足元に真っ白な猛禽の2対の翼を輝かせた。それを見て、宙で止まる龍。ドルドレンの下に、体のない翼だけの精霊がいる。


 ムンクウォンがどのような形で協力してくれるのかは、全く知らなかったが、飛び降りても自分の力だけで着地は出来る場所―― 屋根のまでの距離 ――をドルドレンは見定めていた。だが、ムンクウォンの2対の翼が支えてくれ、心から感謝する。


 数秒のこの間。翼の上で体勢を整えるや、ドルドレンは速度を上げ、再び人々の斬り合う中へ飛び込む。構えた長剣が滑った直後、何人もの首と刃と腕が落ちた。



「ポルトカリフティグ。俺はもう、斬った人数を思い出せない」


 邪臭に憑りつかれた人々を、どれくらいこの剣で裁いただろう。ドルドレンの囁く苦痛は面の内側に籠り、彼の腕はまた剣を振り上げる。


 足元に2対の白い翼。精霊ムンクウォンの力を借り、ポルトカリフティグの目を通し、邪臭に憑りつかれた人々を、高速で往復する都度、ドルドレンは長剣の刃にかけて倒した。


 剣が切り込む瞬間も、肉と骨を断つ速度の中での重さも、切り離した時の軽さも、飛び散る血飛沫も、抵抗する相手の反応全て・・・慣れるものでもなく、厳しい。一度に何十人どころか、ここでは何百人と斬る。一人一人の顔も見る。焼き付くことはないが、息をして体温のある体を終わらせる瞬間、それを自分が行う自覚は、一人一人に・・・毎回、ある。


 斬って、斬って、倒して。逃げ惑う、憑かれていない人々がこれを見て悲鳴を上げ、ドルドレンの姿に恐怖を持つ。



 ―――仕方ないとはいえ。ポルトカリフティグが最初に話していたことと、毎回思うとはいえ。


 何と厳しく辛いのだろう、とドルドレンは耐える。耐えなければ、次を止めてしまう。俺が斬らねば誰が肩代わりするのか。そんなことはさせたくない。


 夜の通りに、あっという間に夥しい数の死体が埋め尽くす。始めこそ、町民同士で殺された残酷な死体だけだったが、ドルドレンの一太刀で倒れた者が加わり、そこかしこに死体が山積みになっていた。



 攻撃するものが死に、逃げる者が消え、動くものがいなくなった通りに、低い空から澱んだ空気が雫のようにまとまって落ち出す。

 ぽとん、ぽと、ぽちゃ、ぼちゃ、ぼちゃ。無いはずの音を地面に立てて、人の頭ほどの空気の雫が黒々した雨粒のように垂れ、向かい合うドルドレンは剣を構える。


 これが邪臭の大元と知っている。何度も斬った。何度も、この大元のために、多くの人々に刃を向けた。

 地面に溜まりつつある、黒ずんだ空気の塊がぼわんと立ち上がる。それは布を頭から被った人間のような大きさで、向こうが透けて見える。歩くわけでもなく、ドルドレンに近寄ってきたそれは、耳障りな音を立てた。


()()かぁ?』


「いいや。()()()


 返答したと同時に、相手が八方に散り、空気の線を引いてドルドレンに襲い掛かる。ドルドレンの剣も相手の動きより早く動き、灼熱の太陽の光線が邪臭を切り、弾いて、壊した。

 倒してしまえば呆気ないもので、ドルドレンの敵ではないが、ここまでが長く、きつい。


 一瞬なのに。いつも、そう思う。邪臭自体を倒す時間は、あまりに短いのだ。それなのに、こいつを引っ張り出すために、こいつの餌食の人々を倒し続けなければいけない。


 上に溜まっていた()()―――


 あれは邪臭そのものではなく、人々の付け込まれる念に似たもの、とドルドレンは理解している。形らしい形がない邪臭なので、憑く相手がいなくなる前に、ああした念の溜まりを集めているような。



「慣れない」


 剣を鞘に戻し、ドルドレンは呟く。顔を包む仮面が温かく、ポルトカリフティグの温度を感じる。足を乗せる2対の白い翼も、苦しむ勇者を知る様に穏やかな光に変わり、ドルドレンは精霊が側にいてくれることを心から感謝し、次にすべきことを思い出す。


「彼らは、息を吹き返すだろうか。それに剣は・・・()()()()()異常は」


 場所によって、斬って倒れた人々も蘇ることはあった。そうではない場合も、勿論あった。

 その違いはドルドレンに分からないが、今回はポルトカリフティグが直に側にいるわけではなく、彼の力を籠めた面があるだけなので、ここではどうなのかと少し死体の山を見つめた。


 邪臭を倒してから、数分。吹き抜ける風以外、何の動きもなく、ドルドレンのいる通り向こうでは、まだ騒ぎが聞こえた。


 暗がりの中で、ドルドレンの剣と精霊の光に映し出される、放り出された剣はと言えば。どれも、レーカディの剣()()()()。イーアンと魔導士が対処したからか、ここは『邪臭に憑かれた人々の混乱』だけ、と解釈。



「総長、大丈夫か」


 頭上から聞こえた声に顔を上げる。ずっと上で待っていたオーリンが降りてきて、精霊の力に配慮し少し間隔を開けた宙で止まる。大丈夫だ、と答えたドルドレンの疲れた声に、オーリンは首を傾けた。


「そう思えないけどな。総長は真面目だから、こんなことばっか続いたら精神的に厳しそうだ」


「だが、誰にさせる気にもなれないことだ。俺が人を殺し」


()()()()んだ。放っておいたら、もっと惨い死者が出る一方だろ」


「・・・そうだな」


 オーリンはドルドレンの言葉を遮って、彼に必要なことを伝える。初めて見た現場。総長が精霊と出かけ、町や村の()()を行っていた内容はこれだったのかと、痛烈な場面に心から同情した。


 イーアンも一人抱え込むが、総長も同じ。騎士修道会で何もかも一人で背負った男は、場所が変っても孤高の痛みに耐えている。



「デネヴォーグで、『総長が町民を切り殺した』と触れ回られても。俺は見ていたから、それを説明する。総長は自分の口からは言わないだろうしさ。証拠は要らないだろ。アイエラダハッドは土地の邪がいる、これは昔からだ」


「有難う」


 短い会話の終わり、オーリンはふと、目端に動くものに視線が留まり、目が丸くなる。それを見たドルドレンも振り向くと、体を切り離されて死んでいた町民が動いて・・・・・ ドルドレンの顔が、パッと明るくなった。


「ああ、良かった!」


「そ、そ、総長あれ。良くないだろ、死んでるのに」


()()()のだ。良かった、ここは助かったか」


 何の話してんだよと、オーリンが焦る。笑みを浮かべたドルドレンに、説明してくれと頼む間も、通りを埋めていた死体はどんどん動き始め、斬られた肉体はどうしたことか、首が消えても腕や足が、胴体が崩れていても、霧に包まれるぼやけた数秒後に元通りに変わっていた。


「後で話す。行こう、オーリン。大丈夫だ」


「何が大丈夫なんだよ!」


 恐がる弓職人に笑顔を向け、ドルドレンは先に浮上する。訳の分からないままオーリンも高さを上げるが、通りにはもう人が溢れており、その人たちは空を見上げ口々に何か言っている。言葉が解らなくても、これは『助けた』を示す言葉と、何度か聞いたドルドレンは微笑む。彼らは、自分たちが助かったと知ったのだ。


 とはいえ、中には・・・死体のまま、もある。それはドルドレンが来る前に町民同士で切りつけた体で、その違いまで彼らが理解しているかは知る由もない。

 それでも、息を吹き返し立ち上がった人々は、ドルドレンが『助けた』と感じているようで、二人が遠ざかる空に、礼を叫び続けていた。

お読み頂き有難うございます。

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